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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第七章
320/630

3.準備2

 

 リムはシアンに言われた通り、彼の不在時には大きくなって歌の練習をした。島にやって来てから、幻獣たち手下である幻獣のしもべ団たちが頑張っているのだから、と自分も大きくなる特訓を重ねて来た。

 そのため、大きくなることは無理なく行えた。その後に長時間の睡眠を要することも魔力不足になることもない。島に魔力が横溢するお陰でもあった。

 歌っているとティオがやって来て、太鼓を鳴らしてくれた。

 歌い終えた後、そっとティオに顔を寄せる。頬を合わせると、いつもは大きいと感じる鷲の顔が今は随分と小さく思える。

 ふふ、と鼻で笑う息でティオを吹き飛ばさないように配慮する。

 大きくなってもティオに甘える仕草は体の大小に関わらず、リムは可愛い弟だとティオに実感させた。

『大きくなったら、ぼくの方がティオを背に乗せられるね!』

『そうだね』

『じゃあ、今度はティオがぼくの背の上で走り回る番だね!』

 楽しげに言うリムに戸惑う。ティオはドラゴンの背の上を走り回りたいとは思わない。

『嫌なの?』

 大きくなっても相変わらずのへの字口がリムらしい。

『そういう訳じゃないけれど。でも、リムの背の上で日向ぼっこをするのも良いかもね』

『うん! シアンと一緒にお昼寝しよう!』

『リムの上で?』

『そう! ぼくの上で!』

 顔を見合わせてうふふと笑う。

 結局、大きくなっても、姿が変わっても、リムはリムのままだ。大切なことは一つも変わらない。

 その強さが眩しかった。そして、自分もその眩しい途を一緒に飛んで行きたい。きっと、それは心躍る新しい発見の連続なのだと思う。



 セバスチャンにお茶会に出す料理についてアドバイスを求めたら、リムが好きなもので良いと言われた。魔神の好みを確認したのだが、確かにリムの好きなものに興味を持つかもしれないと頷いた。

 リムの好きなもの。

『リンゴとトマト!』

「そうだな、リンゴを沢山使おうね。あ、お菓子ばっかりでもなんだし、食事も出そうかな」

「キュア!」

『そう来ると思って、カラムから野菜と果物を沢山貰ってきておきました。シアンちゃん、調理をお手伝いしますよ』

「ありがとう、きゅうちゃん」

『お肉、食べちゃったの』

 長い首を垂れさせて上目遣いをするのはティオだ。

 ティオと一角獣は肉を狩ったのだが、シアンがしばらくログインできない間に幻獣たちの食料となったそうだ。

『繁殖期だからと控えめに狩られたのです』

 幼子を連れた魔獣を、自分たちが生きるため以上に狩ることはできなかったのだとセバスチャンが代わって説明する。

「そっか、ふふ」

 シアンはティオの首筋を撫でる。ティオは目を細めシアンの頬に自分のそれを寄せてくる。

「料理の方はユルクとネーソスが狩ってきてくれた獲物があるから、それで十分だよ」

 シアンは早速料理に取り掛かる。

 塩コショウした魚の両面を焼く。

 リンゴをすりおろし、水気を切り、鍋に入れ、白ワイン、ヨーグルト、生クリームと砂糖を加えて火にかける。水分をとばし、バターを加えて塩コショウする。更に敷いて、その上に飾り用のリンゴを細切りにしたものを散らし、魚を乗せ、更に上に炒めて色づかせたアーモンドを振りかける。

『わあ、リンゴと魚!』

『意外と合う。生クリームが良い働きをしているね』

『これ、味噌を入れても良さそうですな』

「ああ、この魚は味噌と相性が良いからねえ」

 幻獣たちと味見をしながら意見を交わし合う。セバスチャンも美味だと太鼓判を押してくれる。

 次の料理に取り掛かる。

「淡泊な白身魚が続くから次は濃厚なソースで」

 塩コショウした魚の両面を焼く。ワカメを炒めて水とワインを加えて煮る。水分を飛ばして練りウニ、トマトピューレ、生クリーム、砂糖、塩コショウを加える。

 皿にソースを敷いて魚を盛り、香草を散らす。

『あっ、トマトだ!』

『生クリームも』

『まあ、結局こうなるんですねえ』

「ふふ、やっぱりトマトと生クリームだよね。リムとティオの好きなもの。楽しんで貰えると良いね」

「キュア!」

「ピィ!」

 リムとティオが揃って返事をする。

『しかし、これはお茶会にこうもがっつりしたものが重なると相応しくないかもしれませんね』

「うーん、そうだね。じゃあ、間に爽やかな口直しを」

 シアンはリンゴはリンゴでも青リンゴがあるのを見つけ、フルーツポンチにすることにした。

 リンゴは皮をつけたまま、キーウィフルーツは皮を剝いて拍子切りにする。

 鍋にキルシュと水、ライムの果汁と砂糖を入れて煮立て、少量の水で溶いた片栗粉を加えてとろみをつける。火から下ろし、粗熱を取って、ライムやミントを加えて冷ます。

 リムが青リンゴを楽しげに見やりながら冷ましてくれたのとフルーツを混ぜてしばらく置く。

 それらをガラスの器に盛り、ミントの葉を飾る。

『わあ、爽やか!』

『さっぱりしているね』

『見た目も涼やかですな』

「口直しに丁度良いね」

 シアンらがああでもないこうでもないと言い合う傍らでセバスチャンが手早く器具を洗っていく。

 そこにリムが匙に掬ったフルーツポンチを差し出す。

「キュアー」

 口を開けて見せる。

 家令が固まった。

「す、済みません。リム、駄目だよ」

『でも、親しい人にはしても良いって言っていたよ?』

 シアンが慌てて窘めると、リムが小首を傾げる。

『セバスチャンはもはやリムの中では親しい人なんだよね』

 九尾の言にリムが頷く。

『セバスチャンも味見!』

 そこまで言われて家令が否やと言えるだろうか。

 果たして、形の良い唇を開き、リムが差し出す匙から食べた。

『セバスチャン、どう?』

『大変美味しゅうございます』

『うふふ。美味しいって!』

 セバスチャンに笑い掛け、シアンたちの方を嬉しげに振り向くリムと、整った相貌を幸せそうに緩ませる家令に、これはこれで良いのかなと得心するシアンだった。闇夜に浮かぶ冴え冴えとした月のような家令を和ませることができるのだからリムはすごいな、などと思うシアンもまた、セバスチャンの癒しであるのだが自覚はない。

「さて、こちらも茹で上がったかな」

 ぴくり、と九尾の耳が動く。

「今度はきゅうちゃんの好きなものを使おうね」

『おお! 待ってました!』

 茹で上がった栗を温かいうちに二つに割って中身をくり抜く。荒く潰し、卵黄、牛乳、砂糖とともに火にかけ練る。とろみが出たらブランデーを注ぐ。

 栗の処理はリムと九尾、セバスチャンが手伝ってくれ、鍋はティオが嘴に挟んだ木じゃくしを器用にかき混ぜてくれた。

 シアンは更に、リムの手を借りながら空気を含ませながら小麦粉を篩い、牛乳と砂糖、卵、バニラエッセンスに溶かしバターを加えて混ぜる。

 このタネを軽く焦げ目をつけて薄く伸ばして焼く。

 このクレープをまたリムが冷やし、鍋で作った栗ペーストを包んで成形する。

 生クリーム、ヨーグルトと粉砂糖を混ぜ合わせ、切り分けたケーキの上からかける。

『ふおおおお! これぞ、正しく黄金菓子!』

『美味しいね!』

『生クリームは甘いものにも合う』

 見た目も美しく、矯めつ眇めつした後、一口食べ、九尾が雄たけびを上げる。

 リムが口いっぱいに頬張って咀嚼し、ティオは重々しく頷く。

「次は本当はとても難しいタルトなんだけれど、簡単に作っちゃおう」

『どんな風に?』

 ティオが小首を傾げるのに、早速料理に取り掛かる。

 空気を含ませながら振るった小麦粉、砂糖、卵、溶かしたバターをよく混ぜ合わせ、バニラエッセンス、生クリームを加えて更に混ぜたものをパイ皿に乗せ、水をつけた鏝で均等に伸ばしていく。その上にラム酒であえた櫛切りにしたリンゴを隙間なく敷き詰める。

 オーブンで焼き、冷まし、カラメルソースをかける。

「ソースは熱いうちに線を引くように満遍なくかけるんだよ」

『やりたい!』

 ぴっと片前脚を上げるリムに任せる。

 リムが真剣な表情でソースを掛けるのを集まって来たわんわん三兄弟が応援する。

 その賑やかな声や料理の匂いにつられて厨房に顔を覗かせた幻獣たちと味見し合った。

 みな、美味しいと言い、笑い合う。

 幻獣たちはこの島と館での生活を好んでいた。だから、彼らはそれらを与えてくれた魔神に礼をしようとするシアンを積極的に手伝った。

 準備は整った。

 後は、お茶会の日を待つばかり。





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