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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
339/630

22.異能を持つ一族4

 

 一族の次席ハールラ家では血脈保持のため、子沢山だ。

 当主である父は兄弟姉妹が多く、オルティアもまた兄姉弟妹がいた。

 オルティアはちょうど真ん中で、フィロワ次期当主のエミリオスと同じ歳に生まれたため、共に異能の訓練を受けたこともあった。幼少期の切磋琢磨というのは心に刻みつけられるものだ。長じればそれぞれの立場があり、中々心置けない友人というのはできにくい。特に貴族社会ではそうだ。

 他の貴族とは異なり、使用人に万事任せるということを良しとしない一族の中でも、エミリオスは強い異能を発揮したオルティアがいつも傍にいたせいで、何かを成し遂げようという気持ちが強い。

 幼少期からその意思を表明していたエミリオスに、オルティアの両親はそれならば、とオルティアに様々な教育を授けてくれた。

 ゆくゆくはハールラ家の人間として当主を支える者になれるように、という考えからだ。

 兄はフィロワの次期当主が滞りなく仕事ができるようにと、当代のやり方を網羅するために励んだ。姉は一族の年の離れた者に嫁いだ。弟妹も何かと学びながら、血脈を途切れさせない結婚を控えている。

 オルティアの兄弟も一族の他の者と同じく、母親が違う。兄と姉は本妻の子である。

 父は賢明だった。

 まず、本妻から後継ぎと血脈を真っ先に得ることができる男女の子をもうけてから側室を孕ませた。

 つまり、オルティア含め弟妹は側室の子である。

 ハールラ家は次席らしく、子を大切にした。

 そこに、ラニン家がつけ込んだのだ。

 ラニンは一族でも最下位の席次に座する。一族では珍しく、一夫多妻の他、一妻多夫を取り入れている。

 妻は夫を取り替えて血脈を残すのだ。夫の種が少なく、種族が絶滅しかけたことに端を発する。



 エミリオスが自分はフィロワ家の血が入っていないのではないかと言った時には、即座に笑い飛ばした。あれは成人する数年前で、今のような分別がまだついていないころのことだった。

「君、何を言っているんだよ。ご当主とそっくりなのに」

 当時のオルティアの言葉遣いは少年のようで、母親に口が酸っぱくなるほど直すよう窘められたものだ。エミリオスとともに訓練に明け暮れている際、男女の身体能力の差が出ることを分かっていたので、せめて少年らしくありたいと思っていたのだ。髪も短く切っていた。

「え⁈ どこが! あんなひげ親父と似ていないぞ!」

 オルティアはエミリオスが父親と容姿が似ていないことを気にしているのを知っていた。だからこそ、即座に笑い飛ばして見せたのだ。

「仕草とか考え方とか、雰囲気とか。瓜二つだよ」

「え、そ、そうかな」

 酷似することを挙げて見せれば、エミリオスは戸惑いつつも頬のこわばりが取れる。

「そうだよ。それに、例え、万が一にも血の繋がりはなくとも、そんなに似ているというのは何かしら受け継ぐものがあったからだよ」

「うん。そうだな。俺たちは血の保存だけを考えて来たが、そろそろ外の世界を取り込むことを考えないといけないな」

「お、流石は次期当主様。色々考えるねえ」

「茶化すなよ」

 半ば以上に関心して見せれば、揶揄われたと思って唇を尖らす。

 成人前のまだ前途は洋々としていると信じることができた時期だ。

 エミリオスはそのころと変わらず、オルティアに心を開き、最も信頼できる人間として考えていてくれるのが分かる。

 それが分かるだけに、辛かった。

 自分が言った言葉が返ってきた。そして、オルティアはそれを受け入れることができなかった。

 オルティアは父母の期待を裏切ることになるのだ。

 自分はハールラ家の血を引いていない。

 一族の別家から托卵された子供だった。

 元々、エミリオスが自分が父親の子ではないのではないかと考えたのは、彼が細身で優美なのと対照的に父親はごつい体つきをしていたからというのもあるが、前例があったのだ。

 子を欲するがあまり、複数持つ側室が別の家の男と通じて妊娠するというものである。

 良くある話だ。ただ、一族存続のために異能を代々伝えていく義務がある。それをないがしろにするこの出来事は大罪として目される。

 上の家になればなるほど手厚く血族を遇するので、自分の子が良い暮らしができるようにと思う者もいた。自分の血筋は残したいが、子育ては金も時間もかかる。他力本願で立派な人間に育てて貰おうというふざけた考えの持ち主もいた。

 過去にそういった不幸な出来事があり、自分もそうではないかとエミリオスは考えたのだ。

 その自分は何者なのかという苦悩を、オルティアがすることになった。

 生みの親が死んだ後、残された手記からそのことを知った。

 一族でも最も地位の低いラニン家の出だった母は美しかった。

 本妻に娘と息子をもうけた父は義務から解き放たれ、ひとときの気の迷いからか、気まぐれに生みの親を求めた。聡明である父も義務感から解放されたい瞬間があったのだろう。逆に言えば、それだけ、一族を背負うというのは重いものなのだ。

 生みの親はラニン家の本家筋の男と恋仲にあった。両親はハールラ家当主の側室という地位に目が眩み、娘を嫁がせた。しかし、娘は結婚後もかつての恋人と通じていたのだ。

 手記には自分がどれだけ恋人を愛しているかが切々と綴られていた。

 生みの親は良い。

 自分の恋に生きられたのだから。

 でも、そうして生まれて来たオルティアはどうなるのだろう。

 生みの親の手記ではハールラ家の手厚い教育を受けることが出来て、子供は幸せだろうと綴られていた。

 両親から自分の子ではないのではと疑われたら、自分から進んで魔力感知を行ってほしいと言えるだろうか。そしてその結果、親子関係がないとされてしまったら。両親は、父はどうするだろうか。側室の子でも当主の子として実子と隔てなく接してくれた母はどう思うだろうか。

 もし、万一、生みの親の思い違いで自分は父の子だったとしても、両親は疑った罪悪感を持ち、よそよそしくなりはしないだろうか。自分には両親が信じてくれなかった不信感が残るのではないだろうか。

 そんな風に悩んでいるころ、エミリオスは次期当主としてアルムフェルトの国都へ頻繁に行き、着々と足場固めを行っていた。

 オルティアは苦悩しつつも、ぬるま湯のような甘い環境を享受してそのまま成人を迎えた。どこか捨て鉢な気分もあった。

 最下層のラニン家の血を引いているのに、強く顕現する異能は何なのだと八つ当たりしたくなった。それがあればこそ、ハールラ家の子供として擬態していることができるのだというのに。

 そんな思いを抱きつつも、成人を迎えるに当たり、当主の言いつけによって短くしていた髪を伸ばした。いい加減女性らしく、という周囲の声に抗うことはできなかった。訓練も控えめになった。

 成人を迎えてすぐにエミリオスはアルムフェルトの有力貴族の娘と婚儀を挙げた。これには一族が仰天するほどの騒ぎとなった。

 エミリオスはやり遂げた。

 まだ成人を迎える前にオルティアに新しい世界を取り入れていくのだと言った通り、新しい血を入れ、それでも一族は継続していけるのだ、逆に色々取り込まないと、先はないのだということを自ら示して見せようとした。

 なのに、自分は何だろう。

 与えられた境遇を甘受しているだけだ。それは本当は自分の物ではないというのに。

 家を出ようという考えをこの時から抱き始めた。

 オルティアは幸い、強い異能を持つ。

 仕事を選ばなければ、それこそ冒険者なり何なりして生計を立てることができるだろう。

 しかし、そんな時に限って、非人型異類の異常発生などがあり、オルティアは戦力として駆り出された。娘が危険な任を負うことに渋る両親もハールラ家の者として民を守ることは義務だという兄の言葉に頷いた。

 そうこうするうち、エミリオスの本妻が懐妊し、子供が生まれた。

 次期当主の子供の誕生という一大事に沸く最中、エミリオスはハールラ家にやって来て、オルティアを側室にと乞うた。

 父母はこんな時にと怪訝そうにしながらも、喜んで受け入れた。

 弱いオルティアは一度はそれも良いかもしれないと思った。

 ハールラ家の血を引いていなくとも、エミリオスの子を孕めば、その子は確実にフィロワの血を得ることができる。

 しかし、そんなオルティアの浅はかさを嘲笑うかのように、ファガー家が横やりを入れて来た。ファガー当主の娘をエミリオスの側室に、というのだ。

 どちらにせよ、側室は複数持つのだから、と両親は鷹揚だった。

 でも、何故かオルティアはそこで心が折れてしまったのだ。

 本妻は仕方ない。いいや、一族とは違う血を入れることに成功したのだ。快挙ですらある。

 でも、側室は一族の中から選ぶのだ。しかも、上から順に。

 では、最下位の血を引く自分は、やはりエミリオスには相応しくない人間なのだ。そう見せつけられた気がしたのだ。

 オルティアは伸ばしていた髪を切り、訓練に戻った。

 婚約した後も、忙しさを盾に、のらくらと結婚を伸ばして今まで来た。

 そんな折、翼の冒険者の支援団体である結社から誼を結びたいと言う申し出があった。

 これだと思った。

 名高い翼の冒険者は高位幻獣を駆り、空を悠々と行くという。

 自分もここではないどこかへ行きたかった。

 願わくば、血や家やしがらみから解き放たれて、大空の向こうへ行ってみたい。そこにはきっと自分が考え付かない価値観がある。

 エミリオスが次期当主として異能の鍛錬をやめてしまっても、自分は続けておいて良かった。

 この異能はきっと幻獣のしもべ団でも役に立つ。

 決心したオルティアはエミリオスに面会を求めた。

 そして、幻獣のしもべ団に入団することを告げる。

「駄目だ。許さないからな!」

 珍しく子供のような口調に、オルティアは苦笑する。

 最後まで言おうか言うまいか迷っていたことを言えと言うのだな、と一度強く目をつぶって、まっすぐにエミリオスを見つめる。強いまなざしに、エミリオスが居住まいを正す。

 オルティアは生みの親の手記に掛かれていたことを話した。

「成人していない時に私に言ったことを覚えている? 自分はフィロワ家の血を引いていないのではないかと。既に完成され実績を挙げている当主と常に比べられ、君は父親と血が繋がっていないのではないかと思った。そんな君を近くでずっと見て来たよ。君がどれだけ一族のことを考えて、努力して来たかも。でも、私こそが托卵された子供だったんだ」

 オルティアの言葉に、エミリオスは衝撃を受ける。

「だから、出ていくんだ。父母のことは愛している。良くしてくれた。それを、私の存在自体が裏切っていたんだよ」

 あの時の君の苦悩を分かることができたのが、せめてもの慰めだ。

 オルティアはそう言って背を向けた。

 エミリオスはそれ以上止めることはできなかった。

 自分もオルティアに付いて行きたいとさえ思った。だが、それは単なる自己満足だ。

 エミリオスはこぶしを握り締めた。

 力を籠めすぎて震え、白くなる。

 自分はできることをしよう。

 オルティアがいつでも戻って来れるように、また、困ったときの助けになれるように環境を整えると誓う。



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