41.流行り病1
シアンは南の大陸で再会したやつれて疲労の濃いカレンやNPCパーティたちの様子に、食料と日用品を渡した。
固形物は胃が驚くだろうからスープを先に飲むと良い、と言ったものの、NPCパーティの剣士はパンにかじりついて、結果、戻す羽目に陥っていた。
カレンに助けてくれと縋りつかれ、なし崩し的にその村の患者の様子を見て、熱さましを飲ませ、大鍋で大量のスープを作った。
とにかく、大量の水分と栄養補給が必要だと考えた。
九尾もカランもそれに同意した。
シアンが取り出した器材に驚き、興味津々である村人たちは、傍らで目を光らせるティオに恐れをなし、表立ってシアンのすることを咎めだてしようとする者はいなかった。
スープを配る際、器がないことに気づく。村人たちは手で掬って飲もうとした。その熱さに驚いている。
結局、シアンの手持ちの余分な木製の深皿を使いまわした。
具のないスープの美味さに驚き、カレンたちなどは涙していた。
シアンたちが扱う水は精霊の力によって、すべて美味しい水になる。そして、出汁もカラムの農場で採れた野菜や幻獣たちが狩った強い魔獣から採れたエキスである。
物資が決定的に足りない。
シアンはもう一度大鍋をいっぱいにして物資を調達してくると言ってティオの背に乗った。
それに、薬ならば鸞を頼るのが一番だ。
ティオに急いでくれるよう伝えて一行はいつになく急行した。
セバスチャンはシアンの気持ちにマイナスになることを極力排除し、プラスになることをと心がけている。
そのシアンは、リムが闇の精霊を心配させたと知って気落ちした際、普段からの接し方で信頼を築いていれば、少しくらいの心配ならばマイナスにならないと言った。後に闇の精霊に向けて心配もさせて貰えないのも寂しいものね、と笑う場面に遭遇し、その通りだと思った。
いつも穏やかで幻獣たちと楽しく過ごすシアンは今、南の大陸にて流行り病で死んでいく者たちを目撃し、動揺していた。助けるとして何をどうするのかを考えるのとは別に、多くの者たちがばたばたと倒れていく場面に強いショックを受けていた。
セバスチャンが何とかしようかというと、目を見開き、その後笑った。
風の精霊にも同じことを言われたのだそうだ。
「ありがとう。セバスチャンや精霊たちが僕のために色々してくれてとても助かっているよ。でも、これは僕が考えて動くべきことなんだ。ううん、そうしたいってだけなんだよ。僕のために、と思ってくれることもしてくれることも嬉しい。でもね、それが本当に僕のためなのかなんて、誰にもわからないよ。僕自身にも分からない。だって、面倒なことを全部セバスチャンが引き受けてくれたら、僕は全くできないことだらけになってしまうもの。面倒なことでもできるようになって、本当に自分自身の力でできるようになって、自分の物にできたと言うんだと思うんだ」
風の精霊やセバスチャンが自分から助けようと思うならそうすれば良い。ただ、シアンが衝撃を受けたことや、彼らを助けることを、初手から全て代わりにやってもらうのは違うと言う。
シアンはそうやって今まで音楽と向き合ってきた。繰り返す単調な動きも、身体や脳に覚え込ませたものも、全て他の者が、例えばAIが代わりにやってくれたとしたらどうだろうか。そうすれば色んな人と共有できるものかもしれない。でも、自分が思うままに表現することはできない。揺らぎや溜め、盛り上がり方、静まり方、様々に自分の音楽を表現することができなくなる。それを成し遂げるには、自分のものにするしかないのだ。
「だからね、手伝ってくれるのは嬉しい。でも、どんなことでもまずは僕がやってみなくちゃ。体験して初めて分かることも沢山あると思うんだよ」
僕は不器用だからね、と穏やかに笑うシアンに、だからこの人の奏でる音は、自分の心をこれほど動かすのか、と感嘆の思いを覚える。
「ああ、でも、本当に、僕はこの世界へずっといることができないから、セバスチャンが気を回して色々してくれていて、助かっているんだよ。気が付かないところに気を使ってくれるし」
『承知しております。ですが、気遣いと全てをやってしまうのは異なるということですね』
「うん。それに、人は気まぐれなものだし、案外、意外な一面を持っているものだから、セバスチャンが僕がこういうものを嫌がるだろうと思って除いてしまったものも、気に入るかもしれないよ?」
悪戯っぽく笑って言うその姿こそが意外なもので、セバスチャンは目を丸くしてふ、と微笑んだ。
シアンがセバスチャンに事の次第を話し、家令からお咎めがなかったことに、九尾もカランも密かに胸をなでおろしていた。不可抗力だとしても、シアンを危険に晒すことになったのだから、叱責を覚悟していたのだ。
時間が惜しいシアンは次に鸞を訪ね、協力を仰いだ。
鸞の研究室にいた麒麟に九尾が声を掛け、リムと共にカラムの農場から農作物を、ジョンの牧場から乳製品を貰ってきて欲しいと依頼した。
シアンはマジックバッグをリムに託し、貰い受けることができるだけ貰ってきて欲しいと頼んだ。
シアンもカランも九尾が麒麟を外に出したのは流行り病の悲惨な状況を耳に入れない配慮からだと知っていた。鸞には症状を伝えるために詳細を語る必要がある。後から麒麟に聞かせるにしても、婉曲に伝えれば良いだろう。
『ふむ。流行り病か。どんな症状だったのだ?』
「ええと、特に咳をしたりはしていなかったな。嘔吐が激しくてとても弱っていたのと、後は痛みを訴えていたよ」
言われて思い返してみても、死体の山と力なく横たわる姿しか思い出せない。それでもシアンは懸命に思い出そうとした。
『皮膚に目立った特徴は現れてはいませんでしたね』
『いっぱい死んでいた』
九尾は着眼点が良く、ティオはシアンの害になるかどうかが最大の関心事だ。
『高熱が出て嘔吐物に血が混じっていたにゃ。その血が桃色の半透明の弾力があるものだったにゃよ』
「カラン、よく見ていたね」
『俺が助けようと言い出したのにゃ。できることをするのにゃよ』
シアンが驚くと、カランはこんなことくらいしかできないと否定する。
『ふむ、それならば心当たりはある』
『本当かにゃ!』
『流石は諸書に通ずるらんらんですな!』
早速薬を煎じるという鸞を九尾とカランも手伝うという。
九尾が後ろ脚立ちし、背を曲げて、そちらへ前脚をやる。
『やれやれ、老体に鞭打ってもうひと頑張りするとしましょうかね』
「きゅうちゃんっていくつなの?」
ふとそんな場合ではないというのに疑問が口をつく。
「もしかして、きゅうちゃん、おじいさんなの?」
『若い者には敵いませんなあ』
『まあ、ギャグは古いにゃね』
『きゅっ……この流れは昼ごはんはもう食べたでしょ、で貰えなくなるアレですか?!』
「え、でも、もう食べたよね?」
『そんな~』
『食べすぎだ。たまには動け。働け』
鸞に追い立てられて九尾はせっせと働いた。
「あ、そういえば、シェンシ、現場で診療していた人が磁石を欲しいと言っていたけれど」
『これは磁石で病原菌を取り出せる代物ではない。吾はそもそも、磁石は病原を取り出すというのには懐疑的なのだ。いや、人間の研鑽も素晴らしいものがあるのだがな』
「うん、僕も磁石は無理だと思う」
カレンが言っていたことを想起して言ってみたものの、シアンも鸞の言葉にもろ手を挙げて賛成だ。この時代の人間の考え方が分かって興味深いとは思うものの、いかんせん、シアンは流行り病の方に気を取られていた。
リムは強い個体であったことから自分のことよりも身近にいる種族的に弱いシアンのことを常に心配した。
人間は病にかかることがままあり、その際の症状を聞き、仮にシアンがそういった状態に陥ったらと思うといてもたってもいられない。
リムも一年ほど前、体の痛みに苦しんだことがある。それが成長痛だと後から聞いたが、自分が味わったあんな痛みをシアンが経験するなどあってはならない。
『絶対ダメ!』
だから鸞と麒麟、ネーソスが来てくれて嬉しい。その研究の手伝いをしたいし、彼らの憂いを払いたい。
リムは麒麟にそう話した。
九尾はリムに口止めするのを忘れていた。
リムは南の大陸で見たことをも麒麟に話した。
苛酷な環境で生きるために強者に生贄を捧げたり、病に数多くの者が次々に倒れていく様を、麒麟は痛ましげに聞いた。しかし。
『でも、それでも生きているんだね。懸命に生きようとしているんだね』
麒麟とて無駄に悩んできたのではない。
そこから何かを掴もうとした。
『うん。そして、きっとぼくがシアンを守ろうとするみたいに、それぞれ大切な人のことを思っているんだね』
リムは九尾に、人は他者を羨み、その持ち物を奪うために争うのだと聞いた。そういった争いなら勝手にしておけばいい。
そういったものとは別に、リムはシアンとティオや幻獣たちと分かち合うことをしてきた。他の者たちも同じようにしてきたのだろう。
『生きたくても生きられないことはこの世界に沢山あるんだね』
リムの話したことどこにでもある事象で、でもとても重い響きを持っていた。
シアンが帰って来たと察して研究室に顔を出した一角獣に、鸞はネーソスを連れてきて欲しいと頼んだ。
一角獣は身軽にネーソスとユルクの下へ出かけて行った。
シアンはユエに木彫りの食器や日用品、薬の調合道具の作成を頼み、九尾に促されて短いログアウトを行う。
ログインして鸞の研究室へ向かうとネーソスとユルクがいて、すでに話を聞いていた。
ティオと一角獣は食料調達のために狩りに出かけたという。
『さて、事情は話した通りだ。そこで、流行り病の種類の見当はついたものの、万全を期したい。吾は現場を見てきていないゆえな』
鸞はネーソスの甲羅がほしいと言った。
『……』
ネーソスはあっさり頷いた。
『ただな、今回は人数が多いのだ』
鸞が気づかわし気に言うのに青ざめたのはユルクだ。
『私の鱗で何とかならないの?』
一メートルほどの体になったユルクは鎌首をたわめ、落ち着きなく左右前後に揺らす。
『万能薬の元となるネーソスの甲羅であらばこそなのだ』
鸞とて自信を持って薬を調合できない自分の不甲斐なさに忸怩たる思いがあった。それでも、不備の状況の最中、できることをしなければならない。
ユルクは役に立てない自分に鎌首を床に付くほど下げた。そんなユルクに、その気持ちだけで充分だとネーソスは言った。
薬を作るために幻獣たちが忙しく動き始める研究室を、ユルクはそっと出て庭へ向かった。そこで収穫を終えて来た麒麟と出会う。麒麟はセバスチャンのところへ寄っていくというリムと別れて鸞の薬づくりを手伝おうと研究室へ向かう途中だった。
『ユルク、どうしたの?』
『ネーソスは薬を作るために甲羅を使っても良いと言ったんだ。私の鱗を使ってと言ってみたけれど、これでは役に立たないんだ』
そして、ユルクは逡巡した後、ネーソスは実は多くの同族を人間に狩られたのだと話した。
麒麟ははっと息を飲む。
『それなのに人間を助けるために身を削るなんて。私が代わりに何とかできたら良かったのに』
沈み込むユルクは、突然、下げていた鎌首をさっと上げた。
『あ、でも、ネーソスはね、シアンにこの島で会ってから、人間は悪い者ばかりじゃないと分かったんだって。だから、助けようと思ったのかな』
小首を傾げるユルクを余所に、麒麟は考え込む。
『レンツ、どうかした?』
『我なら、我の角も万能薬の元となるから』
ユルクは最後まで言わせずに即座に否定する。
『レンツは駄目だよ。だって、霊力が戻りにくいんでしょう?』
『そうだけれど、でも、ネーソスだけに負担を掛けるなんて』
麒麟は大地から少し浮いた状態で蹄で空を掻く。
ネーソスは同族を狩られたにもかかわらず、それでも人間を助けようとする。良い者もいるから、と。
『レンツ、ネーソスは君のことも好きだから、君の角を使って欲しくないんだよ』
『え?』
麒麟は戸惑った。
『君は優しいから人間に勧められて果物を断り切れずに食べたように、人間を助けるためにまた頑張ろうとするかもしれない。ネーソスはね、レンツのその気持ちはとても勇敢で暖かいって言っていた。だから、自分が頑張ることで君の負担を減らしたいと思ったんじゃないかな』
ネーソスも麒麟と同じく気遣ったのだという。
麒麟は強く瞼を閉じた。
シアンも麒麟は勇敢だと言っていた。
他にも自分を認めてくれる者はいたのだ。
『ありがとう。そうだね。ユルクがネーソスのために何かしたいと思うのと同じく、ネーソスも我のために何かしたいと思ってくれたんだね』
『え、あれ? ああ、本当だ。同じだね』
麒麟とユルクは顔を見合わせて微笑み合う。
茂みの陰からそっとその二頭の様子を眺めていた者がいる。
短い尾、丸い頭と小さい体、わんわん三兄弟だ。
彼らの話を聞いて思い出すのはアンデッドのことだ。
冥府の番犬である彼らは大瀑布のアンデッドたちがまだこの世に留まっていると聞き、自分の力が十全ならば、安寧の地へ送ってやれるのに、と力のなさを痛感せずにはいられなかった。その歯がゆさはいつも心のどこかにわだかまっていた。
主の元へ通してなるものかと勇者と死闘を繰り広げ、それが故に興味を持った主と勇者が対峙することとなった。神の眷属ケルベロスと互角に戦える人間がいるとは恐れ入ったが、主も同じような心持になったのだろう。
無論、勇者は主に全く歯が立たなかったが、懲りずに何度も挑戦してきた。
まことに元気な老女だった。
その老女が朽ち果てても友人を救ってくれとシアンに訴え、それを汲み取ったシアンが主を救ってくれたのだ。
いや、今は前主だ。
わんわん三兄弟はシアンを主と仰ぐことが出来て幸せだ。ただ、前主と付き合いが長く、影響が大きかった。
要はどちらも好きなのだ。
そうだ。
今は救うことができないスケルトンたちのことよりも、まず主の役に立つことを考えなければならない。
そして、前主と友情を結んだ勇者をいつか冥府へ送ってやることができるように、わんわん三兄弟は力をつけるのだ。
シアンが工房に顔を出すと、ユエは心配して休むように言われた。ユエに初めてそんなことを言われ、驚いた。
『自分のことを棚上げしているのは分かっている。熱中したら色んなことを忘れるからね。でも、シアンに何かあればティオもリムも心配する。他の幻獣たちもだよ』
ティオもリムも言わないのは、シアンの心情を慮って好きにさせてくれているのだとその時気づいた。体は心と密接に繋がっており、どちらかが傷を負えばもう片方にも影響があるのだと知っているのだ。
随分人の機微に詳しくなった。それだけ、シアンのことを考えてくれているのだと知る。ティオもリムも、そしてユエや他の幻獣たちも。
自分も変わらなければと思う。
鸞の研究室も覗いてみると、カランが奮闘していた。怠惰に寝そべる普段の姿からは想像もつかない。
『自分がシアンにあんな光景を見せつけたのだからにゃあ』
シアンは鸞や九尾、カランに後の事はみなに一旦任せて、自分は異世界へ戻ることを告げた。
三頭はどこか安堵する表情になる。
『それが良いですよ。なに、物資を整えるのはまだ時間がかかります。シアンちゃんはあちらの生活もあるのですから、眠りについたなら、しっかり気持ちを切り替えて来て下さい』
九尾はどこまで事情を知っているのか、もはやプレイヤーのようなことを言う。しかし、まさしくその通りで、シアンはありがたくその助言に従った。
セバスチャンの元へ行くと、リムとわんわん三兄弟も一緒にいた。
しばらく戻ってこれないことを話すと、リムが残念そうにしながらも、ティオには伝えておくと言ってくれた。
『後の事は我らにお任せあれっ!』
『しっかり準備を行いまする!』
『ご主人は後顧の憂いなくお休みくださいますよう!』
九尾と同じようなことを言いながらきゅっと眦に決意を籠めるわんわん三兄弟の尾はぴんと高く上がっている。
シアンはその場にしゃがみ込んで子犬の頭をそれぞれ撫でた。
「うん。宜しくお願いします」
シアンに任され、わんわん三兄弟の顔が輝く。
セバスチャンの恭しい礼に見送られ、シアンは自室へ向かった。
ネーソスの甲羅を用い、鸞の知識を総動員した薬に期待が寄せられた。
九尾やカランとともにそれを手伝っていた麒麟は少し休んだ方が良いと研究室を出されて庭を歩いていた。
セバスチャンが丹精した花々が咲き乱れる美しい庭だ。
ここを散歩するのが好きだった。
しかし、今はその景色を楽しむことなく考えに沈んでいた。
流行り病で生きたくても生きることができない、食べ物を与えようとして、食べようとするのにもはや受け付けないという者もいたと聞いた。
以前、ユエに言われたように、そうやって食べたくても物理的に食べられない事例というのはいくつもあるのだ。
『レンツー!』
名前を呼ばれ顔を上げてそちらを見れば、リムがぴっと片前脚を上げて左右に振っている。
つい、と滑らかかつ素早い動きで麒麟の傍まで飛んでくる。
『カラムにね、モモができたから持っていくよう言われたの!』
この島の農場で麒麟が育てるモモは早々に実をつけた。良質の実が採れるのは八年ほど要するという話だったが、流石は精霊の恵み溢れる場所である。
カラムは実を捥ぐことができない麒麟に気遣って、リムに収穫させたのだろう。
『ほら! とっても甘い香りがするでしょう?』
『あ、本当だ』
リムが差し出すモモに鼻を近づけると、確かに濃厚な香りが漂ってくる。
嗅覚はある。
『シェンシはモモ、好きかなあ? あのね、シェンシ、薬を作るのに頑張っているから、このモモ、あげても良い?』
リムもまた奮闘する鸞の身を気遣っているのだと麒麟は嬉しくなって頷いた。
二頭で揃って研究室へ向かう。
『シェンシ、モモ、好き?』
研究室にやって来るなり、そう問いかけたリムに鸞が目を見開くが、その前足に掴んだものを見て破顔した。
『そうか、レンツが育てたモモが実をつけたのだな』
『うん! シェンシは薬を作るのにとっても頑張っているからね。レンツが一生懸命に育てたモモを食べたらきっと元気になれるよ!』
ね、と麒麟の方を向いて笑うリムの無邪気さに麒麟も鸞も和む。
こうやって気遣いを見せ、他者の好きなものを覚えていて、手に入れたら呆気なく分けてくれたり、わざわざ手に入れてきてくれるリムだからこそ、精霊たちの好意を得やすいのだろう。
『それは是非いただかねばな。ありがとう、リム、レンツ』
かぶりつくと柔らかい果肉から甘い汁が迸る。
美味しい美味しいと食べる鸞にリムも満足げだ。
嬉しそうに食べる鸞に、麒麟がちょっとうらやましそうな表情をする。
『レンツも食べる? いっぱいあるから、シェンシに分けて貰おうよ!』
リムは一つだけでなく、幾つか収穫してきた様子で、マジックバッグからモモを取り出した。
『うむ、レンツも食べてみよ。よく熟れて甘いぞ。汁気が多くて喉の渇きも癒されよう』
麒麟が枯れた植物しか食さないことを知っていたが、あまりの美味さとリムの気遣いが嬉しくて何気なく言った。
『う、うん、じゃあ、一つ食べてみようか、な?』
『はい、どうぞ!』
リムの小さな手は柔らかい果肉を潰すことなく麒麟の口元に持っていく。そのまま支えてくれるようだ。
鼻先を近づけると、甘くむずがるような得も言われぬ香りが鼻腔を満たす。
小さく齧ってみる。
咀嚼して飲み込む。
そして、鼻面を引っ込めた。
『味、しない?』
『う、うん』
『そっかあ』
至極残念そうに言い、リムはそのまま麒麟の食べさしのモモを食べた。
『こんなに美味しいのだもの。シェンシも好きなものだから、レンツも味がわかったら良かったのにね』
美味しいから、麒麟と仲の良い鸞も好きなものだから、一緒に味わえたら良かったのに、というリムに、麒麟は思わず涙をこぼしそうになった。
自分の不甲斐なさに申し訳なくなる。
だが、萎れていたリムがぱっと笑顔になる。
『あのね、英知が教えてくれたんだよ。植物がね、実をつけるのは種を動物に遠くに運んで貰って、ちょっと離れた場所で光をたっぷり浴びるためなんだって!』
『うむ、そうだな』
『だからね、植物は自分のために美味しい実を実らせるんだよ。その植物のお手伝いをするの! そうすることで、実を分けて貰うんだよ!』
『あ……』
ああ、そうか。自分が悲しいのはそういった生命のサイクルから外れてしまったからだ。輪の外から眺めていることを、慈悲深いと称された。違うのに。
生命サイクル、みなそれぞれ影響し合い、役に立っている。
自分はサイクルの枠を外れているのだと実感する。
自分は履き違えているのだろうか?
麒麟の思いは深く沈み込んだ。




