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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
333/630

16.大地の民1 ~ジェスチャー~

 様々にハプニングがあったが、鸞が目的とする場所が見えて来た。

 危険な生物や悪環境は何ほどでもないシアン一行のハプニングは、一般とはややずれており、九尾はもはや慣れたものでそれを楽しむ余裕すらあったが、初めて遠出に同行する鸞からすれば驚きの連続である。

 そのため、ようやく目的地を視認できるようになって息を吐く思いだった。

 頂上部分が平らな広大な大地が見えてくる。

 巨大な踏み台にも似たそれはテーブルマウンテンである。

『崖だね』

『三角じゃない山だ!』

『これは大きいですね』

『柔らかい地層が風雨で削り取られ、硬い地層が残ってこのような形になったのだ』

 草原に広がる大地が織りなす段差のような山に垂直の岩肌が見える。

『高さは数百メートルある。頂上部の面積は数十平方キロメートルあり、この周辺の者からは精霊や神が住まう場所と目されている』

 風の精霊の言葉に、シアンは神聖な場所であるとすれば、安易に足を踏み入れるのはどうかと躊躇した。

『休憩がてら、手前のセーフティエリアに降りよう』

 ティオの言葉に従って、一行は降下した。

 休憩はシアンがログアウトすることをも意味する。幻獣たちには重要な事案なのだ。

 ティオはシアンを下し、周囲を見回って来ると再び飛び上がった。

 シアンはバーベキューコンロに火を熾しておいてくれるというリムと九尾、鸞に後を任せて短いログアウトを行う。

 ログインすれば、リムがすぐに気づいて飛びついて来る。

 ティオはまだ戻っておらず、見える範囲に九尾と鸞がいる。セーフティエリアすぐ傍ではあるものの、念のため、周辺の植生を見たいという鸞に九尾が付き添っている。

 料理の準備でもしておこうとマジックバッグに手を掛けた時のことだった。

『シアン、何か来るよ』

 リムの言葉に周囲を見渡すが、まだ視認できない。そこで意識を凝らすと、確かに、複数の人間が近づく気配がする。

「セーフティエリアで休憩するのかな?」

 言いつつ、風の精霊に九尾と鸞に近づいて来る者がいることを伝えて貰う。離れていることを幸い、木立の狭間に入って気配を消しておくようにとも。

 しばらくすると、茂みの向こうでこちらを窺う存在の気配を読み取る。警戒されているのかと思い、相手を刺激しないように動かないでいると、茂みを僅かに揺らして人影が現れた。

 油断なくやや腰を落とし、こちらを睨む男は手に弓矢を持ってはいたが、まだ構えてはいない。

 セーフティエリアにいるから安全だと思いつつも、硬い表情が普段からそうなのかどうか気になるところだ。

 また、男が出て来た茂みの向こうに複数の人の気配が留まっているのにも気づいていた。

「お先にお邪魔しています。貴方もこちらへ休憩に?」

 シアンは取り合えず、砂漠の薔薇で取得した言語で話しかけてみた。ここにも大地の民がいると聞いており、多少の訛りがあっても通じると大地の民代表が言っていたからだ。

「お前、ここで何をしている?」

「ええと、休憩をしています」

「ここに何をしに来た?」

「僕は冒険者であちこちを旅してまわっているんです」

「名を名乗れ」

 一方的に矢継ぎ早に問われ、流石にいかがなものかと思うシアンは二つ名を名乗ることにした。大地の民代表も翼の冒険者の話はこの大陸の他の場所に住む大地の民に広まっていると聞いていた。

「翼の冒険者です」

「知らないね」

 取り付く島もない。

「ええと、あの、幻獣のしもべ団はご存知ですか」

 視線だけ向けられる。

「それか、自由の翼は?」

「証はあるか?」

 反応があった。翼の冒険者にしろ、幻獣のしもべ団にしろ、どちらかを知っているのであれば、グリフォンが証となるだろう。しかし、そのティオは今いない。

「キュア!」

 リムがシアンの肩から飛び出し、鳴き声を上げ、男の注意を引いて、フォアハンドの仕草をする。

「おお!」

 男は感嘆の声を上げてその場で跪いた。

「あ、あの?」

 戸惑うシアンを余所に、男は喜色の表情を浮かべながらリムを伏し拝んでいる。

 男の後ろの茂みからもわらわらと人が出て来て膝を地に付ける。

「幻獣様だ」

「あのお方が例の」

「グリフォン様はいらっしゃらないのか?」

 リムより視線を高くしてはいけないとばかりに膝立ちになりながら、口々に言う。

「あ、ティオ、グリフォンは今ちょっと別のところにいて」

 言いつつ、九尾が考え出したジェスチャーが役に立ったことに面食らう。

「ピィ————ッ」

 高く澄んだ鳴き声がし、風が巻き上がる。大きな羽ばたきとともに、大型の獣が着地する。なめらかな動きでシアンの傍らにするりと体を寄せ、集まった人々から隔離する。優美な仕草だが、そちらへ向ける視線は鋭い。

 息を飲み、額を地に付ける。居並ぶ者が一様に額づく姿にシアンはぎょっとする。

「おお、正しくグリフォン様!」

「では、こちらの白い御方がドラゴン様!」

 万歳三唱されそうなほどの歓待ぶりだ。

 感激に湧く人々を他所に、シアンはまずティオを宥めにかかった。

「ティオ、別に危害を加えられようとしていた訳じゃないから」

 そう?とでもいう風に鷲の頭をシアンの腹にこすり付ける。それを撫でながら、集中する視線に、どう収集をつけるかを算段する。

『きゅうちゃんとシェンシが戻って来たよ』

 つい、と弧を描いて飛び、シアンの肩に身軽に乗るリムが教えてくれる。

 隠れていた九尾と鸞もまたティオの鳴き声を聞いて姿を現した。前者は面白そうに目を光らせ、後者はまたこれか、と呆れた表情だ。彼らの眼前にはティオに向けて跪く複数の人間がいる。

『おやおや、ちょっと目を離した隙にまた面白そうなことが起きていますね。流石は、シアンちゃん!』

 不可抗力だ。トラブルメーカーのように言われるのは心外である。

 是非とも歓待したいという男たちは大地の民だと名乗り、砂漠の薔薇で大地の民代表に聞いていた者たちだった。

 代表とはいえ、この大陸全ての大地の民を統率しているのではなく、有事の際に取りまとめられた意見を述べる者に過ぎないそうだ。この地の大地の民を統率する者は精霊の息吹を感知できる者だ。

 テーブルマウンテンのことについても聞きたいので、誘いに応じることにする。

 案内に従ってしばらく歩くと、周囲を石垣と木杭が守る小さな村が見えて来た。

 立ち並ぶ木造りの家は簡素だが住みやすく整えられていた。

 シアンに最初に対峙した男が先導し、村の内部を進む。家々から人が出て来て悠々と歩くティオを注視する。

「あれが村長です」

 男が指し示す先に、二十歳前後の女性が佇んでいる。動きやすい貫頭衣を身に着けた村人たちとは異なり、袖や裾の長い装いをしている。ティオに向けて深々と一礼する。

「若いですが、彼女は幻獣の声を拾うことができます」

 男性がどこか自慢げに言う。

 エディスで出会ったリュカと同じだなと思っていると、鸞が誰にともなく言うのが聞こえる。

『ふむ。巫師ふしか』

『感知能力が高いということでしょうかね』

 九尾も付け加えるが、彼らの言っていることも分かるのだろうか。

 シアンたちは男に代わって村長の案内で広場に連れていかれた。円形の中央に祭壇をしつらえられており、地面に直接座る。

 美しい織物の服を身に着けた村長も気にせず直に座る。大地と慣れ親しむというのはこういうことだろうか。

 そこで聞いた話によると、この地の大地の民は女性と子供は畑仕事や牧畜を育て、男性は狩りをする。だから、常に弓矢や短剣を携帯しているのだそうだ。

 男子として生まれれば、幼少期から鍛えられる。十にも満たない年のころから山や森に入り、馬を駆って険しい崖を登り、峡谷を駆け下りる。

「流石に大地の山だけは無理ですが」

 言いながら示して見せるのは鸞が神秘書を求める先、テーブルマウンテンだ。斜面ではなく垂直に削られた山肌が見える。

 男性はおしなべて勇敢で荒々しく、成長するという。

 男女ともに、大地と共に暮らし、その息吹を強く感じながら生きるのだ。

「ですが、月日を経るにつれ、道具に頼るようになりました。今ではこの通り、履物を使うようになり、大地の鼓動からは遠のきました。我らは徐々に精霊を感知する力を失いつつあります」

 巫師ですら、精霊の姿を見たり聞いたり、言葉を伝える者が出現するのは稀になっているそうだ。

 精霊を崇める彼らからしてみれば由々しき問題なのだろう。

 そんな中、村長は幻獣とはいえ、その言葉を拾うことができることに、自負を抱いている様子だった。

 シアンなどは裸足で歩けばすぐに怪我をするだろう。

 村長が言う通り、なければないで人は環境に応じて頑丈になる。文明の利器に慣れ親しんでしまえば、柔弱になる。

『でも、シアンは靴を履いて歩いても、大地の精霊は喜ぶ』

『ああ、歩くだけで喜んでいるんでしたっけ? そのうち大地を叩かなくてもシアンちゃんが歩く後ろに農作物が出来上がるかも!』

 ティオの言葉に九尾が茶化して返すが、村長は大地の民として大地の精霊を間近に感じるのだと言っているのだ。大地の精霊がシアンと接触して喜んでいるのとは訳が違う。

 しかし、そんなことでも村長には感銘を与えた様子だ。

「まあ……!」

 ティオの言葉は確かに聴こえているようで、村長が感極まって両手を口元に宛てる。

 ティオの言うことは無条件に信じるのか、途端にシアンに好意的で態度が恭しくなる。

 巫師は尊ばれ、丁重に扱われ崇められる。

 閉鎖的な一族とは思えなかったが、荒々しく勇敢なだけあり、初見の者には高圧的に映ることもあるという。

「あの山は大地の山と呼ばれているのですね。精霊や神が坐す場所だそうですが」

「代々そう言い伝えられています。もしや、翼の冒険者様は大地の山へ向かわれるのでしょうか?」

「はい。実はそうなんです」

 精霊に親しむ者の長の言葉に、やや緊張を覚えながら答える。

「まあ! それは大地の精霊も歓迎なさってくださりましょう」

 好意的に受け取られて安堵する。

 半ば、不敬だとか聖地に足を踏み入れることまかりならぬと言われることを予想していた。

『大地の精霊が坐すならば、まさしくシアンちゃんやティオがその地に触れれば喜ぶでしょうね』

 確かにその通りだと九尾も頷く。

「では、こちらをお持ちください。精霊が好まれると受け継がれているものです」

 初めからそのつもりだったのか、村長が手を軽く上げると、村の女性が恭しく捧げ持って現れる。

 樹脂を乾燥して固めたもので、焚香料だと説明した。祭儀に用いられ、精霊への捧げるものだそうだ。

 他に、この周辺の動植物に関して教えてくれる。

『これは先ほどの焚香料が採れる樹木に群がる蛇を寄せ付けなくするためのものなのです。他に皮膚疾患や切り傷などに処方されます』

 鸞が興味を示したので、村長が詳細に説明をする。

 樹幹に傷をつけて樹皮の下に溜まった樹脂を樹皮ごと剥ぎ落す。それを熱湯で成分を抽出するのであるという。

『樹脂の主成分はケイ皮酸やスティレシノールだ』

 風の精霊がこの時代では誰も知り得ないだろう説明を加える。

 葉は大きく五つに分かれ、中央が一番長い。茎に房状に小さな花たちをつける。

「花開く前はトゲ坊主のようなのです」

 身軽に立ち上がった村長は、今度は広場の隅に植えられている多肉質の細長い葉を持つ植物を指し示す。

「こちらは下剤、健胃剤として用います」

『わあ、葉っぱがとげとげだね!』

『ふむ、葉から特徴のある苦い汁が出るものだな』

『主要な薬用成分は結晶性苦味質のアロインとアロエエモディンだ』

 リムが葉の形状を興味深く眺め、鸞が書で見た記憶を呼び覚まし、風の精霊が成分を分析する。

 鸞の博識ぶり、リムの好奇心に押され、村長は次々に植物を紹介してくれる。

「こちらは村人の罪を問う種子です」

 素焼きの壺の蓋を開け、手に取って見せてくれたのは灰色の平たい種子だ。

『橙色の果実に数個含まれるものだな』

 鸞の言葉に村長がその通りと頷く。

『主成分はストリキニーネとブルシンだ。痙攣を起こして窒息死する。種子一つで人間の致死量に達する』

『それ、審判というよりももはや処刑のための種子じゃないですか』

 風の精霊の説明に、九尾が震え上がる。

 村長には風の精霊の言葉は聞こえていない様子で、九尾の声に怪訝な表情を浮かべる。

 シアン一行は知らないが、エディスでも神明裁判でとある豆を用いられることがある。ところ変わっても、似たような効力を持つ植物によって、同じように神の審判を得ようとする。高位者の意思によって判断しようとした。まだ、そういう時代だった。

「こちらは精霊の姿を感知し、その力に触れるための補助として代々、村長のみに受け継がれている秘薬です」

 村長は村でも重要な役割を担う薬草や薬を見せてくれた。それだけ、翼の冒険者に敬意を払う姿勢を見せたいのだろう。

「そんな大切な物を拝見しても宜しいのでしょうか?」

「もちろん、村人はもちろん、部外者には以ての外です。ですが、翼の冒険者ご一行であれば、何を隠すことがありましょう」

 村長は他の壺も中身を見せてくれた。大地の民に褒賞として与える特別な代物だという。

 出て来たのは光沢のある濃い色の葉と赤い茎が特徴的な植物だ。

 村長はこの葉を噛むと、花になった気分になるという。

 水面に一滴の雫が落ちる。水紋がいくつもの円を描く。その円の中心に蓮の花のような白に薄いピンクの線が入った花弁が花開く。えもいわれぬ芳香が漂う。大きく開く花弁、ゆっくり立ち上った香りが風に乗って拡散する。広く遠くへと見る間に水面を這い進み、低い位地から上昇する風に乗って持ち上がる。木々の爽やかな香りとまじりあいながら、さらに先へ先へと伸びていく。

 服用するとそんな心地がするのだという。

『これは頭が冴えたまま陶酔感をもたらすものだな』

 滔々と語る村長は鸞の淡々とした言葉に我に返る。

 シアンは続く風の精霊の言葉に冷水を浴びせられた面持ちになる。

『主成分はカチノンだ。長時間利用すれば攻撃性が増し、妄想、偏執症、精神障害をもたらす。煎じて茶としても飲む』

 炎の民の村で飲むよう強制された特別な茶を想起せずにはいられなかった。

 やはり、どこの民族もこうした植物とは離れがたいものなのだろう。

 文明の利器の恩恵に預かろうとも、外の世界からの危険度が極端に下がろうとも同じだ。シアンが生きる現実世界でも根絶しないのだから。




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