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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
366/630

6.遠出の準備1 ~試乗会~

 

 リリピピは小鳥の姿をした幻獣である。

 炎の上位神の眷属の末端に連なる者ではあるが、さほど力を有していなかった。

 小鳥の大敵は猛禽である。その猛禽、鳥の王の半身を持つティオを畏れた。ティオの方はと言えば、貴重な歌い手という認識だ。

 館に滞在するリリピピは良くシアンのリュートに合わせてリムと合唱する。庭の片隅に座ってリュートを奏でるシアンと、リムと並んで歌いながら微笑み合う。

 太陽の光をきらきらと弾く美しい音にうっとりと幻獣たちは聴き入る。ティオも同じくだ。

 また、シアンから任された仕事をこなすために長期の旅に出るのだ。そんなリリピピをティオが邪険にするはずもない。

 もう一羽の鳥型の幻獣、鸞は諸鳥を生み出したと称される。

 リリピピは鸞にもまた頭を垂れた。旅の途中、休憩に降り立った場所で土付きの植物を採取しては持ち帰ってくると喜んでくれる。

 リリピピが語る旅先の景色を幻獣たちと共に楽しく聞いてくれる。気候や地形など詳しく訊かれるので、以来、漫然と飛ぶのではなく、気を付けて記憶することにしていた。

 小鳥ではあっても幻獣で、今までも一応、高位に属していた。危険察知に長けた小鳥は幻獣たちと同じく、島に住むようになってからは精霊たちの助力を受け、力が横溢していることを自覚した。

 小さい脳ではありえないほど、沢山のことを記憶して持ち帰り、鸞と話し合うことが殊の外楽しかった。それをシアンや麒麟もにこやかに耳を傾けてくれる。リムは好奇心の赴くまま顔を輝かせ、わんわん三兄弟と様々に意見を交わし合う。

 一角獣はそんなに小さい体で高高度を遠方まで飛べるなどすごいことだと感心してくれた。ユエは旅の途中の休息に、風雨を凌げるように簡易版鳥小屋を作ってくれた。麒麟が特訓中の隠ぺいの魔法を丁寧にかけ、他者に見つからないようにしてくれた。

 ユルクとネーソスは海産物をくれるし、カランは人に出会った際、どんな風にすれば声音の美しい小鳥として愛されるかを教えてくれた。

 九尾は精霊の助力があるのだからリリピピは不安がらずにただ一心に歌を届けることだけ考えて進めば良いと言ってくれた。

 そう、余計なことを考える必要はないのだ。

 リリピピは館でシアンたちと楽しんだその心のままの弾む音楽を届ければ良い。

 そうして、春のお茶会の後飛び立ったリリピピは夏前に舞い戻って来た。

「お疲れ様、リリピピ」

『お帰り』

『あのね、みんなで遠出に行くんだよ。リリピピも一緒にネーソスに乗せて貰おう!』

 シアンが穏やかな笑顔で、ティオが泰然と、そしてリムが楽し気に片前脚を上げる。

 何のことかわからないリリピピは目を白黒させたが、次々に現れる幻獣たちが口々に説明してくれるのを聞き、事情が呑み込めた。そして、みな一様に楽しそうにする様子にリリピピも心が弾んでくる。

 リリピピは炎の神の眷属だ。風の精霊の最上位たる存在に歌を届けるのは畏れ多くも光栄な任務だ。

 けれど、こうやって館の幻獣たちと過ごすこともこの上なく楽しかった。



『一度みんなを乗せて海を泳いでみたい』

 久々に聞くネーソスの声は低く落ち着いていた。

 両手に載るほどの大きさで中空に浮き、シアンを見やる。

「ありがとう。実は僕も考えていることがあるんだ」

 ネーソスがどれほどの速度で海を渡るか分からないが、どうしてもシアンはこまめにログアウトをする必要がある。

「だから、ネーソスの甲羅の上で異世界の眠りに入れないか試してみたいんだよ」

 いわば、移動するセーフティエリアである。生物の上でログアウトができるのか。ログアウトした後、移動した先でもログインできるのかどうか。検証が必要だ。

 ネーソスは了承するように目を瞑って一つ頷いた。

『無理なら英知に頼もう』

「うん。それも視野に入れているんだ」

 ティオの言葉にシアンは頷く。

 九尾がおや、という表情をする。

『珍しい』

「頼れるところは頼らなくてはね」

 そうでなくとも、シアンの事情で何度も足止めをすることになるのだ。

『どうしても駄目なら、ぼくが島とネーソスを往復するから』

 ティオは事も無気に言う。

「ありがとう」

 快晴の日、いつぞやバーベキューをした浜にシアンと幻獣たちは集合する。

『ここにネーソスが現れたんだにゃ』

「そうだね。大きすぎて島かと思ったよね」

『その際、我らがネーソスに引っ掛かったスタニックを拾い上げたのでござりまする』

『その時はよもや非人型異類に寄生されているとは露知らず』

『我らが引き入れてしまったのでござります』

「君たちがいち早く見つけてくれたお陰で、スタニックをすぐに助けることが出来たんだよ」

 随分衰弱していたからね、としょげるわんわん三兄弟の傍らにしゃがみ込み、シアンはその小さな頭を代わる代わる撫でた。

 リムがその後ろにつき、自分の頭も差し出す。ティオ、一角獣と続く。

『またこれですか。一体いつになったら出発できるんでしょうねえ』

『出発間際の騒動はお主が一番手間を掛けさせているがな』

 九尾の嘆息するも、鸞の言もまた的を射ている。

 ティオの背に乗って楽をしたくていつも騒いでいる。シアンのすぐ傍にいることが最も安全で快適なのだと知っているのだ。

 列の最後尾に並ぼうとした麒麟が九尾の言葉を聞いて躊躇するのをネーソスが無言で促す。

 麒麟の次にネーソスまできっちり撫でた後、シアンはネーソスに大きくなって貰った。

 のそのそと中空で四肢を動かして海に近づく。

 と、するするとネーソスの体が大きくなり、着水する。

『わあ、大きくなった!』

『シアンのテントを張れるね』

『『『島のようでござりまする!』』』

『この大きさのネーソスを見るのは久しぶりだなあ』

『すごいね。大きいね』

『うん。我たちが乗っても十分に広い』

『私の何倍でしょうか』

『これなら甲羅の上でも道具作りができるの』

『ユエ、ネーソスの上で火を焚いてはならぬぞ』

『そうにゃよ。ネーソスが驚いて海中に潜ったら大変なのにゃ』

『そうなったらわんわん三兄弟が溺れて流されてしまうね』

 幻獣たちが口々に言いながら、ネーソスの甲羅の上に乗る。

 シアンもよじ登ろうとしたら、ティオが傍らで後ろ足を折り、乗るように促す。

 一旦断るものの、再度言われ、言葉に甘えた。

 生唾を飲み込みながら海を凝視するわんわん三兄弟は一角獣が背に乗せて運んだ。

『さあ、やってまいりました、ネーソス試乗会! シアンちゃんとゆかいな幻獣たちご一行!』

 九尾はネーソスの甲羅に着地するや否やフォーエバーポーズを取る。

『試乗会? ゆかいな?』

 聞きなれない言葉にリムが小首を傾げる。

『気にしなくても良いよ』

 シアンを下したティオが尾で九尾の後頭部を払い、うつ伏せに倒れこむ。

『そんな所で寝ておると邪魔だぞ』

『きゅうちゃん、大丈夫?』

 鸞が胡乱な視線を送り、麒麟が心配気に小首を傾げる。

『懲りないね』

『ここまでくると九尾はあれにゃ。ティオさんに構ってほしいんじゃないのかにゃ』

 ユエとカランは島に来たころの衰弱が嘘のように軽やかに飛翔して着地する。

『丁度良い』

 一角獣は九尾の柔らかい尾が緩衝材となるとばかりにそこへわんわん三兄弟を下す。

「きゅっ!」

『わわ!』

『す、済みませぬ』

『最近食べ過ぎておりますゆえ、重うござりましょう』

 わんわん三兄弟は慌てて飛びのく。

 そんなやり取りを余所に、ネーソスは既に移動を開始していた。ユルクはその傍らに付き添っている。

 甲羅はあまりに広大なため、その傾斜は緩やかだ。滑らかな動きのお陰も相まって、乗っていても別段海に落ちることもない。

『ああ、島が遠のいていく』

「ふふ、不思議な感じだよね。何もしていないのに移動していくというのは」

 ネーソスの尾の近くに佇み、見送るセバスチャンと砂浜を見つめるリリピピにシアンが微笑みかける。

『はい』

「いつもはリリピピは自分で飛んで移動するものね。リリピピ、君は勇敢だね。独り遠い所へ歌を届けに旅立っていく。それを願った僕が言うのもおかしいかもしれないけれど」

 傍にしゃがみ込んだシアンにリリピピは目を丸くする。

「いつもありがとう。そして、今度の遠出はたまにはみんなと旅するのも楽しいのではないかなと思ったんだよ」

 シアンは自分も楽しみにしていると笑う。

 確かに、いつもは自分の翼と魔力で進む空ではなく、四霊の一角をなす聖獣の背に乗っているだけで、海の水をかき分け進んでいく。不思議な心地がしたが、不快感からはほど遠い。

『はい。はい、私もとても楽しみです』

「ふふ。今みたいに出発するのに時間が掛かるんだよ。でも、それも面白いよね」

 幻獣たちの他愛ないやり取りを楽しむことに主体を置くシアンに、確かにその通りだとリリピピは思う。長い生を生きる幻獣たちは出かける前から楽しみ尽くしている。彼らもまたシアンと幻獣全員とで遠出するのを楽しみにしているのだ。気持ちが高揚してはしゃがずにはいられないのだろう。

『シアン、テントできたよ!』

「はーい」

 ネーソスの甲羅の半ば近くにテントを張ってティオやリムたちがこちらを見やっている。

「じゃあ、僕は行くね」

『はい』



 シアンはテントでログアウトしようとしたが出来なかった。

 そこでテントから出て、風の精霊を呼び出し、何とかならないものかと相談する。

『承った』

 リムに空気の膜を張ってくれと言った時やわんわん三兄弟を乾かしてくれと言った時と同じような語調で了承される。

 シアンの方ができるのか、と目を見開く。

『これで出来るようになったよ』

 数拍の後、風の精霊が理知的な視線を送って来る。

「え、もう?」

『流石は風の精霊王、世界の管理者!』

『正しく、万物を知る英知の王!』

 九尾と鸞が手放しの称賛を贈る。

『まことに!』

『素晴らしきかな!』

『いとも容易く!』

『英知はすごいものね!』

 わんわん三兄弟が誉めそやし、リムがふんすと鼻息を漏らしながら自慢気に胸を張る。ティオが重々しく頷く。

 常に理性的で整った相貌の風の精霊は、幻獣たちの言葉にふと頬を綻ばせる。

「ふふ、みんなも何かしら英知のお世話になっているものね」

『ありがとうございます』

『お世話になっています』

 一角獣と麒麟が揃って頭を下げる。

 その後ろでカランとユエも続く。

 リリピピが驚いて小刻みに首をたわめるように揺らすが、すぐに首を垂れる。力なき小鳥としては空気を読むことに長けていなければ生きてはいけないのだ。

 シアンはその後、ログインログアウトを行い、不具合がないことを確かめる。ネーソスの移動中であっても支障はなかった。

 幻獣たちと音楽を楽しんだりおしゃべりしたりおやつを食べ、数時間のクルージングはあっという間に終わった。リムはユルクと共に代わる代わる、ネーソスの口元におやつを持っていき食べさせた。

 島に戻り、ネーソスに疲れていないかと尋ねれば、全く問題ないという力強い応えが返って来た。

「じゃあ、僕たちも準備をしなくてはね」

 シアンの言葉に、幻獣たちは揃って頷いた。



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