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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
316/630

72.研究成果  ~また忘れていたんですか/特訓の成果~

 

 廊下を歩いていたシアンは、風の精霊が鸞が風の魔法で言葉を運んできたと言うのに目を見開いた。

 プレイヤースキルでいう遠話のようなものか。

「すごいね、そんな風の魔法があるんだね」

『送信者受信者共に相当な熟練者でかつ相応の魔力が要求される』

「僕にはそんな魔法は使えないけれど……ああ、それで英知が教えてくれたのか」

 言いさして結論付けるシアンに、風の精霊はふ、と苦笑する。

『いや、君にも使える。ただ、私が傍にいるのでいち早く気づいて驚かないように声を掛けた』

「えっ、僕にも風の魔法が使えるの?」

『精霊王の加護だ。得た属性全ての魔法が使える』

 つまり、シアンは全属性の魔法が使えると言うことだ。

 九尾がここにいれば、何を今更とでも呆れただろうか。

 驚くのはひとまず後にすることにして、シアンは風が運んできた鸞の伝言を聞く。

 耳元で確かに、鸞の声が聞こえる。

 肩に乗っていたリムは、研究室にシアン一人で来てほしいという鸞の伝言を告げられ、そういうことなら、と庭遊びに外に飛び出した。

 最近ようやくシアンの長期不在の寂しさが薄れたようで、気持ちが安定している。

 この先、春もシアンは忙しくなるものの、リムは魔神の茶会に向けて、大きくなって歌を歌う練習がある。課題をこなすうちに気も紛れるだろう。

 やって来た研究室はしんと冷たい静謐さに満ちていた。

『呼び立てて済まなかったな。ここなら他の幻獣があまり訪ねてくることもなかろう』

 鸞はマティアスが非人型異類を操るのに用いた植物を分析した結果がある程度予測できたと話す。どういう風にして作用して意のままに動かすことができたのかについて語る。

『結論から言うと、美味しそうな匂いに導かれたのだ。空腹時に美味しそうな匂いに釣られて動物としてはつい、ふらふらと近寄って行ってしまうものだ』

 シアンの脳裏に料理をしている際、幻獣たちがそわそわと落ち着かなくなる姿が思い出される。確かに、匂いは本能を強く刺激する。

 だけど、あの非人型異類をおびき寄せたように、遠方から呼び寄せるほどのものだろうか。

『人でもあろう。興奮剤、抑制剤。特定の非人型異類に同じような作用をもたらす薬草なのだ。そして、吾がシアンを呼び寄せたごとく、マティアスが風の魔法を使ったとしたら』

 シアンははっと息をのむ。

 先ほど、鸞は風の魔法でシアンに意味のある音を伝えた。それでシアンはこの研究室まで来た。

 同じように、マティアスが風を使い、非人型異類の元に何らかの精神を引きつける物質を運び、誘導したとしたら。

『それで、その』

 鸞は言いにくそうに口ごもる。

「どうかした?」

『いや、その、九尾がシアンは精霊王を頼ることをしないのは聞けば答えてくれる、言えば解決してくれるという意識がないからだと言っていたのだが』

 鸞の言葉にシアンは思わず赤面する。自分の気が回らなさでよく九尾に呆れられていた。

「う、うん、そうなんだよ。だから、きゅうちゃんにも良く助けられているんだ」

『そうか。いや、シアンは何らかの意図を持って精霊王の力に頼らず、自らの、もしくは仲間の力を持ってして事をなそうとしているのかと考えてな』

「そうだね。確かに、自分たちでできることは自分たちでやった方が良いと思う。でも、別に何かの制限があったり力を借りないでおこうとしている訳ではないんだよ。ただ、本当にきゅうちゃんの言う通り、あまりに力がありすぎて、ぴんと来ていないんだよ。だから、身近なことしか頼まないでいるんだ。そうそう、大きなことを頼むこともないけれどね」

 かまくらや温泉は大ごとだったと話すシアンに、鸞はそうかと頷いた。

『なるほど、そうか。いや、な。吾が時間を掛けて調べた今回のことなぞ、風の精霊王は既知のことだろうに、と思ってな』

「あっ」

 シアンは声を上げたきり、絶句した。

 鸞はやはりか、という表情を浮かべた。それは、シアンがステータスを確認しないあまり、水の精霊の加護を得たのを知るのが随分遅れた際、九尾が浮かべた表情と酷似していた。

 言われてみれば、風の魔法であるならば、風の精霊が熟知していたことだったろう。

 マティアスが用いた薬草を、粉末状で風に舞っていたものから言い当てることができるほどなのだ。どうやっておびき寄せたかなど、鸞の言う通り、既にその場で知っていたはずだ。

 シアンは自分の迂闊さ加減に辟易しつつ、そっと風の精霊を見やる。

『ああ。シェンシの言う通りだよ。マティアスは風の魔法を使って薬効成分を届け、おびき寄せた。あの時から知っていた』

 あっさり言われて項垂れる。

 自分が精霊たちの力を活かし切れていないことを再確認する。

 でも。

『今後はその場その場でこちらから言おうか?』

「ううん。いいよ。それは自分で気づくべきことだもの。何でもかんでも君たちに頼っていたら、僕は本当に何もできなくなるし、何も自分で考えられなくなる。それに、そうやって転ばぬ先の杖をして貰っていたら、僕はこの世界を僕自身の感じ方で感じられなくなるからね」

 今だって十分に先んじて助けて貰っているよ、といって笑うシアンに、風の精霊も微笑み返した。

 その表情に、風の精霊は答える前からシアンが言うことを知っていたのだと知る。

 シアンは何も巨大な力を偶然に近い境遇で得たことに罪悪感や義憤、公平感といった類の感情によってそうしたいと思ったのではない。

 ティオやリム、その他の幻獣たちが、カラムやディーノ、ニーナといった者たちが自分たちの力で生きるのと同じように、この世界で過ごしたいだけだ。そうすることで、世界の様々な事象を分かち合い、今までやってきた。

 いわば、しっかりとこの世界と向き合いたいのだ。ルールを無視した力を盾に上澄みのおいしい思いだけして、申し訳程度の苛酷さだけを体験して、この世界の深淵に何一つ触れず、楽して過ごしたいとは思ない。

 だから、幻獣たちが狩って来る獲物を、血と脂にまみれて解体し、料理をする。

 それが他者の命を奪い、自分の糧にすることだ。シアンには幻獣たちのように他者を狩ることはできないが、調理することはできる。役割分担だ。

 面倒でも手間でも汚くても臭くても、生きていくために幻獣たちはそうする。だから、シアンもこの世界で生きていくために料理をする。

 ネーソスが幻獣のしもべ団団員の足を引きちぎった時も、彼らには彼らの行動規範があるから、無暗に人間を害してはいけないとは言わなかった。それをしてしまえば、ネーソスはいずれ人に殺されるだろう。もしくは、仲間が人間に害されるのを目の当たりにしただろう。彼らには人間がどんな時にどんな風に自分を害するのか、理解が及ばないからだ。だから、厚意か害意かは分からない。そこを汲めと言われても難しい。

 同じ人間同士でも、それは分からないだろう。

 価値観と文化が異なる幻獣ではなおさらだ。

 自分は恵まれていると思う。

 そうやって世界と向き合って、過分な力は不要としているものの、精霊たちは色々してくれようとする。そして、それを、シアンは拒否しようとは思わない。

 シアンもまた、精霊たちのために何かしようと思う。料理や音楽だったり、話を聞いて心の憂いを晴らすことなどだ。シアンにはそれくらいしかできない。

 シアンは知らぬことだが、精霊たちにとっては、かけがえのないものだった。

「色々調べてくれてありがとう、シェンシ。君も言っていた通り、精霊たちに聞けば、すぐに事情は分かるんだろうね。なのにわざわざ時間と手間暇を掛けるのはナンセンスかもしれない。それは人それぞれの考え方だから、やりたくなくなることもあると思う。だからね、君がそう思うのなら、これ以上調べてくれなくても良いからね」

 便利であったり、強大であったりする力があれば使ってみたくなるものだし、実際そういったものをうまく使いこなせる者はいるだろう。シアンはそれを否定したりしない。ただ、シアンはしないというだけだ。人それぞれである。

 寄生虫異類に関しては、その活動を感知し次第、精霊たちが動くと言っている。世界の管理者として、看過し得ない存在だからだ。

 だから、シアンとしては寄生虫異類に関することを問題視しつつも、そう深刻に捉えていないのだ。

 ただ、黒ローブたちとマティアス、引いては寄生虫異類がどのように関与してくるかは危惧するところではある。

『いや、実に興味深いものだ。他者が作り出したもの、その思考をトレースするというのは。できれば、そのまま続けさせて欲しいものだな』

 シアンは非道な人体実験を繰り返していたようなので、それは念頭に置いておいてほしいと言いつつも、鸞の言を受け入れた。

「それにしても、そんなに影響力があるものなんだね」

 今一つ、誘導されるということに理解が及ばないシアンに、鸞はでは実際作ってみよう、と提案した。

 マティアスが用いた薬草とは異なる、人間用に違う植物を用いる。

『常習性があるものではないが、害がないとは言えない。だから、一度だけ、身をもって感じてみるのも良いかもしれぬ』

 ナイフの鋭さも、実際触れてみなければ分からないから、と差し出した小皿に入った粉末状の緑掛かった粉をシアンは小指につけて舐めてみる。

『ふむ、シアンには効かぬか』

 風に舞い上がらせて吸い込ませるか、と鸞が翼をたわめる。

『闇のの加護があるから、精神はこの上なく安定している。その薬の薬効を得てみたいのなら、闇のの力を弱めて貰うと良い』

 風の精霊が教えてくれた通りに闇の精霊に力を緩めて貰う。

 先ほどと同じく舐めた途端、軽い酩酊感の狭間に強い吸引力を感じた。吸い寄せられるとはよく言ったもので、抗っても体が勝手に動く。そして、体の奥でそのまま身をゆだねたいという思いが沸き起こる。脳裡の冷静な一部分は懸命に反発しようとする。水の中でもがいているかのように迂遠でもどかしい。

 シアンは闇の精霊を見た。と、不意に体が軽くなる。

「ああ、すごい威力だったね」

 これほどのものなら、もし、幻獣のしもべ団も影響を受けたらひとたまりもない、と心配になる。

「シェンシ、この人間に作用する植物というのは広く知られているの?」

『いや、吾もこの館の蔵書から知ったのだ。知る者はごく僅かに限られようよ。ここには人の言う神秘書が数多く保管されている』

 諸書に通じると言われている鸞らしい台詞だ。この島での暮らしを気に入ってくれているようで何よりだ。

「ああ、それにしてもすごかった。幻獣たちの悩みを聞いた時も、誰の声か分からないようにして貰ったんだけれど、その時も強烈な違和感を感じたよ。人間の感覚、知覚を封じられたり操られたりするのは、本当に凄まじい力だね」

 シアンがため息を吐くと、闇の精霊がもじもじする。

『あ、あの、勝手なことをしてごめんね』

 と断って、実はもうすでに寄生虫異類や精神力に影響のある薬効などから保護しているというのだ。

「ありがとう、深遠」

 これもまた先んじてシアンのためにしてくれていることなのだ。

『幻獣たちは高度知能を持つし、様々な耐性を持つ。問題は人間たちだな』

「そうだね。特に自由な翼のみなさんはあちこちに出入りすることが多い。人と接することも多分にある」

『彼らも保護しているよ』

 シアンに関係する者たちに手を伸ばしてくるのは考えられることだから、と闇の精霊は答える。

「ありがとう。でも、自由な翼のみなさんは複数いるのに、そんなに力を使って大丈夫なの?」

『闇の精霊王だ。その力は全人類の精神にも影響を及ぼせる』

 闇の精霊に代わって鸞が答える。精霊たちはシアンのために何かしようという幻獣たちに声を拾えるように調整するようになったので、鸞もシアンたちのやり取りを聞くことができた。

「そんなに?」

『うん』

 驚くシアンに、闇の精霊は事も無げに答える。

 でも、友人である初代魔神を失った精神的苦痛のさなかに全魔族を救うのはなかなか困難だったという。

 十全な状態でなければ、精霊たちも存分に力をふるうことができないということだ。

 シアンは改めて、彼らの助力に感謝するのだった。



「今日はシェンシが好きな豆腐料理を作ろうかな」

「キュア?」

 鸞はそれが自分が色々と苦心して調べたことへの、シアンの労いだと分かった。

『ふむ、では吾も手伝おう』

「お肉も入れるからね」

「ピィ!」

 ティオが嬉し気に鳴く。

 ティオと一角獣が狩ってきた四つ足の獣を捌き、一部を薄切りにする。残りはもっと厚みを持たせて切り分け、焼き肉にする。

 そちらは九尾やカランに任せる。

 ユエはフラッシュと工房に籠っている。

 薄切りした肉の片面に塩コショウし、強火で両面に焼き目をつけ、取り出す。

 その間、リムはニンニクを潰す。それを肉を取り出したフライパンで炒め、切り分けた豆腐とタネを取った鷹の爪、おろしショウガ、醤油、みりん、酒を入れる。

「豆腐が崩れないように注意してね」

「キュア!」

 リムが器用にフライパンを操る。

 その間、シアンはキュウリを千切りにし、長ネギを小口切りにしておく。

 豆腐は調味料と馴染んだら火から下ろし、肉の上に掛け、さらにキュウリとネギを添える。

『ほう、ピリ辛の味が肉とも豆腐とも合うな』

『シアン、辛い物は廻炎が好きだったよね』

「そうだね。呼ぼうか?」

『うん!』

 呼び出された炎の精霊は料理を振舞われ、かつ、ちゃっかり焼き肉の火加減を見させられていた。

 役に立つのもまんざらではなさそうだったので、良しとする。



「また幻獣が増えたんだって?」

「シアンは幻獣に好かれるんだなあ」

「九尾はどこだ?」

 順に、ベイル、キャス、アレンの言である。

 忙しい時期を迎えつつある最中、ようやく取れた休みの日、フラッシュパーティはフラッシュ含め、ダレルとエドナがログインすることができなかった。

 それでも、ゲーム内で存分に楽しみたいと思う彼らはフラッシュから聞いていた新しい幻獣を遠目にでも見たいと言ったのだ。特にベイルの熱意がすごく、アレンは九尾に会いたいがために、キャスは幻獣のしもべ団と交流したく、意見が合致したというのである。

 シアンは連絡を受けていた時間に彼らを転移陣の間まで迎えに行き、幻獣たちが遊ぶ庭へ案内した。

 アレンはシアンの隣を歩きながらも、視線を彷徨わせて九尾を探す。

「あんなに崇めているアレンよりも淡々と何てことない風に言うシアンが全部持って行くんだよなあ」

「流石はシアン。幻獣の心をつかんで離さない」

「そう言えば、知っているか。プレイヤーの多くは冬の寒さからせっせと南下したそうでな。面白いエリアを見つけたらしいぜ」

 何でも、エルフの村がある森なのだそうだ。

 シアンはそこで、エディスの街で何度か話しかけられた女性のことを思い出す。後からディーノから教わったところ、彼女はエルフの薬師なのだそうだ。シアンのようなにわかに薬を作成しているのではなく、世界を放浪して薬草の植生をつぶさに研究しつつ、薬を調合するのだ。ちょうど、貴光教の聖教司ロランのように。

 ニカの商人が黄金に匹敵する情報を与えてくれた際、彼女の話も聞いた。

「エルフの森か」

「お、興味があるか?」

 シアンの呟きに、キャスが反応する。

「シアンは楽器を演奏するものな」

「エルフも音楽をするのですか?」

 アレンの言葉にシアンは首を傾げる。

「あれ、知らなかったのか? 大体、エルフは音楽や弓、魔法を得意としているって話だぜ」

「この世界のエルフもそうらしい。ただ、エルフの森ではそれだけじゃないんだ」

 キャスとアレンの言葉に、寡黙なベイルが頷く。

「と言うと?」

「まあ、シアンも興味があるなら行ってみると良い。君にはティオという優れた移動手段があるからな」

 彼らもこの先、時間を作ってエルフの森を目指すらしい。

『シアーン』

 リムの呼び声に導かれるままにそちらに向かう。一角獣にユルクとネーソスを連れて来て貰うよう頼んでいたのだが、他の幻獣たちと庭遊びをしていたはずだ。

 角を曲がると、そこには幻獣たちがずらりと横一列に並んでいる。

 リムがどんぐり眼とへの字口に力を入れ、ティオの嘴と一角獣の角が陽光を弾き、わんわん三兄弟は表情を引き締め、麒麟はいつもの通り穏やかに佇み、鸞は姿勢正しくあり、ユルクは鎌首をもたげ、ネーソスはその傍らで泰然とし、九尾とカラン、ユエはそれぞれ悠々と、眠そうに、腕組みをして後ろ脚立ちし、リリピピはちんまりと立つ。

 九尾の姿を見つけたアレンが破顔し、数多の幻獣たちにベイルが目を輝かせ、キャスは何が始まるのやらと腕組みする。

『いくよ!』

 リムの掛け声に、チャッ、と音がしそうなほど、迅速な仕草でそれは行われた。

 額の脇、こめかみ部分に前足を当て、敏捷に振るのだ。

 ティオや一角獣、麒麟はその長い首をやや下げ気味にしつつ、他の者たちと同じく前足をこめかみ付近に沿えて、素早く振る。ネーソスもこの時ばかりは素早い動作で太い前足を振る。

 一列に並んだ高位幻獣たちが真剣な顔で行うその動作はある意味圧巻だった。

 イケメンポーズである。

 でこぼこな背丈の順で並んだ彼らはイケメンポーズの動作もまた多様だった。

 鸞は鍵爪のついた細い指をきちんと揃えて振る。脚は非常に柔軟に高く持ち上がる。

 リリピピは鸞ほど器用ではなく、指の形に気を取られながらも素早く振る。

 麒麟と一角獣は互いに蹄を持つ者同士、息の合った動作でさっと振る。

 ユエとカランは器用に動かすことができる指を二本立てて振る。角度も申し分ない。

 わんわん三兄弟はやや体がよろけるが、振ることができて満足げだ。振り上げた角度もユルク並にばらばらだが、それでも満面の笑みを浮かべている。

 ユルクはまだ高確率でまっすぐに尾の先を振ってしまう。

 ネーソスは普段の動作からは驚くほどの素早さで振る。太い足がゆっくり動くのを密かに可愛らしく思っていたので度肝を抜かれる。

 リムは力みすぎで滑らかさのない角ばった動きをする。

 逆にティオは鍵爪を上に向けて軽く指を曲げ、スナップのきいた動きが非常に渋い。

 九尾は自身が考え付いたというだけあって、最もスタンダードなお手本の動きをしてみせる。

 それぞれ格好良く、可愛らしかった。

「おお!」

「すげー……」

「⁈ ……! ……!」

 感嘆の声が漏れる。ベイルなどは言葉もない様子だ。

「シアン、これは?」

 キャスが面白そうに笑いながらシアンの方に首を捻る。

「いえ、僕も個々でしているのは見たことがありますが、皆揃ってというのは初めて見ます」

 目を見開いて幻獣たちを見つめながら答える。

 が、すぐに破顔した。

「みんな、格好良かったよ! すごく揃っていたね」

 言いながら彼らに近づくと、わっと周囲を取り囲まれる。シアンの称賛に、嬉し気だったり、誇らし気だったり、達成実感に満ちた表情を浮かべたり、他の幻獣と顔を見合わせて笑い合ったりしている。

 イケメンポーズは初めてして見せた九尾にシアンが褒めたことから、自分も褒められたい、シアンに良く見られたいという思いからリムもやりたがった。それが幻獣たちにも伝播した。

 彼らはシアンが好きだった。好きなものから良く思われたいから、そう努めた。好きだから、役に立ちたいと思った。好きだから、大事にした。

 とてもシンプルだ。

 けれど、その構図が歪に歪んでしまうことはままある。

 シアンは自分のことを慕う幻獣たちの気持ちを汲み取り、自身もまた自分なりの気持ちの表し方で大切にした。

 彼は自覚のないままに、精いっぱい愛していたのだ。

 木の芽時、水が温み草萌えが始まる美しい庭で、シアンは幻獣たちと賑やかに過ごした。

 それはまさしく、この世のものとは思えない稀な光景だった。



  

   言葉にできない驚きの連続

   手の届かない夢なんかじゃない

   その背を追いかけ新たな地平を越えて

   どこまでも行こう

   きっと思いもよらない眺めを見ることができる



 このゲームは親会社の製薬会社が人の脳波パターンを取るために出資して作られたものだ。

 そのため、他のゲームのように作り込まれておらず、異世界でその文化に合わせて活動することとなる。

 地球と同じ成り立ちを持ち、そこにファンタジー要素を付け加えられた世界である。幻獣や魔獣、亜人といった存在、魔法や魔力といったもの、そこから派生した魔道具など、そしてスキルという異能である。

 まさしく、ファンタジー世界の異世界旅行を楽しむためのゲームだった。

 戦闘や冒険者ギルドと言った土台は作り上げられていたが、プレイヤーたちは中世ヨーロッパの世界を自力で旅しなくてはならなかった。

 そして、製作会社も意図しなかったが、異能を持つ者は異類と呼ばれるようになり、一部の者は忌避した。

 製薬会社としては、死に戻りといった事象で脳にどういった影響が与えられるのかといった貴重な症例を得ることができたことで、出資分を十分に回収できたと言える。

 異世界でプレイヤーがどういった活動をするかまでは管理していなかった。

 ワールドストーリーもクエストもなく、自分たちがどういう行動をするかを取捨選択する必要があった。その自由がある反面、明確な指針がなく、一般的なゲームに慣れ親しんだ者には拍子抜けする代物だった。

 それでも、中には珍しい幻獣を騎獣にして名を挙げ、英雄とまで呼ばれた者もいた。羨望の眼差しの中、当の本人は至って異世界旅行を楽しむだけだった。







   獣になりたかった。力を持つ獣に

   獣があなたに愛される様が羨ましかった



   憐れんでください憐れんでください

   憐れんでください、清浄な世界を作るために不要なものを排除することを



    その慈しみを些少なりとも自身へ向けてください





6章完結しました。

長い間、お付き合いいただきありがとうございました。

7章もよろしくお願いします。


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