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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
322/630

5.強化

 

 幻獣のしもべ団の古参オージアスが退団した後、他にも抜ける者が出た。仕方がないことである。

 出て行く者がいれば、新たに入団した者もいる。

 ゾエ村異類たちは戦力向上に余念がなかった。

 ミルスィニとカランタというゾエ村の異類の血を引く者とその補佐をする者の入団は良い刺激となった。彼女たちは自分たちの力を知らないうちから、最大限に引き延ばす努力を行っていたのだ。カランタなどは徐々に視力が落ちるミルスィニの補佐を行い、立派にバディとして行動していた。

 ゾエ村の異能は衝撃波を発することだ。手の甲に浮かぶ痣から発するそれは相当な音をたて、対象を驚かせたり怪我を負わせる。中には、驚きのあまり気絶したり、心臓が麻痺することもある。

 ベルナルダンとアシルはガエルとエヴラールを巻き込んで、その異能をアレンジしようとした。

 衝撃波を網状に広げるといったことをベルナルダンが偶然に行い、一度できたのだからとあれこれ試行錯誤した。

 中々上手くいかないところを、カークの助言によって、魔法補助を用いることで可能になった。ゾエ村異類たちは異能を伸ばし使いこなすことにばかり着目し、魔法を使うということには考えが至らなかった。ちょっとしたことに用いることはあるが、どんな力も使うには訓練を要する。魔法を伸ばすくらいなら異能を伸ばすのが常だったのだ。

 しかし、異能操作に魔法補助を取り入れることで、衝撃波を網状に広げ、相手の行動を妨げることに成功した。

 当初、面の攻撃をという期待からは外れるが、これはこれで大いに役に立つ。

 狩りの獲物の自由を奪った際、ベルナルダンらは拳を突き合わせたりハイタッチをして喜んだ。

 その勢いのまま、弧を描かせることも考えたが、どうやっても勢いが落ちるだけなので、断念した。

 フィンレイとフィオン兄弟はブーメランを使いこなすのに熱中していた。

 この武器は薄手の手袋を着用することで使用を可能にした。

 殺傷能力のある武器が戻って来て、それを素手で掴むことなど自殺行為に等しい。

 そこで、幻獣が狩ったという海の魔獣の素材を融通してくれたのだ。グラエムの籠手のように強靭な防具になり得、伸縮性にも富み、実に使い勝手が良く、戻って来たブーメランを掴むことを可能にした。

 双子は今はカークのアドバイスに従って魔力を乗せることで軌道を複雑に変化させることに夢中になっている。あまり複雑にしすぎると制御できなくなる。そのため、最近、満身創痍だ。しかし、兄弟は実に楽しそうだった。

 まずは軽い枝で軌道の複雑化を試み、変幻自在に放り投げ、わんわん三兄弟たちがそれを追いかけ、捕獲が上手くなっていくという余禄までついた。

 アーウェルはスリングショットの改良に情熱を傾けている

 飛距離や精度は随分向上した。

 これはアーウェルが風属性であることが大きく影響している。

 それだけに、攻撃力に関して行き詰っていた。

「ない物ねだり、かなあ」

「鹿を仕留めておいて何を言うんだ」

「それは急所にうまく当たったら、だよ」

 冷静に返すカークに、アーウェルは唇を尖らす。

 優秀な密偵であるアーウェルはカークがベルナルダンらや双子たちに助言して成果を上げていることに気づき、己もまた助けを乞うたのだ。

 自身の能力向上もそうだが、戦闘指揮を執ることが多いカークならば、幻獣のしもべ団の中での果たすべき役割を教えてくれるのではないかという期待があった。

 カークは弱弱し気な風貌に関わらず毒を吐く。しかし、やる気があり、行動に移す者を見捨てない。

「どうしてもこいつで敵を倒したいというのではないんだけれど」

 シアンから譲り受けた、今では大切な相棒となったスリングショットを眺める。

 アーウェルは過去、黒ローブともみ合った際、狙われた女性が黒ローブに短剣を刺してしまったという出来事があった。

 その時のことを、敵を倒しきる力が己になかったからだと悔しい思いを抱えているのだと、カークは知っていた。それでもアーウェルは幻獣のしもべ団の中でのおのれの役割を果たすことを取ろうとしているのだ。思いきれない気持ちは誰でも持っている。

「そうだな。アーウェルは風属性だろう?」

「うん。流石はカーク。良く覚えているな」

 団員の戦力を把握するのは当然かつ重要なことだ。

「じゃあ、追尾能力をつけられるようにしたらどうだ?」

「追尾?」

「獲物をどこまでも追いかけていくんだ」

 怪訝そうな表情をしたアーウェルはカークの言葉が徐々に脳裏に浸透してきた様子で考え込んだ。むずむずと唇が動くところを見ると、その有効性に気づいたのだろう。

「相当難しそうだな」

 アーウェルは眉根をしかめて見せる。

「確かに」

「でも、やってみる価値はあるな! 障害物の隙間を塗っていくことも可能になるかもしれないし」

 にっと笑うアーウェルの言葉に、カークは内心舌を巻く。

 カークが示して見せた難解な出来事を飲み込み理解し、すぐさま派生する事象を考え付いてみせたのだ。

 飛び道具は遮蔽物に弱い。優秀な密偵であるアーウェルならばこそ、その弱点を熟知していたし、助言されたことからそれを補うことを考え付くことができたのだ。

 オージアスなき後、密偵技術では随一を誇るアーウェルは驕らず飄々としており、ともすれば侮られやすい。軽い言動のアーウェルを下に見る者はその程度の人間なのだ。

「フィンレイらに渡した手袋は使い勝手が良いようだ。アーウェルの分も作るから、グェンダルにサイズを申告しておいてくれ」

「やったね!」

 丈夫な装備があれば、改良の幅も広がるだろう。

 グラエムはご自慢の武器兼防具を使いこなすことに心血を注いでいた。

「目指すはベヘルツトさんの貫通力!」

「ベヘルツトさんの突進は、あの速度があればこそだぞ」

 気炎を吐くグラエムに呆れるカークはここでもまた捕まった。

「フィオンたちやアーウェルに教えてやったんだってな。俺にも良い策をくれ!」

 カークの何倍もありそうな掌を差し出して見せる。

「くれと言って、すぐさま出してやれるものでもないと思うが。そうだな、グラエムは炎の属性だろう? その籠手は亜竜の素材だ。魔力を乗せても耐え得るだろう」

「な、何ぃ⁈」

 グラエムの脳裏には炎を纏わせた拳を振り回す己の姿があるのだろう。

 にやつきながら早速鍛錬に励んだ。

 ところが、数日後、再び声を掛けられた。焦燥した表情だ。

「全くうまくいかない」

 やつれた姿なのは魔力を使いすぎたからだそうだ。

「ふむ。籠手は魔力に耐えられないというのではないのだろう?」

「ああ、それは全く! すげえ代物だ!」

「魔力も発動する?」

 籠手を自慢げに振り上げていたグラエムが途端に消沈する。

「発動はする。するんだが、全く籠手に纏わせることができない」

 実際やって見させたカークは、マウロとアーウェルに相談し、鸞に頼ることにした。

「正確にはユエさんに籠手の改良をしていただけないかと思っているんです」

「ああ、シェンシにどうすれば良いか考えて貰って、実際に手を加えるのはユエ、ということになるだろうな」

 カークの意見にマウロがその意図を読み取る。

「い、いやあ、でも、ユエさんってあのちんまい兎だろう? 人慣れしていないっていう。俺なんざ、一番苦手な部類の人間になるんじゃないか?」

 二人の言葉に、グラエムが途端に腰が引ける。

「じゃあ、先にシェンシさんに話を通して、シェンシさんの方から指示を出していただいたら良いんじゃないですか?」

 鸞と数回やり取りをし、自身のスリングショットの弾の中身のことなどでアドバイスを受けたことがあるアーウェルが言う。

「そうだな。それが現実的だろうな」

「頭、シェンシさんとユエさんにお願いしても?」

 カークの言葉に、グラエムが熱心にマウロを見やる。

「まあ、良いだろう。念のため、アーウェル、シェンシに会うときはグラエムに付き添ってくれ」

「了解!」

 鸞に会うことができて役得だとアーウェルが喜び、グラエムはいつ会えるのかとそわそわする。

 そうして、グラエムは幻獣たちの力を借りて籠手に魔晶石をつけて貰い、そこに魔力を込めることで籠手全体を燃え上がせることを可能にした。

 希少な魔晶石、それも島で採掘したものを用いたというのに、他のしもべ団団員たちが羨ましがった。

 そこで、魔力が通りやすいよう、双子のブーメランにも取り付けてくれた。

 返ってきた際にしっかり持ち手で受け取らないと大変なことになるので、一層鍛錬に励んだ。

 フィンレイとフィオン兄弟の属性は大地であり、力加減はお手の物である。アーウェルみたいに精度を上げることはできないが、ブーメランの軌道を操作するには打ってつけである。

 双子の武器改良にわんわん三兄弟が口添えしてくれたと聞いて、励まずにはいられなかった。

 リベカもまた、鍛錬に真剣に取り組んでいる。

 彼女もグラエムと同じく、炎の属性だ。

 こちらはそつなく魔法補助を使いこなしている。放った短剣や矢が被弾する際に炎が燃え上がるようになっていた。

「ちっ、私も不器用だったら、シェンシさんに相談することができたのに」

 この時ばかりは自分の小器用さが恨めしい。

 その小器用さを活かす方向性で色々考える。

 やってみれば実に有効的だ。

 かすっても炎が上がるので、意識を逸らすことができる。そこに第二弾が被弾する。炎には人や獣は無意識に恐れを抱くものである。切りつけられると肉や装備の革製品が焼ける嫌な臭いがするのも対象の焦りを誘発することができる。

「リベカは本当にやる気を出せば有能だな」

「そのやる気を出すのが難しくてね」

 カークの言葉に肩を竦めて見せる。ふざけているのではなく、本当にちょっとやればそこそこの成果を出すのだから、中々やる気が起きないのだった。

 少し前までは。

「この島にいるだけで魔力が高まると聞いて眉唾ものだったけれど、実感するよ。しかも全属性全てなんてね。今まではできなかったこともできるようになった。どうやってやろう、と考えるのが楽しい。それに、うかうかしていたら、みんなに置いて行かれそうだしね」

 鍛錬に励む幻獣のしもべ団団員たちを見渡してカークが頷く。

「やる気になっているところに水を差すようだが、頭からの任務だ。ちょっと来てくれ」

「出番が来たね」

 リベカはにっと笑った。

 ディランは亜竜の素材で作られたマントを捌くのに集中している。

 薄っすら輝いて見えることから、魔力を乗せているのだと知れる。

 カークの後ろから口笛が聞こえる。

 腰に片手を当てたリベカだ。

「ディランは光属性だっけ。中々様になっているじゃないか」

「ディラン、腿当てとブーツが出来上がっているから、後でグェンダルから受け取ってくれ」

「もう、大分捌けるようになったんだがな」

 ディランはやれやれと言わんばかりに息を吐く。

「だとしても、魔力を乗せれば威力が増す。念のためだ。兄貴に心配を掛けたくはないだろう」

 カークがディランの弱点を突いて見せたが、まあなと笑って受け入れる。そうやって自身の弱い部分も平然とさらけ出せるところがふてぶてしい。

 それは陰質なところのない爽快感すら感じさせる憎たらしさだ。

「頭の任務ってのは私とディランに?」

「そうだ。二人には魔族の国へ行って貰いたい」

「ああ、一度しっかり偵察を入れておいた方が良いだろうからな。今時分なら打ってつけだ」

 カークの言にディランが真意を測り頷く。

 近年、活性化した魔族とは、幻獣のしもべ団もディーノを通して交流があった。島で得る希少な素材を売り、それら素材によって作られた武器防具屋道具などを買っている。

 島の素材はディーノに任せた方がよいとセバスチャンに勧められたのだ。希少な代物だけに、下手に市場にを出せば目をつけかねられない。

「魔族によってある程度浸透していったら、何らかの切り札として出すのは効果的かもしれんな」

 世俗に長けたマウロはにやりと笑ってそう言っていた。

「兄貴やリム様のお陰で我々幻獣のしもべ団に魔族は非常に友好的だからな」

「団長はナタに行っているんだっけ?」

「ああ。だから、魔族の国はお前らに任せると言っていた」

 魔族はそれまで多種族と積極的に関わろうとせず、入国審査が厳しかった。それだけに、その独特な文化様式を知らぬ者が入国すれば相当に目立つ。

 マウロはディランとリベカなら、魔族の国でもそつなく振る舞い、様々な情報を持ち帰るだろうと踏んでいた。

 マウロの期待が分かるだけに、ディランとリベカは気を引き締めて出掛けて行った。

 彼らは知り得るはずもなかったが、魔族たちは心情的に準幻獣のしもべ団団員だった。それは、闇の神である魔神たちですらすべからく、である。





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