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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
35/630

35.九尾とフラッシュの出会い ~嗚咽も「きゅ」~

 

「九尾はな、瑞兆の象徴でもあるが、徳のない君主には革命をもたらす。それで、凶獣でもあるとされているが、民にとってはどちらにせよ守護獣であるのだよ」

 アレンが茶の湯気を顎に当てながら言う。

 こうして穏やかに話していると知的に見えるのに、九尾が絡むと途端におかしくなる。シアンは庭にいるティオとリムにおやつを出してやった後、フラッシュとアレン、キャスが座る居間のテーブルについた。

 ベイルはテラスにしゃがみこみ、ティオとリムがせっせと食べているのを眺めている。気持ちは分かる。彼らが美味しそうに食べているところを見るのはシアンも好きだ。

 まだ慣れていない幻獣に対して距離を取って接するベイルに、シアンは好感を抱く。

「君のグリフォンのように、初期段階で取得できる召喚獣ではないね」

「そういえば、きゅうちゃんが普段使っている幻想魔法は高度なものなんですよね」

「プレイヤーで使えるってのはまだ聞いたことがないね」

 キャスが傾けていたカップから顔を上げる。


「そういえば、私は錬金術で風の属性もつけられるようになった」

「えぇっ?!」

 フラッシュが淡々と言うのにキャスが素っ頓狂な声を上げる。

「大地と光と闇に続いて四つ目か?」

 アレンも目を見開く。

 心当たりがあるシアンはそっと目を逸らす。フラッシュはそれを何とも言えない顔で眺めた。

「あの、属性をつけるというのは生産の時につけるということですよね」

「ああ、そうだよ。今は二つの属性を付けられる者がいるだけなんだがね。フラッシュは地水火風の基本属性の中で二つもできるようになった上に、上位属性の光と闇もつけられるんだよ」

 アレンが熱心に言う。


「あと、その四つの属性の魔法も使えるようになった」

「は?! あり得ないんですけど!」

 キャスが甲高い声を上げ、頭を抱えた。

 あまりの音量にエドナとダレルが跳ね起き、何事かと左右を見渡している。

「あの、魔法を四つ使えるのも珍しいんですか?」

 シアンも使える。が、人前では使ったことがない。そのまま封印することになりそうだ。

「いや、成長を無視するなら、基本属性四つを取ることは簡単にできる。ただ、光と闇の魔法は基本属性二つの魔法を一定以上成長させないと取得できないんだ。しかも、選べるのは光と闇のどちらかだけだ。その両方を取得できるなんて、聞いたことがないな」

 シアンの疑問に丁寧に答えたアレンはやはり面倒見が良い。


「私はもともと風の魔法を成長させていたんだけがな。縁があって大地の属性を付けることができるようになり、大地の魔法を取得できるようになっていたんだよ」

「そうそう。それが、光と闇の属性を生産でつけられるようになったとは聞いていて、驚いたけど、魔法までなんて!」

 フラッシュのシアンに向けた説明に、キャスが興奮気味に付け加える。

「そんなに凄いことだったんですね」

 勢いに押されがちになるシアンにフラッシュが重々しくうなずいた。

「そんなに大層なことなんだよ」

 言外の言葉に首をすくめる。

「だから、今後は魔法の方でサポートできそうだ」

「おお、パーティ復活っすか!」

 キャスが嬉しそうに笑う。

「私のお株を奪われそうだな」

 そう言いつつも、アレンも嬉しそうだ。

「え、なになに、サブリーダー復活?」

「今のサブはお前だろう」

 エドナにフラッシュが返す。

「いやあ、この人たちの手綱を取るのって大変で」

「私は九尾で精いっぱいだ」

 パーティのサブリーダーを押し付け合う。


「そういえば、フラッシュさんは召喚士でしたよね。召喚獣もパーティの制限人数に含まれると聞いたことがありますが」

「ああ、そうだよ。だから、召喚士同士でパーティを組むかある程度召喚獣を揃えたらパーティから抜けてソロになる者もいるな」

「フラッシュさんは魔法職として参加しているんですね」

「そうだ。元々、メンバーがリアルの都合で揃わない時に召喚獣を呼び出そうと思っていたんだがね」

「そういえば、フラッシュさんはきゅうちゃんの他に召喚獣はいないんですか?」

 シアンの言葉にエドナが息を飲み、キャスがばつの悪い顔をし、ダレルが顔色を変えた。

「話していなかったな。私は九尾しか召喚獣を持てないんだよ」

「話してもいいのか?」

 アレンの言葉にフラッシュが頷いた。

「もちろん。というか、話していないのを忘れていた。私にとってはシアンはもう一つのパーティメンバーみたいな存在だからな」

 最高の誉め言葉にシアンは驚いた。そして、じわじわと喜びがこみあげてくる。

「あ、あの、僕もフラッシュさんと冒険に行ったことがないのに、この家でまるで家族みたいだなって思っていました」

 シアンにとってはこの異世界の良きアドバイザーであり、理解者であり、少なくない時間を共にした姉のような存在である。

「そ、そうか」

 照れ合う二人にアレンが眉根を寄せて咳払いをする。

「フラッシュは召喚士になった当初は九尾ではない他の召喚獣を従えていた。九尾は他の召喚士がものすごい確率で呼び出したんだ」

「アレン、私が自分で説明しよう」



 フラッシュはメイン職種に召喚士を選択し、サブ職種で錬金術師を選択した。初めは角ウサギやトリス周辺でも森に出没する強い魔獣ウルフなどを召喚獣として得た。パーティメンバーが揃わない時の要員として役に立ってくれていた力強い仲間だった。フラッシュ自身もサブ職種に役に立つ知性を司る風の属性の魔法を扱った。

 新しいゲームの世界にも慣れてきた時、プレイヤー間に激震が走った。

 幻獣、九尾が発見されたのだ。

 神の使いでありながら、人の世に降りるのは瑞兆を示すだけではなく、暗君には革命をもたらす凶獣でもあるとされていた。

 プレイヤーの間では人を惑わす魔獣であるという認識が強かった。そして、最終的には強大な敵である可能性が高いとも思われていた。

 その九尾を、召喚士が召喚獣にしようと対峙した。

 その場にいたプレイヤーは召喚士を支援した。ある者は盾をかざして九尾の吐く青白い炎を防ぎ、ある者は魔法を飛ばし、ある者は網を放った。

 九尾の炎は肉体ではなく精神を焼き、魔法を弾き、ただ、網は九尾の自由を奪った。すわ、捕獲できたか、と色めき立つプレイヤーを他所に、九尾は爪で網を裂き、飛び出した。

 目の前に迫る九尾に、召喚士は咄嗟に間近で召喚を行った。呼び出された魔獣は九尾と召喚士の間に挟まり、押しつぶされた。

 衝撃に召喚士も吹き飛び、地面に落ちた後、光の粒となって現実世界に戻った。

 魔獣は肉がつぶれ、骨が砕け、赤黒い粘着物となって、九尾の白い毛に纏わりついた。

 天帝宮に住まう清浄な聖獣であれば耐えられない出来事だった。

 九尾は幸か不幸か、瑞兆も凶兆も現す役割を担っていた。

 ただ、凶事に大きく天秤が傾いた。天帝宮に長く留まることができなくなり、野に下り、時折呼び出される形となった。

 その決が下りる少し前、事件の直後、魔獣の血肉を浴びた九尾は流石に狼狽し、身体に纏わりつくものを取ろうと辺りを駆け回り、飛び跳ねた。

 騒ぎを聞いて駆け付けたフラッシュたちパーティはこの時初めて九尾を見た。

 無残な姿で時折天に向かってきゅう、きゅう、と鳴く声にフラッシュは胸を締め付けられた。

 誰をも近寄らせず、しばらく広い範囲で狂ったように動き回る九尾を尻目に、周囲の者に事情を聞いたフラッシュが器に水を入れて九尾に勧めた。

「ほら、水を飲め。ずっとそうしていたら疲れただろう」

 器を置いて後退って距離を取る。

 九尾の暴れる脚が器に触れて、器が飛ばされ、水がこぼれ落ちる。

 フラッシュは器を拾い上げ、再び水で満たして地面に置いた。

 それに水が入っているということを、先ほど器に触れて撥ね飛ばした際、脚に水滴がかかったことで知った九尾は、しばし器を見つめてそろそろと近づき、鼻先を寄せた。匂いを嗅ぎ、水に舌を伸ばす。一旦飲み始めると、喉の渇きを思い出したように飲み干した。

「そんな恰好じゃあ、大変だろう。お前、嗅覚も鋭そうだもんな。ほら、綺麗にしてやるから、じっとしていろ」

 布を濡らし、九尾の背を拭いた。

 暴れるかと思いきや、一度ぴくりと耳を動かしただけで、大人しく拭われるままになっている。

 布を何枚か使って、そこそこ綺麗にする。

「全部は取れないな」

 全身を矯めつ眇めつしていたら、ふと視線を感じ、見やると九尾と目線が合う。

「お前、私と一緒に来るか?」

「きゅ」



「そうして九尾を連れて宿屋に戻って、水を張った盥で洗った後、ステータスを見てみれば、召喚獣は九尾の名前しかなかった」

 フラッシュが肩を竦めた。

「それまで契約を結んだ召喚獣も消去されていたし、以後は他の魔獣を召喚獣にはできなくなった」

 締めくくると、ずびーっと激しい水音がした。

『きゅっきゅっきゅ、なんて可哀そうなきゅうちゃん!』

 泣き声も企む時の笑い声と一緒なんだな、と盛大に鼻をかみ、嗚咽を漏らす九尾を眺めた。

「それがフラッシュさんときゅうちゃんの出会いなんですね」

「ああ。今では名前が一緒なだけの別な幻獣の話なんじゃないかと思う」

 フラッシュが疲れた顔でどこか遠いところを見る。

 九尾も今はたまに天帝宮に行くくらいで、ほぼフラッシュの家にいる。そこら辺がこの世界においてフラッシュが早々に工房だけでなく住宅を手に入れた所以かもしれない。


「そういった訳で、ある意味悪名高い九尾を連れているところをあまり見られたくはないが、召喚獣のいない召喚士ではな。それで、錬金術メインで活動することにしたんだ。だが、最近、魔法能力が強化されるようになったので、そろそろ本腰を入れてパーティに復帰させてもらえないかと思っていたところだ」

「今までも、たまには一緒に出掛けたりしていたのよ? フラッシュは風の魔法が使えたし、攻撃も回復も手の足りないところをうまく補ってくれて助かるの」

 エドナがだからサブリーダーは返すと言い出し、また押し付け合いが始まる。


「そうだったんですね。じゃあ、僕が初めてきゅうちゃんと街中で出会えたのって、数少ないタイミングだったんですね」

「ああ、あの時は久々に外に連れ出したんで、随分はしゃいでね。店の商品に勝手に手を出す前に止めてもらって助かった」

 シアンはふと笑った。

「なんだ?」

「いえ、きゅうちゃんと同じく、僕もティオもフラッシュさんに拾われたなあ、と思い出していました」

「知人がグリフォンを連れていて、あの時は驚いた」

 何だか、あれから随分遠くへ来たような気がする。リムと出会い、精霊の加護を得て、ピアノとバイオリンをまた弾くようになった。


 しみじみしていると、また咳払いが聞こえる。そちらを見れば、アレンが半眼になって見ている。

「ところで、シアン、君が先ほど言っていたこちらの世界の世事に長けた人たちに事の次第を探ってもらう件、宜しく頼むよ」

「あ、はい。わかりました。結果は分かり次第、フラッシュさんを通してお知らせしますね」

 なぜ睨まれているのか分からず、戸惑いながら答えた。

 エドナとキャスがにやついているのに気が付いたが、アレンたちはその後すぐ帰っていった。

 それぞれ、定宿があり、フラッシュのように時には持ち家をうらやましく思うこともあるが、常時滞在するわけでもないから、今のままで十分なのだそうだ。ログアウトするためだけなので、家具も不要なのだとか。


 アレンが帰り際に、フラッシュが九尾の以前に召喚していた召喚獣を大切にしていたことを小声で話した。

「だから、グリフォンを連れた君が下宿するようになったと聞いて驚いたけれど、納得もした。もう他の召喚獣を持てないのもそうだが、仲間のように思っていた召喚獣を突然失うことになって、人知れず落ち込んでいたからね」

 九尾とリムとともにパーティメンバーを見送っているフラッシュを見ながらアレンが言う。

「フラッシュさん、ティオとリムの言葉がわかるようになってきたんです。あと、リムに楽器を作ってくれたり、調理器具を作ってくれたりしてくれて、ティオもリムも感謝しています。もちろん、僕も」

「ああ、聞いたよ。タンバリンやバーチャイムを作ったんだってな。それまで楽器を作るなんて思いもよらなかったって言いつつ楽しそうだった」

 バーチャイムが何のことか分からなかった、というアレンがシアンの肩を叩く。

「今度、君たちの演奏を聴かせてくれ」

「はい、ぜひ」

 アレンは最後に九尾の頭を撫でようとして、素早く避けられて残念そうにしながら帰っていった。



 マウロと連絡を取り、シアンはカラムの農場に出向いた。

 製鉄所の件や特殊能力を持つ異界の眠りの冒険者に国が接触したことなどを話した。

「それは随分思い切ったことを始めたもんだな」

 マウロも事が大きく動き出した気配を読み取った。

 無理のない範囲で、製鉄所や国の動向を探ってもらうよう依頼すると、快く引き受けてくれた。

「戦争になったら、あのチビさんも大きいのも駆り出される可能性があるもんな」

 カラムにこれも食べろ、あれも食べろと勧められるままに、もぎたての果物や野菜を食べているリムとティオを見やる。

「なるべく、人同士の争いごとに関わってほしくないと思うんです。僕の勝手な気持ちなんですが」

「いや、分かるよ。あいつらの力は本来、自分たちが食べる分だけ、生活の分だけ狩るためにある。他人の欲得のために使われていいもんじゃねえ」

 マウロの男くさい顔を見上げてシアンは笑った。

「リムの味方が貴方のような人で良かった。リムは人を見る目がありますね」

 すると、マウロが唇の片端を上げてにやりと笑う。

「だろうな。初めて懐いた人間があんただもんな」

「え、いえ、そんなつもりじゃあ」

 呵々大笑しながらマウロはシアンの背を勢いよく叩いた。

「ま、任せておきな。しっかり調べてくるからよ」

『こらーっ! シアンにいじわるしちゃダメなの!』

 シアンに暴力をふるったとリムが飛んできて、マウロの顔すれすれを通過し、戻ってきては体にかすりそうな至近距離を通り過ぎる、を繰り返す。

「わわ、なんだ、なんだ?!」

 マウロが慌て、シアンがリムを宥めようと腕を差し出す。

「リム、マウロさんは何もしていないよ」

 リムがシアンの腕に飛び乗り、素早く伝って肩に乗る。すっかり馴染んだ柔らかい毛の感触が首筋をくすぐる。

「ふふ、沢山食べていたね。顔中、果汁だらけだよ」

 布を取り出して顔を拭ってやると、気が済んだのかそれともシアンに世話を焼かれるのが好きなのか、大人しく拭われている。

 シアンはマウロに、ワイバーンの動向やそれに対する国の対応なども確認してくれるよう頼んでおいた。

「じゃあ、行ってくるわ。もっととんでもないことを企んでいないとも限らないからな」

 片手を上げて挨拶に代え、マウロが部下を集めて出立した。




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