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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
379/630

19.橋渡し

 

 オルティアは通り過ぎた路地にイレルミの姿を認め、引き返すことなく次の路地を経て合流した。

「中々やりますね、お嬢様」

 先ほどの一件を見ていたのだろうイレルミがへらりと笑う。

「護衛は離れてはいけないのでは?」

 責めるのではなく、淡々と尋ねる。道で往生する男が怒鳴りつけられていることから、つい体が動いて手を貸してしまったが、それに合わせるようにふいと離れて行ったことには気づいていた。

「あの男は君一人だからあんなに口が軽くなったんだよ。男連れの女性には気後れするタイプだと思ってね」

 言いながら肩を竦めるのになるほど、と頷いた。

 アメデといい、このイレルミといい、言動が軽い。

 それを腕が良いのに、と見るかどうかは周囲次第だ。

 アメデは色男としてやっかまれているものの、仕事はきちんとこなすという評価を得ている。自分の中で確固たる芯があり、ぶれないからだろう。

 翻ってこのイレルミは掴みどころがない。

 確かに剣技は幻獣のしもべ団でも随一だ。いや、オルティアが見聞きした中でも最上かもしれない。

 しかし、大抵のらくらといなすので、伝わりにくい。なので、強いみたいだけれど実際はどうなのかわからない、という評価だ。

 風の民代表をしていただけあって、自由気ままなのだろう。

「一度の人生、楽しまなきゃ」

 そういう彼は、幻獣のしもべ団の首魁の傍にいれば見たことのない光景を見ることが出来るから、と入団してきた。

 首領マウロの期待も高く、過不足なく仕事をこなす手腕をオルティアも間近で見ている。しかもそれが一見難しいことをしたようには見えないのだ。だが、よくよく考えてみれば、ということが多い。

 つまり、彼を評価できる者も眼力を問われるのだ。

 彼としては特段隠しているのではないらしく、現に、今みたいにオルティアが尋ねれば理由を話してくれる。

 秘密を秘密と思わせない。

 それがどんなにすごいことなのか、貴族社会にいたオルティアはうそ寒くなる。

「ああ。私としても名物料理のことを聞けて良かった」

「なら、それを食べながら抜いた情報を教えて貰おうか」

 最近、料理をし始めたオルティアは一も二もなく頷く。

「シアンに良い土産話ができるな」

 この国は幼いころに住んでいたのとはあまり変わらないな、というイレルミもまた、シアンのためになることに労は惜しまない。

「私は食べても美味しいくらいしかわからない」

 どんな材料をどうやって調理しているかなど未知の世界の出来事だ。

「俺もそんなに舌は肥えていない……店の人間に金を握らせて訊くのが手っ取り早いな」

 オルティアはクロティルドに引っ張られてシアンと共に料理をしたことがある。それまで厨房に立ったことはなく、野菜の皮むきをしただけだ。刃物の取り扱いは一通りできる。何度か繰り返すうちに薄く剥くことができた。クロティルドがまた褒め上手でその気にさせ、つい嬉しくて母への手紙に書いてしまったのだ。

 貴族の子女は料理などしないが、女性らしさに欠けるオルティアが見せた微かな光明だとばかりに母は歓喜した。その浮ついた気持ちのまま父や兄に話してしまい、それがエミリオスに伝わった。

 首魁に教わるなど、オルティアは大事にされているようで安心した、今度会った時にはぜひとも手料理を食べさせて欲しいという手紙を添えて、菓子を大量に送ってくれた。それはオルティアに料理を教えてくれたシアン宛だろうとそのまま渡した。

 シアンはまず、多さに驚き、全部持って来たと言うと、それはオルティアにこそ食べて欲しいのだと思うと笑った。

「それに、僕は何もしていませんよ。ロラさんが教えていましたね。そうだ、このお菓子は女性が好きだと思うので、みなさんで食べると喜ばれるかもしれませんよ」

 そこでオルティアはシアンと半分ずつ分けた。

 それでも沢山あるので幻獣たちと味わうことにすると礼を言われた。

 シアンの言う通り、分けた半分を女性陣で食したところ、大いに喜ばれた。時折カランタがまた送って貰ってくれと強請ってき、クロティルドに諫められた。

 何かの折にシアンに会った際、みな美味しいと言ってくれたと伝えると、幻獣たちもとても気に入ったのだという。

「宜しければ、材料とレシピを訊いてみましょうか?」

「良いんですか?」

 珍しい物の製造方法というのは黄金の価値があると言われ、そう言えば、フィロワ家の特産品だったと思い出す。一族の商取引の中でも目玉となる代物だと小耳にはさんだことがある。訓練三昧のオルティアは商業に関して興味が薄いので、シアンの言う通りかもしれない。

「ええと、良くわからないので訊いてみるだけになるかもしれません」

 自分から言い出したのに、情けないことだと眉尻を下げるオルティアに、逆にシアンが慌てる。

「レシピは大切な物だから、本当に良いんですよ。それより、オルティアさんのご実家で取り扱っておられるんですよね。今度幻獣たちと遠出に行くので、もし宜しければご挨拶をさせて貰って、現地で購入させていただきます。あ、紹介がなければ買えないでしょうか?」

「そのくらいなら私が保証できるかと思います」

 そう言ってオルティアはまた実家に向けて手紙を書いた。

 雲の余所から届く娘の手紙は家族を喜ばせるらしく、返事はすぐに来た。

 フィロワ家は高名な翼の冒険者を迎え入れることができて光栄だとし、レシピは口外しないのであれば教えてくれるそうだ。大型の幻獣含め複数訪れることに難色を示されるかと思いきや、母が幻獣に会えることに大感激で、父はもちろんフィロワ家当主を説き伏せた。元々反対はしていなかったので、歓待を兼ねてレシピ公開と相成った。

 シアンに伝えると大層喜び、こちらから持参する土産の相談を受けた。

「アルムフェルトは内陸だから海産物はどうでしょうか」

「そうですね。ただ、保存が難しいでしょう」

「ああ、それは大丈夫です。ええと、干物とかがありますし」

 なるほど、シアンは様々に加工物も取り扱うのだなと感心した。

 そうやって何度か実家との取り持ちをするうち、エミリオスに手料理を期待されてしまったという話をしたところ、お礼かたがた自分が教えようかと言われたのでお願いした。

「オルティアさんは包丁の扱い方が上手いですね。力の入れ具合が絶妙です」

 シアンもまた褒め上手であった。

「キュア!」

「ふふ、そうだね。リムも上手だよね」

 シアンと料理をする際には他の幻獣たちも加わった。そうやって作った料理を本拠地に持ち帰るものだから、幻獣謹製の料理を食べられるとあって、他の団員たちに睨まれることなく済んでいる。実はこういった気づかいはクロティルドから教わった。

「それとね、料理を食べさせている時に、リム様がこうした、狐さんがああした、猫さんがどうだったという話をしてあげるの。ちょっとしたことで良いのよ。そうすれば、彼らは満足するから」

 単純だからね、と笑うクロティルドは人あしらいが上手い。

 これで以前まで問題児で幻獣のしもべ団内で浮いていたというのだから驚く。

「結局、私に覚悟がなかったのよ」

 クロティルドは肩を竦めて見せるが、それを取り戻すためにも頑張っているのだという。

「グェンダルなんて、私のしりぬぐいを散々させてしまったからね。今度は私が支えるわ」

 グェンダルは彼らの出身村の村長の弟で、その立場から同じ村出身の異類たちの纏め役を務める。彼は武力を持たず、後方支援を担当しているので、クロティルドは貴重な戦力だろう。

「では、私はグェンダルにも感謝しなくてはならないな。クロティルドのお陰で多くを得ることが出来たのだから」

「あら、ありがとう。でもそれは貴女が聞く耳を持っていて実行に移したからよ」

 自分はそれが中々できなかったのだという。

「貴女は私みたいにならないでね」

「以前がどうだったかは知らない。ただ、今のクロティルドを私は好きだよ」

「……エミリオスは人を見る目があるのね」

 揶揄われてオルティアは盛大に照れたものだ。



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