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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
372/630

12.出発間際の様式美 ~好奇心は/行ってまいりますの巻/出発進行!~

 

 山のように成長した雲の峰と蒼穹のコントラストが鮮やかな日だった。

 ネーソスと初めて出会った浜辺に綾織物に似た漣ができている。

『美しい波の綾だな』

 波打ち際を眺めるシアンの傍らに鸞が立つ。

 そちらを見やると、少し離れた岩場で岩の狭間に前足を突っ込んでいた九尾が悲鳴を上げるのが視界に映り込む。

「きゅっ!」

 何事かと二、三歩近づくと、九尾が引き抜いた前足に蟹がはさみで挟み、くっ付いている。

 それを見て腹を抱えて笑っていたカランは近くに波に打ち寄せられたらしき壺を好奇心に負けて覗き込み、「みぎゃっ!」亀に鼻を咬まれた。甲羅の半ばまで姿を現した亀はすぐに引っ込んだ。

『こやつらが吾と同じ幻獣の頭脳チーム、か』

 鸞が呆然と呟く。

 シアンからしてみれば有事にしっかり役立ってくれているのだ。十分にその知恵に助けられている。

 海面が盛り上がり水をかき分けて姿を現したネーソスが、止せる波に合わせてするりとシアンの眼前にやって来る。少し勢い余った様子で、至近距離で顔を見合わせる形となり、シアンはため息交じりに笑って腕を伸ばし、その後頭部を撫でる。

 本来の大きさのままで登場したネーソスは準備万端ですぐにでも出発できるという意志を伝えてくる。

 こちらも本来の大きさのユルクがネーソスの後から鎌首をもたげる。水の粒子が滑らかな体を滑って散らばり陽光を反射させる。

 高揚する気分のまま一角獣と共に浜辺の上空を弧を描いて飛びまわっていたリムがついと飛行してくる。それに気づいた一角獣が次の瞬間シアンの真隣りに位置する。

 ティオが軽く跳躍してシアンの傍らに音もなく佇む。

 浜辺でどんな景色が見れるかと話し合っていた麒麟とリリピピがシアンとネーソスの下へやって来る。

『カラン、九尾、行くよ!』

 ユエは痛みに悶絶する二頭に声を掛けて自身もシアンの方へ急ぐ。

『嫌だワ~、変なところを見られちゃった!』

『お前はいつも変にゃよ。通常運転にゃ!』

『カランだって鼻を挟まれていたじゃないのヨ』

『そこに壺があったら覗き込みたくなるにゃろう?』

『今の語尾は厳しすぎやしませんかね』

 二頭で賑やかに言い合いながらやって来る。

 わんわん三兄弟は楽し気な一向に一歩足を踏み出したり、見送るために控えるセバスチャンの顔を見上げたり、シアンたちとセバスチャンを見比べたりした。

『行っておいで』

 無表情のまま言うセバスチャンに、一瞬泣きそうに顔を歪めたが、くっと堪える。

『い、行ってまいります!』

 言い様、アインスが未練を振り切るようにしてたっと駆けていく。

『アインス! ……行ってまいります!』

 勢いよく駆け出したものの、砂に足を取られてこけそうになるアインスに、ウノがセバスチャンに挨拶し、さっと向かう。

『セバスチャンの分まで主様によくお仕えして参ります!』

 珍しくぴしっとした端正なお座りポーズを取り、つぶらな瞳に決意を込めて挨拶したエークに、セバスチャンは一つ頷いた。その変わらぬ表情の奥に満足げな意志を読み取って、エークは尾を激しく振りながら足を踏み出す。三歩目にはアインスと同じく砂に足を取られた。

 セバスチャンは顔色を変えず、エークを掬い上げ、歩みを止めずに砂浜でもがくアインスとそれを助け出そうとするウノをも回収して、シアンの近くに移動して一礼する。

「セバスチャン、後を頼みます」

『畏まりました。一路平安と楽しい旅になりますようお祈り申し上げます』

 白い手袋の上で硬直するわんわん三兄弟をリムが覗き込むが、家令は気にした風ではなく平然と道中の安寧をはなむけしてくれる。

『行く先々の闇の神殿で転移陣登録をしてくれると言っていましたから、いつでもすぐに戻って来れるでしょう?』

『言ってやるにゃよ。連中はセバスチャンと離れたことはないのにゃよ』

『つまり、初めての親御さんの下を離れたお泊り会?』

『なるほどね』

 九尾とカランの戯言にユエが腕組みして頷く。

『連泊だし、不安だろうねえ』

 麒麟が気づかわし気に蹄で空を掻く。

『転移陣がある場所まで離れていても我がすぐに連れて行ってあげるよ』

 何をそんなに不安に思うことがあるのかと一角獣が蹄で砂浜を掻く。

『リリピピは常にその心もとなさと闘っておるのだな』

『いえ、わたくしなど。行きは風の君にどういった風に歌おうか、帰りはシェンシ様やみな様にどのように旅の光景をお伝えしようかと考えていればすぐです』

 鸞がリリピピの日頃の忍耐に感心すれば、リリピピが恐縮する。

『そっか! わんわん三兄弟もセバスチャンに楽しい話をできるように、いっぱい見て聞いて嗅いで味わって触って、覚えておこうと思えば、きっと寂しくないよ!』

『そうだね。セバスチャンが旅に出たような気分にしてあげると良い』

 リムがリリピピの言葉を受けて提案し、良い考えだとティオが重々しく頷く。

『『『はい!』』』

 家令の腕の中で決意を新たに、わんわん三兄弟はリムとティオの言葉に力強く返事をする。

 セバスチャンはそんなわんわん三兄弟をさっさとネーソスの甲羅の上に乗せた。素っ気ない家令だが、わんわん三兄弟はそれでも慕わし気に名残惜し気に家令を見上げて尾を振る。

 今回もティオがシアンを背に乗せてネーソスまで運ぶ。

 リムがさっとネーソスの頭の方へ飛んでいき、その上で四つん這いになる。

 長い首を前へ伸ばし、尾を楽し気に左右に振る。ネーソスは面白がるようにきゅっと目を細める。

 リムはネーソスが意に介さないことを良いことに、そこに陣取って後ろ脚立ちし、片前脚を雄々しく掲げ『出発進行!』と掛け声を上げた。

 ネーソスも付き合い良く、リムの声に合わせて発進する。

 幻獣たちが歓声を上げ、浜辺で見送るセバスチャンに手を振るシアンと並んで挨拶を口にする。

 リムに掛け声は恐らく教えたのは狐であろう。

 ティオはさりげなく近づき、尾で九尾を横ざまに振り払う。

「きゅっ!」

 ころころと転がっていき、あわやネーソスの甲羅の端から海に落ちそうになる。

 昨年のユルクとの出会いの出来事再び、今度は海に着水するかというところで、すかさずそのユルクが押し止める。

『おお!』

『ないすきゃっち、でござります!』

『も、もしやそれが特訓の成果!』

『うん、そうだよ。みんなが落っこちないように、ネーソスと特訓したんだ』

 わんわん三兄弟が誉めそやし、ユルクが満足がいく結果に口を横長に緩める。

「ティオ、きゅうちゃんは泳げないと聞いているよ。そんな風にわざと落とそうなんてしたらいけないよ」

『でも、狐はリムに変なことばかり教えるもの。口で言っても聞かないし』

 シアンも先のカランの発言があったように、九尾の戯言はいわゆるコミュニケーションの一つであり、また相手の気分を軽くするものだと思っていた。ただ、ティオが言う通り、リムを揶揄ったり変なことを教えるのもまた事実だ。

 しんなり眉尻を下げるシアンに、ティオがネーソスの上ではもう少し手加減すると引いてくれた。

 二人のやり取りをおろおろと眺めていた麒麟が安堵のため息を吐く。

『あは。きゅうちゃんも遠出にはしゃいでいるんだよねえ』

『そのお陰で色んな者に影響が出るのだがな』

 麒麟に鸞が首を左右に振って見せる。

『なれど、九尾様の安寧をもたらすお力は確かなもの』

『闇の眷属たる我らも驚くほどの手腕』

『相手の心の機微に敏感なお方でござります』

 自身もよく揶揄われるわんわん三兄弟は、それでも九尾がフォローしてくれることが多々あることを知っているだけに擁護する。

『九尾のは捨て身の気づかいだにゃあ』

『分かりにくいんだよね』

『わたくしが思うに、九尾様はお心配りを大々的にされるのは避けたいのでは?』

 ユエが言うように判別しにくいのではなくて、九尾がわざとそうしているのではないかとリリピピが分析する。

『ヤだワ~、もう、みんな、きゅうちゃんのことばっかり!』

 言葉だけは照れている風だが、「きゅうちゃんフォーエバー」というタスキをかけてポーズを取っている。

『あの恰好、良くしているけれど、何なの?』

『可愛い狐のポーズなんだって!』

 一角獣が小首を傾げ、リムが答える。

 とにもかくにも、シアンと幻獣一行は旅立った。

 事が起きれば一瞬で解決を迎える彼らは、とかく出発するにひと騒動ふた騒動を要した。

『様式美、暗黙の了解です!』

 ともあれ、何とか出発した。

 無事に出発したのを見送ることが出来たセバスチャンも、おそらく胸をなでおろしていたことであろう。



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