32.各々の長所/過去との対峙
シアンの安全第一であるティオは言わずもがな、幻獣のまとめ役として常に泰然としている。彼がいるから大丈夫という安心感がある。
リムは常に明るく好奇心旺盛で、その楽しいという気持ちは周囲に伝染する。そして、大切なことは間違わない。シアンに色々教えてくれる。
九尾はいつもふざけたことばかりを言うが、それで余計な力が抜け、ここぞという時には頼りになる。冗談は言うが、シアンの至らない点をフォローしてくれる。ある意味、誰よりもよく物事が見えているのではないかと思う。
一角獣の力は奪うだけのものではなく、幻獣たちのために振るわれる。弱いからと見下すのではなく、守ろうとしてくれるのだ。それはシアンの出来る者が出来ることをするという考えを知り、強者である一角獣は力を用い、弱者である他の幻獣は優れた技能で役に立っていると認めているのだ。守って貰うと言うことは、強者である一角獣に認められているということで、それが弱者である幻獣に取ってどれだけ誇らしいことか。
わんわん三兄弟の素直さや健気さは自分も頑張ろうという気持ちを起こさせた。いつも一生懸命で、他者の美点を良く見ている。そして、常に賑やかで雰囲気を明るくしてくれる。
物事を一心にする姿勢は彼の主を彷彿させる。だから、常に問われている気がする。
精いっぱいでそれをしているか、と。
幻獣たちが麒麟を好むのはシアンと雰囲気が似ているからだけではない。麒麟の穏やかな空気感が心地よく、癒されるからだ。話を楽しく聞いてくれ、何か事があったら怯えるが、そうさせないようにと気を使いたくなる。常に心穏やかでいて欲しいと思わせるものがあるのだ。
鸞は風の精霊と同じくシアンに様々に教えてくれる。初期から風の精霊が傍らにいたからそんなものかと思っていたが、どうもこの世界の知識レベルとは乖離が甚だしいということに最近気づいて来た。鸞はそんな風の精霊に近しいほどの知識量を持つ。
そして、知らない者を軽んじることなく、教えることから学ぶこともあるという謙虚さがある。だからこそ、この先研鑽を積んでいくのだと思わせる。
ユルクはのんびりしている風に見えて、よく考えている。そして、幻獣の中でニュートラルな価値観の持ち主に思える。力に傾くのではなく、知恵や技術に傾くのではなく、わりと人間社会で通用する考え方を持っている風に思える。だから、幻獣たちの突拍子もない発言によく困惑していることが多いので、シアンとしても親近感がある。
そんな彼は祖父に発破をかけられ、高位幻獣であり素質があることからも、強くなろうとしている。
ネーソスとは風の精霊のお陰で意思疎通をすることができるようになった。だが、普段から寡黙だ。親しいユルクにはその挙動に時折コメントしているが、内容がちょっと風変わりで面白い。
島の生活を気に入っているようだ。幻獣たちを仲間だと認識し、以前、麒麟が害されたと激怒したことがある。普段、穏やかな反面、そういった激しい一面もある。
ユエの作った道具で力はあってもそれほど器用ではない幻獣がシアンの手伝いをすることができるようになり、どれほど喜んだことか。
強者が幅を利かせるのは当たり前のことである。役に立ったユエが偉そうにするのもむべなるかな。しかし、他の者を認めない行為はいけないことだ、他者を傷つけたくはないと恥じ入り、態度を改めたユエはすごいと思う。
ここにいないリリピピは今はどこの空の下を飛んでいることだろうか。
精霊たちの助力を得て奔放な風の精霊のために力を尽くせることをこの上ない喜びとする小鳥は勇敢だ。たった独りで長い長い距離を飛び続けるのだ。そして、楽しく美しい声を届ける。
辛い旅の果てに楽しさを伝えるなんて、どれほどの胆力が必要とされるだろうか。けれど、できると信じたシアンに感謝して飛び立つのだ。
島にいる時も幻獣たちと沢山遊べて楽しいが、風の精霊の下に向けて飛び続けるのも嬉しいことなのだと言っていた。
カランはまだ言い出せないことがあるようだ。
幻獣たちのことを良く見ていて、的確なフォローをする。幻獣たちが人間に良くして貰うことが嬉しいらしく、表情を整えるのに努力している姿が微笑ましい。
自分だけが良い目を見るのではなく、みなで分かち合うことの方を好む。
だから、強者である一角獣が力のない幻獣を守ってくれることを殊の外喜んでいる。
自分は素晴らしい幻獣に出会っていたのだとシアンは実感する。
猫にはそれが分からなかったのが残念だった。
シアンは一度、カランと二人きりになり、話した。
「カラン、無理しないでね」
『ありがとうにゃ。でも、ここでのんびりさせて貰っているにゃよ。こんなに豊かな場所で過ごせるなんて、思ってもみなかったにゃ』
何のことか明言しないままに言えば、カランはどうとでも取れる言い方をした。それで、シアンは直截に告げることにした。
「うん。それとね、君への態度が原因なだけじゃなく、猫にはここを出て貰おうと思うんだ」
カランははっと息を飲んだ。
シアンは猫をどうにかしてほしいかとは聞かずに、自分の判断として処断すると言った。その言動に対してやんわりと諫めていたが、そもそも猫はシアンの前ではそれこそ猫を被っている。猫の話すことで、今のは本心かなと引っかかりを覚えたり、そういう解釈の仕方をすれば悪く取りかねないという物言いをすることに気にはなっていたのだ。
幸いと言って良いのかどうか、精霊たちも猫には声も姿も感知させていない。風の精霊は様子見でシアンに任せておいてくれているのだと思う。闇の精霊は気を揉み、残りの精霊は関心がないかあまり分かっていないのではないかとシアンは踏んでいた。
ともあれ、シアンたちの近くにいることで、精霊たちの助力が及ぶのは日々を楽しむことだけに限定したい。そうしてみると、シアンは気の良い仲間に恵まれていたのだと実感する。
『それは急すぎではないかにゃ』
カランは待って欲しいと言った。
猫は自分が村で酷いことをしたから、それで腹を立ててちょっと拗ねているだけなのだと。
自分も態度を改めるように言うから、もう少しだけ目をつぶってほしいと決然として言ったので、シアンは一旦待つことにした。
確かにカランの言う通り、本人が気づかずにそうなっていることもあるだろうし、意見を聞いてみないとどう思っているか分からない。
何より、それまで縮こまって怯えてさえ見えたカランが、昂然と頭を上げたのだ。
「無理はしないでね」
変わることを決めたカランに、シアンは微笑んだ。
カランは何度か猫と話し合おうと試みたが、のらくらと躱された。
つい先日までは猫の方がカランに絡んで来ようとしていたのに、自分がされる立場になると途端に逃げだした。
『話があるにゃよ』
仕方なしに、幻獣たちがいる前でそう言いながら、別の庭に来て欲しいと言う。
『何にゃよ。わざわざ別の所へ行くなんて、私に何かするつもりなのかにゃ?』
『そんなことはしないにゃよ』
『カラン、我々は離れておりますのでっ』
『聞こえない所に移動するので、心おきなく話し合ってくだされ』
『一応、見守っておりまする!』
わんわん三兄弟が口々に言い、一角獣を伴って庭の端、館の壁際に移動する。
『何にゃ、あれ。ああ、そうか。お前が私に危害を加えないかどうかを見ていてくれるつもりなのかにゃ』
見守ると言ったわんわん三兄弟はカランの方を心配げに見ていた。彼らは可愛らしい外見をしていても、幻獣だ。闇の属性を持つため、精神を司る。猫の本性などお見通しなのだろう。
『それで、何の用なのにゃ』
『あのボールを返して欲しいのにゃ』
言って、カランは片前足を差し出す。
『ふん、俺たちが村で被ったお前の被害はこの程度のことではないのにゃ』
『それは本当に申し訳なかったにゃ。謝るにゃ』
『そんなふざけた喋り方でか? 誠意がないなあ』
ここぞとばかりに普通の話し方をして煽る。
カランは覚悟を決めた。ボールが戻らないのであれば、それはそれで致し方ない。なくした自分が悪いのだ。
『分かった。返してくれないのなら、もうそれで良い』
気力を振り絞ってそう言ってはみたが、口の中の苦さはどうしようもなかった。
『じゃあ、話は済んだにゃ』
自分で言っておきながら、しっかり語尾を変えている。
『まだにゃよ。他の幻獣たちへの態度を改めるにゃ。他のみんなも気づいていて問題視しているにゃ』
『何のことにゃんだか。言い掛かりはやめてくれないかにゃ』
立ち去ろうとする猫を引き留めてカランは懸命に言い募る。
『俺に今肯定してみせなくても良い。シアンの前でやっていないつもりでも、気づかれているにゃよ』
『お前が告げ口したのかにゃ。嫌だにゃあ、嫉妬はみっともないにゃよ』
鼻にしわを寄せるのにそうではないと言う。
『第一、シアンが気づくはずはないのにゃ』
『シアンを見くびっているにゃよ。普通の人間がこんなに幻獣や精霊に好かれる訳がないのにゃ』
『精霊? 精霊なんてお伽噺にゃよ』
ふふん、と鼻で笑って行ってしまいそうになるのを前足を伸ばして止めようとする。
『おっと、あっちで見ているお仲間に向けて悲鳴を上げてやろうか? お前が手を出したってわざと転んでやろうか?』
カランは咄嗟に足を引っ込めた。その時、引きとどめていたら、また違ったのだろうか。




