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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
36/630

36.ギルドの指名依頼

 

 冒険者ギルドで魔獣の部位を買い取りに出した。

 プレイヤーの視線が痛い。すぐに帰ろうとするシアンをギルド職員が呼び止めた。

「指名依頼が入っています」

 聞き耳を立てていた周囲がざわつく。

「受付カウンターへどうぞ」

 空いているカウンターに案内され、そこで話を聞いた。

 トリスから少し離れた場所、国の直轄地とトリス領地の境で首のない人の遺体が数体見つかったと言う。強盗の仕業にしては、首の切れ跡が綺麗に切断されていて、鋭利な刃物で相当な技と力で行われたと判断されている。駆けだし冒険者が持つ剣は切れ味が鈍い。

 この世界、街の外で人の遺体が見つかることはままある。しかし、首を持ち去ったという異常性と、犯人と思しき存在が強者であることが問題だ。

 トリス領内とはいえ、直轄地の境が近い。調査のためであっても、兵を動かすのは障りがあると領主は考えているとのことだ。

 武器も技量も力も一流の者の犯行とみられており、いつ来るか分からない国兵が現場に到着するのを待っていられない、早急に犯人の特定とその目的を知りたいということだった。


「僕は戦闘能力がないから、せっかくのお話ですが」

 シアンが断りの言葉を口にするのを、受付が遮った。

「いえ、調査だけでいいのです。犯人の風体だけでいい。本当に人間の仕業なのか、魔獣の仕業なのか、実際の殺害現場を見て報告してくれればいいのです」

 人が殺されるのを見てこいというのに、否応もなく気分が悪くなる。

「冒険者ギルドではまた起きると考えているのですか? 指名依頼と言うのは確か、仕事を受ける側を指名するということですよね。どうしてこの依頼を僕に?」

「こちらはトリス領主からの依頼となります。そして、貴方はグリフォンで広範囲を素早く移動できる。また、安全な空から観察できる。この二つが今回の指名依頼の理由です」

 領主にもティオの存在は知られているのか。それは構わないが干渉されるのは本意ではない。

「犯人を特定するためにいつ起こるかわからない殺人を探し回れと?」

「お気持ちはお察ししますが、指名依頼を断ると、評価が落ちますよ」

「はい、それで構いません」

 即答したシアンに、受付が慌てた。

「り、領主からの依頼です。ほぼ強制依頼だと思ってください」

「では、期限を区切ってください。調査には行きますが、国軍がやって来るまででいいでしょう? 犯人を見つけ、その特徴を報告するか、二日調査に行くか」

「い、五日でお願いします」

 駆け引きが始まった。

 結局、犯人目撃しなければ、三日の調査、ということで落ち着いた。異界の眠り持ちだということで大分譲歩してもらった。

 苦々しい表情の受付に見送られて、シアンは冒険者ギルドを出た。


 今日は殺害現場全てを回ってみることを約束させられている。

 場所は王都へと続く街道沿いとその先の林道だ。野営地近くも一か所ある。

 まず、三日前に野営地近くで、二日前に街道沿いで発見されたと報告が届いた。これはもっとあるのでは、とトリスの領主が冒険者ギルドに依頼し、鳥型のテイムモンスターに周囲を調べさせたところ、林道でも見つかった。ただ、テイムモンスターは人間の価値観に詳しくなく、犯人特定につながる手がかりを得られない。遺体はこれから回収に向かうのだそうだ。


 ティオに乗って上空から見回った。

 流石に遺体は残っていなかったが、街道沿いでは何か引きずったのか草が引き倒されている。ティオが血の匂いがするという。シアンには分からなかった。

 野営地では人目に付きやすいためか、血の跡を消した地面が見える。他には何もない。

 ちょうど野営地で休憩を取っている商人の姿を見かけ、話を聞いてみた。

 ティオに驚きつつも、噂のグリフォンを見ることができて喜んだ商人は気安く話してくれた。

 首無し死体の話は他の旅人と行き会った際に聞いたことがあるそうだ。

「このところ、鉄も木炭も高騰しています。変な輩が出てきて何かおかしなことがいつ起きても不思議ではないですね」

「貴方は王都から来られたんですか?」

「いえ、その手前の街からです。トリスも大きい街なんで、よく行ったり来たりするんですよ。でも、物騒だから、もう一人で歩くのは無理ですね。今後は商隊に参加することにします」

 街中でグリフォンを見るのを楽しみにしていたが、先に見られたと喜ぶ商人の旅の無事を祈り、別れた。

 問題の林道の遺体は、聞いていたところから大分離れて、なんとかこれではないかというものを探し当てた。

 獣に食いちぎられ、損傷がひどかったのだ。しかし、首から先の頭部はなかったので一連の事件の被害者だろう。

 遺体は回収しなくていいという冒険者ギルドの受付に従って、シアンたちはトリスへと戻った。



 二日目、三日目と王都へと続く街道近辺の上空を飛んだ。

 ティオからしてみれば、ゆっくり狩りの獲物を探し、空中散歩をしていたくらいなものた。物騒な依頼を受けることになって気が重かったシアンはやや安堵した。

 遺体を見つけた場所から範囲を広げ、林道もくまなく探してみたが、人影どころか手掛かりすら見つからない。


「見つからないねえ」

 三日目の昼下がり、ため息交じりにシアンが呟いた。

 冒険者ギルドの強硬な雰囲気に、何も見つからなかったと報告すればまた新たに依頼を押し付けられそうで憂鬱だ。

『シアン、もっと別の場所に移動したのかもしれないよ』

「そうだね。雲をつかむような漠然とした話だものね」

『もうすこし離れたところも探してみよう』

 同じところばかりを行ったり来たりするのが飽きてきたようで、ティオは高度を上げた。

 背に乗せて移動してもらっているシアンからしてみれば、仰せのままに、だ。それに、範囲を広げて調査したと言う冒険者ギルドへの言い訳もたつ。


「朝、昼、夕方で探してみたけど、もしかして夜だったのかなあ」

 第一、相手が一人とは限らないし、魔獣かもしれない。頭部だけ持ち去るという不自然さは残るが。

『シアン、森のあそこら辺に何かある。人の手で作られた建物みたい』

 出会った当初は街を人の巣だと言っていたティオも、今では人が作った建造物であるとまで理解している。

「こんなところに? 別荘か保養所かな?」

『動物も魔獣もいるみたいだよ』

「魔獣も? 動物園にしては物騒な。いる、ということは生きているということだよね?」

『うん。魔獣はニ、三頭くらいで、後は動物がいっぱい』

 不穏だ。

 首狩り犯を探して、全く別の大事に遭遇したのかもしれない。

 気づかれないように、近隣を調べてみることにした。


 ティオが言う建物は高い木々に隠れるようにして造られていたが、かなりの大きさがある。また、高い柵と壁で囲った中に沢山の動物がいる。隙間からは熊、鹿、猪、狼、サイなど多様な動物が見える。

『シアン、誰か来る』

 ティオの先導で見つからないようにその場を離れ、姿を隠して窺う。

 手に武器を持った二人組で警戒して歩いている。

 その場で観察していると、定期的に二人組がやって来ることから、歩哨だと知れた。

「物々しいな」

 実にきな臭い。

『シアン、あっちから誰か出てくるみたい』


 ティオに従って姿を隠しながら少し移動した。建物の扉が開き、荷車を引いた男二人とその周囲を警戒している三人組が出てきた。荷車は山積みされ、その上から布がかぶせられ、ロープで固定されている。

 荷車はしばらく森の奥を進んだ先の小屋の前で止まった。

 距離を取って後をつけ、その様子を眺めていたシアンは小屋の裏側へ回り込んだ。

 そこには大きな穴が開いていた。

 建物で出たごみでも捨てるのか、と思っていたら、先ほどの男たちが、荷車を穴の付近まで引いてきた。

 ロープが外され、布が取り払われる。

 シアンは咄嗟に手で口を押えた。うめき声が漏れる。

 荷車には動物の頭が山積みにされていた。そのいずれにも体はない。頭部のみで、距離があるにも関わらず顎下に断面が目に焼き付いた。

 男たちは全て穴に落として上から土をかぶせている。

 シアンは息を殺してじっとしていた。投げ込まれる頭部に他のものが混じっていた。声を漏らすまいと歯を食いしばる。


 男たちが立ち去った後、ようやくよろよろとその場を離れる。

 大きく深呼吸し、水を取り出して飲んだ。

『シアン、大丈夫?』

 顔色の悪いシアンに、リムが心配する。

「うん、ねえ、動物の頭だけじゃあなかったよね」

『埋められていたやつ? うん、人の体もあったね』

「首、なかったね」

 荷車からぞんざいに放り出される動物の頭の中に、首の無い人間の体が一、二体混じっていたのだ。

 スキルレベルが上がって使用することができるようになっていた、マップ上で位置をマーカーする機能を使う。

 迅速に、でも見つからないように、とティオにお願いして、森を抜けだした。

 木々の青臭く湿って蒸れた匂いが、妙にこもってねっとりして纏わりついてくる。山の上でもなし、空気が薄い気がした。

 ティオの背に乗り、十分に距離を取って飛び上がる。

 高度が上がるにつれ、森を離れ、ようよう新鮮な空気を吸い、人心地付いた。


 トリスへ向けて、ティオは空を駆ける。

 空と雲と草原と街道の他は何もない。雄大で広々とした景色を楽しんでいると、以前街中で会って一緒に屋台で並んだ人たちがいるよ、とティオが言う。

 視線をさまよわせてみれば、確かに緑と青が混じる果てまで伸びた白い街道を行く人影が複数ある。

 気遣ってか、高度を落としてくれたら、その数は五つしかない。

 胸騒ぎがして、シアンはティオに彼らの近くに降りてもらった。

 着地すると、お、という顔をするが、いつものように騒ぎ立てず、疲れてくたびれた様子だ。思わず駆け寄るシアンに声もかけずに足を止めたまま、ぼんやり眺めている。

 リーダーの姿がなく視線で探すと、亡くなったという。

 驚きのあまり何も言えずに目を見開くシアンに、剣士の男が言う。

「また五人に戻っちまった」

 落ち着きのなかった熱血漢の彼は存在感を増しているものの、どこか危うい雰囲気があった。他のメンバーは疲れ果てて口も聞けないといった態である。

 聞けば、シアンたちが製鉄所を見つけた鉱山の麓へ魔獣討伐に行き、命を落としたのだという。口ごもる彼らに別の何かがあったのだと察するが、聞けなかった。

「リーダーは俺たちを逃がすために殺されたようなもんさ。絶対、仇を取ってやるんだ」

 言葉通りならば、復讐心に燃えるのも分かる。けれど、剣士の瞳に宿る昏い影に、言い知れぬ不安を覚えずにはいられなかった。



 プレイヤーと違い、NPCたちは命を失うと生き返ることはない。

 ティオやリム、九尾と共に過ごすシアンにとっても他人ごとではないことだ。だからこそ、戦争など起きてほしくはない。

 NPCパーティーのリーダー死亡を気に掛かったが、冒険者ギルドに森の中で見つけた施設のことを報告した後は、忙しくなった現実世界の生活との時間配分をやりくりしていた。そんな中、マウロから呼び出しがあった。

 ジョンの牧場に出向くと、マウロが待っていた。

 ティオに狩りに行ってくるかと尋ねたが、傍で昼寝をしながら待つと言う。

 リムは横寝するティオの背中で跳ねまわっていたが、やがて眠気を誘われ、背の上でくるりと丸まり眠り始めた。


「まず、シアンが言っていた鉱山だ。あそこにある石壁の中の施設はまさしく製鉄所だった」

 以前みつけた鉱山の奥に隠された壁の内部に、やはり製鉄所があったという。

 水車とふいごを脇に備えた四メートルほどのレンガの塔が作られ、その内部に堅型炉があったという。交代でふいごを使い、空気を送り込み、昼夜問わずフル稼働している。山中腹の鉱山から鉄鉱石が運ばれ、近隣の山から木炭が運ばれて次々に炉の頂部から放り込まれていったという。

「ありゃあ、相当な規模のものだな。しかも警備が厳重だ。民間には知らせてない製鉄所かもな」

「それは鉄の独占のため、ということですか?」

「それもあるが、木炭の消費だな。生活に必要な木炭を制限しておいて、そんなに鉄を作る必要があるのか、という庶民感情を逆なでするのは避けたいんだろう」

 ただでさえ、戦争が始まったら食料や物資が徴収されるのだ。不満はできうる限り抑えておきたいところだろう、とマウロが続けた。

「そうですか。実は僕も他に変な場所を見つけてしまって」

 シアンは冒険者ギルドから受けた首無し死体のことから、森の中で見つけた施設についてマウロに語った。


「そりゃあ、奇妙な話だな。よし、そっちも探ってみるわ」

 顔をしかめたマウロは気軽に請け合った。

「すみません、仕事を増やして。でも、安全第一でお願いしますね」

「おう、死んだら元も子もないからな。国の方はな、よくある話だが、開戦派と回避派の真っ二つに分かれているみたいだ」

「完全に戦争に傾いているわけではないんですね」

「国王は融和政策をしつつも好戦的なところもあるからなあ」

「一筋縄ではいかなさそうですね」

「ま、そうでもなきゃ、国王なんてやってられないのさ」

 肩を竦めるマウロはにやりと笑う。

「そうそう、シアンも気をつけろよ。冒険者ギルドも指名依頼をしてくるほどだ。ちょっと距離を置いた方がいいかもな」

「そうでしょうか」

「まあ、そう心配することもないかもしれないが」

 言い出した本人が歯切れ悪く言いよどむ。


「なんにせよ、注意はしておくことにします。何がどう転ぶかわからないですし」

「ああ、それがいい。あと、ワイバーンだ。トリスの北西の山から時折降りてきている。数回目撃された程度であるものの、人肉の味を覚えたら、人里を襲う可能性もあるな。国の方でも報告が上がってはいるらしいが、開戦派は戦争の準備と反対派を抑え込むこと、回避派は開戦派に反対することで手一杯ってところだな。まあ、実際の被害が出ないと腰を上げないってところか」

「戦争をするくらいならワイバーンを討伐すればいいのに」

「それは皆そう思っているさ」

 幻獣のしもべ団の団員が少しずつ増えている、といった爆弾発言を最後に落として、マウロは去っていった。


「リムの手下が増えた……」

『ぼくの手下、増えたの?』

「うん、そうらしいよ」

 ジョンから加工食品や乳製品を貰い、代わりに鉄鉱石を渡して牧場を後にした。

 フラッシュを通じてアレン達にマウロから聞いた話を伝えてもらう。合わせて、首無し死体と森の施設も話しておいた。

 フラッシュが顔をしかめて、九尾は珍しく真面目な様子で話を聞いていた。



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