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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
331/630

14.研鑽のために

 

 セバスチャンは家令である前身は魔神である。

 その元神の眼前に白頭の幻獣二頭が並び立つ。 

『明日はきゅうちゃんの好物が食べられますように』

『明日はシアンといっぱい遊べますように』

 柏手を打つ白毛二頭。

『何事でしょうか?』

『セバスチャンは元神様だから、ご利益を願って!』

『きゅうちゃんが信じる者は救われるって言っていたの!』

 翌日それを聞いたシアンは、芋栗なんきんで作ったスイーツを幻獣たちとで食べ、リムとティオと一緒に遊び、音楽を楽しんだ。

『きゅうちゃん、ご利益あったね! 信じる者は救われたね!』

『お前、セバスチャンにそんなことをしたのかにゃ! 本当に勇気あるにゃ!』

 蛮勇である。

『九尾、お主……、あまり変なことをリムに教えると、今後一切おやつを食べられなくなるかもしれなかったのだぞ?』

「きゅっ……」

 鸞の呆れた様子に九尾は明後日の方向に視線を逸らす。

『神様にはお供え物をして、音楽を演奏するんだよね!』

 セバスチャンもまたしっかり音楽を堪能した。

 リムはシアンと遊ぶことができ、九尾は好みのスイーツを、セバスチャンはリムから欲しいものを貰えて、三方良しの結果となった。

 更にセバスチャンはシアンから笑顔で感謝されるという特典付きだった。

「困った時の神頼みと言うけれど、僕たちはいつもセバスチャンを頼りにしているからなあ。いつもありがとう、セバスチャン」



 島の動植物は高効果を持つものが多く、貴重である。また、シアンはあちこちへ行き、風の精霊にどういった動植物がどういった作用をもたらす成分を持つのかを教わった。更には、それを加工してくれる幻獣がいた。そのため、シアン一行は巨額の富を得た。

 そして、風の精霊の教示と珍しい素材のお陰でシアンの料理は多様になっていく。

 砂漠で幻獣たちが狩った獲物の素材は幻獣のしもべ団の武器防具と農場牧場の道具、館の設備となり、余った分はディーノやエディスの商人であるジャンやエクトルに売却した。

 しもべ団の武器防具に関して亜竜の素材を使った際にはジャンやエクトルに依頼したが、シアン不在時に来訪したディーノは直接幻獣のしもべ団とやり取りするようになったのでそちらに任せることにした。ジャンは同じ魔族として否やはなく、エクトルもシアンの支援に携わる仕事が減ったことに残念そうではあったが、別地方の珍しい素材を仕入れることができるだけでも有難いことだと喜んでいた。

 農場牧場の道具と館の設備に関しては、ユエが同族と一緒に道具作りに夢中になった。

 鸞もまた、いくつか譲り受け、新たな反応を見つけては研究を重ねて行った。折角良い素材が手に入ったのだから、と知識を欲した

 鸞は港町ニカの研究者から海の生き物が持つ再生能力の研究に関する資料を得ていた。

 そこで、シアンが精霊の力のお陰でちぎられた腕をくっつけることができたと知り、再生能力研究の一環として、千切れた部位の断面を繋ぎ合わせ、再生させることを研究していた。

 そしてそれは、ネーソスが幻獣のしもべ団員の脚を噛みちぎった際、ネーソスの甲羅の地力を借りて成功していた。

 九尾とカランの智慧を求めて相談し合ううち、カランがその再生能力と寄生虫異類の再生能力とは違うのかと疑問を呈した。

『種族が異なるから違うのでは?』

『ふむ、確かめてみんことには何とも言えないな』

『再生させない方法で寄生虫の動きを削ぐのはどうでしょう?』

 九尾が提案する。

『なるほど、そういう考え方もあるのか。それも検討してみよう』

 九尾とカランはその後も鸞に新しい発想を与えられるように色々気を付けて見聞きしてくれると請け合った。

 鸞はこの時、再生能力の研究を応用して寄生虫異類の再生能力への抑止力になる薬の開発をすることの着想を得た。

 鸞の研究のためにユルクとネーソスが海での採取を頑張り、ユエが同胞たちと器材を作り、研究室に幾つも水槽が置かれ、遂には研究室の拡張がなされた。

「シェンシ、どう? 狭くない?」

『ユエみたいにいっそ別棟に研究室を作って貰うのも良いかもしれませんよ』

『吾ばかりそんなにして貰う訳にはいくまい』

「ううん、そんなことないよ。シェンシの研究は皆の役に立つものだからね」

 鸞はそれまで、物質にはもっと細かく、多様で多岐にわたる性質を持つのではないか。目に見える一つのものを取っても、それは多くのもので構成されていて、それを細かく分解していく、つまり目に見えないほど小さなものの集合体ではないかと考えていた。

 その性質を突き詰めていけば六大属性の精髄となる。

 鸞はこの島にやって来て、この世界の最上位存在である精霊王と出会った。

 精霊はその属性の粋を集めた力である。本来、その属性の事物、水や風、大地や炎の持つ力だ。しかし、鸞がそれまでに考えて来たように、多くのことは一つの属性だけでは成立しない。複数の属性が合わさるとより一層大きな力を発揮する。精霊の力はこれが顕著だった。だから、精霊の加護を得たものは強くその属性の力を発揮することができる。

 神の力や加護は精霊のそれから数段下がったところにあると考えれば良い。

 精霊の力だけでは大味なことしか為し得ない。強大な力ではあるが、魔法を使うにしても力押しするのが関の山である。それでも、人の身には余る力なので、使いようによって覇者となれるだろう。

 しかし、世界というのは様々な要素が密接に複雑に絡み合うのだ。

 では、高度知能を持つ精霊の最上位存在が揃って協力すればどうなるか。なおかつ、万物を知る存在が微調整を加えるのだ。

 九尾がシアンに張り付くのも、むべなるかな。ただ、九尾の弛緩しきった普段の言動から分かるように、世界の粋の力を手に入れたシアンはそれらを平和的にしか用いない。この世界全てを意のままにすることができるという実感もないこともあろうが、おそらく分かってもやらないだろう、という予想を立てているのだ。九尾のその考えには鸞も同意する。

 シアンの価値観はそれよりも別なことに重きを置いている。

『ならばこそ、精霊王たちはこぞってシアンちゃんに力を貸すのですよ』

 九尾のしたり顔に、そうなのだろうなと鸞も思う。

 鸞のこれらの考えは後に鸞の書に記され、それを僥倖にも手にすることが叶った知識人に時に夢物語だと断じられ、時に啓蒙させた。鸞が唱える「自然界の多様性」と「六大属性の精髄」は人によっては空想上のお伽噺扱いされ、人によっては世界の真理であるとされた。

 鸞の書がものの真理に触れる奥義書、つまりは神秘書であると称されると同時に、非現実的かつ迷信について書かれたものだと言われる所以である。

 再生能力の研究と合わせて、鸞は鉱物に関しても研究を進めていた。

 シアンたちが炎の精霊の元へ向かっている際、カランに鉱物を使って薬を作成しては、と言われたことから、色々調べていた。その中で、そういったことを研究した者が記した古の書があるという記述を発見した。様々に調べたところ、神秘書の存在を知ることになった。

 その神秘書を探しに行きたいと鸞は願い出た。

 第一稿から写本が模写されるたびに図が簡略化され、鸞が手に入れた書は装飾意匠のような絵柄に変化していた。説明も削られ簡素なものになっているのではないかと思えた。

『第一稿を見たいと思ってな』

 その原本のありかを示す記載を見つけたという。

『ただ、吾では峻厳な山を越えることができぬのだ』

 そこでティオの背に乗せてほしいという。

 ティオはこれを快諾した。

「僕も一緒に行っても良い? 何度も休憩を取って貰うことになるんだけれど」

 鸞は急ぐ旅ではないとシアンの申し出を受け入れたからだ。シアンの騎獣を自認するティオが同行しない訳がない。

 よく鸞と行動を共にする麒麟は今回は留守番をすることになった。

 鸞はティオとシアンに連れて行ってくれるよう頼む前に、麒麟に相談していた。

 薬物誌の初版本に関する記述を見つけた興奮した鸞の様子を知っていた麒麟はぜひ行ってくると良いと勧めてくれた。

 自分はモモの様子を見ないといけないから、と逆に付いて行けない理由を述べて気遣ってくれさえした。

『レンツも一緒に行けたら良いのに』

 当然のごとく同行する気でいるリムがしょんぼりした表情を浮かべる。

『……』

『ネーソスが大きくなって背中に乗せてくれるって!』

 ネーソスが首を上下させ、ユルクがその意味するところを読み取って伝える。

「じゃあ、海を渡れるね。もっと暑くなったら、みんなで遠出してみようか」

『わあ、楽しそう!』

 リムがぱっと表情を明るくする。

『それなら、レンツが海を渡るほど飛行ができなくとも問題ないね』

『レンツも大分霊力が回復してきているから、陸地で過ごす分には支障はあるまい』

 ティオの言葉に鸞が頷く。

『だったら、我と島を見回ろう』

 一角獣はそうやって少しずつ移動距離を増やしていくと良いと言う。

『レンツもひみつの特訓をするんだね!』

『え、うん、そうなるのか、な?』

 リムが浮き浮きと言うと、初めは戸惑った麒麟も、徐々に楽しげになってくる。幻獣たちは実に特訓好きだ。全く密やかではないが。

『ベヘルツト、レンツを頼んだぞ』

『任せておいて! しっかり特訓しておくから!』

『お、お手柔らかにお願いします』

 鸞に託され張り切る一角獣に、麒麟がややびくつきながらも笑う。

『幻獣へのサービス、お出かけ! シアンちゃんは転がすのが上手いですなあ』

「違うよ、僕が一緒に出掛けるのが楽しみなんだよ」

『そんなシアンちゃんだからこそ、ティオも率先して幻獣たちのまとめ役をするんでしょうねえ』

「ふふ、きゅうちゃんも色々気を配ってくれるものね。いつもありがとう」

『いえいえ、シアンちゃんにはいつも美味しいものをご馳走になっていますしね』

 ユエは鸞の研究室を更に充実させるのだと工房に籠り、それならば、とユルクとネーソスはその水槽の中の動植物の面倒を鸞が不在時に見てくれると言う。

 リリピピは風の精霊の下に向かっている。

 九尾はついて行くためにフラッシュに宛てた置手紙を用意する。

 召喚主に出かけるから呼び出さないでくれと手紙を置いていく召喚獣が、かつてあっただろうか。海中旅行を楽しむために召喚に応じることができないと召喚主に断ったと伝え聞いたことが想起される。

 こういう時、一番賑やかなわんわん三兄弟は静かなままだった。

「アインス、ウノ、エークは付いて来る?」

『お誘いは大変嬉しゅうござりますが』

『我らはこの館で殿のお帰りをおまちしておりまする』

『主様ご不在の折、館を立派に守っておきましょうぞ!』

 いつになくきりっとした顔つきでぴんと短い尾を立てて宣言する。そして、セバスチャンの姿を見つけて駆けて行く。ここにもこっそりであるはずの手伝いを全く秘することができていない幻獣がいた。

「どうかしたのかな?」

『あいつら、お茶会後からああにゃよ。現狼の王にお会いして、本来の姿を思い出したのにゃよ』

 そんな心境の変化があったのかと考え同時に、それを見抜いたカランに感心する。

『まあ、あいつらのことは俺が見ておくから、シアンは気にせず遠出を楽しんでくると良いにゃ』

 急ぐ旅ではないとシアンや鸞に聞き、あちこち見て回ろうとティオや九尾に楽しげに語るリムを指し示して見せる。

「ありがとう、カラン。何かお土産になるものを持って帰って来るね」

 幻獣たちとセバスチャンに見送られ、シアンたちは出掛けた。

 向かう先は南東の大陸、砂漠や火山があった大陸の中央部で、緯度零度を超えた先だ。



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