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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
382/630

22.巨岩の村

 

 街道が緑の野にゆるやかに白く長く伸びる。行き先は森に飲み込まれている。

 時折風のブラシで撫でられ一斉に同じ方向へとなびく。緑の起毛を持つ大きな何かの生き物のような一体感がある。

 目にも鮮やかな足下の景色に岩が混じり始めた。かなり大きい。

『わあ、絵本の中の家だ!』

 歓声を上げるリムの視線の先には巨岩の間に家が建つ村があった。

 ティオの背の上にシアンと九尾、わんわん三兄弟が乗り、その傍らをリムが飛ぶ。

 一角獣の背にはカランとユエが座る。

 麒麟の傍に鸞とリリピピが付き添い、ユルクの頭にはネーソスがいる。

 飛行中、麒麟や一角獣が何度もこんなに遅くて良いのかと聞くので確かめてみたところ、基準がティオの飛行であると知れた。麒麟も飛行が下手なのではなく、比較対象が規格外だったのである。一角獣も突進はともかく数日に渡って飛行するのであればティオよりも遅い。ただ、この世界の空を行く者の中では麒麟も一角獣も相当飛行距離速度共に優れている。

 麒麟が折角ユエが作ってくれたのだからと魔力蓄石を用いてみたいと言うので、早いペースで進んでいた。

 魔力を失った魔力蓄石にはシアンが精霊に頼めばすぐに充填される。

『……無尽蔵じゃないですか』

『半永久機関だな』

『こんなに簡単に魔力不足が解消されるなんて』

 九尾と鸞が呆れ、魔道具職人に付きまとう課題が容易に解決したことにユエが脱力したものだ。

『すごいねえ。大きいね』

『あれほど大きいものだから、聖なるものとして祀っているのかもしれぬな』

『見て! あの家なんて、大きい岩二つに挟まれているよ』

『押しつぶされそうだね』

 魔力蓄石のお陰かはたまた特訓の成果か、それとも奇妙な光景に高揚して疲労に気づいていないだけか、麒麟は元気に幻獣たちと話し合っている。

 カランはみなのはしゃぐ声を聞きながら感無量だった。

 こうやって初めて見る景色をあれこれと言い合うことができるなどとは。

 世界のあらゆることに感謝したい気持ちになった。

 その村はともすれば転がって行きそうな巨岩のすぐ脇に家々がひしめいている。

 春の終わりごろに読んだ絵本に、リムが言う奇岩の村が登場した。

『行ってみよう! それでね、帰ったらセバスチャンに話してあげるの』

 絵本を取り寄せてくれたセバスチャンに話そうと言うリムに、わんわん三兄弟が賛成する。

 三匹はバスケットの縁に両足を置いて後ろ脚立ちしながら目を見開いて懸命に景色を覚えようと村を見下す。どちらか一方に偏らないようにしているので学習した様子だ。

 以前立ち寄った村で祭りに参加できなかったのがよほど残念だったのか、入念な隠ぺいを駆使して降り立った。絵本で出て来た村を間近で見たいとリムが頑張った。

 村の入り口でシアンたちが入村したい旨を話すと渋られたが、とある薬草を持っているならと言われた。この地域でよく流行る病に有効な薬草で、幸い、あれこれと詰め込んでいた鸞のマジックバッグに入っていた。

 薬草を渡しに後で必ず村長の家に行くよう釘を刺され、入り口に立っていた一人が話を通しに先行する。

 余所者は珍しいのか、通りで遊んでいた子供がシアンたちの姿をみてさっと物陰に隠れる。そこからじっと観察される視線を感じる。

『余所者はどこでもこんなものですよ』

『そうにゃね。それにそんなに害意は感じないのにゃ』

 九尾の言葉にカランが頷く。二頭とも流石に四つん這いで歩いている。

 ユルクとネーソス、ユエは一角獣の背に置かれたバスケットに収まっている。わんわん三兄弟はティオの背の上だ。

 行動が予測不可能な子供が苦手であるリリピピもティオの背の上に乗っている。安全圏をいち早く知るのは小鳥としては重要な技能だ。

 リムはシアンの肩の上で岩と家とを見比べるのに夢中だ。

 道中、見るからに体格の良い者ややや肥えた者が威風堂々と歩く姿が見えた。着ている物も良い。

 こんな狭い村で貴族階級があるはずもない。

 しかし、実際、着古した衣服を身に着けた者が忙しく立ち働く中、のんびりと過ごしているようだった。

 シアンは教えられた村長の家に行くと、中年の女性が現れた。ニーナよりやや若い。そして、芯の強そうな中々の美人だった。

「翼の冒険者のことはたまにくる行商から聞いたことがあるよ。でも、私が聞いたのよりも連れが多いね」

 巷間に流布する翼の冒険者は人間一人に多くて幻獣三頭だ。今回の遠出は島の幻獣全員で勢ぞろいして繰り出したのだ。

 笑って胡麻化しながらシアンは港町で鸞が手に入れた薬草の一部を見せる。

「おお、これこれ。いくらあっても良いくらいなんだ。では、うちで採れる物との交換しよう」

「それと出来ましたらこの地域の周辺のことを教えて頂けますか?」

「というと?」

 薬草に伸ばしかけていた手を止めて警戒を見せる村長にこの周辺の動植物や地形、注意すべき点、料理などを教えて欲しいと言った。

 そういうことなら、と交渉は成立する。

 幻獣たちを村長の家の敷地内に待たせ、シアンは中へ案内された。

 肩に陣取ったままのリムに村長が視線をやったが、殊更置いて来いとは言われなかったのを良いことに連れて入る。

「ようこそ、旅人よ。ここは巨岩の村。奇岩を信仰し、岩と共に存在し続けて来た村さ」

 村長が白湯を出しながら芝居掛かった調子で告げる。

 渡した薬草の対価として、様々な話を聞いた。

 最後に、村の少し向こうの岩場の中にある祭壇には決して近づいてはならないと言われる。

「村の中にある岩も信仰の対象だが、そこの巨岩は聖なる岩だ。普通の人間なら足場が悪くて行けないんだがね。翼の冒険者はその二つ名の通り、翼ある幻獣で人が到達し得ない場所にも行けるんだろう?」

 祭壇というからには神聖な場所だろう。

 シアンは素直に頷いておいた。

 村長の家を辞すると幻獣たちが立ち上がる。

 一角獣は馬に、麒麟はロバに見えるように隠ぺいされているが、ティオはすでにグリフォンであると知られている。陸と大空との王の姿を見ようと遠巻きに集まった村人たちが身を起こしたティオに驚いて蜘蛛の子散らすように行ってしまう。

 と、慌て過ぎたのか衝突が起きたらしい。

「おい! 俺を誰だと思っているんだ!」

 ぶつかられた方が怒り心頭で喚き、ぶつかった方が相手を見てぎょっと目を剥き、必死に謝っている。

「誰のおかげで安穏と生活できると思っているんだ! 俺は大事な身なんだぞ!」

「その通りでございます。誠に申し訳ございません」

「俺の身に何かあってみろ。困るのはお前たちだぞ!」

 少々ぶつかっただけで謝罪する者にしつこく言い募るのも異様な光景だが、それを見ている周囲も当然のことと受け入れている。同じく身なりと血色が良い村人が皮肉気に口元を歪めて何かつぶやく。

 何とはなしに興味をそそられて眺めていると、精霊の加護によって高まった感知能力がその声を拾う。

「ふん、随分偉そうにするじゃないか。そんなに自分が守っていると言うのなら、次に詰め腹を切れば良いんだ」

 そこはかとなく村の抱える問題が感じられる。そんな風に思っていると、後ろから声が掛かる。

「見送りをさせておくれ」

 村長が出て来ていた。

『早く出て行かせたい感じがしますねえ』

『あの偉ぶっている奴らと何か関係があるのかにゃ』

『ふむ。あの怒っていた方も村長には腰が低かったし、姿を見たら矛を収めたな』

 九尾とカラン、鸞が口々に言い合う。

 何らかの事情があるのだろう。

 どこにでもそれなりのものがある。

 それに、シアンは時間切れだ。

 村を出て少し行った先で一旦ログアウトし、夕方遅くに戻って来ると言ったら、食事は待っているという。

 シアンがログインすると狩りを行ったようで、獲物を捌き、バーベキューコンロに火を熾し、後は肉を焼くのみという準備万端の態であった。

 食後の音楽を楽しんでいたら、ティオが村から人が出てくるという。

 既に夜の領域だ。

 こんな時間に、といぶかしむと、どうやら村長が言っていた岩場の祭壇に向かっているという。

『何だか嫌がっているみたい』

 ぶつぶつとしきりに不平を漏らしているそうだ。

『あのぶつかられて怒っていた人だね』

 リムも分かるようだ。

『ティオもリムもこの距離から誰か判別出来て何を言っているのかさえ分かるのか』

 鸞が感心するのに、やはりすごいことなのだと実感する。常に傍にいて何てことないようにやってのけるので、今一つ実感が湧かない。

「あまり大きな音をたてたら気づかれるかな」

 幻獣たちは極力人目がある所では普通の動物の振りをするようにしていた。

 焚火を囲んで楽しんでいた音楽を中断せざるを得なく、幻獣たちが残念そうな表情を浮かべる。

『リム、そいつは何て言っているの?』

 ユエが好奇心からか尋ねる。

『ええとね、何で俺が、とか、お役目だからって、とか、もっと長く良い目を見た者もいるのに、とか、ついていない、とか、もっと好き勝手やっておくんだった、とか言っているよ!』

『結構好き勝手言っていたよね?』

 そう言って小首を傾げる一角獣も幻獣のしもべ団と狩りをするようになって、人間のことにそこそこ詳しくなった。

『何だか不穏だにゃ』

『それとね、まだ生きたい、何が栄誉なことだ、神の一部になって神として生きるなど、結局は生贄じゃないか、だって』

 シアンは息を呑む。

 顔色を変えたシアンに、幻獣たちが心配げな視線を寄越した。



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