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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
323/630

6.茶会1

 

 春告鳥が軽やかに鳴き、緑の糸は風に揺らぎ、花盛りが綾をなす。

「雨や花曇りにならなくて良かったね。花に雨がそぼ降るのも風情はあるのだけれど」

 春は天候が気まぐれだ。ぼんやり霞んだり、花冷えになることも多い。

 お茶会の当日、シアンはうららかに晴れ渡った空を見上げた。

『今日はガーデンティーパーティですからな。シアンちゃんやリムが望んだ日が晴れない訳がありません!』

 茶会のための準備を手伝いながら九尾が言う。

「精霊たちにもお礼をしなくちゃね」

『シアンやリムが楽しそうにするのが一番喜ぶよ、きっと』

 つまみ食いをする九尾を阻止しながらティオが言う。

『シアン、ディーノが来たよ!』

 庭で幻獣たちとテーブルやイス、テーブルウェアをセッティングしていたリムがディーノの来訪を感知して飛んでくる。

「ありがとう、リム。もうそんな時間か」

 ディーノも招待しており、魔神たちよりも早く到着することをセバスチャンから許可されていた。

 少しでも長く島に滞在したがるだろう魔神たちは我先に来訪することが予想されるので、少しずつずらした時間を招待状に書いておくよう家令にアドバイスされていた。

 転移陣は別場所から一処に向けて同時に作動することはできない。同時刻に違う場所から移動してくることはできないのだ。そして、魔神ほどの魔力の持ち主が同時に転移しようとすると不具合が生じるだろうという配慮からそう助言された。

 島の転移陣の間でセバスチャンが魔神を出迎え、お茶会会場の庭までは幻獣たちがそれぞれ案内する。

 庭で待機したシアンが魔神たちを迎え、席を勧める手筈だ。

 ティオとリムはシアンの傍らに控える。

 これは、魔神たちがこぞってリムに案内されたがることを予想しての九尾の助言によるものだ。セバスチャンもそれが良いと賛成していた。

「何だか大ごとになっちゃったな」

『神しかも上位神を迎えるのだから、大ごとは大ごとですよ』

 シアンはディーノを迎えに転移陣の間に向かいながら呟くと、九尾が何を今更と胡乱げに見上げてくる。

 庭先でセバスチャンに先導されたディーノがやって来るのと行き会った。

 二人はシアンに気づき、その場で立ったまま頭を下げる。

 一々跪いていたのを繰り返し説得するうち、簡略化することに同意してくれた。

「ようこそいらっしゃいました、ディーノさん」

「この度は茶会へのお招き、ありがたく存じます」

 シアンとしては既にディーノは半分ほど身内である感覚になっている。

 神々への接し方がぴんとこないというシアンに、セバスチャンがディーノを招待することを提案した。家令はディーノに魔神たちが暴走しないように申し付けた。

 泡を食ったのはディーノである。

 上位神である魔神たちを止めるなど荷が勝ちすぎる。

『魔神どもの手綱は私が締める。お前はいわゆる保険だ。シアン様へのフォローを』

 上位属性の神々十柱を一度に相手取ると気負いなく宣言した、かつての魔神セバスチャンである。ディーノはその時、この家令ならばやれると確信した。

 梟の王一柱だけでも手を焼くのに、とんでもない仕儀だった。

 セバスチャンと最終打合せを行った後、シアンは会場に戻る。

 ディーノはセバスチャンが転移陣の間にいる間、いつになく緊迫した風情で端近に畏まっていた。

 時間を迎え、次々に魔神がやって来る。

 梟の王を鸞が礼儀正しく、狼の王をわんわん三兄弟が凝視を受けつつ、蛙の王をカランがのんびりと、牛の王を麒麟がおっとりと、蜂の王を九尾がきびきびと、鮫の王をネーソスがすいすいと、蛇の王をユルクがゆるゆると、虎の王をユエがびくびくと、鴉の王をリリピピが軽やかに、馬の王を一角獣が迅速に、それぞれ庭で待つシアンの下に案内する。

「ようこそいらっしゃいました。不躾な招きに応えて下さり、ありがとうございます」

 シアンも常にないやや硬い表情だ。

 仮面をつけた魔神たちはシアンの足下にす、と流麗な所作で跪き頭を下げる。

「この度は茶会にご招待下さり、恐悦至極に存じます」

 神に跪かれ、シアンは戸惑う。

 魔族は魔神を含め、闇の精霊至上主義である。

 その闇の精霊の心を開かせ、魔族の雁字搦めになっていた戒めを解してくれたシアンには神ですら最上位の敬意を払う。

 そして、全ての魔神たちが揃うまで立ったままでいるシアンを差し置いて着席する訳にはいかないとばかりに、円卓の案内された席の脇に佇んでいた。

 全員が揃った後着席し、名乗り合う。

 魔神たちはそれぞれがつけた仮面の王であるので分かりやすい。

 幻獣たちを一通り紹介した時、セバスチャンが茶と茶菓を運んでくる。わんわん三兄弟が付き従って手伝う。

「彼らはケルベロスでアインス、ウノ、エークです」

 言いながら、シアンは立ち上がってよろけつつも懸命に皿の中身を守ろうとするエークに手を貸してやる。

「大丈夫? そう。気を付けてね」

「わん!」

 優しく笑い、咥えた盆を受け取るシアンに、エークが礼を言う。

 覚束ない足取りで近寄って来るアインスとウノに、魔神たちも席を立ちそうになりながらもはらはらと見守る。

 腕を伸ばして盆を受け取った魔神が安堵する。

 わんわん三兄弟は揃ってお座りし、やり切った満足げな鼻息を吐き、嬉しそうに尾を振る。

『これはね、シアンとティオときゅうちゃんとセバスチャンと一緒に作ったんだよ! ぼくの好きなリンゴとティオの好きな生クリームが使われているの!』

 リムが料理を一つ一つ説明し、魔神たちは目を細めながら熱心に耳を傾け、感嘆のため息を洩らしたり、頬を上気させたりしながらも、お茶会は和やかに始まった。

 幻獣たちは上位神と同じテーブルに着くことを遠慮したため、隣に高さの違うテーブルを出してそれぞれが使い勝手が良いものに向かっている。

 シアンは主催者として魔神たちと同席している。

 リムとティオが両脇に陣取っている。

「とても素晴らしい島と館をありがとうございます。おかげさまで、楽しく過ごさせていただいています」

 シアンはまず茶会を開いた目的として、島と館の礼を述べた。

『とっても綺麗な所が多くてね、みんなであちこち探検したんだよ!』

『狩りの獲物も豊富だよ』

 魔神たちは口々に礼には及ばないと遠慮し、リムやティオの言葉に嬉しげに口元を緩めたり何度も頷いたりする。

「精霊たちも尽力してくれて、魔力溢れる場所になりました」

『おお……!』

『流石は花帯の君!』

『まことにこの島は魔力に横溢しております』

『花帯の君ならばこそ』

『過日、炎の精霊王の加護を得られたとか』

『全ての精霊王の加護を得るなど絶後の事』

『なればこそ、島に溢るる魔力は得心のいくもの』

『素晴らしき環境にございます』

『まさしく、まさしく花帯の君と黒白の獣の君が住まうに相応しき場所』

『我ら一同、至高の御方々の御力になれたこと、まことに栄誉に存じます』

 何とも大仰な物言いにシアンは苦笑するしかなかった。

 そこからはリムの独壇場だった。

 普段、幻獣たちと話す際には相手の意見や言葉をしっかり聞くリムだが、今回の場では幻獣たちが神々に畏まり、言葉が極端に減る。そして、魔神たちはリムが話すことに熱心に耳を傾けたのでより顕著となる。

 魔神たちは茶菓を楽しみながら、リムの話に興味深く聞き入り、時折感嘆のため息や声を漏らす。

『みんなで文字を習ったんだよ。シェンシとね、きゅうちゃんとカランとわんわん三兄弟が魔族の言葉を教えてくれたの!』

『それで我らに招待状を直筆で書いてくださったのですね』

『そうなの! シェンシがね、どんな風に書くか考えてくれて、みんなでちょっとずつ書いたんだよ。ぼくは魔神たちの名前を書いたの! 島と館がとっても良い所でね、どうもありがとう、って気持ちを込めて書くんだよ、ってシアンが言っていたの』

 島に集まって来た幻獣たちもこの場所を気に入っているのだと告げられ、魔神たちは揃って相好を崩す。

『ぼくねえ、独りで街でお使いしてきたんだよ!』

 今日のお茶会のためにお使いに行った時のことを、とても楽しかったと話す。

 驚きの声を上げる魔神たちに、シアンは苦笑しながら、エディスだからできることだと説明する。人の街に幻獣が単独でうろつくなど、エディスでだけしか許容されないと話す。

 より正確に言えば、翼の冒険者がエディスで許容されているのだ。

『リムならそのうちどこででもできそうですけれどねえ』

 九尾の言葉に、ディーノが魔族の街でもリムが一人でお使いができるくらいになれば良いと頷く。

 元々、魔力が高く、その高い能力を使うことを良しとしなかった。入手経緯が闇の精霊の友人である闇の魔神を食らったことによる。

 けれど、その縛めも解き放たれた。

「私たちも頑張っています。きっとすぐにリム様に来駕していただけるようになる」

『楽しみにしているね、ディーノ!』

 それはそれで大ごとになりそうである。

 親しげにリムに名を呼ばれる魔族を、魔神たちが注視する。

 そこでシアンはディーノが役に立つ色んなものを持ってきてくれることから、幻獣たちの信頼篤いのだと説明する。

『確か、その者はこの島に出入りを許されておる魔族の商人だとか』

『では、黒白の獣の君のお手を煩わせずとも、そやつを召喚されれば良かったのでは』

『さよう、さよう』

 魔神たちは島と館の選定会議の末席にいた魔族を今さらながら思い出す。

 言い回しが難解で小首を傾げるリムにそっとセバスチャンが耳打ちして概要を伝える。最近ではようやく自分の二つ名を認知してきたところである。

『ぼく、一人でお使いできるもの!』

 きゅっとへの字口を急角度にさせる。

『まことに、まことに』

『我らとて、黒白の獣の君ができぬと思ったのではございません』

『そのような些事はそやつにさせれば良いのです』

『ディーノも他のことをしていて忙しいんだよ。自分でできることは自分でやらなくちゃ!』

 普段、眷属にさせている魔神たちには耳の痛い話である。

 それに、魔神たちが難癖をつけたのはリムを雑事で煩わせまいという気持ちの他に、御用商人として島に出入りを許されていることへの嫉妬からである。現に、リムを始めとする幻獣たちに信頼されているのだ。実に腹立たしい。

「ディーノさんには本当にお世話になっているんです」

 何かあったらよろしくお願いします、とシアンが頭を下げたから、魔神たちは恐れ入る。

 ディーノは自分が呼ばれた理由が分かったような気がした。シアンはこれを言いたかったのだ。事あるごとに防波堤にならざるを得ない、それでいて立場の弱い自分の援護射撃をしてくれるつもりだったのだ。

 そしてそれは効果てきめんだった。

 殺気立つも、シアンに願われて魔神たちが否やと言えるだろうか。

『お任せを、花帯の君。今はこやつはわたくしの配下。何人たりとも手を出させはしますまい』

 ちゃっかりアピールする梟の王にシアンは礼を言って笑顔を向ける。

 シアンに微笑みを向けられた梟の王は頬を染める。常日ごろの傍若無人さを目の当たりにしているディーノとしては、口から魂が抜けていきそうな光景だった。

「ディーノさんとはきちんと対価を支払って買い物をさせていただいています。本日も沢山お土産をいただいたようで、どうもありがとうございます。島にしろ、館にしろ、もう十分に頂戴していますので、今後はご遠慮しますね」

 セバスチャンが貢物を食い止めていることを知らないものの、シアンは明確に断った。

 後に、魔神たちはディーノがシアンやリム、セバスチャン他、島の幻獣たちに信頼されているのを嫉妬しつつその評価を上げる。色々物資を持っていくのをずるいと言う者もいるにはいたが、御用商人としての業務だと冷然とセバスチャンに言い放たれていた。

 梟の王はワインを、虎の王はリンゴ酒を土産に持参していた。

 重複を避けたのかリムの好物そのものを持参する者はいなかった。

『リンゴはカラムのが、リンゴのお酒は黄色いリンゴのおばあちゃんのが良いんだよ!』

 幻獣たちが息を飲み、ディーノが思わず席を立ちかけ、虎の王が肩を落とす。

「じゃあ、いただいたリンゴ酒と味を比べてみようね。楽しみだね」

『うん、楽しみ!』

 シアンの言葉にリムの声も弾み、顔を見合わせて笑い合う。

 虎の王の表情が明るくなり、幻獣たちとディーノが安堵する。

 他の魔神たちは微笑ましげに見守る。

 その他に、珍しい果物、焼き菓子、美しい飴細工、綺麗な容れ物に入った蜂蜜などがあった。

『これはなあに? カボチャがしぼんじゃったの?』

 それは堅い凹凸のある表皮をしていた。そして、大きなアーモンド形だ。カボチャが凝縮された形と言えなくもない。

『カカオ豆でございます』

 リムが匂いの強い黒っぽい巨大な豆を矯めつ眇めつするのに、蛙の王があまりお気に召さないかと気づかわしげに答える。

「え⁈ カカオ?」

 顕著に反応を見せたのはシアンだ。

『シアン、知っているの?』

「うん、これで作るお菓子があるんだよ」

『どんなの?』

 ティオが首を傾げるのにシアンは笑う。

「チョコレートだよ。ふふ、ティオの好きな生クリームを入れたら一層くちどけが滑らかになるんだよ」

 今度作ろうね、というのにティオもリムも期待に満ちた笑顔を浮かべる。

『もしお気に召されたのであれば、ディーノに取り扱わせましょう』

 シアンたちの関心を引けたことに頬を染めながら、蛙の王が言う。

「ありがとうございます」




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