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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
376/630

16.海底の神殿2 ~増えた!/帰ってこなかったら/真似上手~

 

 神殿は長方形で柱に囲まれていた。

 ところどころ崩れているが、原形をとどめている。ティオが補強の魔法が施されていると分析する。

 内装から礼拝堂と思しき正面奥に台が設えられている。ぐるりと回ったその奥の部屋に正方形の部屋がもう一つある。

 鸞は建築様式や壁に掘られた文字などを丹念に調べた。

 ユエは何も道具の類が残っていないことを残念がった。

 シアンを含め他の幻獣たちは精霊が照らす海底の神殿の神秘的な佇まいに見とれた。

 水の揺らぎにゆらゆらと佇むのがどこか歴史を感じさせる。

 シアンは外側周縁を歩いてみた。

 ティオが傍らに付き添う。

 好奇心旺盛のリムが肩の上で長い首をあちこちに差し向け、シアンは時折苦笑しながら手を肩にやってともすればはみ出しそうになる体を支える。

 ぐるりと一周してくると、鸞が巨大なヒトデと格闘していた。

 シアンは鸞よりも少し小さいくらいのヒトデが濡れた布のように纏わりつこうとしているのに仰天した。

 ティオもリムも全く警戒していない。

『こ、こやつ、吾の羽根を毟ろうとするのだ!』

 敵意はないらしく、ただひたすら鸞の羽根に執着している様子だ。うねうねと八本もある腕を動かし、鸞にそっと伸ばしては引っ込めるを繰り返している。

 鸞は翼を広げればそれだけ気を引いてしまうとばかりに畳んで体に付けている。危なげなく避けてはいるものの、しつこく付き纏われて辟易する風だ。

『リリピピも気を付けるにゃよ』

 一角獣はユエと共に大分離れた所で採取という名の狩りに勤しんでいる。

 麒麟はおろおろと首を左右に揺らし、九尾は観戦の構えだ。

 わんわん三兄弟が懸命に引き離そうと飛びつく。

 と、ウノが腕に噛みついたまま着地し、勢い余って引きちぎる。

『あ、申し訳ございません』

 そこまでするつもりはなかったのだ、とその場で頭を下げる。

 と、腕を引きちぎられたヒトデの本体からみるみる再生される。うねうねと新しい腕が伸び、アインスが甲高い鳴き声を上げて驚き、エークなどは声もなく固まった。

 更に驚いたことには千切れた腕からも別の腕が伸び始め、六本の腕が揃った一匹のヒトデになる。新たな個体となったものに腕が少ないのはそういう仕様なのか。

『増えたね』

『すごいね!』

『……⁈ ……‼』

 鸞は興奮して声をもなくヒトデの周囲を飛び回る。

 ヒトデが腕を伸ばして羽根をもぎ取っても気にせず、矯めつ眇めつする。

 やがてシアンに願い出て、何とか水の精霊に力を貸して貰って、このヒトデを生きたまま持ち帰れないかという。

 水の精霊に聞いてみたところ、快諾され、鸞は大いに喜んだ。

 かくして、鸞の羽根を腕に一つずつ持ってどこか満足気にも見えるヒトデは、大人しく水の精霊が作り出した海流に乗って島の砂浜付近に届けられていった。シアンたちが戻るまでそこで保護してくれるという。無論、シアン一行が島に到着するまでも何人たりとも手出しはできない。

『これは寄生虫異類と同じ能力ですかねえ』

 九尾の言葉にようやくシアンは鸞の高揚の原因を知った。

 それこそ、シアンこそが頭を下げて調べてもらわなければいけない案件だ。

 興奮冷めやらぬ鸞は麒麟とカランに研究のことを熱心に語っている。

 カランが目配せしてきた意を汲み取りこの場を彼らに任せ、ティオとリム、九尾と共に神殿内部へと入った。正面入ってすぐの礼拝堂は既に全員で見ている。意識を凝らすと奥の部屋があると感知することが出来た。リムが好奇心からついと飛んで行ったのでその後をシアンが追い、ティオと九尾が付いて行く。

 内部は静まり返っていた。

『シアン、何かあるよ』

 傍らを歩くティオに視線をやると、特に警戒した風ではない。

「さっきのヒトデみたいなのかな」

『まあ、行ってみれば分かるでしょう。リムが先行していますし』

 正面入り口から同じ方向へ二度曲がった先、礼拝堂の真後ろにある部屋に到着する。中を覗き込むと、リムが中央の床を覗き込んでいる。

「リム、何かあった?」

『うん。転移陣とかセーフティエリアみたいな模様!』

「えっ、ちょっと待って、リム、触っちゃ駄目だよ」

 慌てて近寄り、中空で後ろ脚立ちしながら身を乗り出すようにして眺めているリムの体を後ろからそっと両手で掴む。

 嫌がる素振りを見せずに、シアンの顔を見上げて口元を綻ばせながら小さく鳴く。後ろからの「ぶらーん」に後ろ足を動かしてご満悦だ。

 リムの細長い体を肩に乗せる。自称するだけあって、襟巻ドラゴンは抵抗せずに定位置に陣取る。ただし、そこから身を乗り出すものだから、時折手を添えてやることになる。

 砂と何か色のついた欠片でできたそれは、上から見ると四重丸に中央から放射状に伸びた溝が時折盛り上がって波打ち、外側の縁に向けて広がっている。

『うっすらと魔力を感じる』

『何かの魔法陣でしょうか』

 ティオと九尾が揃って首をかしげる。

『試しにちょっと触ってみましょうか』

「危ないよ、きゅうちゃん」

『何、いざとなったら、天帝宮へ強制移動しますよ』

 好奇心を抑えられない様子だ。

『狐が触るのなら、ぼくたちは一旦部屋から出ていよう』

 ティオがシアンを部屋から連れ出そうとする。

「え、でも」

『これはあれですな。きゅうちゃんが入って一時間帰ってこなかったら、精霊を喚べ!』

「それは、初めから喚ぶのでは駄目なの?」

『……お願いします。ぜひ』

 その手があったか、と九尾は片前足にもう一方の片前足を打ち付ける。

 シアンは苦笑しながら風の精霊に問うた。

『これは魚型の魔獣が作ったものだね。砂や貝殻の欠片などで描き出したものだ。メスが安全に産卵するために外敵を寄せ付けさせない効力がある。だからこそ、この陣の中でメスは安心して産卵することが出来る』

 言われてみれば、部屋の内部には砂が床を覆っている。

『種族特有の魔法だから、異能の一種と言っても良いかもしれないね』

 つまり人からすると非人型異類であり、それが作り出した魔法陣ということか。

「なるほど。じゃあ、その魔獣にとっては聖域のようなものだから、やっぱり触らずにそっとしておこうよ」

 リムも九尾も知的好奇心を満たすことができたのでシアンの言う通り、陣をそのままにして外へ出た。

 リムが鸞も興味を持つのではないかと話したところ、やはり見てみたいというので九尾が案内してやる。



 シアンたちが神殿の外を一巡りし、さらに内奥の部屋に入っていたころ、ユエは一角獣に素材となる魔獣を狩って貰っていた。少し離れた所でユルクとネーソス、わんわん三兄弟とリリピピは妙な生き物を観察していた。

『あれは何でござりましょうや?』

『タコに見えるけれど』

『……』

 ウノの疑問にユルクが自信なさ気に答え、ネーソスも同意する。

『あ、蟹の形に変じました』

 アインスが言うが、蟹に変化したのではない。タコがその長い脚を使って蟹のように見えるポーズを取っているのだ。驚くことに、擬態は一つだけではなかった。

『やや、あれはウミヘビではござらんか?』

 エークが目を丸くする。

『ま、また変わりましたっ!』

 リリピピも初めて見る生き物の不思議な行動に目が離せないでいる。タコですら先ほど一角獣が捕獲した際に初めて見た。その時のものよりも脚の数は少ないが、器用にくねらせ、折り曲げ、様々に変化する。

『あれはイソギンチャクじゃないかな』

『……』

 ユルクもタコがポーズを取って別の生物に擬態しているのだと察してからは戸惑いは消えつつあった。無論、一匹で様々に変化して見せることには不可解に思うが。

 わんわん三兄弟やリリピピは初めての海中で初見のものが多い。

 ユルクが一つ一つ教えてやる。

 エイ、ミノカサゴ、タツノオトシゴ、クラゲなど様々なものに擬態する。その長い脚を使って非常に器用なものである。

『クラゲ! 先ほど見かけました』

『確かに、確かに似ておりまする!』

『クラゲがゆらゆら揺れているみたいでございまする』

『ほら、擬態したものが何だか休憩しているみたいにも見えますよ。面白いですねえ!』

『……』

 次は何だろうね、と珍しくネーソスもはしゃいだ様子である。擬態対象が静止しているのではなく、活き活きとしたポーズを取るので見ていて飽きない。

 楽しませてくれたタコを狩るに忍びなく、幻獣たちは一角獣にあれは見逃してやってくれと懇願した。一角獣とユエもその変幻自在のポージングを見て面白がり、手出しはしなかった。タコの擬態技術の勝利である。

 さて、大分後の事にはなるが、わんわん三兄弟は幻獣のしもべ団の双子にこのことを話し、大いに盛り上がった。わんわん三兄弟が双子の得意とする変装技術のことを覚えていてくれたことと、遠出をした際に似たようなことするタコを見つけて話してくれたこと、そして、見たことのない生物のことを知ることが出来て、双子は非常に喜んだ。

 わんわん三兄弟はこれも出がけに九尾がセバスチャンに土産話をと言ってくれたお陰で、同じような発想から双子にも喜んで貰えたと感謝した。




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