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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
346/630

29.風を体現する男

 

 幻獣のしもべ団はオルティアの入団を歓迎した。

 マウロはグェンダルから彼女の家の事情と異能のこと、そしてロイクとアメデとの連携を聞き、大きく頷いた。

「もうそれだけの案が出来上がっているんなら、話は早い。どうだ。女性の身で男二人と組むのは大変だろうが、やってみないか?」

「はい。私も欠点をカバーして更に強い攻撃力を持てるのはとても魅力的だと思います。幻獣のしもべ団には女性団員も多いと聞きます。必ず、強力な武器となるとお約束します」

 昂然と頭を上げて言いきるオルティアにマウロは破顔する。

「威勢が良いな! だが、あまり気負う必要はないぞ。あと、その口調、ロイクたちに話すように普通に喋ってくれ」

 オルティアは新入団員としての最終関門のマウロとの面談を無事済ませ、港町で一旦別れ、拠点があるという島へ向かうために乗船した。幻獣のしもべ団の本拠地は島にあり、大陸西方の南端中央の港町のいくつかで最終審査を突破した者だけがそこへ向かう船に乗ることが出来るのだという。

 オルティアの他にも何人かの新団員が乗船しており、彼らをグェンダルとロイク、アメデが先導する。新人の中で女性はオルティアのみで、それで気を回してくれたのだろう。

 大雑把に見えて気遣いのある頭に感謝する。

 新団員たちはそれほど武力がありそうに見えない者も混じっていて、道中に聞いていた密偵集団であるという特性を思い知らされる。

 そして、幻獣のしもべ団が手足となる首魁はできる者ができることをするという考え方を持つのだそうだ。

 あれほど世慣れたマウロの上に立つのだから、よほど威厳のある者か、豪放磊落な英雄気質か、はたまた気難しい人間か。

 オルティアは翼の冒険者に会うことを楽しみにしていた。

 家を出てよかったと思う。

 今こうして初めて船に乗り、初対面の人間に期待に胸膨らませることの浮き立つ気持ちにそう思わずにいられなかった。

「あんた、強そうだなあ。異能持ちだろう?」

 話しかけて来たのは二十代半ばから後半の男性で軽い調子の言動をしている。

 異類だと知っても差別する色合いは見て取れず、オルティアはどうせすぐにわかることだから、と頷いた。

「そう。オルティアよ。宜しく」

「俺はイレルミ。ハルメトヤに住んでいたことがあるからあっちを調べるのに役に立つんじゃないかって入れて貰うことができたんだ」

「ハルメトヤに?」

「ああ。でも、子供のころの話だけれどな」

 言ってへらりと笑う。

 自身で言う通り、さほど武芸に秀でた物腰には見えないものの、身のこなしは軽そうだ。

「幻獣のしもべ団は密偵集団だと聞くから、貴方のような身軽に動けそうな者は重宝されそうね」

「そう? だと良いんだけれどなあ。前の職務を辞めて一大決心で入団を決めたからさ」

 そう言うわりには軽い口調である。

「貴方はどうして入団したの? あ、いえ、ごめんなさい。詮索するつもりはなかったの」

 問いかけてすぐに前言を撤回した。入団理由など千差万別でその者の事情がある。

「いや、良いよ。俺は翼の冒険者の役に立ちたいと思ってさ」

 案外、一般的な理由なのだなと思う。

 その考えを見透かされたのか、まあ、その他大勢と同じ考えをしたって訳さ、と肩を竦めて見せる。

「それが一番純粋な考えということだわ。私なんて、半ば、家から逃げ出して来たようなものだわ。でも、もちろん、やるからには役に立つ」

 自分の異能は生まれ持ってのものだが、それを使いこなせるのは努力した結果だ。それを利用して生きる糧を得ようとした。グェンダルたちが現れたのが絶好のタイミングだったというのもあるが、彼らの人柄は短期間である程度知れている。仲間として申し分のない内面と武力を持つ。何より、オルティアを一層高みに連れて行ってくれるのだ。更には潤沢な軍資金がある。この上ない場所だと思う。

 イレルミが気負いなく笑う。

「あんた、良い人だな。翼の冒険者のためにあんたたちみたいなのが働いているって分かっただけでも嬉しいよ」

「イレルミは翼の冒険者に会ったことがあるの?」

「ああ、一度だけ。でも、鮮明に焼き付いた。だから、何よりも優先したいと思って、実際、そうすることにしたんだ」

「良いわね。そう言えることのできるものに出会えるなんて、稀なことだわ」

「オルティアは分かっているな。そうさ。俺は自分の幸運を実感したね。シアンたちに出会ってさ」

 後ろから声が掛かり振り向くと、ロイクが立っていた。

「あー、ごめん、通りすがりに話が聞こえてさ。二人の言葉にものすごく同意したくなったんだ」

 ロイクはイレルミと名乗り合い、翼の冒険者について語った。幻獣たちもすごいと思っているけれど、ロイクはシアンに仕えているのだと言った。

「あ、シアンという名の人が首魁ね。一見穏やかそうに見えるけれど、底知れなさがあるっていうか」

「ああ、分かる。深い人だよな」

 ロイクとイレルミは盛り上がった。

 オルティアとしては会ったことのない人間なのだが、翼の冒険者の噂は聞いている。噂で拾い上げた話をすると、そういったものとは全く別の地味な人間なのだと二人に返され、想像図を大きく修正する必要があるようだった。

「イレルミのような強い人間がシアンのために働いてくれて嬉しいよ」

 すっかり心を許して話し合ったロイクが漏らした言葉に、イレルミが片眉を跳ね上げる。

 それで分かった。

 オルティアは道中何度かロイクの高い感知能力を見せつけられてきた。

 ロイクはオルティアが知り得ないイレルミの実力を感じ取っているのだ。

「ロイクは相当な感知能力の持ち主なんだな」

「あ、悪い。知らない振りをしていた方が良かったか」

 知っていて知らん顔するのも憚られる気持ちになっていたらしいロイクが頭を掻く。

「いや、良いよ。自分から言わないだけで、殊更隠そうとは思っていなかったから。それに、頭も何となく勘づいているようだったし」

「マウロはすごいよなあ。経験の差っていうか、感知能力はそう高くなさそうなのに、洞察力だけで色んなことにたどり着くんだからさ」

 オルティアはこの時の交流が契機となって、後に、イレルミを含めた四人で小隊を結成することになろうとは想像だにしなかった。

 ロイクとイレルミ、オルティアはそれぞれがお互いを認め合った。その小隊の特性からそれは重要なことだった。そこに入るアメデもまた、それぞれに認められた。アメデ自身もどんな人間とも上手く付き合う能力に長けていた。

 島には幻獣のしもべ団の拠点と首魁と幻獣たちが住まう館、そして農場と牧場がある他、山や川、湖がある豊かな場所だと聞いていた。

 それでも一日で一巡りできる程度だと思っていた。

 予想を遥かに超えていた。

 オルティアがいくら健脚でも、相当の日数を要するだろう。

 こんな場所があるのかと思うほど美しい光景が広がっていた。

 船着き場から見える砂浜は白く、切り立った崖に波が白い花を咲かせる。

 拠点の建物へ向かう最中に見た島は、春爛漫で花が咲き乱れ草木が生い茂り、小鳥が歌いながら飛び交う。

 道中に見かけた緑野にぽつんとある小さな湖に湛えられた水は澄み、水鳥が優雅に泳いでいた。

 他の者たちも興奮気味に周囲を見渡している。

 そして、ほどなく紹介された翼の冒険者、特に幻獣たちの美しく荘厳な威容に気おされた。その時は三頭の幻獣が翼の冒険者に身を寄せるようにしていたが、まだ数種の幻獣が翼の冒険者と共に館に住んでいるそうだ。

 これほどの知性を感じさせる高位幻獣が、しかも多くの種がひと所に集まるなどとは。

 まさしく別天地だった。

 自分はここから新しい出発をする。

 オルティアは美しい情景が心機一転をもたらしてくれることを願った。



 シアンはマウロから新団員だと引き合わされた男の一人を見て驚いた。

「あれ、貴方は」

「はい。お久しぶりです」

「ええと、あの、幻獣のしもべ団に入団されたのですか?」

「はい。風の民代表を辞任してきました」

 砂漠の薔薇を拠点とする炎の民から助けてくれた男だった。

「俺はね、翼の冒険者といれば相当面白い体験ができると期待しているんですよ」

 一見地味な所がまた良し、と楽観的に笑う。

「一度の人生、楽しまなきゃ」

 そう言いながら幻獣のしもべ団の訓練に参加していた。幻獣のしもべになることが楽しむことに繋がるのかどうかは不明だが、その実力を認められて入団したのならばシアンには言及する気持ちはない。

 それに、この世界へ来て、シアンが楽器を奏でる契機となった九尾の言葉と同じだった。彼は彼でこの世界で精いっぱい生きているのだ。それを邪魔する権利はシアンにはないと思えた。

 新人の実力を見るための手合わせが行われることになり、イレルミが呼ばれてディランと対峙する。

 二人とも得物は長剣だ。

 ディランが突き出す剣を、イレルミは右に左にひらりひらりと避ける。

 突き出す際にどうしても力みが発生するので、それで剣筋が見定められる。

 驕ることなく見誤たず、危なげなく避ける。

 剣を剣で受け止め、すぐさま足でむこうずねを蹴りつける。

 イレルミは剣技もさることながら、身のこなしが軽く、戦い慣れしていると感じさせた。

「風の民代表だったって? 各属性の特性高い場所で暮らす彼らと会うことがあるなんてな。うちのディランをあんなに翻弄できるってんだから相当なもんだ」

 近寄って来たマウロが腕組みして唸る。

「民族の長というよりも意見を代表して伝える人、という認識らしいですよ」

「それにしたって、代表するんならそこいらの人間でって訳にもいかないだろう。まあ、言動はかなり軽いが。あんだけ動けりゃあ、うちとしちゃ御の字だ」

 顎に手をやって満足げに笑う。

「それでだ。本人たちにはまだ何も言っていないんだが、オルティアとロイク、アメデにイレルミを加えて諜報隊を作ろうと思うんだが。いわゆる精鋭部隊だな」

 新しく入団した異能の持ち主オルティアとロイク、アメデが組んで強力な攻撃ができるようになりそうだと説明を受ける。そこに柔軟なイレルミが加わればより強力な小隊になる。

「そうなんですね」

「良いか?」

 相槌を打つと聞き返された。

「え? そうですね、マウロさんがそうしたいなら」

「いや、敵陣に送り込んで探って来ることになるから、シアンは嫌がるかと思ってさ」

 うちは女性でもやれることはやらせているからな、と肩を竦める。成人前のリリトを隠ぺいを使っていたことをシアンは想起する。シアンの考えを読み取ったのか、マウロが頷く。

「リリトももう少ししたら、諜報隊に移動することもあり得る」

 あとはセルジュかな、と考え込む。

 幻獣のしもべ団も団員が増え、順調に戦力が育ち始めている様子だ。マウロとしても使い所がある団員の配置を考えるのはやり甲斐があるのだろう。

「どちらにせよ、どこにでも危険はありますから。ただ、無理はしないでくださいね」

「ああ。任務遂行よりも命を取れって言ってある」

 うちの首魁は五体満足で帰って来いなどと要求が高いからやり甲斐がある。そう言ってマウロは太く笑った。


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