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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
375/630

15.海底の神殿1 ~帯ほどき/手加減してくれていたんですね~

 

『あ~れ~』

 九尾の腰に巻いた細長い布の端をカランが引っ張る。九尾は間延びした悲鳴を上げてくるくると回転する。

「きゅうちゃん、腰に布を巻いて、何やっているの?」

『帯をほどいているの』

『帯?』

『これはね、「おやめ下さい、お代官様、ご無体な」という遊びなんだよ』

 鸚鵡返しで聞くリムに、九尾が語前足の指を一本たてて顔の横に持って行って言う。

 全く懲りない狐である。

 天候に恵まれてネーソスは快速で進んだ。

 歌やお喋りに興じていた幻獣たちは、今は思い思いにのんびりと過ごしている。

 前方には陸地が薄っすら見えて来ており、じきに上陸できそうだ。

『……』

『この先の海の底に人工物があるって言っているよ』

 ネーソスの言葉をユルクがみなに伝える。

 わっと前方に幻獣たちが集まる。

「みんな、急に前に集まったらネーソスが重いよ」

 言いながらシアンは後ろに下がる。

 すぐさまティオも続く。

 一角獣はユルクの言葉にふわりと舞い上がり、海水に蹄をつけそのまま飛行して水の尾を長く引く。首を下げ、角の切っ先を海水に付ける。

『本当だ。神殿のようなものがあるね』

『流石は水の精霊王の加護があるベヘルツト!』

『どんなものか分かるんだねえ』

 九尾と麒麟が感心する。

『シアン、できれば行ってみたいのだが』

「うん。英知に空気の膜を張って貰おう」

 リムがフェルナン湖でもそうやって湖底を探索したのだと一角獣やユルクに話す。一角獣はフェルナン湖傍の塔に長らく閉じ込められており、ユルクは湖を一時ねぐらにしていた。

『スクイージーという魚型の異類がいたよ』

 ティオの話をわんわん三兄弟とカラン、リリピピが興味深そうに聞く。

 ユエはそこで新たな素材との出会いがあるのでは、と期待に胸を膨らませる。

『変なのがいる!』

 言うや否や、一角獣が潜水する。すぐに海面から顔を出したその口に咥えていたのは、木の根のような枝分かれした足を持つタコだった。

『前にジャガイモと一緒に料理してくれたのが美味しかったから』

 それで狩ってきたというタコには数十本の足がある。後で調理しようと、風の精霊に鮮度を保って貰いつつマジックバッグに仕舞う。

 一角獣はタコを初めて見た際、変な生物だと忌避したが、シアンの勧めでジャガイモと共に調理したものを食べていっぺんでその美味しさの虜になった。

 そんな風にして、時折横道に逸れつつ、向かう先、ネーソスと一角獣が感知した海中の神殿は陸地からほど近い場所にあった。

 向こうには港町があるのか、帆を風に孕ませた船が小さく見える。

 風の精霊に空気の膜を張って貰った一行はネーソスの甲羅に乗ったまま潜水した。

 緊張して体をこわばらせるわんわん三兄弟を、シアンが念のために抱きかかえる。

 麒麟、鸞、カラン、ユエ、リリピピも潜水は初めてで好奇心が半分、恐れが半分といった態である。それでも恐怖が半分で済んでいるのは風の精霊が力を貸してくれているからだ。

 シアンと共にいれば滅多なことはあるまい。

 そして、実際海の中へ入ってみると口々に歓声を上げた。

 シアンは光の精霊にも頼んで幻獣たちの視覚も確保して貰っていた。

 ひとしきり初めて見る光景を楽しんだ幻獣たちはそれぞれの興味があることに移った。

 鸞は書で知り得た知識を実際目にすることができて注意深く観察し、麒麟はこれが一角獣たちが見ている光景なのかと感心し、ユエは事前に仕入れていた情報で素材になるものはないかとあちこちを見渡した。

 わんわん三兄弟とカラン、リリピピは地上と変わらず過ごすことが出来ることに驚きながらも好奇心のままにあちこち見やる。

 シアンはあれほど水を怖がっていたわんわん三兄弟が興味を持って周囲を見渡しているのに、安堵した。

『わんわん三兄弟、楽しそうだね!』

「「「わん!」」」

『あっ、ベヘルツト、あれも! そっちのも!』

 向こうではベヘルツトがユエが指さす獲物のを迅速に狩り、マジックバッグに収められていく。

『シェンシが言っていたのはあれじゃない?』

『ちょっと崩れているね』

 ティオとリムがいち早く目的のものを見つけたらしい。

 シアンも目を凝らしてみると、途端に視界が明瞭となり、遠くまで見通せた。まざまざと遺跡跡と思しき石柱が林立する建物が見える。

 切妻型屋根を頂く石柱にはいくつも縦に溝が入り、中央部がほんのり膨らんで削り出されている。破風に見事な彫刻がなされている。

 細部まで見通せることに、シアンは息を呑む。今更ながらに精霊の助力というのはすごいものなのだなと思う。

「神殿跡に鮫のようなのが沢山集まっているね」

 大丈夫だろうかと不安に駆られるシアンに、ティオが事も無気に返事する。

『じゃあ、片付けてくるよ』

「ま、待って、ティオ」

 今にも飛び出しそうなティオは首をひねってシアンを振り返る。

「あ、あのね、一応、敵対しそうなら、ね」

『分かった。近づいてみて襲ってきたら倒す』

 こっくりと頷く様は可愛いが、発言内容は中々過激である。

『ティオはシアンの言うことには耳を貸すんだにゃ』

 遠ざかっていくティオの背を見守っていると、カランが後方で幻獣たちと話し合っている。

『ティオさんはシアンちゃんとリム、精霊王しか止められませんよね』

『ティオだからな』

 九尾と鸞がカランの言葉に頷く。

 海底の遺跡を住処にする鮫型の魔獣たちは、闖入者に容赦しなかった。少なくとも、本人たちはそのつもりだっただろう。

 そこは彼らの縄張りであり、現れる者は彼らの餌である。

『ティオに殺気を向けちゃったね』

 シアンの肩で共に成り行きを見守っていたリムが残念そうに言う。

『リムだってきゅうちゃんが肩縄張りをちょっと触っただけで怒ったのに』

 九尾が揶揄うようにリムを見やる。

『だってぼくのだもの』

 腹を立てたことを思い出してややばつが悪そうに、それでも不満気にへの字口を急角度にする。

『あれは魔獣だから仕方がないよ。ティオも意思疎通ができる相手には一応声を掛けているしね。敵意を向けられたら狩っているけれど』

 ユルクが鎌首を近づけてシアンに言う。ティオもフェルナン湖の異類スクイージーたちのような意思疎通をできる者を無暗に襲おうとはしないということか。

 それでも心配そうに見守る先で、ティオは自身よりもやや大きく、流線型で泳ぐのに適した体をしている相手をものともせずに狩っている。

 初めは水中では見たこともない体形のティオを侮り嬲ってやろうと複数が鋭い乱杭歯をむき出しにしたが、陸と空の王者は水中でも強かった。軽く前脚を振り、嘴で啄み、尾で叩く。

『あれはメスの腹の中で一番先に孵化した胎児が、他の兄弟姉妹を共喰いして成長する』

 風の精霊の解説に、とんでもない魔獣だったとシアンは青くなる。

『すごい、強いね』

『『『流石でござります!』』』

 麒麟が感心し、わんわん三兄弟の声が揃う。

 あれこれと一角獣に狩って欲しいと指示していたユエもようやっと本来の目的を思い出す。いや、ユエにとっては素材集めが主目的だ。

 一角獣は鮮やかに鮫型の魔獣を狩っていくティオを、声には出さないものの、感心して眺める。

『お前、あんな存在にいつも仕置きをされているのかにゃ』

『よく生きていられたものだよね』

 カランが目を丸くして九尾を見やり、当の本人は今更ながらに震えが止まらない様子だ。

『だったらふざけた真似をしなければ良いものを』

『ですが、まあ、それが九尾殿と言いましょうか』

 鸞が呆れ、リリピピが取り成す。

 向かって来る魔獣を狩り、逃げ出した者は追わず、ティオは獲物をマジックバッグに詰める。ちょうどそのころにはネーソスはすぐ傍まで近づいており、共に海中を並走する。ユルクと一角獣も続く。

 普段、ティオの背に乗せて貰っているので、彼の飛翔を傍から眺めるのは新鮮だった。

 海流を作り出すほどに力強い羽ばたきは時に優雅に大きく広がり、時に優美にたわむ。隆起する筋肉がしなやかに強靭に動く。

 ティオに見とれていると、いつの間にか目的地に着いていた。



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