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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
357/630

40.進化/覚醒

 

 ベルナルダンが手の甲を構えると、光の網が勢いよく発射され、ふわりと広がった。そこにやや離れた場所からガエルが発射した光の網が二重になる。

 二つに重なった網は複雑な模様を作り、非人型異類に覆いかぶさった。もがくがそう簡単に破ることが出来ない。

 ゾエ異類たちは衝撃波を変化させることに成功した後、すぐに壁にぶつかった。

 強度の問題である。

 力を込めても、遠くへ飛ばされるだけで、網は頑丈にはならなかった。

 何回か繰り返してみたところ、魔獣の足止めはできる。ただ、強靭な爪や牙で暴れると縛めは解かれてしまうのだ。

 真っすぐに襲い掛かって来る勢いを殺したり、真横からの不意打ちであれば十分に使える。

 ベルナルダンもガエルも衝撃波を網状にするのに大分慣れた。

 アシルとエヴラールも発射するタイミングは大体掴めた。

 これで良いか、という考えに落ち着きかけていた時、彼らの狩りを見ていたカークが言う。

「ベルナルダンとガエルの網を二重にしたら強度は増すのでは?」

「それだ!」

「でも、これの難点はすぐに次の衝撃波を打てないことだ」

 ベルナルダンが目を見開き、アシルが即座に否定する。

「そうだな。そうすると攻撃ができなくなる」

 エヴラールの言葉にガエルがそれでは仕留められないと頷く。

「それは布陣や連携によりけりで臨機応変に対応したらどうだ」

「というと?」

 アシルが短くカークに先を促す。

「毎回、二人掛かりで網を出す必要もないということだ。こちらの体勢が整っている場合は強度のある二重網にして、別の幻獣のしもべ団に攻撃させればいい。何なら、アーウェルや双子にけん制させて注意を逸らしたところを二重網でがっちり捕獲し、ディランたちが接近戦をしかける。その他の案としては横から不意打ちで足止めと注意を引きつけの役割を担うというのはどうだ。その隙に別の者が攻撃する、というのをベルナルダンとガエルが個別にできる。これは二体以上と闘えるということだな。他の者が攻撃している間、衝撃波を放つ準備ができるだろう」

「なるほど。二段構えってことだな」

 ベルナルダンが笑顔で掌にもう片方の拳を勢いよく打ち合わす。

「そうだ。いや、足止めに強力な攻撃に、君らのお陰で戦闘が多彩になるな」

 カークに様々な戦術を聞き、かつ褒められたのでゾエ異類の苦労も報われるというものだ。

「あ、そうだ。二重にすれば突進してくるやつにある程度衝撃を与えられるんじゃないか?」

「そうだな。相手の外殻の強度や体重によるが、自分の突進の速度がそのまま自分に跳ね返ることになるな」

 思いついた案について即座に理解して理路整然と語るカークに、ゾエ異類のやる気が高まる。

 そうして、今回の狩りでカークは彼らに二重網を使うよう指示してきた。

 まず、アーウェルのスリングショットと双子のブーメランでけん制し、非人型異類を目標地点に誘導する。

 対象は二メートル近い体長、全身に鋭い針を持っていた。

 アーウェルは風魔法の補助を即座に身構えることなくできるように訓練を繰り返した。今ではスリングショットを無造作に放ち、弾は風の魔法の補正で飛距離と精度を伸ばしている。これは体勢を崩して撃ってもスリングショットの弾が対象を捉えることを意味する。今も、非人型異類の鼻先にハバネロ弾がさく裂し、その場から慌てて移動する。

 そこへ双子のブーメランが掠めて行く。時間差で飛んでくる飛来物の隙を掻い潜っていくうち、非人型異類は逃げる方向を誘導されていく。

 そうして、ディランたち近接隊が待ち構える方へ向かい、ゾエ異類によってその場に足止めされたのだ。いや、足だけでなく、体の自由を奪われた。

 怒り狂って体を振り回し、全身の針を振り回す。

 そこへ物怖じすることなくグラエムが懐に飛び込み、拳を叩きこんだ。籠手が燃え上がる。針がない部分、顔面にめり込む。肉の焼ける音と臭いが立ち込める。

 悲鳴を上げ、牙を剝く。

 その口に、すかさずリベカの放った短剣が飛び込む。こちらも炎を纏っており、柔らかい体内から焼かれる。

 痛みに激しくのたうつ魔獣にディランが死角から切りかかる。

 非人型異類の動きががくんと力が抜けたように弱弱しくなり、徐々に緩慢に残りの生命力が失われていく。

「カーク、あっちに同種がもう一体! 異能を使うぞ」

「全員、警戒! 近接隊、一旦さがれ!」

 ロイクがいち早く察知し、すかさずカークが指示を飛ばす。

 ウニのように丸まって地面を転がる。距離を取っていたディランたちは難なく避けた。

 非人型異類が一人に向けて攻撃をしかけてくるとすかさず、他の者が死角に回り込んで得物を繰り出す。

 三方からのヒットアンドアウェイにたまらず、鋭い牙をむき出しにして誰彼構わず噛みつく。ディランたちは大きく後退する。

 その隙に、非人型異類はその鋭い爪で地面を掘り出した。

「ロイク! オルティア!」

「オルティア、共有を」

「分かった」

 ロイクがその優れた感知能力で知り得た情報をオルティアに渡す。それはロイクの一族が他の異類の異能を取り込むことができることの応用だった。

 口で話すよりも、感覚を共有できないかと試行錯誤したのだ。

 しかし、これは他者の異能を取り込んだことのないオルティアには大きな苦痛をもたらした。あまり長く用いると頭痛が激しくなり、嘔吐する。

 訓練でも何度も嘔吐し、それほどの痛みを耐えようとするなとロイクもアメデも、また、イレルミも繰り返した。

「シアンは任務遂行よりも団員の安全を取るのに、その団則第一項を真っ向から否定することだよ、それ」

「でも、これは訓練だし」

「確かに、のんびりだらだらするのは良くないさ。ただ、あんたは我慢しすぎる」

「今まで訓練するのが当たり前だった弊害かな。きついことを繰り返していれば良いとは限らないよ。中身の問題だ。要はできるようになるかどうかだからね」

 アメデが限界を見極めろと言い、イレルミが呆れた。

「そうだよ。訓練で身体を壊していたら元も子もない」

 どれも自分の力不足と共に体を心配しての言葉だ。

 オルティアは常に家の名前を汚さぬようと気を張っていたのだ。

 でも、団の規則に反するとまで言われれば頷かざるを得ない。

 ロイクと同調するのは短時間で、そして回数制限を設けた。

「第一、他の男と同調するなんてことが次期当主に知れたら、ロイクの命が危ない。従者としては看過し得ないからな」

「お前が代わりに殴られておけば万事解決だ」

「もてる男はつらいねえ。まあ、嫉妬の躱し方はお手の物、ってとこかな」

 アメデとロイクの軽口にイレルミまで加わって、諜報隊は一見のどかなものだ。

 しかし、その戦闘内容は非常に高い水準を保持していた。

 だからこそ、自分の異能に自信を持っていたオルティアは要求レベルに達しようと頑張りすぎたというのもある。

 短い時間で、回数を区切ったことで、オルティアは何とかロイクとの同調を使いこなせるようになった。

 感覚が広がり、どこまでも視野が広がる。遠く離れた場所で小虫が草の間を歩くのさえ分かる。対象が何かしようとするのが感じ取れる。遮蔽物の向こうにあってもロイクの感知能力は難なく捉えた。どういった格好で何をしているのか、手に取るようにわかる。弱点や異能の発動でさえも。

 今現在、非人型異類は穴を掘って地中を移動しようとしていた。

 オルティアはそれに向けて矢を放つだけだ。

 矢はまっすぐに飛ばず、曲線を描いて対象を追尾する。感知することさえできれば、どこまでも追いかける。

 そう、オルティアは追尾の矢を放てる。そこに感知能力が加われば、深い穴に入り込んでも逃さない。

 磨きをかけた異能でもって、弾速、威力、飛距離を増し、矢は狙い過たず、非人型異類の弱点を捉える。

 断末魔の鳴き声が上がる。



「すごい」

 オルティアの一撃に、思わずリリトは呟いた。

 言葉を発しても隠ぺいはゆるぎなくリリトの存在を他者から隔絶していた。

 リリトは攻撃力はないものの、常より遊撃隊として動けるように狩りに参加していた。戦闘中でも隠ぺいを用いる訓練だ。

 異能にしろ魔法にしろ、精神状態に左右される。そのため、使う前の段階での準備や、すぐに応じることが出来るように体に覚えこませる。

 リリトも命のやり取りを行う狩りで血生臭いことに気を取られずに異能を使うことが出来るようにと言われていた。

 これはクロティルドの言う通り、年ごろの女性としてはハードルが高い。家畜を屠るのとは違うのだ。こちらに明確な害意を向ける非人型異類や、場合によっては人と相対する。それでも、これはリリトが選んだ道だ。

 そして、幻獣のしもべ団はロラだけでなく、リベカやオルティアと言った女性が活躍している。同年代のミルスィニさえも戦力だ。

 そのミルスィニはカランタの指示によって異能を放ち、非人型異類の牽制をするが、決定打に欠ける。

 精度は申し分ないのだが、対象は激しく動き回る。実戦経験が少ない分、弱点を狙っても外れる。

 また体力不足も相まって、そう回数を打てない。カランタがうまくカバーし、無駄弾を打たせないところが流石である。

 倒しきれないことと衝撃波を打つたびに体力を失っていくことへの焦燥を感じるミルスィニのモチベーションを維持させている。

 しかし、近寄らせれば彼女たちに防ぐ術はない。体力がない状態では足さばきが心もとないだろう。

 ロラとミルスィニ班は予備隊で戦局に応じて投入されるはずだったが、魔獣の一頭がこちらに来てしまい、なし崩し的に戦闘が始まった。

 セルジュがすかさず小鳥を放ち、合図を送っている。

 リリトにしろ、セルジュにしろ、戦闘能力はないものの、「使い勝手が良い」団員としての地位を確立しつつあった。

 そのお陰か、マウロに諜報隊への異動の打診があった。

「ま、お前さんたちにはもっと密偵のいろはを学んで貰わねばならんがね。ゆくゆくは、考えておいてくれ」

 目標を持って大きく前進しろと言われているようで、リリトとセルジュは揃って頷いた。戦闘に適していなくても、やれることはある、期待していると言われたようで、励みになる。

 セルジュは本拠地で幻獣の小鳥を見て、あれこそが本物、と褒めちぎったので、テイムモンスターに暫くすねられて機嫌を取るのが大変だったと言っていた。

 しかし、テイムモンスターの方も高位幻獣を目の当たりにして、変化があったらしい。

 セルジュをマスターとし、その言わんとしていることを読み取る、ということを知ったのだという。

「これは俺にとっては大きな一歩だ」

 と目を赤くしていたのを知っている。

 非人型異類が針だらけの体を丸め、ボールのようになって転がった。

 ミルスィニとカランタが慌てて後退する。

 カークたちがこちらへやって来る。

 リリトは隠ぺいを用い、彼らが間に合うように時間稼ぎを考える。

 と、辺りが真っ白に染まる。

 そして、腹に響く音がした。鼓膜を震わせる。

 リリトは隠ぺいしていることを良いことに、狩りの場で強く目を瞑った。

 光が落ち着いたころを見計らって、目を開ける。

 ロラが拳を突き出していた。

 その先に非人型異類が倒れている。

 その日、ロラは音ともに光を発し、強烈な目くらましと同時に衝撃波を放てるようになった。

 待ち望んでいた強い力を発揮した。

 ようやく、覚醒したのである。


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