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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
325/630

8.異能を持つ一族1

 

 マウロたちが住む大陸はボニフェス山脈が中央よりやや東側に位置し、分断するように連なっている。それで、アダレードがある方を大陸東方、ゼナイドやサルマンがある方を大陸西方と称する。

 マウロがエディスの商人から仕入れて来た情報では、大陸西方の西側寄りに位置する国アルムフェルトのフィロワ領を所有する一族は人型異類だ。

 アルムフェルトは美しく豊かな国で文明も発達している。しかし、それよりも、位置関係において重要な役割を担った。

 隣国クリエンサーリを挟んでハルメトヤと接する場所に位置する。

 ハルメトヤは貴光教本拠地があるキヴィハルユを擁する国である。

 大国ではないが看過できない。

 幻獣のしもべ団としても、アルムフェルトと友好関係を結ぶことは今後、重要な意味合いを持つ。

 そのアルムフェルトで貴族として領地を持つフィロワ一族が異能の持ち主だという。

 グェンダルたちはエディスからフィロワ本家の邸宅がある街ネナへ向かった。

 その土地は昔から非人型異類が跋扈することから、異能でもってそれを排除していた領主一族は領民から尊崇の念を持って仰がれていた。

 そういった事情があるせいか、ネナは城塞都市だった。

 二重の壁に囲まれ塔が林立している。

 重厚堅固な雰囲気の外壁の向こうには大きく活気のある街が広がっていた。大通りには丸い看板、四角い看板、五角形や六角形の様々な看板が掲げられた工房が並ぶ。

 細長い鉄でのみ作成した看板は技巧を凝らしている。通りから一本入った家並みはそれぞれ石柱と鉄柵に囲まれている。

 不揃いな石を積み上げた壁がでこぼこした素朴な風合いを醸している。小さめの石を積み上げることによって味のある風情を作り出している。

 茶系統の小さな石を積み上げた壁と木の壁をうまく組み合わせ、そこに緑の蔦が這い、なんとも暖かみのある雰囲気を出している。

 目的の家はレンガをバランスよく組み合わせた建物だった。壁に蔓薔薇が生い茂り、彩りを加えている。

 窓の周囲を髭のように覆う緑に、ピンクや赤い花弁が美しさを競い合う。

「物々しい雰囲気の外壁の割りに、街は華やかだな。その街のど真ん中とはいえ、庶民と同じ区画に居を構えているんだな」

「何でも、領主とはいえ領民と同じように暮らしているのだということを知らしめるためだそうだ。やはり、異類が治める土地というので苦労がありそうだ」

「異能を持つ異類と称されつつ貴族であるフィロワ家一族。確かに気にはなっていたんだ」

 一年前までは狭い村の中のことしか知らなかったグェンダルも、幻獣のしもべ団として、また、後方支援を担う身として、各地の情報を積極的に取り入れていた。アルムフェルトは異能を持つ者が領地を治めることを成功させた稀有な場所だ。

 人は不可解なもの、そして極端に大きい力を忌避する傾向にある。

 フィロワ家は異類とされながらも、その力を常に見せつけ、慕われる形で領地を治めて来た。

 力の使いどころを間違わなければ、尊敬され共存することが可能なのだ。

「ああ、由緒ある家柄のようだしな。ただ、やはり他の貴族からの風当たりは強い時期もあったらしい。だからこそ、一族の結束は強いそうだよ。領民たちは領主一族の異能のお陰で守られているから、好意的みたいだけれどな」

 ロイクは異類の村の村長の息子として、旅するうちに情報を得たようで内情に詳しい。やはりその特異性から興味を持って情報を集めたのだろう。

「異能を逆手にとって、血脈保持と領地の守護は鉄壁で、商業にも積極的な裕福な一族らしいな」

 アメデもまた、将来ロイクの補佐をする立場上、情報には敏感の様子だ。

 ならばこそ、マウロはグェンダルたちを向かわせたのだ。他の団員は密偵技術はあっても政治的交渉を持つ者は少ない。グェンダルらが異能を持つということも大きい。

 それだけ、今回の任務は難航することが予想された。何としてでもアルムフェルトでも力を持つフィロワ家は味方につけたいところだ。

「では、行くか」

 グェンダルは豪奢な建物を見上げて気合を入れた。

 マウロから託されたエディス有数の商人エクトルの紹介状で門を潜ることを許された。フィロワ家が広く商取引をしていることが幸いして、紹介状は効力を発揮した。

 玄関を入ってすぐの広間は街中とは思えない広さがある。

 階段がアーチに吸い込まれて行く先、奥行きを持って二階、三階へとまっすぐに伸びている。三階正面には彫刻が佇んでいる。

 通された部屋はオフホワイトに金の縁取りがされた壁や天井、扉にくの字の寄木細工の床には美しい落ち着いた模様のカーペットが敷かれている。艶を放つ丸テーブルを囲む椅子は金に縁どられたオレンジと黄色の縞模様で、穏やかに暖かみのある部屋に瀟洒さを添えている。

 壁には繊細な装飾のろうそく立てが設えられ、そのはざまに絵が飾られている。金色に縁どられた猫足の横長のソファなどもあり、居心地が良さそうだ。マントルピースの反対側の壁には半円状のテーブルがあり、花瓶に花が活けられている。

 外観に負けず劣らず、内装も豪華だ。

 フィロワ家が権勢を誇っていることを物語っている。

「初めまして。私が次期当主エミリオス・フィロワです。こちらは一族の者でオルティア・ハールラと言います。みなさんが異能をお持ちだとかでぜひ同席させていただきたいと申しましてね」

 青味掛かったくすんだ金髪を項で一まとめにした、優美でやや女性的な柔らかい印象のある男性が礼儀正しく挨拶する。

 金髪と茶髪の中間の艶のある髪の襟足を短くした女性がきびきびした美しい所作で一礼する。髪と同色の眉尻が跳ね上がり、意思が強そうである。

 グェンダルたちが名乗った後、エミリオスが柔和な笑みを浮かべて切り込む。

「それで? 人型異類として新団員に勧誘に来られたのでしょうか? 生憎、当家では出稼ぎに出るほどには困窮していないのですよ」

 グェンダルは気を引き締めた。

 エクトルの紹介状に何と書いてあったかは知らないが、幻獣のしもべ団であるという程度のことがせいぜいだ。ましてや、グェンダルらも異能を持つと看破するとは、ロイク以上の感知能力の持ち主なのだろうか。

 表情を動かさないグェンダルたちにエミリオスが満足気に笑う。対峙する者にも相応のレベルを要求したいというところか。忙しい次期当主の身ならばこそ、取るに足りない人間を相手にしている時間は惜しいのかもしれない。

「貴方がたが翼の冒険者の支援団体幻獣のしもべ団、自由な翼の方々なのですね」

 女性の方が口を開く。

「我々のことをご存知だったのですか?」

「翼の冒険者の噂は膾炙しています。その支援団体にお会いしてみたくて、次期当主に無理を言ってついてきました」

 率直な物言いが好感が持てる女性だ。

 ロイクやアメデは彼女が鍛えた体躯を持つことを見抜いており、武力を有していることを感じていた。

「こちらの来られたからには、当家の事情はある程度ご承知おきのことでしょう。我らは一族の存続を守るために、情報を得るのは不可欠なのですよ」

 グェンダルはおやと思った。

 エミリオスの発言がやや性急に感じられたからだ。まるで、オルティアの発言を打ち消そうとでもいう雰囲気だった。

 フィロワの領地はともすれば極端に傾きかねない貴光教の本拠地からそう離れていない場所に位置する。いち早く情報を掴み、初動を過たず後手に回らぬよう気を配っているのだろう。

 グェンダルらは現在の情勢や翼の冒険者の動向、そしてその活動を支援する結社幻獣のしもべ団のことを語った。

「確かに、翼の冒険者の機動力と力は申し分ない。いや、当代随一でしょう。あちこちの商人から噂を耳にします。街や村での評判も上々だ」

 この様子では、貴光教以外の神殿が好意的であることも知っているかもしれない。ならば話は早い。

「私たちは貴方たちから何かを得ようというのではないのです。ただ、有事には手を取り合うことができたらと思い、知己を得ておきたいと思っております。もちろん、有事の際には及ばずながら力をお貸しすることをお約束します」

 翼の冒険者の名は絶大で、エミリオスも乗り気のようだ。グェンダルが熱意と誠意を込めて言うのに、頷く。

「では、より強い絆を結ぶために、私を幻獣のしもべ団に入団させていただけませんか? 私も一族の末端に名を連ねる者。それなりの価値があります」

 そこへ、オルティアがとんでもない発言をする。

「何を言い出すんだ、オルティア! 君を他へやるなんて!」

 二十代前半にしては落ち着いた物腰のエミリオスが取り乱す。対するオルティアは平然としたものだ。

「一族で殻に閉じこもってばかりではこれからは衰退する一方よ。時には新しいものを迎え入れることも必要だわ。君がそうして来たのでしょう。私もまた、そうしようと思う。翼の冒険者の下でならばそれができると思う。私が幻獣のしもべ団として手足となって働くのは理に適っているわ」

「なっ⁈ 前から言っているじゃないか。君は有能だ。強い異能も子に渡していくためだけでなく、自分が使いこなしている。私の不得手を補ってくれるものと期待しているんだ」

「異能を使いこなせている者は他にもいるでしょう? だったら、私の異能を外で使うのでも構わないはずだわ」

 かき口説くエミリオスにあっさり告げ、オルティアはグェンダルたちに向き直り苦笑する。

「内輪揉めをお見せして申し訳ないです。今話した通り、私は異能を使っての戦闘を経験しています。魔獣を倒せるし、盗賊を捕縛したこともある」

「それはそれは、頼もしい即戦力だな」

 軽い調子で受けるアメデの脇腹をロイクが突く。彼らとしては、話が勝手に進み、オルティアが入団することにいつの間にかなっているのだ。

「お見送りがてら、お見せしますよ。街はずれまで同道します」

 オルティアはグェンダルらの先頭に立って部屋を出る。まさか、幻獣のしもべ団が気軽に転移陣で移動しているとは知らないオルティアは街を出るつもりなのだろう。

「待て、オルティア! まだ話は終わっていない!」



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