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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
352/630

35.女性陣と料理  ~ぼんきゅっぼん~

 

 炎の槍が飛んでくる。

 ロラは遮蔽物に隠れて凌ぐも、高温で茂みが燃える。すぐに横ざまに転がりながら移動し、他の茂みの裏に隠れる。

 詠唱が聞こえる。

 あたり一帯に火事を引き起こす気か。

 一か八か。

 再び飛んできた炎の槍に向けて衝撃波を放つ。常になく力の限り発した。腕が痛む。当分使えないだろう。

 伸ばした腕の先の甲がうっすら光り、衝撃波が轟音と共に走る。激しくなびく髪に目を細めながら足を踏ん張り、反動に耐える。

 炎は勢いよく逆巻き奔っていく。その線上には使用者がいた。

「うわぁぁぁぁっ」

 街を出て街道を歩いた時から視線を感じていた。物盗りにしては炎の槍といった魔法を扱えるのだから、この世界はどこに危険が潜んでいるか分からない。街で情報収集してきたものの、これほど強力な魔法を使う盗賊が跋扈するとは引っかかって来なかった。

 ロラとクロティルドの他にセルジュとダリウスという班である。他の者が聞き逃しても、ダリウスはしっかり情報を咥えてくる。眠り猫は情報という獲物には一流の狩人と化す。

 つい先だってもナタの一件で大金星を挙げたと聞いている。

 比べて自分はこの体たらくだ。

 ロラはちらりと甲に視線をやる。

 急激に負荷をかけたせいか、痣が少し歪んでいる。

 ダリウスとセルジュは密偵の能力に特化していて戦闘能力は低い。

 ロラは意識を切り替え、残党がないか周囲を警戒した。

 その日から衝撃波の出方がおかしくなった。

 騙し騙し使うが、すぐにバディであるクロティルドに知られる。

 観測者がうまく機能していないつけがとうとう大きく顕現してしまったのだ。

 クロティルドはのらくら躱そうとするロラの腕を強引にとった。腕にびっしりひび割れのような模様が走っている。細かい文様は網目のようでもあり、不規則に大小の形を無数に作る。そして、そこに風が吹きあたっても痛む。ロラは思わず悲鳴を上げ、腕を取り戻して片方の逆の手で抱きかかえるようにした。

「貴女、それ」

「いいの。このくらい、何でもないわ。それより、訓練を再開しましょう。何か掴めそうな気がするの」

 ようやくクロティルドがやる気を出し始めたのだ。

 こんなところで立ち止まっていたくはない。

 夫ギーはこんなに無様なことには一度だって陥ったことはない。ギーを失ってから得た射手の力だ。彼がロラの手の甲に蘇ったような気がした。彼の力を受け継いだのだ。それを使いこなせない自分が悔しかった。

 クロティルドは頑ななロラの様子に、それ以上問い質すことはできず、どうすれば良いか考えた結果、グェンダルとアシル、エヴラールに相談することにした。グェンダルは村長の弟として村のことを良く見聞きして詳しく、アシルとエヴラールは観測者としてこういったケースについて何か知っているかもしれない。何より、こういった際、どういう風に振舞えば良いか教えて欲しいと思ったのだ。

 クロティルドに頭を下げられ、教えて欲しいと言われた三人は三様の反応を見せたが、それでも同郷の出の者がやる気を見せたのだ。協力は惜しまない。それが自分たちの生存率を向上させるということもある。

「それは力の使い過ぎだろうな」

「十中八九そうだな」

 グェンダルの言葉にアシルが即座に同意した。

「力の使い過ぎ?」

 クロティルドはロラの発達した方の腕の痛ましい様子を想起し、眉をしかめた。

「同じ部分に負荷がかかって弱くなるんだ」

「どうすれば良いの?」

「休ませるしかない」

「そんな。ロラはきっと頷かないわ」

 クロティルドに腕を見せることすら嫌がったのだ。休めと言われることを懸念したのだろう。

「だとしてもなあ」

「力を使わせずに、よく寝て食べさせる。クロティルドの得意分野だろう?」

 そう言ったのはエヴラールだった。だから、クロティルドは受けて立った。

「もちろんよ。じゃあ、ロラには家政をして貰いましょう」



 オルティアの一族が住まう国は、異能を持つ者を排除する傾向にある貴光教本拠地に近い。国一つを挟んでいるだけだ。そういった立地から、オルティアの一族は指標を立てる必要性を感じていたようだ。

 次席の本家の娘が入団したことが強く作用し、正式に幻獣のしもべ団の後ろ盾になることを申し出て来た。

 これで重要な位置に味方を得たことになる。

 クロティルドのお手柄である。

 彼女が出会い頭にオルティアに言い含め、面食らっているうちに手紙を書かせ、書簡の行き来が一族の次期当主との親交を深めることに成功した。どこか一線を引いていた両親や兄弟にも同じく便りを送り、次期当主を補佐する兄などは妹と主の双方に頼られ、まんざらでもなさそうだ。

 一族の次期トップとナンバーツーの心を鷲掴みにしたのだ。

 将来安泰というものである。

 それらのことは団員の見方を和らげる。

 人間の行動は観点一つで様々な受け取られ方をするものだ。穿った見方をされれば、どんな行動も悪いように見える。

 そして、冷静になって見れば、クロティルドの行動で生活環境は整えられている。

 そういったことは感謝に繋がり、態度も軟化してくる。

 また、クロティルドは女性たちの精神的支柱となっていた。

 彼女たちが何かとクロティルドを頼りにするので男性陣も一目置くようになった。

「何より、カランタだ。あのじゃじゃ馬娘に言い聞かせることが出来る貴重な人材だ」

「ああ、俺、どうにも上手く扱えないから、クロティルドに頼んだら一発だった。で、後からこういう風にいえば良いってアドバイスも受けた」

「アフターケアもばっちりだな」

 お母さんは大活躍である。

 衣食足りて礼節を知る。

 生活能力がある者は重要だ。文化的な生活を送ることも大切だ。

 やる気になったクロティルドはすごかった。食事のバリエーションが増えた。それだけで楽しみが増える。クロティルドはこれほど食材がたくさんあるのだから、と色々作った。

 そして、シアンが料理人で各地で料理を習っているということを聞き頭を下げ、料理を教わることにした。ロラを連れて行けばとりあえず力を使うことから引き離すことが出来るという目論見もあった。

 ロラは休息を指示されたが、新しく入団したオルティアやミルスィニにすら抜かれている、と目を盗んで訓練をしようとした。

 渋るロラを引きずって館へ向かうのに、エメリナも加わった。シアンに料理を習いに行くのだと言うのに、丁度良いからマウロのためにエメリナも作ってやると良いと言うと、躊躇いつつも付いて来た。

 クロティルドに腕を取られたロラが空いた手でリリトの手を掴み、巻き添えにした。

 それを目撃したミルスィニも参戦した。騒ぎを横目で見て小馬鹿にしていたカランタもミルスィニが加わったので掌を返す。

 騒ぎを収めようとオルティアも付き従った。

 七人の女性に押しかけられ、うち一人は不貞腐れた風ではあったものの、それを捕まえたまま、クロティルドが深々と頭を下げたのでシアンは少し思案し、結局厨房へと案内した。

『おお! ついにハーレム! ようやく! 道のりは長かった!』

 行き会った九尾が訳の分からないことを言うが、いつものことなのでシアンは聞き流した。

『ハーレム?』

 肩に乗ったリムが小首を傾げたが、頭や顎下を撫でてやるとそちらに気を取られて気持ちよさげに目を細めた。

 ゾエ村に初めて訪れた際にシアンは料理を教わった。今度はシアンが各地で習った料理を教え返すのも良いかもしれない、と厨房に設置した冷蔵庫を開ける。

「厨房、広いんですね」

「あら、この箱、扉を開けると涼しいわ。へえ、食べ物を中に入れておくと腐りにくいようになるのね?」

「食材がいっぱいだわ!」

「これは何に使う道具かしら」

 女性たちは広々し、材料設備共に充実した厨房に興味津々である。

 調理としては、オルティア、ミルスィニ、カランタはあまり役に立たなかった。リリトとエメリナはそこそこできる。勝手が違うのに初めは戸惑ったロラも女性たちが黄色い声を上げながら調理するのに加わって徐々に楽しそうにしていた。オルティアたち三人に教えるのに忙しい。

 リリトとエメリナはクロティルドの指示の下、動く。

 シアンは教えたり逆にクロティルドに教わったりしながら料理を行った。

 クロティルドは高位幻獣とは知っていたが、力があり知能が高いだけあって人間を軽視していると思っていたし、その形状からどうしても獣だという認識が抜けないでいた。

 しかし、幻獣は料理で戦力となった。

 女性陣のどの者より頼りになる。

 クロティルドの認識は一変した。

 それは自分の得意分野であり、かつ、何が大変かを知っているからこそだった。

 大量の粘着性のある食材を混ぜるのが骨なのは熟知している。それを軽々とやってくれる。良くシアンの肩に乗っている小さい幻獣が器用に木杓子でかき混ぜている。身体に比して大きいボウルをシアンに見せてダマがないことを褒められて嬉しそうに鳴く姿は、村で小さな子供がする姿と重なる。

 幻獣の器用さや力の強さ、加減の絶妙さをクロティルドが褒めるとシアンが嬉しそうにする。シアンが笑うと幻獣も喜ぶ。

 クロティルドは清潔にすることは重要だが、むやみやたらにそれにこだわることはしなかった。

「大体ね、家事をするのにそこまで神経質になっていちゃあ、やってられないわよ!」

「本当にそうですよね」

 シアンとクロティルドは顔を見合わせて頷き合う。

 リムは風のコーティングをされているので、毛は入らないと知ると、クロティルドは羨ましがった。

「やっぱり、髪の毛が落ちて入ってしまうことがどうしてもあるのよ」

「毎日のことですからね」

 回数が多いとその確率が高くなる、とすぐさまシアンが同意する。

 クロティルドに取って、この島で一番話が分かる人間を得たと感じた瞬間である。

「シアン、こっちをかき混ぜて貰って」

「はい。リム、お願いね。あ、クロティルドさん、そっちはこの肉を入れてからです」

「そう。じゃあ、一旦火を弱めましょうか」

 二人で連携しててきぱきと動く。大体、どういう時にどういうことをしなければいけないか、分かっている二人である。

「きゅ!」

「ああ、狐さん、ありがとう。じゃあ、ここに入れてちょうだい」

 九尾が刻んだハーブを鍋に加え、味を調える。味の具合を確認したクロティルドは意味ありげな視線を感じたので九尾にも味見をさせてやる。

「きゅ!」

 機嫌よく鳴く声に、丁度良い味なのだという意思を読み取る。

「キュア!」

「リムも味見? はい、どうぞ」

「これは猫さんの分ね。熱いからこっちに取り分けて冷ましておくと良いわ。はい」

 カランにも遠慮なく接する。

 二足歩行する器用な狐と猫に面食らったものの、使える者は使う。

 賑やかな厨房を覗き込んでいたカランを引き入れ、手伝わせていた。その器用さに本心から驚き褒めていたら、気分良く働いてくれた。

「シアンは大変ね。毎日こんなに大量の料理を作っているなんて!」

「幻獣たちはよく食べますからね。でも、美味しそうに食べてくれるので苦になりませんよ。クロティルドさんも沢山作るのに慣れていますね」

「結婚する前が大家族だったの。親戚たちもよく集まって来たし」

「なるほど。それで、色んな人に指示を出すのも上手いんですね」

「そうね。とにかくすることが多いから、割り振りしないとやっていけなかったのよ。それに、逃げようとする子をとっ捕まえてやらせるのも得意よ」

 ちらりとロラの方を向けばそっぽを向いて知らん顔をする。

「はは。楽しそうですね」

「幻獣たちは率先して手伝ってくれているわね」

「そうなんです。道具作りが得意な子が料理器具を作ってくれて、料理をするには適さない幻獣でも手伝えるようにしてくれました」

 皮むき器など取っ手を回したり踏み台を踏むことで行えるのだと話すとクロティルドは目を見張って驚いた。

「まあ、素晴らしい発明だわ! すごいのね!」

「ええ、本当にそう思います。だから、僕は料理はそう大変じゃないんですよ」

「確かにここの調理器具、使い勝手が良いものねえ。初め見たときは魔道具かと思ったけれど、そうじゃないものもあるなんてね」

 調理器具に興味津々なクロティルドは物置に仕舞われているという皮むき器など幻獣が使う器具についても楽しく話を聞いた。

 その間にも二人の手は止まらない。

 どんどん料理が出来上がっていく。

 リリトとエメリナもクロティルドの指示で厨房を右に左に動き回る。

 オルティアとミルスィニ、カランタたちはロラの指導の下、包丁の扱い方から教わっている。

 出来上がった料理は庭で幻獣たちと食べた。

 シアンの言う通り、自分が作った料理を美味しそうに食べてくれる光景は忘れ難いものだった。

 エメリナは美味しそうに食べる幻獣とは異なり、独り水だけを舐める麒麟を遠目に見つめた。

 麒麟は慈悲の生き物で殺さないそうだ。そのせいで弱っていても、リムのためにその力の源である角を削って薬を作ってくれたのだと聞いた。

 リムのために、そうまでしてくれる麒麟に幻獣のしもべ団は感謝した。

 エメリナはシアンから麒麟はそれだけでなくて、おっとりしていて話していると穏やかな気持ちになれるのだと聞き、感じ入った。

 人は人を欺く。

 幻獣たちの純粋な気持ちは稀なものだ。人間が純粋であれば食い荒らされることが多い。幻獣たちはそれをされないほどの力を有している。だからこそ、優しくあれるのだ。

 片付けまで綺麗に終え、礼を言って頭を下げる女性陣にシアンがふと思い出して言う。

「そうだ。餅つき機があるんですが、幻獣のしもべ団の皆さんで使ってみますか? あ、でも、結構力がいるかな?」

「餅つき機? なあに、それ?」

 かくして、クロティルドの料理会のお陰で幻獣たちが時折楽しむという餅つきをすることができるようになった幻獣のしもべ団である。張り切った者たちのお陰で取っ手が回されたり踏み台が踏まれたりした。どちらも重く、相当な力を要したが、これを軽々と扱える力が幻獣にはあるんだ、と目を輝かせて使っていた。

 初めて食べる餅の食感に驚き面白がった。

 器具の他、もち米を提供したシアンはこっそり炎の精霊に頼んで火加減の調整を任せておいた。

 つきあがった餅は館にも供され、幻獣たちも相伴に預かった。

 その後、シアンはユエに依頼して調理器具一式を幻獣のしもべ団とカラム、ジョン一家にも贈った。便利な器具のお陰で家事の負担が飛躍的に減じられた。

 シアンはまたディーノに注文し、女性陣にブラシを贈った。ジョンの妻にももちろんだ。

 これは非常に喜ばれた。

 転移陣を使えるとはいえ、遠慮してそう頻繁には使わない者たちのために、という心づくしに、アメデは中々やるな、と笑い、ディランは太っ腹だと感心し、他の団員は幻獣たちと同じブラシということに羨ましがった。

 リリトはシアンからの贈り物を大事そうに撫でた。

「クロティルドさんが女性陣と交流させてくれたようなものですね」

 そうでなかったら、こうして気を配ることもなかったと言うのに、女性たちはシアンとクロティルドの両者に感謝した。

 なお、これらのブラシは王侯貴族の子女が欲しがる逸品である。魔族が作成した商品自体が品薄で人気がある。シアンの声が掛かった品はその中でも一級品である。

 オルティアなどはブラシを見て驚き、これほどのものを簡単に与えられるシアンの財力と伝手、度量の深さに感じ入った。

 料理器具に興味津々で色々使ってみて、その便利さに驚くクロティルドと笑い合いながら、シアンは事が起こっても、こうして笑い合うようになることができるんだな、としみじみ思う。

 そして、自分ももっと母とこうして接すればよかったと思った。

 料理を作れるようになりたいと言うオルティアに、男性へのアプローチとして胃袋を掴むのは有効な手段だと教えているクロティルドを見やる。

 どんな人間でも変われるのだ。

 少しでも非がある、気に入らないと断じれば切り捨て、潰しに掛かる者の何と多いことか。大義名分があれば何をしても構わないという考えの持ち主は一定数いる。

 けれど、それでは勿体ない。

 変わるためには相当な努力が必要だ。

 クロティルドはもともと努力ができる人だったのだろうと思う。それも一種の強さだと思う。

 そして、彼女のそんな姿を見て、周囲の者が影響される。シアンに出合い頭に噛みついたカランタも、クロティルドの弱い自分を素直に認め、頑張る姿を馬鹿にしたりみっともないとは受け取らなかった。逆にクロティルドを馬鹿にする団員をいびってやったと話していた。

『やれやれ、あれほど女性に囲まれて、料理を作って食べただけなんて。シアンちゃん、男性としては、やはりぼんきゅっぼんがお好きなのでは?』

 門扉で女性陣を見送るシアンを見上げ、九尾がにやにやする。

「はは」

『シアン、ぼんきゅっぼんが好きなの?』

 リムが肩の上でシアンを覗き込む。

 シアンが否定する前にさっと飛び出て、ぼん!と言いながらぴょいーん、と長く跳躍する。次に、きゅっ、と言い地面に四肢で着地し、振り向いてこちら側に腹を見せる格好で、ぼん!と言いながら万歳ポーズで垂直に飛び上がる。

 満面の笑顔だ。

 可愛い。

「あ、うん。好きかも」

 リムが満足げに鼻息を漏らして笑い、シアンも微笑み返す。

 シアンはぼんきゅっぼんが好きだ。ただし、リムに限る。


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