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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
348/630

31.各々の短所

 

 幻獣たちはその身体的特徴から、じゃんけんができない者がいる。

『あっち向いて、ほい!』

 そのため、その遊びは顔を向ける者、方向を指し示す者、交代で行った。もちろん、言い出したのは九尾である。

『あっ、同じ方に向いてしまいました!』

『わあ、勝った!』

 リムが満面の笑顔になる。

『リム様は本当にお強い!』

『正しく、百戦錬磨の雄!』

『えっへん!』

 わんわん三兄弟が誉めそやし、リムが胸を張る。

 彼らは本当に単純である。そして、小うるさい。

 リムなどは猫と組むのを嫌がる素振りを見せたカランに遠回しに嫌味を言っていると、嫌がっているのに強要するなと口を挟んできた。

『ダメなんだよ!』などと自分の正当性を疑いもせずに主張してくる。

 物言いも可愛い子ぶって鼻につく。

 すかさずわんわん三兄弟が擁護に回るのも、数の暴力ではないか。

 その向こうではティオと視線を合わせて固まる狐がいる。ティオの鋭い鉤爪が動く方向に合わせて顔を振る。もはや、恐怖に絡めとられ、ルールを忘れてしまっている。

 ティオ、あいつは怖い。

 シアンとリムには優しいが、敵対したら容赦なく叩きのめされるだろう。

 九尾はふざけておかしいことばかり言っているが、時折鋭いところを突いて来る。

 どちらにせよ、関わらない方が良さそうだ。

 ユルクが長い体を大きく曲げ、尾を前の方に持って来て左右上下に自在に振る。ネーソスがゆっくりとそれとは別の方向に頭を動かす。動き始めは同じでも、速度は全く違う。それでも、マイペースに楽しんでいる。

 あの二人は呑気で鈍い。ネーソスは何を考えているのか分からない。逆に、ユルクは何も考えていない。

 一角獣が始まった途端、横に向いたり上向いたりする。

 角が危険で、相手する鸞は大分距離を取っている。

『我の速度は申し分ないのに、どうしてシェンシに負けることがあるの』

『単なる予測だ』

 あれほど鋭い切っ先を向けられ不満気な様子を見せられても、鸞は平然と返す。

 一角獣はせっかちで短気だ。そして、短絡的だから、鸞に勝てないことが多々あるのだ。その鸞も頭が良いらしいが古臭い喋り方で、頭の固さが窺える。

『あは、負けちゃったねえ』

「みゅ!」

 負けたのにのほほんと笑う麒麟に、ユエが得意げにそっくり返る。麒麟は苛々するほどのどんくささで、ユエはちょっと物づくりができるからといって、万事に得意げなのが癇に障る。好き放題高価な素材を使っているのだから、良いものが作れるのは当たり前だ。

 リリピピとはまだ会っていないが、随分長く使いに出ているのに仕事を終わらせることが出来ないところを見ると、取るに足りない存在だろう。歌が得意な小鳥だそうだが、そんなものが何になるというのだ。

 シアンは地味な人間で、甘っちょろいことばかり言っている。

 力がないのに冒険者をやるなんて無謀の極みだ。そのうち、幻獣たちに飽きて食べられるのではないかと猫は踏んでいる。それまでは取り入っておこう。

 狙うなら頂上、シアンである。

 容易だと思っていたら、ティオとリムと過ごした時間が長いためか彼らと共にいることが多いが、後はまんべんなく幻獣たちと接する。

 猫が何度となく話しかけても、わんわん三兄弟のような手がかかる者が多いから、そちらに意識を奪われることが多い。

 麒麟のようにとろく、ユルクのように呑気、亀のように鈍い者とも穏やかに付き合う。根気強くというよりも、心地良さげに付き合っている。

『猫も一緒にやりますか?』

 カランが不参加を表明し、どこかへ行ってしまったのであぶれた猫にエークが声を掛ける。

『やってあげても良いよ』

『ルールは分かりまするか?』

 一々そういうことを聞くから馬鹿なのだ。

『見ていたら分かるよ』

 猫はたまに向きかけた方に、エークの前足が指示したと知るや、強引に顔の方向を変えた。

 猫が勝ち続け、負け通しだとしおたれる子犬に、精進が必要だと励ましておいた。

 猫は遊びでも優位に立てる者を選んだ。

 ティオは論外だ。

 リムも単純だが、能力は相当高い。

 一角獣は短気なので負けたらいつあの鋭い角を振り回してくるかわからない。

 九尾は底知れないところがある。

 それ以外だ。

 一番良いのはカランだ。

 やつが勝ちそうになっても思わせぶりに色々言ってやれば、後はぐずぐずと負け続ける。軟弱者だ。

 猫は偉ぶりたいからやってあげても良いというのではない。

 そうやって他者に自分からやりたいのだと錯覚させるためだ。猫のためにしていると、自分は猫のことを大切に思っているという思考パターンに陥りやすくなる。

 謂わば、関係を築く上での戦略、駆け引きである。



 その日は天候に恵まれていたから、庭の木陰に座って絵本を読んだ。

 リムがディーノが持って来てくれた絵本を読んで欲しいとシアンにせがんだのだ。

 ティオを背もたれにして、リムを肩に乗せ、ネーソスを膝に置き、絵本を読んでやる。それをユルクと一角獣が両脇から覗き込む。九尾と麒麟と鸞、ユエが少し離れたところで思い思いに楽な体勢で聞いている。わんわん三兄弟はバスケットの中で変な寝息をたてている。カランは木の上で居眠りをしている。

 絵本のストーリーにリムが質問をしたり歓声を上げたりし、それにユルクや一角獣がそれぞれ意見を言う。変な意見が飛び出した際には鸞が修正し、麒麟がおっとり笑う。ユエは腕組みして時折頷いている。

「ドラゴンを助けたビルの父は魔法の石を授かりました。成人したビルはこの魔法の石をお祝いに父から譲り受けました。万病に効く石で、これを一晩浸けた水を病気の人に飲ませるとたちどころに治ってしまいます」

『レンツの角と一緒だ!』

『ネーソスの甲羅とも同じだね』

 リムが絵本を覗き込んでいた顔を上げ、ユルクも鎌首をもたげる。

「旅に出たビルは鼠と蛇、蝶を助けます」

 時に魔獣と闘い、時に供物を要求する下級神と知恵比べをしてか弱き者を助けてやり、奇岩の村で不思議な生き物と渡り合ったり、なかなかのスペクタクルである。

「巨岩に挟まれた家か」

『どんなだろうね?』

 シアンが語りを止めて思わず呟くと、リムも小首を傾げる。

 セバスチャンが用意してくれた絵本の中には、夫婦間の不倫を題材にしたものもあったので、内心、戦々恐々としていたシアンとしては一般的な冒険譚に安堵した。

 しかし、幻獣たちには大したことがなく、今一その艱難辛苦さが伝わらない様子だ。

『突進すればすぐに終わるのに』

『シェンシ様ならすぐに症状にあった薬を煎じてくださいまする!』

『レンツ様やネーソス様がおられれば更に効果のほどは確実!』

『一晩待つこともありませぬっ!』

 一角獣が不思議そうに言えば、わんわん三兄弟が口々に言い立てる。

「若者は長く病みついた姫をその石で救い、結婚しようとします。ところが、ビルが次に助けた若者に石を奪われてしまいます」

『大切な物なのに、それで病気が治せると知られないようにしなかったのが悪い』

 ユエがすげなく一刀両断するが、確かにそのとおりではある。

「そこへ鼠が駆け付け、石を取り返してくれました」

『自分で取り返さなかったの』

 ティオが鼻息を漏らす。

「蛇が盗人の若者を咬み、毒が回ります。姫もちょっと咬んで病気にしました」

『えっ! 姫をまた病気にしたの?』

 なんて酷い、と麒麟がおろおろと首を動かす。

「ビルが石を使って姫を治しましたが、姫の父王はみすぼらしい格好のビルに可愛い娘をやりたくありません。そこで無数の部屋から姫がいる部屋を一度で当てて見せよと言いました」

『ああ、よくあるパターンではありますよね。婚姻は家同士の結びつき。同格の者同士でないのならば、家に何らかの恩恵をもたらす者でなければ』

 ましてや国の富を手にする権利も与えられることになるのだと九尾が解説する。

『医者もしっかり契約書を取り交わさなければ治療するなと物の本に書いてあるほどだからな』

 罹病している際には何でも差し出すとは言うものの、治ってしまえば治療費を出し渋ることが多いと鸞が嘆息する。現状、シアンから貰いすぎるほどに貰っているという思いが強い鸞には歯がゆいばかりだ。

「長い長い廊下にはずらりとドアノブが並びます。その一つに蝶がひらひらと飛びまわりました。その部屋には確かに姫がおりました。そうしてビルは姫と結婚することができました。めでたしめでたし」

『まあ、王家としては病を治す者がいてくれるのにゃ。めでたしで良いんじゃないかにゃ』

『……』

 いつの間にやら居眠りから目覚めて聞いていたカランの言葉に、ネーソスが結婚に姫の意思は反映されないのかと言う。

 その他の幻獣たちもそれぞれそんなものか、という反応である。

 しかし、九尾がきゅっきゅっきゅ、と妙な笑い声をあげて、シアンがもし精霊の力が宿った石を持っていて、助けた人間が実は悪いやつでその石を盗られたら、と言い出した。

 絵本を読んでいる時は、「ふーん」という感じだったリムがどんぐり眼になる。

『ダメだもの! シアンのなのに!』

 ぴょんぴょんその場で飛び跳ねて抗議する。リムがいるのはシアンの肩の上だ。よく転がり落ちないものだとシアンは慌てて手を添えてやる。

 わんわん三兄弟は、一大事!と三匹でその場をくるくる回り、衝突する。

 麒麟がおろおろとリムとわんわん三兄弟を見やる。

 鸞とカラン、ユエはさもありなん、という表情をしていた。

 人間とはそういう性質を持つ者も多い。他者の者を労せず手に入れようとするのだ。奪うのが一番手っ取り早い。

 ティオがたん、と足を半歩踏み出し、短く宣言する。

『取り戻そう』

 その際には盗人は生きていないだろう。

『我が言って来るよ。すぐ済む』

 一角獣は今にも突進していきそうだ。

『お話の中の出来事だよね?』

『……』

 ユルクが困惑した様子で鎌首をたわめるのにネーソスが頷く。

『では、こういうのはどうです? もし、助けられた動物たちが何もしなかったら』

「え? ビルが助けた動物が恩返しをしてくれなかったということ?」

 九尾が妙なことを言いだし、シアンが戸惑う。

『そうです。つまり、ビルは自分で取り返そうともがくも、石は戻ってこない』

『ふむ。その場合、悪者はそのまま姫を結婚してしまう、ということか』

 九尾の戯言に鸞が考え込む風情を見せる。

『それはお話としては用をなさないのにゃ』

『まことに!』

『こういった話は寓意を持つもの』

『悪者は懲らしめられなければなりませぬっ!』

 カランの言葉をわんわん三兄弟が補足する。

『そいつらは何もしないの?』

 一角獣が小首を傾げると鋭い角の切っ先が美しい白銀の輝きを振りまく。

『まあ、恩を感じて何か返そうとするのはその者次第だから』

『ふーん』

 世知辛い人の世を渡り歩いてきたユエが言い、リムが熱のない相槌を打つ。

『では、悪者はそのまま人の持ち物で良い目を見るの? 奪われればそれっきりなの?』

『……』

 麒麟がしきりに空を蹄で掻くが、ネーソスがそれが世の習わしだと言う。

 ティオが興味なさげに鼻を鳴らす。

 結局は力ある者が好き勝手をするのだ。だからこそ、お話の中ではそうやって縛める。悪いことをすれば自分に返って来るのだと。

「でも、君たちは自分たちができることをそれぞれして、協力し合っているでしょう?」

 シアンの言葉に一斉に幻獣たちがそちらを見やる。

「狩りが得意な者は狩りをして、薬作りが得意な者は薬を作って、道具作りが得意な者は便利な道具を作って料理が得意な者は料理をして、歌が上手い者は歌を歌う。そうやって一人では味わえない色んな楽しみを知って、この世界を分かち合っているんだよ」

 幻獣たちは揃ってこっくりと頷く。

 一部の例外はあるものの、彼らはシアンと出会う前は調理されたものなど口にすることはなかったし、得も言われぬ演奏を耳にすることもなかった。美しい光景を見て綺麗だと思うこともなかった。

 それを、美味しい、楽しい、美しいと思えるのはシアンと出会ってからだ。

「だからね、誰かが大変な思いをしている時にはやっぱりできる者ができることをして助け合えたら良いなと思うんだよ」

 僕にいつもそうやってくれるようにね、というシアンに、異口同音に是と答えた。




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