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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第八章
362/630

2.事後処理 ~スキあり!/目から光線が/泣かれちゃう~

 

 夜半に降った雨は日の出と共に止み、陽光を受けて土が熱気を上げる。土いきれ、東雲草にいくつも丸い水の粒を作り、そこに景色を映す。

 庭を歩くシアンの姿も水滴を横切った。

『スキあり!』

「えっ?」

 背中に軽い衝撃があり、温かく柔らかい何かが飛びついて来た。

『きゅうちゃん、何をしているの?』

 肩に乗ったリムが新しい遊びかと期待に目を輝かせる。

『シアンちゃんの背中が隙だらけだったので、つい』

 首を捻って見下せば、背中に張り付いている九尾がいて、見上げてくる赤い目と視線が合う。

 リムはシアンが体勢を変えたにも関わらず、器用に肩に乗ったままだ。

「急に走り出したかと思えば!」

 フラッシュが駆け寄って来て九尾を引き剥がしてくれた。

「大丈夫ですよ、驚いただけで痛くはなかったですし」

『きゅうちゃんはおおむねもふもふです』

 フォーエバーポーズを取りながら言う。フラッシュに首根っこを掴まれつつも器用なものだ。

 そんな召喚獣に額を押さえながらフラッシュがため息を吐く。

 彼女はアレンたちとフィールドに出ない時には島の館の工房に籠ることが多い。ユエやその同族たちとも仲良く様々な取り組みを行っているらしい。シアンが原因で引っ越しを余儀なくされたので胸を撫でおろした。

「セバスチャンの監視網を掻い潜れるなんて、お前、実はすごいんじゃないか?」

 フラッシュも認める家令は非常に有能である。

 最近ではセバスチャンが目を光らせてくれているから、リムが九尾にそう変なことを教わらないのではないかという安心感もある。

『セバスチャンの目は本当に光るんですよ。こう、光線が……きゅふっ』

 吐息を漏らす音をたて、九尾の戯言は強制終了させられる。

 恐るべし、家令。

 その場にいなくとも仕置きは完璧である。

 シアンは先日、南の大陸で多くの積み重なった死体を見た。

 大勢の者が病に喘ぐ饐えた臭いを嗅いだ。

 吐瀉物の酸っぱい臭いが鼻の奥に残っている気がする。

 その時、弱音を吐いたシアンを九尾は気づかってくれているのだ。ここ最近、いつもより付き添われる頻度が上がっているように思える。

『また変なことを言うからだよ』

 庭に出て来たシアンの気配を察知したティオが近づいて来、仕上げとばかりにすり抜け様に九尾の後頭部を叩いておく。

 ティオもまた九尾がシアンの鬱屈を晴らそうとしているのを察していたことから、いつもよりも随分手加減している。でなくば、雨を含んだ芝生の上に仰向けに倒れこむことになっただろう。

 何とか踏みとどまった九尾は涙目になる。

『もうやめてあげて! きゅうちゃんのライフはゼロよ! いじめ、よくない!』

『きゅうちゃん、いじめられたの?』

「ちょっと過激なコミュニケーション、かなあ」

 リムがティオと九尾を見比べるのにシアンは苦笑する。

 昼過ぎから用事があるのでそれまで現実世界で仮眠をとるというフラッシュと別れ、カラムの農場の手伝いに出かけた。

 流行り病の際、根こそぎ食料を持って行ったので再び貯蔵庫をいっぱいにするのだ。

 既に麒麟と一角獣、わんわん三兄弟は手伝いに向かっているという。

「ユエは工房に籠ったまま?」

『はい。木材のストックがまだあるから何か使えないかと同族たちと尾を振り振り楽しそうでしたよ。蝋にも興味津々でした』

 九尾の言葉にシアンの頬が緩む。

 元々妖精だったユエは人間社会で物づくりをしたいがために兎の幻獣の姿を取った。ユエの招待に応じて島の館にやってきた同族たちもまた兎の姿を取っている。両掌に載せられるほどの大きさで、丸い尻に丸い尾の後姿はとても愛らしい。

『ユエの友だちは工房から出ないね』

『工房で食事もとれるし、彼らはあの空間が全てという感じだね』

 リムの言葉にティオが頷く。

 彼らは南の大陸への支援物資としてテーブルやイス、台の他、木彫りの食器すらも作ってくれた。家事妖精だった名残から、詳細を語らずとも一般家庭で必要なものを揃えてくれた。

 南の大陸ではあまり文明が発達しておらず、食器を使うという習慣がなく、応援に向かった者が食事を摂る際に困るだろうと食料と共に食器なども持ち込んだのだ。

 報酬として得た良質の蝋をもたらす木を目にして、ユエと鸞が目を輝かせた。

「シェンシは研究室?」

『うん。カランと一緒だよ!』

『カランは南の大陸で賢者と崇められるほどの者。シェンシの研究に良い刺激を与えてくれているようですよ』

 猫の姿を持つカランはその性質から怠惰に過ごすことが多かったが、同族と出会ったことから奮起した。南の大陸で知恵を出し、流行り病の憂いから住人たちを救ったのだ。その村では二足歩行する猫が称えられている。

「工房は元から広々していたけれど、やっぱりシェンシの研究室も別棟に作った方が良いかなあ」

『第二研究室はそうしたら良いのでは?』

「ああ、そうか。何も一部屋に限らなくても良いものね。二部屋あった方が複数の対象の保存や経過観察をするのに良いかもしれないね」

 広い館を貰ったシアンはまだ使っていない部屋があることからも鷹揚だ。幻獣たちが使い勝手が良く過ごしてくれるのなら好きに使ってくれれば良い。そういったシアンの心遣いが幻獣たちのやる気を引き出し、彼らがもたらす物品や知恵はシアンやその周囲に様々な恩恵を与えてくれる。

 ユエは日用品を、鸞は薬品を南の大陸に送り出した。

 そのための素材はティオと一角獣が集めてくれたのだが、資源豊富な島であることと二頭の能力のお陰で、生産組が使いきれないほどの分量があった。

 今、最も不足しているのは農作物だ。それも日々口にするには十全にある。

 それでも一応、手薄なところを手伝っておこうと幻獣たちはカラムを手伝っているのだ。

「スタニックとノエルも頑張ってくれたなあ」

 スタニックとノエルは兄弟だ。兄は黒ローブに家族を人質に取られて島にやって来た。そこから紆余曲折を経て希望し島で住むことになった。他に牧場でジョン一家が住んでいるが、農場ではカラム一人だったことから、賑やかになって良いと莞爾としている。幼い兄弟は恵み豊かな島で幻獣たちが時折現れる畑で仕事をすることに喜びを感じている。当初は農産物が育つのが早すぎて驚いていたものだが、今は大分慣れたと聞いている。

『幻獣が好きで一緒に畑仕事ができるなんて、って喜んでいたね』

『……』

 リムの言葉に九尾が苦い顔で黙り込む。

 弟の方は二足歩行する狐を怖がるのだ。泣いて怯えられるのに消沈する九尾はエディスで幻獣の声を拾うリュカと親しく付き合っていたことからも、案外子供好きなのかもしれない。

 朝から強い日差しが降り注ぎ、暑い一日を予想させた。

「こんにちは、カラムさん。ああ、ユルクとネーソスも来ていたんだ」

 畑には麒麟と一角獣、わんわん三兄弟の他、三メートルほどの蛇と掌に載るくらいの大きさの亀がいた。

「おお、シアンたちも来たか。こんにちは。ユルクとネーソスは水の魔法を能く操るので助かっておるよ」

 農場では朝が早い。午前のまだ早い時刻でも既に随分動いているので、おはようという気分ではないのだそうだ。その代わり、大抵のことは午前中に終えてしまい、昼食後は昼寝をしたり、残りの雑務を片付ける程度だ。

「ここの大地は精霊が多くおるし、みな働き者じゃ。のんびりさせて貰っておるよ」

 畑のことは大地がしたいようにするのに手を貸す程度で、何ならカラムは子供たちの面倒を見てやっているくらいなものだと笑う。

 トリスで畑仕事の名人と称されていたカラムに移住を願った身としては、島を気に入ってくれたようで嬉しい限りである。

 桶の縁に前足を置いたネーソスがきゅっと目をつぶり、開く。すると、水が満ちる。ユルクが桶の中の水に尾の先をつけ、さっと畑に向けて斜め上に弧を描いて振ると、水が細かい粒子となって降り注ぐ。

 日差しを受けて水滴が虹色に輝く様子に、リムや麒麟、わんわん三兄弟と子供らが歓声を上げる。何故か一角獣が得意気に鼻を鳴らして蹄で地を掻く。

『宙に浮く蛇と亀は良くて、どうして二足歩行する狐は駄目なんですかね』

 ティオの巨躯の影から弟を窺いながら九尾が独りごちる。

 精霊の加護を受けたシアンとティオが畑にやって来たことから、大地の精霊たちは喜び活性化する。

『シアンちゃんとティオは畑仕事をしないで、楽器の演奏をしている方が大地の精霊たちは喜ぶのでは?』

「みんなが忙しくしている隣で演奏するのは……」

 音楽で金銭を得てはいるも、畑仕事は重労働だ。他の一部プレイヤーと同じく楽器の演奏が遊びだという認識はないものの、手伝いに来たのにその傍らで演奏をするというのに躊躇する。

「いや、構わんよ。大地の精霊たちは随分頑張ってくれておるからの。その良い労いと礼とになるだろうよ。それに、わしらも楽しい音楽を聴きながら畑仕事をするというのもおつなもんじゃて」

 カラムがそう言い、兄弟たちが興味津々、期待を隠し切れない瞳を向けてくるので受け入れた。

 シアンがリュートを一つかき鳴らし、ティオの足元に大地の太鼓が顕現する。ユルクとネーソスの水まきに見とれていたリムがさっとやって来てマジックバッグからタンバリンを取り出す。

 燦燦と降り注ぐ日差しの中、軽やかで楽しい音楽が流れ出す。

 幻獣たちは音に合わせて首を左右に揺らし、尾を振り振り、畑仕事を手伝った。

 カラムも兄弟たちも旋律に合わせて手を動かす。

 そして、大地の精霊たちは弾む音に合わせて力を得る。風の精霊も水の精霊も集まって来る。

「まさかこんなことになるとは」

 演奏後、シアンは茫然と呟いた。

 収穫を三度行ってなお、畑には青々とした芽が吹き出ている。

「お陰で貯蔵庫もいっぱいになるじゃろう。シアンたちも持って行くがええ。ジョンのとこや幻獣のしもべ団にも渡してやるかの」

 運ぼうかと申し出たものの、午後の食休みの後にのんびり回るからと言われる。そうやって定期的に顔を合わせて物品を交換することが良い息抜きとなるのだろう。

 そうしてシアンたちは大量の農作物を得て畑を後にした。



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