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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
313/630

69.吹雪の日の楽しみ ~卵が牙に!の巻/外出禁止、見張るもの!/ひっつきリム~

 

 回雪が音を立てて吹き付け、居間の壁一面のガラスを揺らす。

 その日は吹雪き、シアンは幻獣たちと室内で過ごした。

「こういう日にこそ、煮込み料理をしようかな」

『肉の角煮が良い。トロトロのやつ』

『ビーフシチュー!』

 シアンの呟きを拾い、ティオがリクエストし、リムが胸を張ってふんすと鼻息を漏らす。

「ふふ、角煮とビーフシチューだね」

 圧力鍋も良いが、居間には暖炉に火が入っている。そこに大鍋をかけて肉を柔らかく煮込むことにした。

 まずは、角煮の下ごしらえである。

 スライスしたショウガと鷹の爪、醤油とみりん、出汁、酒を混ぜ合わせたものへ豚肉を漬け込んでおく。

「さて、角煮はこれでしばらく置いておこう」

「ピィ!」

「キュア!」

「次はビーフシチューだね」

 この世界へきて肉の扱いを相当回数こなしたシアンは、煮崩れしにくいように肉を縛る方法も取得していた。

 頑丈な糸で牛肉の端を片結びにする。輪を作り、その中に肉をくぐらせ、糸を引いて輪を絞って、また輪を作って肉をくぐらせる。これを繰り返して逆の端まで縛っていく。

 肉を裏返し、糸の先を横糸の外側から回し入れて、内から引き出す。これを繰り返して縦に通していく。端まで通ったら初めに片結びした糸の端に結ぶ。

 肉全体に塩コショウと小麦粉を掛ける。鉄板で全面に焼き色をつける。肉を取り出し、その油でニンジン、セロリ、玉ねぎを炒める。トマトペーストを加えて更に炒める。寸胴鍋に肉と野菜を入れ、デミグラスソースと西洋出汁、ローリエとブラックペッパー、赤ワインを入れる。

 お喋りしながら時折、アクを掬う。

 掬い終わったら、厨房から居間の暖炉に移し、九尾や鸞やユエ、カランに交代で焦げ付かないように、時折水分を足して貰う。

 その間、角煮に取り掛かる。

 卵を茹でて殻をむく。

 タレに漬けておいた肉を取り出して肉の全面を鉄板で焼く。

「これは煮崩れしないように焼くんだよ」

 大鍋に水と肉を入れて煮込む。アクを掬い、弱火にして更に煮込む。水を足し、アクを掬うのを繰り返す。

 肉が柔らかくなるまでの間、シアンはログアウトして用を済ませておく。

 肉が柔らかくなったら、漬け込んでいたタレに更に醤油とみりん、出汁、砂糖を加え、ゆで卵を入れ、火を強める。

 アクを掬い、火を弱めて落し蓋をして煮込む。

「さて、この間に、またビーフシチューだよ」

 居間の暖炉の鍋を取り替え、十分に肉が柔らかくなっているのを確認すると、肉を取り出す。鍋のソースをリムに漉し器で漉して貰っている間、肉の糸を解き、切り分けて行く。

 漉したソースに塩コショウ、バターを加え、肉を入れる。

 塩ゆでしたジャガイモとニンジンを鍋に加え、ひと煮立ちさせる。

「これで完成だよ。角煮の方はどうかな?」

 居間の鍋を確認すると、肉は柔らかく煮えていた。

「ああ、こちらも美味しそうだね」

 シアンはついでに、付け合わせにパプリカの煮込みも作った。

「今日は煮込み尽くしだね」

 オリーブオイルでつぶしたニンニクを炒め、薄切りした玉ねぎをしんなりさせ、縦三等分にしたパプリカを加えて更に炒める。塩コショウとオレガノを振り、弱火にして蓋をして蒸し煮にする。

『お肉、柔らかい』

 ティオのいつもは鋭い眼光が緩む。

『シチュー、美味しいね!』

 リムが初めてビーフシチューを食べた際、上体だけ夏毛になっていた。

 今はカトラリーを器用に操って、それでも口の周りを汚しながら満面の笑みを浮かべている。

『良く煮込まれている。肉も煮崩れしていないね』

 風の精霊が唇を綻ばせる。

 彼は以前、ビーフシチューを食べた際、煮込みが足りないと言っていた。今回は及第点だった様子だ。

「みんなも手伝ってくれてありがとう」

『いえいえ、美味しいものをご相伴に預かれるのですからね』

 九尾が同じくカトラリーを使って料理を味わう。

『我は何もしていない』

 ビーフシチューのジャガイモにかぶりつこうとしていた一角獣が顔を上げる。水の精霊がその身体が汚れないようにしているのは戦闘以外も有効なようで、結構な勢いで食べていたが、真っ白な顔は汚れていない。

「ベヘルツトはいつもユルクやネーソスを呼びに行ってくれたり、足りないものを取りに行ってくれているからね。役割分担だよ」

『分かった』

 一角獣は安心してジャガイモを多めによそわれたビーフシチューに向き直る。

『この豚の角煮の柔らかさ!』

『蕩けます!』

『卵も味が染みています。……あがが』

 小さくも鋭い牙にゆで卵が刺さり抜けなくなったアインスの口を開けさせ、取ってやる。

「まだ沢山あるから、落ち着いてゆっくり食べてね」

「「「わん!」」」

 ユエはパプリカを噛みしめ味わい、カランは煮込み料理に息を吹きかけている。

『リム、ほんのちょっとだけ冷やしてほしいのにゃ』

『はーい』

『カランは熱いのが苦手なの?』

 ユルクが鎌首を傾げる。彼は大分小さくなるのが上手くなり、今は全長三メートルほどになっている。

 ネーソスがビーフシチューを大量に吸わせてふやけたパンをゆっくり食んでいる。

 鸞とリリピピにゆで卵をよそって良いのかどうか一瞬迷ったが、リムもドラゴンだがドラゴンの亜種であるワイバーンを食べていた。問題あるまい。

 麒麟は暖炉の傍で寝そべり、水を舐めながら他の幻獣たちと話している。

 幻獣たちの前には出たがらない妖精たちにはセバスチャンが食事を持って行ってくれている。

『今日は外へは出れないねえ』

 その麒麟がふと窓の外へ目をやる。

 昼なお暗く風雪が横なぎに飛んでいる。

『シアンが風邪を引いたら大変だもの!』

 への字口を急角度にするリムに、ティオが重々しく頷く。

「はは。庭でも遭難しちゃいそうだものね」

 そこで遭難とは、という説明がひとしきりあり、顔色を変えたリムによってシアン外出禁止令が発動された。肩に陣取って外に出ないように見張るのだそうだ。

『それ、いつもとどう違うんでしょうねえ』

 リムの気概が違うのだ。

 お喋りをしながらゆっくり食事を楽しみ、片付けも共に行い、また居間に集まる。

 シアンの眠る時間が近づいてきている。みな、離れがたく思ってくれているようで、少し胸がざわつく。何度も経験しているのに慣れない。きっと、この先も慣れることはないだろう。

 腹がくちくなり、暖炉で暖められた室内で、リムが眠いのを我慢してシアンの胸にしがみつく。背中を軽く叩きながら寝るように言っても、異世界に帰る間際まで一緒にいたいと言う。

 ため息交じりに苦笑したシアンはマジックバッグからピアノを取り出す。風の精霊と闇の精霊にピアノの湿度と温度調整を頼んでいると、幻獣たちがいそいそと半円形状に陣取る。

 シアンはリムをしがみつかせたまま、ピアノを緩やかに弾く。

 シアンの顔を見上げて時折鳴いていたリムはピアノの方に気を取られ、そのうち、膝で丸くなる。

 リムが好きな曲も雰囲気を変えゆるゆると弾く。出だしにぴくりと頭を動かしたが、そのまま顔を戻し、微睡む。

 後日、それが気に入ったのか、膝の上でシアンがピアノを弾くのをせがんだ。

 期待に輝く表情に負け、つい、膝に乗せて弾いた。

 シアンの膝で後ろ脚立ちし、ピアノの下口棒に前足を掛け、シアンの指に合わせて沈む鍵盤を見ながら歌う。たまにシアンを見上げて鳴く。ゆったりした旋律を奏でながら微笑むと、シアンの左腕に前脚を掛け、更に伸び上がろうとする。懸命な姿に顔を近づけると、頬に頬をこすり付けてくる。柔らかい感触にため息が漏れる。

 シアンの腕と胸、ピアノに囲われて翼が少し開き気味の状態ではたはたと羽ばたき未満の動作をする。シアンの腕に後ろ脚を乗せ、器用に駆けのぼって肩に乗る。

 ピアニストは打鍵に力を必要とするので肩から動く。

 それほど速さと力強さを必要としない弾き方をしているが、普段の癖で肩は上下する。大きく揺れる足場をもろともせず、リムは器用にバランスを取っている。時折、翼をはためかせ、尾を揺らし、音に合わせて鳴く。

 ピアノをこれほど楽しんで弾くということを、シアンはリムに教わった。

 腹の奥から熱く輝くものがくすぐったく溢れ出てくる。

 ティオとリムがいたから、音楽を取り戻せ、自分が愛せるだけ愛することを知ったのだ。

 それが他の高度知能と交流することであり、自分一人では得られないことだ。

 そうすることで、知り得なかった初めての視点を得た。



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