18.清浄の街角で
貴光教を国教とするハルメトヤでは他の属性の神殿は極端に少ない。
出入りすれば目立つ。
そのため、転移陣を用いて移動する幻獣のしもべ団たちもハルメトヤでの活動は大きな制限を余儀なくされた。
それに本拠地であるキヴィハルユを擁するのだ。黒ローブも精鋭ぞろいでいつどんな形で幻獣のしもべ団員であると知られるか分からない。捕まったり、泳がされて島のことを察知されては目も当てられない。
そこで、ハルメトヤに潜入する者は武力があり、かつ、マウロやカークから指示を受けずとも自分たちで動くことが出来る者が選出された。
それが諜報隊である。
ここに古参の団員が含まれていないことを言及する者はいなかった。初期メンバーは四人で、うち三人が異能を持つ。残りの一人は団員随一の剣技を誇る。団員の半数が新人で、一人は貴族の子女であちこちに顔が利く上、政治にも明るい。
むしろ、危険任務に送り込むことに申し訳なさを自然と感じさせる雰囲気があった。
ロイクたち諜報隊は古参団員からみっちり密偵技術を学び、ハルメトヤに近い国で実践を積み、本丸に乗り込んだ。
他属性の神殿への参拝者だったのが、貴光教の素晴らしい教えに触れて帰依した地方貴族の娘がお供三人を連れて総本山にやって来たという設定だ。
お供は精鋭ぞろいだが、一人は成人したての子供のようで、もう一人は女たらし、残る一人は軽いという、頼りにならなさそうな護衛たちである。お嬢様の方は真面目な堅物、といった感じで物慣れしていない風情で、つまりはカモにされやすそうな一行だった。
侮って食い物にしようと近づく者たちは逆に情報を抜かれて路地で寝転がることになる。
ハルメトヤ国都キヴィハルユは整然とした美しい街並みで路地には塵一つ落ちていない。
整えられた公園もあり、どれほど貧しくてもそこで寛ぐ者たちの身なりはきちんとしていた。
国民は背が高く丈夫な骨格を持つ。頬骨が高く、まじめで思いつめたような表情をしている。
この清浄さを維持するのは当たり前とはいえ、人が営めば不要物は出る。
厳しく取り締まられるので工房で出たゴミは街の外へ持っていって埋めるか燃やすかしなければならない。街中に捨てたり埋めたりするのは禁止されているのだ。だから、この街ではゴミ廃棄が仕事として成り立つ。裕福な工房はそう多くない。よって、下っ端の仕事になる。
ゴミを捨てに行った際、急いで駆けてくる男にぶつかられそうになる。こちらは大きな籠を背負った上に両手にも抱えている。急に動くことがままならず、尻餅をついて辺りにゴミをまき散らしてしまう。ぶつかりそうになった男は脇をすり抜け様、気をつけろと喚く。
どちらが気をつけろだ、お前のせいで体勢を崩したのではないか。天罰を受けろ!
……とまではいかないが、と気を静める。
天罰はとてもとても恐ろしいものだ。滅多なことでは心の中でもそれを受けろと罵ったりしない。
だが、騒動を聞きつけて顔を出した工房の人間が散乱するごみに金切り声を上げてさっさと片付けろとうるさく言うのに辟易した。耳元で石と石をこすり合わせてでもいるような甲高い声で延々と大声を出される。
慌てて片付ける。
それを、すっと手を出して手伝ってくれた人がいた。
堅い雰囲気のちょっと美人の女性に胸が高鳴った。ゴミを触ることを厭わず、拾い集めてくれる優しさがある。それに、よくよく見れば、真面目そうな中に仄かに香る女性らしさが混じっている。この先花開けばどれほどの香しさになるだろうか、と内心期待する。
「何か?」
真っすぐに見られて慌てて止まっていた手を動かしてゴミ拾いを再開する。
「す、すみませんね、こんなのを手伝って貰ってしまって」
「貴方はこの近くの工房の方ですか?」
こんなに沢山のゴミを処理するのは大変ですねと労われて勢いづいて日々のことを話した。一本調子に聞こえる声音は、きっと真面目なだけ異性慣れしていないためだろう。好ましく思えた。
工房の現状や周辺のこと、果ては街のことや噂話まで話すころにはすっかりゴミは片付き、それでも話し足りなくて道の脇に寄ってからあれこれと話した。
女性は嫌な顔一つせず、熱心に耳を傾け、時折質問を差し挟んだ。
心に抱えていたものを吐き出して爽快な気分だ。それは眼前の彼女のお陰だし、すっかり心を許した。彼女も見ず知らずの人間の話を聞くくらいだから、自分のことを憎からず思っているのだろう。
「あ、あの、まだ話したいことがありますし、この後食事でもどうですか?」
「いえ、折角ですが所用がありますので。それに、貴方はこれからそのゴミを処理しなければならないでしょう」
明確に断られたが、自分のことを考えてくれての言葉だと取り違える。
「あ、ああ、こんなの、後で処理すれば良いんですよ。何が食べたいですか? この街の名物料理を出す店があって。ちょっとお高いんですけれどね」
何ならご馳走してやっても良い。できれば自分の分は自分で払ってほしいものだが。
女性は再度断りを入れると踵を返して去っていった。
呆気ない幕引きに呆然とする。追いかけようにも大量の荷物がある。
だから、女性が拒否しつつもしっかりと名物料理のこと聞き出していたことにも気づかないでいた。




