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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
338/630

21.異能を持つ一族3

 

 時を置いて、グェンダルとロイク、アメデはネナのフィロワ家を訪れていた。

 次期当主に対してあれだけ好き勝手に振舞ったのだから門前払いも覚悟はしていたが、すんなり通された。

 ゾエ村の異類とは別の意味で頭の痛い問題児は平然としたものである。

 そして、会ってはくれないだろうという予想に反して、エミリオス・フィロワがオルティアを伴って現れた。

 しかし、射殺さんばかりの視線を向けてくる。特にアメデには顕著だった。それを泰然と受け止めるのは面の皮が厚いのか、慣れているのか、グェンダルには分かりたくもなかった。

「先日に引き続き、ご足労いただきまして」

 食いしばった歯の隙間から声を押し出す姿は、実に応対したくはないという気持ちを物語っていた。

「当主とも相談した結果、ぜひとも私を幻獣のしもべ団に入団させていただきたい」

 エミリオスの様子からそうなのだろうなと思ってはいたが、それで本当に良いのかと思わずにはいられない。しかし、グェンダルもマウロから、フィロワ家が許すのであれば、オルティアを入団させるように言われて今日やって来たのだ。

「では、支度がありますでしょうから、改めて後日お迎えに上がります」

 いくら入団するとはいえ、まだ団員にはなっていない。貴族として遇するべきだと判断したグェンダルをオルティアが押し止める。

「いえ、荷造りは済んでいます。取ってきますのでほんの少し待っていただけますでしょうか」

 言って、身軽に出て行ったオルティアだが、エミリオスと共に残された空間の何と重い雰囲気であったことか。次期当主は一つも言葉を発さず、勢い、沈黙がその場を支配した。

 グェンダルの願いを聞き届けたのではないだろうが、オルティアは真実荷物を纏めていたようで、すぐに戻って来た。

「その背嚢一つですか?」

「実はこれはマジックバッグでして」

 苦笑しつつ、ちらりとエミリオスに視線をやったのに、グェンダルたちは彼が持っていくように仕向けたのだと知る。

 恐らく、中には十全の物資が詰め込まれているのだろう。中々の過保護ぶりだ。

「それは良いですが、一応、他に旅人が持つ鞄を買った方が良いでしょうね。それだけで旅をするのなら、不信感を抱かれかねない」

「そうですね、そうします」

 はっきり言うアメデにオルティアは素直に頷いた。

 その二人の様子にエミリオスは面白くなさそうだ。いや、入室してきたときからずっとそんな表情を浮かべてはいるが。

 名残惜しそうにするエミリオスに別れを告げ、オルティアはグェンダルたちとフィロワ家を後にした。

 オルティアに転移陣登録をしている最南端の場所を聞き、まずは神殿からそちらへ転移すると告げると驚かれた。

「うちの首魁は太っ腹でね。必要なら転移陣を使えとその分の軍資金をたっぷり渡してくれているのさ」

 もう入団するのだから、お互い敬語は使わずに話そうと提案したロイクが自慢げに笑う。

「ロイクの言う通り、幻獣のしもべ団は団員の安全が第一だ。情報収集とそれのために、転移陣登録網を広げている。オルティアも火急の時はためらわずに神殿に駆け込んでくれ」

 グェンダルの言葉にオルティアは戸惑いつつも頷いた。

「正式に入団して色々教わっていくと思うが、幻獣のしもべ団は神殿の信頼厚い。何か困ったことがあれば力になってくれる。それだけに、彼らに迷惑や負担を掛けられない。また、一族の者にだろうと幻獣のしもべ団の情報を漏らさないで欲しい」

 神殿からの厚意と同じく、リムがする符丁、あれによって幻獣のしもべ団は翼の冒険者の余禄に預かっている。それはシアンの手足となるからこそだ。無関係の者が良いとこ取りして良いものではない。権利には義務が発生する。

「もちろん。それは最低条件だ」

 オルティアのまっすぐな眼差しにグェンダルは満足げに頷く。

「まあ、最初は驚きの連続で信じられないものばかりだと思うが、気負わずにやっていこう」

 アメデが軽く笑う。

 ネナの南東の街に転移して、そこから徒歩で移動となった。幸い、グェンダルたちもその街の転移陣登録をしていた。

 移動の道中に獲物を見つければ狩りを行い、互いの戦闘を確かめることにする。

 春のうららかな日差しを浴びつつ街道を歩きながら、世間話に興じる。

 オルティアは貴族のたしなみは一通り習わされたという。

 ダンスは得意だったが、音楽は不得手だったという。

「それって、身のこなしだけで踊れるということ?」

「まあ、そんなところね」

 飾り気なく笑うオルティアにロイクは好感を持った。

「相手は許嫁持ちだぞ」

 生まれたときからの付き合いだ。すぐさまアメデが釘を刺す。

「分かっているよ。恋愛感情ではなく、仲間としての好意だよ」

 平然と答えたものの、対するアメデが無言で見つめてきて、ロイクは鼻白む。

「何だよ」

「いや、俺が協力するから、一丁、行っておくか? 許嫁は遠方だ。隠ぺい工作なんてやりたい放題だぞ」

「だから、違うって!」

「いや、お前もちょっとは色ごとに精を出した方が良いかと思ってな」

「適当にやるよ! 俺のことより、お前は適度に収めておけよ」

「ははは」

「笑って胡麻化すな!」

「仲が良いのね」

 忍び笑いを漏らすオルティアに、硬い雰囲気がほぐれたので、アメデの冗談口もあながち悪いものではないと思う。ただし、彼の気遣いは女性にしか発動しない。

「こう見えて、主従関係なんだがな」

「お前が言うな! まあ、村に戻ればの話で、村から離れていたらこんなものだよ」

 アメデがあっけらかんと言うのに突っ込みを入れて、ロイクはオルティアに肩を竦めて見せる。

「私も貴方たちみたいになりたかったわ」

 ふと視線を彷徨わせ、どこか遠くを見つめるオルティアに、ロイクが聞こうか聞くまいか迷い、中途半端な問いをする。

「あー、許嫁と?」

「じゃあ、家を一旦離れることが出来て良かったんじゃないか?」

 逡巡後に遠慮がちに言うロイクを余所に、アメデがあっさり言う。

「ええ、そうね。だから、貴方たちには感謝しているの。本当に良いきっかけをくれたわ」

「きっかけはどうあれ、一歩踏み出したのはオルティアだよ。君は勇敢だ」

 ロイクが人好きのする笑顔で言う。

 目を見開いたオルティアもまた笑う。

「ありがとう。この上ない賛辞だわ」

「そうか? ロイクはもっと女性への言葉を勉強した方が良い」

「だから、そっちの方へ話題を持っていくのをやめろって!」

 事実、アメデは成人をとうに迎えた主の恋愛事情に懸念を抱いていた。少し前までは精霊に夢中で、今は幻獣のしもべ団としての活動に熱心だ。シアンに忠誠を誓っていてその役に立つこと以外は考えられない様子だ。

「お前もちょっと肩の力を抜いて、人生を楽しめよ」

 肩を軽く叩き、掌を置いたまま軽く揺する。心からの言葉だったのだが、お前はもうちょっと物堅くなれ、と返された。

 そのロイクが歩みを止めることなく、進む先、街道からやや逸れた方向を指さした。

「この先の岩場の狭間に非人型異類がいる。街で仕入れた情報のやつじゃないかな」

「あの幼生時代とは全く違う姿になるという?」

 オルティアがどこか緊張を孕んだ声で言う。

「心配しなくても良いぞ。ロイクとアメデがしっかりフォローしてくれる」

 グェンダルの言葉に頷きつつも、先ほどまでの気安い様子は失われている。

 オルティアを気遣ったグェンダルもまた表情を硬くしていた。

 街で仕入れた情報では、成長すれば壺のような姿になるが、幼生時代はオタマジャクシのような姿をしているのだという。

 同種かどうかは分からないが、ゾエ村を襲った非人型異類と似た姿をしているということだ。成体だけでなく、幼体もいれば、過去の悪夢を思い出さずにはいられないだろう。

「迂回するか?」

「いいえ、このまま進みましょう。私の異能を見て貰う良い機会だわ」

 アメデの言葉にオルティアが昂然と顔を上げる。その言葉でグェンダルも腹を括る。どちらにせよ、後方支援担当のグェンダルは戦闘には参加しないのだ。戦闘が始まる前に有利な状況を揃えておくことが役割で、お陰で戦いが楽になったと言われることに喜びを感じている。



 オルティアは非人型異類がいるという岩場の近くまでやって来ると、ロイクに対象の数、それぞれの位置や大きさ、魔力の強さなど様々な要素を聞き出し吟味して位置取りを行う。

 小高い丘の緑から灰色のごつごつした岩がいくつも突き出ている。

 一族の異能は弓矢やボーガンの補助だ。加えてオルティアは身体能力の向上も身に着けている。

 気負わず岩場に近寄ると、オルティアは目星をつけた岩に身を寄せて気配を断つ。岩と同化する心づもりになる。精神が凪ぎ落ち着いて来る。ひたすら待つ。

 この「待ち」に長時間入ると、必要最低限の水分しか取らないこともある。

 周辺に気を配り、まるで自分が周囲に一体化するような感覚に陥る。意識が周囲に溶け込み、全てが手に取るように分かる。感覚が研ぎ澄まされる。

 対象が動き移動するのを感じる。

 撃つ。

 狙い定めた初撃を確実に仕留められないなら玄人失格だ。

 問題は二発目以降だ。

 二匹目も動揺と混乱の最中にある対象を仕留める。

 複数の壺がびちびちと飛び跳ねるのは悪夢のような出来事だ。口から撒き散らす唾液は強い酸性を帯びているのか、周囲に飛び散って煙を上げる。

 相手に気づかれ、向こうから反撃があってからが本番だ。

 相手が反撃してくる。遠距離武器を有していた。岩の陰に隠れて何やらしていると思えば、オルティアの位置を探すように隙間から目を覗かせている。感知能力はそう高くないようだ。

 だが、即座に撃ち返してきた。

 オルティアは素早く岩に隠れる。眼前の岩が煙を立てて融ける。

「良い反応速度だ」

 相手が動きながら遮蔽物から角度を変えて撃ってくる。こちらも合わせて有利な場所へ移動する。オルティアの異能はボーガンの矢の軌跡を曲げることが出来る。だが、相手も反撃してくる。攻撃だけに気を取られていたら自分の体が溶かされるだろう。

 そこからは互いに撃ち合いながら場所を取り合うことになる。

 足からスライディングし、あるいは頭から突っ込んで、タイミングを見計らって遮蔽物から遮蔽物へと移動する。

 オルティアの矢は放たれるたびに確実に非人型異類を仕留めて行った。強度も申し分ない強さを誇る。

 岩に背を強く押し付け逸る心を押し殺し、少しでも体が安全圏からはみ出ないようにする。首を巡らし、相手の出方を常に窺う。

 遮蔽物の左右からしきりに視線をやる。威嚇に相手が遮蔽物の端ぎりぎりを打って来る。勢いがあり、角が弾けて欠片が飛び散る。

「そこか」

 オルティアが放った最後の矢は非人型異類を全滅させた。



 岩陰で様子を見ていたロイクが全ての非人型異類が倒されたのを見て、出て来た。

 何気ない動作をしていても読み取る高い感知能力に、オルティアは内心舌を巻く。戦闘開始前に手に取るように敵の配置を教えてくれた時にも感じた。この感知能力は反則だ。

「すごいな、追尾能力つきか!」

「あら、そんな言葉を知っているということは、既にそう言う異能を持つ者がいるの?」

「うちの随一の密偵技術の持ち主が今魔力補助でそれをしようと試行錯誤している。オルティアの異能を見たら羨ましがるぞ」

 ロイクの後ろからアメデも出てくる。

「威力もあるようだな」

 ロイクが非人型異類の死骸を集め始める。すぐにアメデとオルティアも手伝う。

 離れた所で待機していたグェンダルもやって来て、非人型異類を焼却する。

「待機に時間を掛けるのが勿体ないな」

「ああ、それに頻繁に移動して位置取りをするのも危険だ」

 ロイクとアメデが語り合う。

「それは私は不合格と言うことだろうか」

 不安げにオルティアが尋ねる。気を抜くと男性のような口調になる。それだけ彼らに気を許してきているのかもしれない。

「いや、素晴らしい異能だと思う。ただ、より安全を期したいだけさ」

「フィロワ家次期当主のことなら考えなくても良いわよ。任務に危険はつきものだと彼も知っている」

 ほっと息をつきながらそう言うのにアメデが頭を振る。

「そうはいかない」

「それに、フィロワ家のことだけじゃない。言っただろう、幻獣のしもべ団は安全第一を掲げているんだ」

 ロイクも付け加える。

「そうだな。どうしたって付きまとう問題ならば、避けることを考えるべきだ。思うに、オルティアに足りていないのは感知能力か」

 グェンダルが顎に手をやる。

「じゃあ、いっそ、接近戦はせずに、遠距離攻撃専門にしたら?」

「飛距離と威力は問題ないが、それこそ感知能力がないから、当たらなくなるわ」

 ロイクの言葉にオルティアが眉尻を下げる。

「ううん、残念だな。オルティアにロイクの感知能力があれば良いのにな」

 良い案だとは思ったが、それで特技を帳消しにしてしまうのであれば、意味がない。グェンダルの言葉に、だが、アメデが珍しく大きな声を出す。

「それだ! オルティアとロイクが組んで、ロイクの感知能力で補えば良い」

「なるほど。それなら欠点を補えるな」

 アメデの言葉にロイクも頷く。

「まあ、安全を第一にするからこそ出てくるものだからな」

 グェンダルが暗にオルティアが劣っているのではないと言う。

「じゃあ、その安全に万全を期すために、俺は二人の護衛につこう。特に慣れないうちは連携を取るのに神経を集中させることになるだろう」

「そうだな。そうなると周囲への警戒が疎かになる」

「じゃあ、三人で組む? オルティアはそれでも良い?」

「あ、ああ。そうだね」

 怒涛の勢いで話し合われる新たなフォーメーションに戸惑いを見せたオルティアはにっと笑った。

「私の攻撃力と追尾能力、飛翔距離は中々のものだ。動く砲台になれるぞ」

「決まりだな!」

「これは臨機応変のアタッカーができあがるんじゃないか?」

 現場に出て来た者の自負の言葉にロイクもアメデも期待が高まる。

 オルティアも久々の高揚感を覚えていた。




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