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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
326/630

9.異能を持つ一族2

 

「あらあら、エミリオス様、そんなに声を荒げていかがなされましたの?」

 廊下に出た途端、声が掛かる。金髪に赤みが混じったふんわりと波打つ髪の女性が立っていた。

「お客様はお帰りに?」

「ええ、私がお見送りを」

「宜しくお願いしますわ。ねえ、エミリオス様、お話が終わったのなら、今度の夜会の衣装を見ていただけませんこと?」

 オルティアに短く言うと、甘える風情でエミリオスの腕を取り、胸に抱え込む。

 オルティアの眉が跳ね上がる。

「いや、私も見送るので後にしなさい」

「でも、お父様がお待ちになっているの。ね、すぐに終わりますわ」

「よしなさい、客人の前だ」

「お父様は随分お待ちになっていてご機嫌が悪いの。わたくしの代わりに断ってくださいませ」

 甘い声で喋るも、押しの強さでエミリオスを引っ張っていく。

「あれは?」

「エミリオス、様の側室クロエです」

 アメデの言葉に素っ気なく答える。敬称をつけるのにつっかえたのは普段は使用していないからだろう。頭に血が上り、付け忘れそうになったのだ。

「側室?」

 アメデはオルティアの心情を余所に重ねて訊く。

「ええ」

 それだけでは失礼に当たるかとオルティアは丁寧に説明した。

「私たち一族は血脈を繋ぐことを第一にします。筆頭家フィロワは特にそれを要求される。だから、側室を複数持つのです」

「なるほど」

 にやりと笑って見せたアメデに、オルティアの眉尻が跳ね上がる。

「何か?」

「いや、貴女はそれで良いのかなと思いまして」

 アメデはどこ吹く風だ。大方、美しい女性は怒った顔も素晴らしいとでも考えているのだろう。

「良いも悪いもありません。子を設けるのは義務ですから」

「しかし、貴女もフィロワ次期当主の許嫁なのでしょう?」

 えっ、とグェンダルが思わず声を上げる。ロイクも初耳のようで驚いている。

「どこでそのような話を?」

 オルティアは怪訝そうに眉根をしかめる。

「先ほどの次期当主と貴女の態度でそうではないかと思ったのです。でも、そうなると、貴女を幻獣のしもべ団に勧誘することはできないな」

 後半を考え込む風情で独り言のように言う。

「確かに。次期当主の奥さんを危険な目に晒せないな」

 アメデと付き合いの長いロイクはすぐに立ち直り、話を合わせる。

「エミリオスには以前も少し話したのですが、彼には既に子がいます。年若い側室もいる。同じ年の幼馴染と結婚する必要もないと思うのです」

 オルティアは首を軽く左右に振って見せる。

「もちろん、それもありますが、肝心なのは次期当主の様子だ」

「どういうことです?」

 最後まで話さず言葉を切るアメデに、オルティアが性急に急かす。

「いえ、単なる俺の予測にすぎませんがね」

 視線で先を促すオルティアにアメデは色気のある艶やかな笑顔を見せる。

 見目の良いエミリオスと幼馴染であるオルティアでさえも、つい見とれてしまう。

「次期当主は貴女を女性として大切に思っておいでだ。そんな貴女を好んで危地へやらないでしょう」

「そんなこと……」

 オルティアは視線を下げ、俯いた。

「俺の勘は的を射ていると思いますよ。貴女には幻獣のしもべ団に入団するに当たり、そのことを肝に銘じておいていただかなくては。私たちが次期当主の不興を買いかねない」

 どういうことだとオルティアが顔を上げると、視界いっぱいに背中が映る。青のような灰色のようなくすんだ髪、小さいころから見慣れていて、時にオルティアがブラシをかけたこともある、それだけで誰なのか分かる髪だった。項で一まとめにしている髪はエミリオスのものだった。

 オルティアを背にかばうようにしてアメデとの間に身体を差し込んでいる。

「当家の者に何か?」

 珍しく険のある声音にオルティアはぽかんとする。

「いえ、ただ話していただけですよ」

「あんなに近づく必要はないでしょう」

「どうしたんだ、エミリオス。本当にただ話していただけだよ」

 後ろから伸びあがって見上げる。

 そうだ。

 少し前まで同じくらいの背丈だったのに、エミリオスは頭半分ほどオルティアより高い。オルティアとて女性にしては長身なのだが、まさか、エミリオスが二十歳を超えても成長が止まらないとは思わなかった。

 隙間に割り込んできたエミリオスだったから、密着するような格好となり、オルティアは慌てて数歩後退る。

 オルティアを見やってエミリオスは何か言いたげな様子だが、結局口を噤み、アメデに向き直る。

「貴方は随分な伊達男なようだ。しかし、当家の年若い女性に手を出さないでいただきたい」

 エミリオスは明確に告げる。

 アメデは破顔する。口笛を吹きそうな風情だ。内心、良い男だと称賛を贈っているのだろう。良い男は他の良い男を認める心の余裕がある。

 賢明にも口笛は自重したが、その余裕綽々な風情が気持ちを逆なでしたらしく、エミリオスが鼻にしわを寄せる。

「素晴らしいな。エミリオス殿は良いご領主となられるでしょうね。ね、オルティア殿」

 それをロイクがフォローする。

「え、あ、ああ、そうですね」

 ちゃっかりオルティアを巻き込むことで、エミリオスの怒りを鎮火して見せる手腕は伊達に長年アメデに付き合っていない。アメデは刃傷沙汰を起こしてこそいないが、泣かれたり縋られることは多々あるのだ。恋人がいる女性には手を出さないが、知らないところで惚れられてその恋人に心変わりされたと怒鳴り込まれたこともあった。

「今日はご挨拶までということで、オルティア殿の異能は後日お見せいただくというのはどうでしょう。またの来訪を許していただけますなら」

 言外に日を改めるので話のすり合わせを行っておいてくれと言うグェンダルに、エミリオスも頷かざるを得なかった。

 内部事情を汲み取ってフィロワ家の次期当主の意向に沿うように持っていったのだ。後はそちらできちんとお話し合い下さい、というところだ。

 エミリオスとオルティアに揃って見送られ、家令に門扉まで先導され、館を後にしたグェンダルらは神殿へ向かう。

 後ろの二人の会話が聞こえてくる。

「アメデの笑顔に女性が頬を染めるのはもう条件反射的なものだと俺は思うよ。うん。付き合い長いからさ。でも、エミリオスさんからしたら、ずっと一緒だった幼馴染で一番気心が知れていて、自分とは別方向に有能で、これから一緒に一族を盛り立てて行こうっていうところへ婚約の解消を匂わされて、そんな時に別の色男の笑顔に見とれているのを見たら、そりゃあ、噛みつくと思うんだよね。で、お前、わざとやったんだろう?」

「ああ。次期当主がこっちにやって来るのが分かったからな。大方、例の側室を下がらせてすぐさま駆け付けたんだろうが。いや、手強い相手だが、どうしてどうして可愛いところがあるじゃないか」

「お前、いつか刺されるぞ」

「ふん、そのくらい、躱してみせるさ」

 胡乱気な目つきのロイクにアメデは軽く肩を竦めた後、顎に手をやる。

「しかし、誤算だったのはオルティアの方だな」

「うん。あんなに分かりやすくエミリオスさんが嫉妬していたのに、それでも幻獣のしもべ団に入るって言うとは思わなかったな。しかも、許嫁の件も一旦棚上げということになるのだろう?」

「ああ。オルティアもエミリオスのことを憎からず思っているから、二人の橋渡しをしてやって、幻獣のしもべ団と良い誼を通じて置けると踏んでいたんだがな」

 歴史ある旧家で現在も権力のあるのであれば、何かしら鬱屈するものがあるのだろう。何にせよ、グェンダルたちには手が出せない領域だった。



 貴族というものは子供は家を存続させるものであり、その養育については無関心で使用人に任せっぱなしだ。

 その貴族であっても、本家筋のフィロワ家は違った。特に男性は子ができると住環境を整え、妻子ともに丁重に遇する。

 貴族は血脈を残すことを大切にする。特にその異能を代々引き継ぎ、後世に残していくためにも多くの子を必要とする。そのため、フィロワ家は街のあちこちに側室の家がある。所領の本邸ほどの広さがない街の館で、本妻と側室が角突き合わせることのないようという配慮からそうなった。同じ敷地内にないだけましだが、わりと近接している。

 エミリオスの側室クロエは自分の家は別に用意されているにもかかわらず、父親と共にネナの本邸に入り浸っていた。

 エミリオスが来るなと言っても会いたいと父親に強請ってやって来るのだ。

 フィロワ家の男子はこれら妻子を守るのが役目だ。

 華やかな容姿を持って生まれてくる男性が多いフィロワ家では幾人もの妻を持つことになる。

 そうやって血脈を残すことに固執してきた一族だ。

 しかし、子が多すぎることは弊害もあった。

 他力本願の一族が近くにいることから発生する悲劇だった。

 フィロワ家は領土を守らなければならない。

 とても美しい土地だ。

 高い山も広い平原も実り豊かな森も美しい湖もあり、空は青く澄む。

 ところが、ここには非人型異類が多く出没する。交易が盛んになるとそれらの富を狙って盗賊や山賊が潜む。商人などの旅人は時折街道で石を積み上げた小さい塔を見かける。それは、運よく道中で死亡した者を埋葬した証だ。埋葬する余裕がなければ野ざらしで野獣や魔獣、もしくは非人型異類の餌食となる。

 そんな中で一族の異能は強烈な光を放つ。

 強い力に守られているうちは領民たちは異能者たちを歓迎するだろう。

 けれど、その異能が弱まったらどうだろう。

 恩恵を受けられなくなったら、人と異なるというだけで忌避するだろう。

 だから、異能を失うことはあってはならないのだ。その力が薄まることも良くない。

 それでこその、一夫多妻だ。

 エミリオスもまた異能を持つが、異能を実際に用いるよりは政治的な活動を得意としていた。

 オルティアは特に強い異能を発揮し、将来を嘱望され、その声に余すことなく答えて来た。

 オルティアの生家ハールラ家では女性でも異能が強ければ訓練を課せられる。それは名誉なことなのだ。

 ハールラ家は一族の中でもフィロワ家を補佐する立場にあり、次席に位置づけされていた。

 クロエの生家ファガーやエルキン、ラニンといった各家系からは図抜けている。

 それだけに、異能保持のための子沢山でもあった。そして、筆頭家フィロワと同じく、血族を手厚く遇する。

 だから、騙られるのだ。子が多い隙を突いて托卵され、他力本願の輩の子供を育てさせられる羽目になる。






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