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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
363/630

3.湖で特訓 ~あーれーの巻~

 

 ゼナイドがある大陸の南に位置する島は海流と風のお陰で冬は温暖で夏は暑くはない。

 ただし、日差しが強く照りつつけると流石に気温は上がる。

 リリピピが帰って来たらネーソスの背に乗ってみなで遠出をする予定だ。それに際し、わんんわん三兄弟が決意も新たに言った。

「湖で水遊び?」

『さようにござります』

「ええと、大丈夫?」

『はい。我らも水を怖いなどと言ってはおられませぬ』

『仮にネーソス様の背から落ちても泳いで再上陸できるようにならねば!』

 シアンの前に揃ってお座りし、きりっと眦を吊り上げている姿は雄々しくも愛らしい。

「はは。じゃあ、みんなで湖へ行こうか」

 浅い湖を水の精霊に教えて貰おうと言うシアンに、わんわん三兄弟は顔を見合わせて短い尾を振る。

 肩縄張りで冷感襟巻と化していたリムも楽し気な鳴き声を上げる。

 研究室と工房にそれぞれ籠りがちな鸞とユエも誘っているうち、一角獣がユルクとネーソスを連れてくる。鸞に休憩した方が良い案が浮かぶことも多いとカランが助言し、ユエに麒麟が一緒に行こうよと声を掛ける。

 九尾は大きなパラソルを準備している。

『太陽が眩しい』

『ほんに』

『ユエとシェンシはもう少し定期的に庭にでも出た方が良いにゃよ。かびが生えそうにゃよ』

『えっ、そうなの⁈ 乾かさなきゃ!』

 南の大陸で得た素材に興味津々でつい時間を忘れがちな二頭にカランが呆れ、麒麟が驚いて目を丸くする。

「ユルクとネーソスは暑い中、水の外に出ていても平気そうだね」

『暑い場所や乾燥地帯は苦手なんだけれど、この島では全く平気だよ』

『……』

 それだけ精霊の力が横溢している場所ということだろう。

 一角獣は魔獣の気配を察知しては狩り獲っている。

『あんなに遠くなら別段狩る必要もないでしょうに。こちらにはティオさんもいるから近づいてこないでしょうし』

 ティオは悠然とシアンの隣を歩いている。

 わんわん三兄弟はリムと共に好奇心の赴くまま、あちこちの茂みに顔を突っ込んでは戻るを繰り返している。

 いつもの通りマイペースに時間をたっぷり掛けて湖へ到着する。

 透明度の高い水は陽光を受け、底にゆらゆらと文様を作り出している。

『綺麗だね!』

 黒い翼を広げて近づいたリムの声に呼応して、水がするりと柱を作り、人型を取る。

『傾斜は緩やかだから、よほど中心部に行かない限りは水深は浅いわ』

「ありがとう、水明」

 顕現した水の精霊に礼を言うと、あてやかな微笑みを返される。

 広さもさほどないが、ちょっとした水遊びをするには打ってつけだ。

『特訓開始!』

『『おー!』』

 リムがよくするように、片前脚を振り上げ気炎を上げたわんわん三兄弟は水際に近づく。

 アインスが真っ先にたどり着き、その後ろからウノが覗き込み、エークはへっぴり腰で恐々近づく。

 一歩進んで二歩下がる。

『それ、近づいていないよね?』

『ま、まあ、やる気はあるのにゃよ』

『頑張って!』

『あまり無理をせぬようにな』

『このペースでは泳ぎを覚えるのは到底無理』

 応援と勝手なこととを口々に言う幻獣を余所に、水の属性の幻獣三頭は早速湖の中央に向けてすいすい泳いでいる。一角獣はアメンボさながら蹄で水面を掻くと滑らかに滑っていく。スケートをしているかのようだ。

「水面に浮いているみたいに見えるなあ」

『浮いているね』

 リムがシアンと同じ方向を向きながら言う。

 アインスが意を決して前足を持ち上げ、ちょん、と水面に付ける。さっと戻し、もう片方の足で抱え込む。

 ウノがはっと息を飲む。

『そんなに大層なことなのか』

『セバスチャンにお風呂に入れて貰う時はずっと固まったままだよ』

 半眼になるティオにリムが返す。

 怜悧かつ無表情な執事、前主の手を煩わせまいと懸命にこらえて身を硬くするわんわん三兄弟、という図式が脳裏に浮かび、シアンは吹き出してしまう。

 水際のわんわん三兄弟は、恐る恐るといった態が度を越し、足をもつれさせたエークがウノに勢いよくぶつかり、さらに勢いを増したウノがアインスの背中にぶつかる。アインスの小さい背中ではウノとエークの二匹を受け止めきれなかった。アインスの注意は前方の水に集中していたのだ。完全なる不意打ちである。

『きゃあっ』

『いやあっ』

『あーれーっ』

『またこれか』

 三匹はもつれ合う用意して水に放り出される。

 ティオがぼそりと呟く。

 シアンは慌てて三匹の下へ向かう。

 昨年川に流されて以来、一年かけて一念発起したのだ。その気持ちが無駄になっては可哀相である。川のような流れはなく、浅瀬だからと油断していた。

 シアンが持ち上げようとするが絡まり合った体はどこが誰のものなのか、更にもがき縋りつこうとするので、中々上手くいかない。とにかく水から上げるのが先決だとばかりにやや強引に掬い上げると、くんずほぐれつの態である。

「お、落ち着いて。もう水の中にはいないからね」

 きゃんきゃんひんひんくんくん、情けない鳴き声を上げるわんわん三兄弟を胸と腹を使って抱え上げ、岸に向かう。リムは肩から離れて傍らを飛び、万一わんわん三兄弟がシアンの腕から零れ落ちたら拾い上げようと待ち構えた。

 何とか一匹も落とすことなく岸に着くと、そっと地面に下した。三匹はすぐさま体を揺すって水分を飛ばす。

「わわっ」

『……』

 まともにわんわん三兄弟の作った水しぶきを被ったシアンに、ティオが無言のまま不機嫌になる。その圧力をひしひしと受けたわんわん三兄弟がその場で固まる。

『英知、シアンとわんわん三兄弟の体に着いた水を取って!』

 リムが中空に向けて声を掛ける。

 水面を渡って冷涼な風が集まり、人型を取る。

「リム、大丈夫だよ。今日は暑いし、折角水遊びに来たんだもの。ちょっとくらい濡れても平気だよ。ああ、でも、英知、一応、アインスたちは乾かしてくれる?」

『承った』

 濡れた毛が渇き、わんわん三兄弟の顔色が目に見えて良くなる。まだ体は固まったままだが。

 それを見届けたシアンは湖の浅瀬に足を浸からせたまま、掌で掬ってリムに向けて放り投げるようにして掛ける。浅すぎるのと狙いが甘すぎて、リムには届かないが、新しい遊びだと目を輝かせ、水面についと飛んで行って同じようにシアンに向けて水滴を飛ばす。

 シアンはわんわん三兄弟を見守っていた幻獣たちにも水を放つ。忌々し気に圧力を掛けていたティオに向けても水を飛ばす。水滴がティオの脚に掛かる。

「ふふ、気持ち良いよ、ティオ」

『ティオもやろう!』

 誘われて、いそいそと二人に近づく。脚の半ばもない水深だが、足を勢いよく上げてやれば水の粒が跳ね上がる。

「やったな!」

 おどけて笑いながらシアンが両掌で水を掬ってティオめがけて投げる。

「キュア!」

 リムも長い尾で器用に水を掬い上げる。

 それを避けもせずに笑いながら受けるティオは、振り向くことなくリムの真似をして尾で水を掬い上げ、岸に並んだ幻獣たちに向けて水を放つ。狙ったように彼らの顔に飛沫が掛かった。

「きゅぷっ」

「クォォォン」

「チチチ」

「みゅ!」

「にゃにゃっ」

 幻獣たちがそれぞれ驚きの鳴き声を上げる。

 ぽたぽたと雫を垂らしながらそれぞれ顔を見合わせ、わっとばかりに湖の中に入り、水を掛け合う。

 何事だと近づいて来た一角獣、ユルク、ネーソスも餌食になる。

 カランは器用に尾で水面を叩くと水が派手に舞い上がる。

 九尾が死角から水を放る。

 麒麟は底の水草を踏まないよう気をつけながら、冷たい感触を楽しんでいる。

 ユルクとネーソスは驚いて水の中にするりと体を滑り込ませる。それをユエが捕まえようとして逃げられる。

 鸞は羽ばたいて水面に爪で文様を描く。そこへ一角獣が角で弾いた水が掛かる。二度目から上手く避ける。一角獣が手加減しているからこそだ。

 わんわん三兄弟はシアンのお陰でティオの圧力から解放され、安堵のため息をついて、のんびりペースで特訓を再開した。彼らはこの日、とうとう三匹とも前足を水に浸けることができた。

 小さな一歩ではあるが、わんわん三兄弟にとっては貴重な一歩であった。

 ひとしきりきゃっきゃきゅぃきゅぃきゅあきゅあきゅっきゅした後、疲れ果てたシアンは木陰に仰向けになる。

 その傍らに幻獣たちが寝転ぶ。

 心地よい風が吹く。

 草いきれ、風に乗ってその生命力が生き生きと伝わってくる。

 さて、水遊びを楽しんだ彼らは泥だらけになった。そのままうたた寝をしたせいで、乾いてこびりついてしまっている。ユルクやネーソスは再び湖に入れば良い。一角獣は水の精霊の助力のお陰でその白く輝く体は汚れない。

「すみません、セバスチャン。お風呂に入るので沸かして貰えますか?」

 シアンが済まなさそうに言うも、有能な家令は顔色一つ変えずに迅速に手配をする。どうやったものか、シアンが風呂から上がった際には衣服は綺麗になっていた。

 館の風呂は大きいので巨躯を誇るティオと一回り小さい麒麟と一角獣が一緒に入っても余裕がある。

 なお、わんわん三兄弟は湖で大分頑張ったのに、またですかとべそをかいたが、シアンとリムによって綺麗に洗われた。



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