5.それぞれの工夫
ガエルは射出した衝撃波を網目に器用に編み上げる。
これには魔法補助が必要だったが、何とか実践に用いられるまでに仕上げた。
それを自在に操られるよう精度を上げることがガエルたちの次の課題だった。
そのはずだったのだが、射手の負担を考えて観測者も何かできないかとエヴラールは考えた。不測の事態に備え、射手が発射した衝撃波を観測者が網目状にできないかと試行錯誤した。
周囲を警戒しつつ網を任意の形にするというのにエヴラールは苦労した。結果ははかばかしくなく、エヴラールは村で網を作るのを得意としていたクロティルドに相談した。
クロティルドが扱うのは藁で編む本来の網だ。そして、できない者への助言をするのは慣れているものの、彼女自身もできないことを想像上であれこれ言うのはもどかしいらしく、クロティルドとエヴラールは幾度となくぶつかった。そこへベルナルダンが首を突っ込むものだから、勢い、アシルも巻き込まれる。
頓珍漢なことを言うベルナルダンがはじき出され、観測者三人でああでもないこうでもないと話し合う。
通りがかったカランタを丁度良いとばかりに引き入れ、観測者はチームを組んで意見を出し合った。隣を歩いていたミルスィニがどことなく嬉しそうだ。そのままそっと傍を離れる。
カランタの毒舌を警戒するアシルを余所に、クロティルドがうまく乗せながら言葉を引き出していく。
「せっかく網状にできたのだから、もっとこう形を整えられないかしら」
「そうね、思う通りの形にできたら、結構役に立ちそうね」
荒唐無稽だとかどうやってだとか頭から否定するのではなく、まずはカランタの言を一考の価値があるとクロティルドが受け入れる。
「あ、ああ、そうだな。それが出来りゃあ、色々やり様が広がりそうだな」
「問題はそれをどうやってするか、だな」
女性陣に同意するエヴラールにアシルが腕を組む。
「それこそ、魔法で何とかできないかしら」
「しかしなあ、射手に負担が掛かりすぎる。網目状に射出するだけでもいっぱいいっぱいだからな」
カランタの言葉にアシルが唸る。
否定されたと反射的に口を開きかけるカランタよりもクロティルドが一拍速い。
「そうよね。ロラみたいに疲弊させてはいけないわ」
「となると、これは俺たちの仕事ってことになるな」
「ええーっ」
既に衝撃波を網目状にするのに挑戦していたエヴラールの発言にカランタは咄嗟に声を上げるが、それもそうかもしれないと思い直す。
「いいえ、でも、そうね。射手がするにしろ、観測者ができなくても良いというのではないわ」
悲鳴の余韻が残るうちにすぐに翻す。
いつまでも拗ねてやる気がない振りをしているのは良くないのだ。そのくらいの知恵は回る。
現に、アシルがおや、という表情をする。
「どちらか一方に負担を掛けるのは良くないし、どちらもできるに越したことないもの。カランタの言う通りね」
クロティルドも同意し、アシルが腕組みを解く。
「じゃあ、各々魔法操作の訓練、ってことだな」
「そのこともなんだけれど、どうかしら、ミルスィニにも衝撃波を網目状に射出するのを覚えて貰うというのは」
「ああ、それは良いな!」
纏めるアシルにクロティルドが提案し、エヴラールが諸手を挙げて賛成する。
「ふむ。ミルスィニはどうなんだ? 教えるのはやぶさかじゃないが、新しい環境に慣れるのを待った方が良いかもしれんしな」
「確かにこればかりは本人のやる気次第よね。カランタ、貴女はどう思う?」
ミルスィニや自分たちに新しい戦法を惜しげもなく教えてやろうと言う。クロティルドに至ってはカランタを相談に引き入れ、折に触れて意見を尋ね、その発言に耳を傾けてくれる。
嬉しかった。
だからこそ、斜に構えず力を尽くそうと思えた。
必死になってみっともないと笑われようが、置いて行かれるよりはましだ。
「私も賛成よ。ミルスィニにも訊いて来るわ!」
すぐさま踵を返す。
クロティルドもロラを連れてくる。
そうして、衝撃波を扱う異類たち八人はそれぞれ教え合い、切磋琢磨に励む。
グェンダルが離れた場所から安堵のため息を吐いて見守っていた。
その後、彼らの放つ衝撃波は後に強靭かつ縦横無尽な編み目となり、敵を絡めとるようになった。
リリトはエメリナがマウロからシアンの様子を気に掛けてやってくれと言われたと聞き、深刻な表情を浮かべた。
南の大陸で大勢の人間が流行り病で死んでいったのだという。
リリトは南の大陸へ行く班には参加しなかった。だから、どんな風だったかは分からない。けれど、生まれ育った村やゾエ村で凄惨な様子なら目の当たりにした。
シアンもまたあれに類するものを目したのだろう。
常に穏やかな物腰で幻獣に囲まれて微笑んでいるシアンが胸を痛めたのだと思うと、居ても立っても居られなかった。
エメリナもまた居残り組で物資の調達に駆けずり回った一人だが、平気な顔をするマウロのことを案じた。
「いつも何てことないという顔をして色々他の人の分まで背負い込んでいるんじゃないかって思うの」
マウロについてそう言う彼女に、首領に対して以上の感情を持っているのではないかと踏んでいる。
「二人して何を密談しているの?」
振り向けば中肉中背の女性がいた。
「リベカさん」
「密談なんてしていないわよ。ただ、先だっての流行り病に付いてちょっとね」
「ああ、大変だったみたいだね」
リベカはディランと共に魔族の国へ行っていた。帰った後、戦闘訓練には加わっていたものの、労いで休息を取るよう言われて南の大陸への班からは彼女たちも外されていた。しかし、拠点にいるのに他の団員が忙しなく動く中、のんびりしてもいられず、結果、後方支援を整えるグェンダルとカークを手伝って大いに働いた。
だから、自分たちの目で見てこそいないが、その惨状は耳にしていた。
「頭がシアンさんのことを気に掛けてやってくれと言っていたのよ」
「あの人は大丈夫でしょう。幻獣たちが傍に付いているんだから。頭だってそうだよ。手のかかる団員たちがいるんだから、そうそう落ち込んでいられないよ」
意味あり気に背中を叩かれ、エメリナが目を白黒させる。その様子から、リベカもまたエメリナの気持ちを察している一人なのだなと知る。
「それより、団員たちのことを目を配ってやる方がよっぽど頭の力になるよ」
ま、いつものあんたのやっているようにね、と片目を瞑って見せるリベカはもう一年以上の付き合いになる。出会った当初はやる気がなく、任された仕事からのらくらと逃げ出そうとしていた。けれど、レフ村のティオの下知を受け、人が変わったようにやる気を見せた。そうなってから彼女の働きは目覚ましかった。
器用ではないのでこつこつと積み上げていくしかなく、ちょうどそのころ、成果が見え始めていた。どんどん追い上げてこられてあっさり追い抜かれたような面持ちになったが、こうやってエメリナのような縁の下の力持ちの人間の特性を見知ってさりげなく励ますこともできる人間なのだなと感心する。
「それでなくとも、今うちの団員どもときたら。古参は自分の新しい装備を使いこなすのと戦力増強に全精力を注いで新団員を放ったらかしにしがちだからね」
リベカが嘆息する古参の団員、例えばグラエムは武器兼防具の籠手を用いて狩りと称して魔獣を殴りつけている。よくもそんな至近距離に飛び込めるものだが、そこが彼の間合いだ。
アーウェルはスリングショットの中身を作り出すのに忙しい。
双子はブーメランの扱いに夢中だ。
異類たちは二手に分かれて各々の連携に勤しんでいる。
ゾエ村の異類たちはミルスィニとカランタも交えて纏まりつつある。グェンダルが夜中に盃を傾けて涙目になっていたのは見て見ぬふりをしておいた。
ロイクとアメデはオルティアという異類と組み、さらにイレルミという新団員を加えて諜報隊という新たに独立した精鋭部隊と化した。その武力と精度は凄まじい。先だっての訓練で目の当たりにして驚愕したものだ。
実はリリトはテイマーのセルジュと共に、時期を迎えればこの部隊に配属されると先んじてマウロから聞かされていた。
自分もセルジュも武力を持たない。
密偵としての技術を要求されていると見て良い。つまり、諜報隊では武力一辺倒ではなく特殊か高難度の任務に就くことが多いのだろう。
自分もゾエ村の異類たちに負けてはいられない。
ミルスィニとカランタといった同世代の同性が入団したことは、リリトにとっても良い刺激となっていた。
「私はセルジュと連携の訓練をする約束があるので行ってきます」
リリトの隠ぺいとセルジュのテイムモンスターがうまく機能すれば情報を抜くのは容易になる。自分たちが求められていることを考え、訓練しようと話し合った。
「行ってらっしゃい」
「気を付けて」
エメリナとリベカに見送られてリリトは足早に待ち合わせ場所に向かう。
「二人もやる気ね」
「そういえば、最近よく二人で訓練しているってベルナルダンがやきもきしていた」
「父親代わりだからねえ」
リベカの言葉にエメリナは吹き出す。
「セルジュも分かりやすいからな」
「も?」
「も」
怪訝そうにするエメリナにリベカはいたずらっぽく笑う。
逸る気持ちのリリトは背後でそんなやり取りが行われていることに気づかなかった。
腹に響く音と共に強烈な光を発した。
視界が戻って来ると、髪や服の裾を激しくたなびかせる長身美女のロラがゆっくりと腕を下すのが見えた。
狙った獲物は倒れ伏し、その近くにいた別の個体も目が眩んでその場をよろよろと覚束ない足取りで歩き回っている。
すかさず幻獣のしもべ団の近接隊が駆け寄り、易々と刈り取っていく。
「精度が上がって来たわね」
「そうさね。最初のころは自分が目が眩んでいたからね」
「本当、いつ団員に被弾しないか冷や冷やしていたわ」
肩を竦めておどけて見せるクロティルドはロラが新しく発現した異能に振り回されがちなのを、観測者として制御に協力してくれていた。
アシルやエヴラールのすることをよく見て真似、果てはカークのすることをも意識し始めている。自分たちがどう動けばカークが運用しやすいかを考え始めた。村での共同生活でも必要とされる技能だった。
ロラは元々、夫ギーの観測者だった。
それが夫を失った際に相当なショックを受けたせいか、手の甲に痣を持つようになった。これ幸いと射手に切り替えた。観測者は元々、強い異能を持つがゆえに視覚や聴覚が低下しがちな射手を補助するために種として要求され作り上げられた存在である。そのため、訓練によって遠くを見通す目、離れた場所の気配を察知する耳を持つ。魔力感知が得意な者もいる。
その理からロラも逃れ得なかった。射手として強力な武力を持つ代償として、持っていた能力を潮が引くように失っていったのだ。
混乱し、強い力を発する射手の能力に振り回された。うまく使いこなせず、焦った。焦りは良い結果をもたらしはしなかった。クロティルドが観測者としての自覚に薄かったこともある。
何とかうまく力を使おうとして力を使い続け、腕に違和感を覚えた。
その異変に一番に気づいたのはバディであるクロティルドだった。気がついてくれたことに安堵する気持ちもあった。
そして、知れば早かった。
クロティルドはその時大きく変わった。ロラや周囲の者のために懸命に務めた。
そうできる人間だった。それがロラの友人だった。
そして、ロラも新しい力を得た。
そのころから、毎夜うなされた悪夢が変化し始めた。
いつも多種多様な死に様を見せていた夫から射手としてのアドバイスを貰ったり、二人で訓練することもあった。
夢から目覚めて、二人とも射手だったらバディを組めないじゃないかと思わず笑い声を立てた。笑声は湿りを帯び、嗚咽に取って変わった。
ロラは羽化するように鮮やかに変じた。精彩を欠いていた姿が、背筋を伸ばし、活き活きとした仕草に変じた。何より強い意志を宿す目、凛とした表情は美しい。
幻獣のしもべ団団員たちは彼女に見とれずにはいられなかった。
「本来のロラが戻って来たわ」
近くで訓練をしつつ、ロラの狩りを見やってリリトが胸を張る。
「ああ、あの人、あんなに美人だったんだな」
「ええ、そうよ」
リリトの呟きを拾ったセルジュがさほど熱のない相槌を打つのにやや不満だった。
「まあ、俺としては……」
「え、何か言った?」
「いや、何でもない。続きをやろうぜ」
「そうね」
まだ告げるのは早いとばかりにセルジュは煮え切らない自身の気持ちから目を逸らした。




