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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
34/630

34.フラッシュのパーティ ~カステラ落っことした/狂信者/嫁いびり?/めざせ天辺?~

 

 ジレスと別れた後、残りの人間はフラッシュの家へ行くと言う。

「フラッシュが知らない人間を家に呼べるかというから、部屋を用意したんだよ」

 穏やかに言うアレンに、シアンも協力を申し出る。国の動向を探ってもらえそうな伝手がある。幻獣のしもべ団だ。NPCで世事に長けている彼らなら、プレイヤーとは違った視点で情報を得てくれるのではないか。無理のない範囲でやってもらうことにする。

「君も変わった情報網を持っているんだね」

 片眉を上げて感心して言う。

「君のことは以前から聞いていたんだよ。いや、一度会ってみたいと思っていたんだ」

 笑顔を向けられるのに、シアンが戸惑う。

「フラッシュさんからですか?」

「いや、九尾からだよ」

 笑顔のまま答える。

「きゅうちゃんから?」

 思わず愛称が口からでるのに、笑顔が深まる。

「色々聞いているよ。以前、落としたカステラをカスタマイズしてあげたとか」

 ああ、とシアンは合点した。

 アレンの言うことを思い出した。


 フラッシュ宅の庭で日向ぼっこがてらくつろいでいると、九尾が大きなカステラを乗せた皿を前足で持ってやってきた。弾む足取りでスキップしている。

『栗カステラだよ。黄金カステラ!』

 シアンは危ないな、と思った。けれど、声を掛けた方が驚かせてしまうかもしれない。

『あっ』

 九尾が躓き、うつ伏せに倒れる。

 皿が地面に落ち、楕円を描いて回る。

 カステラは地面に落ちた。

『………………』

 九尾は無言で起き上がると、何も言わずに大きくあけ放たれた居間の扉から家の中に入っていった。

『落ちちゃったね』

 リムが言う。

 ちなみに、フラッシュ宅はティオもリムも室内に入っていいと許可を得ている

「きゅうちゃん、カステラも栗も栗を使ったスイーツも好きだから」

 シアンはカステラを拾い上げると、九尾の姿を探した。

「きゅうちゃん、このカステラ貰ってもいい?」

 廊下の隅に座り込んでいた九尾は何も言わずにただ頷いた。

 いつも無駄口ばかり叩くのに、今回は深刻だ。

 シアンはカステラの地面に落ちた部分を薄く切り取った。勿体ないがこれは捨てる。

 大きいカステラだったが、崩れることなく原型をとどめていた。

 サツマイモをふかし、ペースト状に潰し、カステラの上に塗り付ける。

 五等分した後、茶を淹れ、リムにフラッシュと九尾を呼んできてもらう。

「今日はきゅうちゃんが手に入れた栗のカステラにサツマイモをプラスしたスイーツです」

『おお……栗と芋のコラボレーション!』

 九尾が目をきらきら輝かせる。

『神か……!』

 食べられないと落胆していたところに、好きなものを上乗せされて提供され、九尾の機嫌は急上昇した。



「物凄く感動したって言っていたよ」

 アレンが言うのに、そんな大げさなとは思ったが口を噤んでおいた。

 フラッシュが嫌そうな顔で言ったからだ。

「こいつは九尾の狂信者なんだ」

「何ですか、それ?」

「いや、単なるファンだよ」

 目を見張るシアンにアレンがしれっと答える。

「私もその話を聞いたし、市場で遠目にグリフォンを連れている貴方を見たことがあるのよ。NPCとのやり取りもスマートだったし、絶対イケメンだと思ったんだけどなあ。あら、でも、地味だけれどわりと整っているかしら?」

 エドナが口を挟んだ。シアンの顔をまじまじと見つめてくる。

「こいつはイケメン好きなんだ」

 フラッシュの言葉に、シアンは何も言えずにただ引きつった笑顔を向ける。

「自分はぜひ、グリフォンと小さい幻獣を見せていただきたい」

 無口な戦士の男ベイルが初めて発言した。

「あ、こっちは動物好き。幻獣とかもう大好きで九尾好きなのはアレンと一緒なんだけどね」

 以前から噂は聞いていたけど、フラッシュに会わせてくれと頼むのもどうかと遠慮していたんだ、と言うキャスをアレンが鼻で笑う。

「ふん、一緒にするな。俺は九尾が好きなんだ、幻獣が好きなんじゃない」

「まあ、こんな感じなんで」

 キャスが肩をすくめる。

「俺はカスタマイズされたカステラを食べたい」

 ダレルも口を挟む。会談中、ずっと食べていたのにまだ入るのか。

「皆さん、個性豊かで楽しい方ですね」

「まあ、悪いやつらではないから」

 フラッシュがどこか疲れた表情で言った。



 フラッシュの家に入ると、知らない人の気配に警戒したのか、リムがいつものように飛んで出迎えず、居間の片隅に横たわるティオの陰からこちらを伺っている。

「九尾だけでも眼福なのに、グリフォンに小さい幻獣まで!」

 ベイルが感極まったようにつぶやいた。

「今日は珍しくよくしゃべるなあ」

 キャスが混ぜっ返す。

「きゃあ、可愛い! オコジョに羽根がついている! 白オコジョふわふわ! 最強に可愛い! 飛んでる!」

 エドナが黄色い声を上げるのに、リムが驚いてティオの陰に隠れる。ティオが鋭い視線をエドナに向け、悲鳴に似た声が止む。

「ティオ、リム、ただいま。きゅうちゃんは?」

 他の者たちから距離を取り、大回りしてからシアンの肩に飛びつき、リムが鳴いた。

「キュア!」

「「「か、可愛い!」」」

 ベイルとエドナとキャスの声が重なる。

「うん? キャスも趣旨替えしたのか?」

「いや、噂では聞いていたけど、実物を間近で見たのは初めてなんで。ミーハーっす」

 フラッシュにキャスが照れて笑う。

 彼らは無理にティオやリムに触ろうとはしないし、ある程度の距離を取ってくれている。

 フラッシュのパーティメンバーにティオとリムを紹介し、逆にティオとリムにも紹介した。


『これはこれは、随分お客さんが沢山ですな。みんなきゅうちゃんに会いに来たのかな?』

 九尾が登場した。四つ足の獣なのに、何故か後ろ脚二本で歩いて来る。前脚は背中の方へ回して、実に偉そうだ。

 アレンは普段は知的で面倒見が良い頼れるリーダーといった風情だが、九尾の前に好青年像は崩れ落ちた。

「ああ、あの美しい毛並み、白く神々しい姿。まさしく王者の風格! 威風堂々たる佇まい! にもかかわらず、ギャグのキレ! 可愛いの美しいの面白いの、どっちなの?! さすがは魅了し惑わす傾国の獣!」

 アレンの賛辞の言葉に九尾が前脚を掲げる。

『この魅惑のもふもふで国も傾く!』

 左右に振られる胴体の半分もある太い尾は多数ある。

 後ろ脚立ちし、前脚を広げて高く掲げた九尾の後ろからまばゆい後光が差している。

『きゅうちゃんを崇め奉るが良い!』

「九尾さまー!!」

 狂信者だった。

 フラッシュが苦虫を噛み潰したような顔で額に手を当てる。

「だから、うちに来させたくないんだ。あいつ、九尾の言う言葉がわかるようになるまで通い詰めたんだぞ。うちは怪しい宗教のたまり場じゃない」

「でも、きゅうちゃん、楽しそうですね?」

「九尾はいつも通りだな」


「きゅうちゃんは可愛い狐です!」

 片腕をまっすぐ天井に向かって伸ばしながら、アレンが目を輝かせて叫んだ。

 シアンも復唱するよう求められたことがあるあの文言は、実は聖句だったのだろうか。

「可愛い狐教?」

 シアンの呟きに、九尾が血相を変えてびしっと前脚を突きつけた。

『天才かっ……! それ、採用!』

 フラッシュが無言で九尾の頭を掴みあげる。腕一本で九尾を吊り上げる。

「きゅぅぅ~。これぞ吊るし首ならぬ吊るし九尾」

 九尾が体の力を抜き、だらんと伸びる。

「日々生産している腕力だ!」

「ああっ、九尾様! フラッシュ、離せ!」

 阿鼻叫喚である。


 ティオはさっさと庭に出て寝転がり、我関せずだ。

 居間から庭へテラスを通って行き来できる。その扉が開け放されていて、遠目に眺めることができる。

 リムはシアンの肩から初めてみる面々を見渡している。


「九尾、そういえば、あっちはどうだったんだ? ちゃんとお務めは果たしているんだろうな?」

 正座させた九尾の前に腕組みをして仁王立ちしたフラッシュが尋ねる。アレンがその周囲をおろおろとうろつくが、誰も気にしない。

 エドナはソファでうたた寝し、ベイルはティオとリムを交互に見ながらうっとりし、ダレルはパンをかじり、キャスはフラッシュたちを面白そうに眺めている。

 冒険者のパーティとはこんなに変わっているものなのか。プレイヤーとパーティを組んだことがないシアンには何もかもが目新しい。


「きゅうちゃんはどこかにでかけていたの?」

 シアンがこの家に滞在する時は大体いる。

『きゅうちゃんはたまに呼ばれて出稼ぎに行くんです、天帝宮に。単身赴任召喚獣なの』

 単身赴任というより、出張ではないだろうか、と思いつつ、シアンは首を傾げた。

「天帝宮?」

 なんだか凄そうだ。

「シアンは召喚士に呼び出されていない召喚獣が何をして過ごしているか知ってるか?」

「そういえば、テイムモンスターは街の外で自由にしているか、宿の厩舎にいるか、ですよね」

 召喚獣はどうなのか。

「本来のねぐらに転移されるというのが一般的でね。その獣のうち、聖獣の一部は天帝宮というところで暮らしているそうだよ。これでも九尾は聖獣でな。時折呼び出しがくるんだ」

 聖獣とは神の使いとも瑞獣とも言われる。

「聖獣だったんだ。それで、アレンさんはきゅうちゃんに対してそんな感じなんですか?」

 具体的にどんな感じかは濁した。

「いや、俺は聖獣とか凶獣とかは関係ない」

 アレンの言葉に引っかかるところがあったが、質問する前にフラッシュが九尾に対する追及を重ねた。

「それで、あっちはどうだったんだ?」

『宮ではこう、「まあ、九尾さん、アナタ、掃除もろくにできないの!?」って言われているの』

 つーっと何かを指で真横になぞるしぐさをし、その指にふっと息を吹きかける。もうもうと起こる埃に、ごっふごっふと咳き込んだ。

 芸の細かい幻影ではある。

「きゅ、きゅうちゃん、大丈夫?!」

 シアンは九尾の背中をさすった。

「おいおい、本当に大丈夫なんだろうな。あっちで問題なくやっているのか?」

『そこはそれ、「先輩、それでは手本を見せてください」って言って全部やってもらっているの。「先輩、すごーい、さすがですぅ」って』

 てへ、と九尾は小首をかしげた。

 天帝宮は嫁いびりのようなことをする怖い場所なのか。そして、九尾はちゃっかりしている。

「先輩?」

「たぶん、天帝宮に坐す方々のことだろう」

 変な言い回しをするのはいつものことだとばかりにフラッシュがシアンの疑問に答える。

『みんな、きゅうちゃんの才能に嫉妬しているのよ』

「おい、本当に大丈夫なんだろうな」

「天帝の坐す宮殿。天帝……神様?」

 フラッシュが本気で心配し始め、シアンは今更ながらに聖獣だという実感が湧いてくる。

『神様はお客様です!』

「逆だろう」

 とぼけたことを言う九尾にすかさずフラッシュが切り返す。

『お客様は神様なの?』

 リムが尋ねた。また九尾に変なことを教え込まれないようにしっかりと説明しておくことにする。

「その言葉はね、昔の歌手が歌う時には神様に祈るように雑念を払って澄み切った心にならなければ完ぺきな藝を見せることはできない、っていう意味で言ったんだ。お客様を神様と見て歌うんだって。そんな風に一心に音楽に没頭できたらいいね。そして、自分が音楽を楽しいと思って、その楽しさを伝えることができたら、って思うよ」

 人が自然への畏敬を込め、音楽は幼い文明と共に成長してきた。シアンも音楽に祈りを捧げるように接してきた。


『ここで発表があります! ようこちゃんはてんこちゃんになりました!』

「うん?」

「ようこ?」

「妖の狐と書いて妖狐。九尾の種族だ。……じゃあ、てんこは天の狐?」

 シアンにフラッシュが説明したが、途中から呆然と独り言のような呟きに変わる。

「きゅうちゃん、そのうち、しんこちゃんになるんじゃあ……」

「……神狐か?」

 シアンも唖然としながら言うのに、フラッシュがぎょっとしながら恐る恐る言う。

「その先ってもしかして天帝、とか?」

 更にシアンが続け、まさか、と二人で顔を見合わせる。

『天辺とってやんよ!』

 お笑いの花道を目指すのではなかったのか。

「きゅうちゃん ふぉーえばー」と書かれたタスキを右前脚から左後ろ脚にかけ、後ろ脚立ちしたまま、右前脚を天へと伸ばし、指を一本立てている。左前足を腰に当て、腰は右側に軽く曲げている。上からスポットライトが降り注ぎ、立てた指の爪が輝きを弾く。

「素敵です、九尾様!」

「すごいな、九尾!」

 アレンとベイルが驚き九尾を称え拍手する。

 エドナはすっかり寝入り、その横でダレルもようやく満腹になったのかうつらうつらし始めている。キャスは後ろでげらげら笑いながら事の成り行きを楽しんでいる。ティオが庭から遠目に彼らを冷めた目で見やり、仕様もない、と鼻息を漏らした。



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