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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
33/630

33.戦争の兆し

 

 シアンがディーノに会っている間、フラッシュはパーティメンバーに国のことやシアンのことを話した。そのパーティメンバーがシアンに会いたがっているという。

 了承するとほどなくして場を設けられた。

 トリスの宿屋の一室で結構な広さがある。

 そこで、フラッシュのパーティに引き合わされた。


 リーダーはアレンという魔術師の男性で知的な風貌だ。

 ベイルという戦士の寡黙な男性、キャスという密偵の軽い性格の男性、そしてダレルという盾職の男性は紹介し合った後、ずっと食事をしていた。

 エドナは回復役の女性でなぜかシアンを見てがっかりしていた。


 パーティメンバー以外の男性もおり、ジレスと名乗った。シアンを含め総勢八人が入ると広い客室も手狭に感じられた。ティオとリムは九尾と共にフラッシュ宅で留守番だ。

 ジレスは全員と初対面であったらしく、名乗り合った後、シアンに視線を向けた。

「そっちは?」

「私の友人でシアンと言う。先日、鉱山を見かけたらしくてね」

 フラッシュが間に入ってくれた。


「最近は鉄鉱石だけでなく、木炭も高騰しているらしいな」

 アレンが主導権を握って会話が始まった。

「鉄ならまだしも、木炭なんて、庶民が日々使うものだから、市場も商業ギルドもピリピリしているわ」

 エドナが肩をすくめる。

「あー、その件なんだけどさ。噂は聞いている?」

「アダレード国が動いているということか?」

 ジレスが唇を舐め、上目遣いで言うのに、アレンが何でもないことのように答えた。

「そう、それであんたらトップの人たちに話を聞いてもらおうと思ってさ」

「俺たちは別に攻略組トップじゃねえぜ?」

 キャスがズボンのポケットに片手を入れたままベッドに腰掛ける。

「でも、ガチのトップはちょっと敷居が高すぎてさあ」

「そこそこの私たちになら話しやすい、と」

「それで? 国から話を持ち掛けられでもしたのか?」

 エドナが手を振って笑うのに、アレンが穏やかに先を促した。核心をつかれたジレスが音がしそうなほどアレンを振り仰ぐ。

「し、知ってたのか?」

「いや、ありそうなことだと思っただけだ」

 キャスがにやにやしながら成り行きを眺めている。リーダーは普段からこうやって先を読んで人を驚かすのだろう。

 シアンはフラッシュとともに部屋の隅に並べたイスに座って、事の次第を見守っていた。

 ベイルは入り口近くの壁を背に腕組みをして立っている。ダレルはまだ食べている。


「もともと、東の隣国とは難しい状態で、条件を揃えて定められた手順を踏んで発行される身分証がなければ国境を越えられない。冒険者も同じで、高評価を受けている者か紹介状がない者は関所で止められるからな。だから、今、俺たちは第一エリアで足踏みしているんだ。ワイバーンさえ倒せば西側の国に行けるんじゃないかってそっちに気を取られていたが、そうこうするうちに戦争が始まる兆しが見えてきた。鉄を中心とした金属類の高騰に加えて木炭も値が吊り上がっている。これはおそらく製鉄に大量に必要だからだろう。どれほど鉄の流通を制限しているのかは見当もつかないがな。だが、エドナが言うように、木炭の制限は市民感情を逆なでする。そこで、早急に替わりの物を用意しなければならない。となると、プレイヤーに白羽の矢が立ったのかと思ってな」

 ジレスが喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。

「そ、その通りだ。俺とツレは生産職なんだけれど、手っ取り早く金を稼ぐために、一時期鉱石類を大量に扱っていた。で、ちょっと前に国から鉄鉱石から鉄を取り出す作業を依頼したいと言われたんだ。でも、数が多い上に長期間で拘束されるってのがさ。そりゃあ、べらぼうな報酬だったぜ? でもさあ、せっかくログインしているのに、強制された内職みたいなことをやり続けるって拷問みたいじゃん?」


 ただ、ジレスの友人は違った。高価な報酬に釣られて、かなり乗り気になっているらしい。現実世界の知識を持ちだして、木炭よりも石炭を利用しては、などと言い出した。


 この国でも石炭は使われたことがあったが、そこに含まれる硫黄が鉄を脆くするため、あまり利用されていなかった。

 製鉄で木炭の代わりに石炭を利用可能にするためには石炭中の硫黄その他の不純物を除去する必要があった。石炭を高温で蒸し焼きにする乾留工程により炭素部分だけ残した燃料のことをコークスという。

 このコークス製鉄法が産業革命幕開けの一因である。


「それは国にもう話したのか?」

 アレンが眉間をもみながら尋ねた。

 まだではあるが、友人の様子ではいつかは話しかねないという。

「実際、リアルの知識を持ち込んで有利に進めるとか、世界に革命を起こすとか、やっぱ夢じゃん。でも、なんつーか、向こうから積極的にこられるとこう、食い物にされそうな気がして」

「まあ、正しい判断だな。戦争に利用されるところだった」

「戦争に? まあでも、戦争イベントなんてよくある話だろ?」

 ジレスは気がなさそうに言う。

「確かに。だが、一方がそれまで技術不足で成し得なかった強力な武器の大量生産を実現して大量虐殺するのに、お前、加担できるか? 街でNPCと話したことがあるだろう? 普通に生活している人間がお前が漏らした知識で戦火に追われるかもしれないんだぞ。いや、最悪目の前で家族が無残に殺されるかもしれないし、当人も危ない。それをたかがゲームのイベントだって言えるか?」

「そりゃあ、寝覚めは悪いけどよ、戦争を仕掛ける方が悪いんだろう? ほら、リアルでも戦争ビジネスとかあるじゃん」

 利益のために敵対勢力のべつまくなしに戦争に使われる武器の原材料を売る。まさしく、死の商人だ。


「自分たちは安全な場所にいて他人が血を流す横で経済を回して儲けるんだ、当たり前に悪いよ。それならまだ傭兵の方がましだ。他のゲームであれば生産職にも旨味を出すためのものだったかもしれないがな。知っているか? ここのNPCは死んだらそれまでなんだぞ。俺たちみたいに経験値か金かアイテムが減るだけで終わり、じゃないんだ。刺されたら痛い。血を流したら体が冷たくなる。それで死んだらおしまいだ。彼らはこの世界で血肉や個性を持った人として生きているし、脈々と子孫をつないでいるのは現実世界と変わらない」

「えっ、じゃあ、戦争なんて起こったら大変じゃん!」

「うんうん、ようやく分かってくれたみたいだね。長々話した甲斐があってうれしいよ」

 きちんと理解できるまで説明してやるのだから面倒見の良い人なのかもしれないとシアンは感心した。リーダーをやっていることだけある。

 シアンも今までログインを繰り返し、この世界は別物として成長していっていることを強く感じていた。


「プレイヤーはNPCよりも均一で有利なスキルを入手できる。マップや遠話なんて最たるものだ。このくらいの文化レベルで、戦争もあるんじゃあ、一般人が地図なんて手に入れたら重罪人だ。すでにスキルとして特殊能力をいくつも持っているのに、自分たちの利益を生み出すために、現実世界の知識を持ち込むのはいかがなものかな」

 シアンは息を飲んだ。

 自分もこの世界に新しい楽器の知識を持ち込んだ。

 良い思い付きだと思って行ったことでも、それがどうこの世界を変えるかなど考えたこともなかった。

 アレンはジレスに友人の他にも同じ生産職の人間にも、どうするにも自由だがどんな結果を引き起こすのか、よくよく考えて行動するようにと釘を刺した。

「第一、国が用意した施設でログインした直後の不干渉システムが切れた後に拘束されて脅されて強制労働させられたくないだろう?」

「えっ、そこまでするかな? そういえば、あんたがログイン直後に干渉されないように製作会社に掛け合ったんだっけな」

 凄いよなあ、と感心するジレスにアレンは肩を竦めた。

「このゲームは本当にゲームらしからぬシステムぶりだからな。安全は確保しておかないと」

 ログアウト中のアバターが他から干渉を受けない。そして、ログイン直後も数分程度はその状態が続く安心システムだと説明を受けたが、どうやら後者は実際プレイして危険を予測したアレンが製作会社に訴え、改善されたシステムのようだ。


「なあ、本当に戦争が起こるのかなあ」

 考えが及ばないところもあるが、基本的に気の良い人間なのだろう。

「俺たちも今色々調べているところだ。何かわかったら連絡するよ」

「ありがとうな。俺も何かあったら知らせるよ」

 シアンが他のことに気を取られていると、ほぼ話し合いは終わりつつあった。

「そういえば、ワイバーンが巣から降りてきたんだってな。あんたらも攻略に行くのか?」

「今は正直、こちらで手一杯でな」

 なんでも、吹き荒れる風に阻まれ、滅多に南の方に降りてこなかったワイバーンの姿が目撃されたそうだ。

「要塞山と言われているところから吹き降ろす風に阻まれていたのが、どうも山の風が穏やかになったらしいな」

 シアンには心当たりがあった。ティオが精霊の加護がつくまで上がることができなかった高い崖の上で出会った風の精霊だ。良かれと思ってしたことが、とんでもない結果を招くこともある。

 カラムの農場で大地の精霊に良い作物をと願ったことが影響して豊作になったこともあった。

 自分の行ったことが原因で良いことや悪いことをもたらす。

 この世界でも行動することの責任は負わなければならない。

 何をするのも自由、ただし、責任や罰則も付きまとう、というゲームのキャッチコピーの通りだ。

 シアンはせめてこの世界で影響を及ぼした分くらいは、何か役に立ちたいと思った。



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