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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
380/630

20.異能保持者たち

 

 ロイクとアメデは数少ない他属性の転移陣を幾つか経由して島に戻って来ていた。

 転移する距離が延びる分だけ金銭も魔力も必要とされる。また、同じ距離を一度で転移するのと途中転移陣を経由するのとでは、後者の方がより必要となる。属性が違えばさらに嵩む。

 しかし、シアンが提唱する第一は安全である。

 特に、ハルメトヤに潜り込んだ諜報隊は高価であっても転移陣を使うように言われていた。

 そこで、諜報隊は報告方々二名ずつ時折本拠地に戻って来る。書簡を届けることで済ませることもあるが、休息をとるのも大切なことなのだとシアンから言われている。

「ふん、聞けば聞くほど好き勝手してやがるな」

「ああ。権力に笠に着てやりたい放題ってところだな」

 鼻で笑うマウロにロイクが肩を竦める。

「それでよくもまあ、運営できるものだな。国以外の資金源は分かったのか?」

「いくつかの商人と繋がりがある」

 アメデは具体名を挙げる。そこまで調べていることに諜報隊の密偵技能の向上に満足する。それらの商人たちは他の幻獣のしもべ団団員に調べさせることにする。

「大聖教司全員がね。あとは薬草園。特殊な薬を作って大分荒稼ぎしているみたいだよ」

 効能も高いのだという。

「治す方じゃなくて壊す方の効果が高い薬ねえ」

 そう言えば、脱退したオージアスが掴んできた情報に、エディスの薬草園の薬師長が優秀な薬師を引き抜いて本拠地に栄転したと言っていた。そうやって有能な人材を集めて色々しているのだろう。

「大聖教司の方は探れそうか?」

 ロイクとアメデは顔を見合わせる。

「イレルミとも言っていたんだが、正直、カヤンデルは難しい。他は何とでもなると思うんだけれどな」

 ロイクが悔しそうに顔を歪める。

「イレルミも、か」

 あの飄々として底知れない男が難しいと言うのだ。マウロは低く唸る。

 マウロがイレルミを評価するのと同じく、ロイクもまたその高い感知能力で彼の実力を感じていた。恐ろしいのはそれがどんなものか未だ明確に掴めないところだ。ロイクは自分の感知能力を客観的に見ることができる。かなり高いと思う。イレルミのことに関してはアメデにしか話していない。マウロがどうやってイレルミのことを評価しているのかは知らないが、彼の勘の良さは周知のことだ。

「後はやはり、三番隊隊長ヒューゴだな」

「ああ。三番隊は精鋭ぞろいだしな」

「それも隊長がヒューゴになってから、なんだよな」

 そのヒューゴは大聖教司カヤンデルに傾倒している。

「イレルミは徐々に三番隊の力を削いでいくのが良いんじゃないかと言っていた」

「それしかないな」

 正面からぶつかれば、幻獣のしもべ団の方が大きな損害を受ける。言外にそう言っているのだ。

 一番隊、二番隊を苦労して潰しても、それによって三番隊が真正面から出て来て、人員を増強されて巨大な隊として立ちふさがってくる。一番隊、二番隊に対処して疲弊しているところへそれではこちらが瓦解しかねない。

「まあ、もうしばらくハルメトヤで探ってくれ。くれぐれも無理しないようにな」

「シアンはもう発ったんだよね」

「シアンが向こうに着くくらいに合流すれば良いんだよな」

 マウロの言葉に頷きつつ確認するロイクに続いてアメデが問う。

「ああ。それまでにイレルミにアルムフェルトのネナで転移陣登録するよう言っておいてくれ。人員の調整が難しそうなら言ってくれ」

「了解。でも、イレルミならいつの間にか登録していそうだよね」

「シアンの護衛任務ならなおさらな」

 あいつの軽さは羽根が付いているみたいに、いつでもどこでもふわふわ漂う、とはアメデの言だ。

「お前、人のことが言えるのか?」

「俺は女性限定だ」

「自信もって言えることかよ!」

 軽口をたたき合う二人に、マウロは諜報隊がそれなりに仲良くやってくれていることに満足した。



 久々に休みを貰ったロイクとアメデは島の本拠地で訓練をすることにした。

 貰った給金を転移陣につぎ込んであちこちで楽しんでくることもあるアメデではあったが、貴光教本拠地の黒ローブのことを知るにつれ、少しでも勝率を上げる必要性を感じていた。遊び人であっても優先順位を違えない。

 アメデはロイクの従者なのだ。

 そして、シアンはロイクの村のことを聞き、島の物資や幻獣が作った薬や日用品を送ってくれた。これはゾエ村にも同様のことをしている。フィロワ家に対しては口止めすることが難しいことから、当たり障りのない範囲で素材を送っている。

 ロイクの父である村長も翼の冒険者から得た貴重な品々に感謝している。

 村人たちは翼の冒険者から篤く遇されるロイクに、流石は村長の息子だと評判は上々だ。

 そんな風にして、危険な任務についても余りある余禄を受けている。

 武器防具を身に着けて狩場に行こうとした時のことだ。

 向こうの方で、同じく拠点の建物から出て来たと思しきカランタのスカートの裾が戸に挟まり、それに気づかず勢い良く方向転換したら破けた。

 布地は大きく裂け、下着が丸見えになる。

 カランタが高い悲鳴を上げてその場にしゃがみ込むのに、男性陣はどっと笑うのみだった。

 昼間の人気が多かった頃合いだったのが災いした。

 足早に近づいたアメデは来ていた上着を脱いでそれをカランタの膝にかけてやる。その周辺には籠が転がり、中から女性陣の衣服が飛び出している。洗濯をしようとしていたのかもしれない。

 ロイクにクロティルドか他の女性を呼んできてくれるように言う。

 ロイクはすぐに踵を返した。主従関係にあってもこういう時に命令されたのなんだの言わないところがロイクの美点である。

 すぐに女性が来るからしばらくそのままで、と言ってアメデは少し離れた場所で待った。

 カランタは少し前まで、友人のミルスィニ以外には誰彼構わず噛みついた。あの家令の前で、新人として引き合わされたシアンにさえそうしたのだから、いっそ見上げたものだ。もちろん、すぐに強烈な殺気を浴びて黙らされていた。

 ともあれ、下手に触ると怪我をするどころか、向こうから突っかかって来るので、ある意味、団員たちに恐れられていた。

 今は鳴りを潜めたが、人間、されたことを簡単に忘れはしない。

 こういったちょっとした時に意趣返しとばかりに言われるのだ。ざまあみろと。

 それでも首魁のシアンがそうさせるのか、元ははみ出し者の集まりだったという幻獣のしもべ団は柄が悪い者はおらず、殊更実力行使に出る者はいないだろう。

 アメデが残ったのは保険である。

 そうこうするうち、ロイクがクロティルドを連れてくる。

 大きな布を広げてカランタの腰に巻き付け、アメデに礼をいうクロティルドに軽く笑って早く部屋へ連れて行ってやってくれという。

 自分は落ちた洗濯物に触れないから、それは他の女性に頼むと言うとクロティルドが感心する。

 アメデは女性に好かれるポイントはこうあるべき、という他者が無意識に求める姿の少し上を行くことだと思う。

 また、対象によって感じを変えることも有益だ。

 全ての者が洗練された男を好むとは限らない。愚直に見えるほど率直な者を好む女性も多いだろう。

 最近では幻獣のしもべ団の女性陣に手を出そうとは思わない。居心地の良い職場でロイクも気に入っている場所だ。ここを失うリスクは減らしたい。

 だから、アメデは幻獣のしもべ団の女性陣に対しては基本的に紳士的な態度を心掛けている。



「衝撃波に感知能力を?」

「ええ、そうよ」

 困惑するロイクにミルスィニが頷く。

「それはもう衝撃波とは言えないのでは?」

「ええ。今、ゾエ村の異類たちで衝撃波の加工を行っているの」

 それはロイクもアメデも先だっての合同訓練の狩りで見ている。

「あれに感知能力を乗せるということか?」

「そう! そうなの」

 アメデの言葉に我が意を得たりとミルスィニが表情を明るくさせる。

「でも、見たところ、あれはあくまで衝撃波を変化させただけだから、攻撃力はある。でも、感知能力を乗せるのはなあ」

「やっぱり難しいかしら」

 色よい返事をしないロイクにミルスィニが萎む。

 その後ろにはカランタがおり、二人で色々相談し合って新しい能力を手に入れようとしているのだろう。斜に構えたところがあったカランタにしては相当な成長ぶりである。

 こういった場面ではまず自分が口を開いていたが、これもまた変われば変わるものである。

 二人は女性だからこそ、周囲に溶け込みやすく警戒されにくい利点があり、潜入捜査に役に立たないかと考えたのだという。

「まあ、最初から出来る出来ないは別にして、やってみれば良いんじゃないか。その上で判断すれば良い」

「そうだな。実際やってみて見えてくるものがあるだろうし」

 アメデが取り成すと、ロイクが全く別のものが出来る可能性もあるし、と頷いた。

「じゃあ、一緒に訓練しましょうよ」

 カランタが一歩足を踏み出す。

 今日も訓練をするつもりだったロイクはすんなり頷いたが、アメデは内心これが主目的かなと思わないでもない。

 ミルスィニから向けられる視線がいつしか特別な甘さを孕み、向けてくる瞳がとろりと揺れることを知っていた。

 カランタの目にもいつしか熱が籠っていたが、どちらかというと、アメデを認めたので、親友の恋路を応援したいというところだろうか。

 居心地の良い場所だから失いたくはないのだけれど、と思いつつ、アメデは表情を取り繕う。

 まあ、良い。

 アメデは明日には再びハルメトヤに向かう。当分そこで任務に就き、そのままアルムフェルトに行くことになっている。

 しばらく会うこともない。

 女心と猫の目という。この頃の少女は特にそうだ。見る者すべてが目新しく、幻獣のしもべ団の職務としてあちこちに出向き、出会いを経験すれば他に目がいくだろう。

 そう思ってアメデはいつもの通り微笑んで見せた。少女たちは頬に紅葉を散らす。

 アメデの傍らでよく似たような事象を眺めて来たロイクがため息を吐いた。


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