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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
311/630

67.スケートと浜辺のバーベキュー ~どいて!ぶつかる!の巻/わんわん湯たんぽの巻/顔押しくらまんじゅう~

 

 その遊びに誘ったのは珍しくユルクだった。

『湖が凍るの?』

『そうなんだ。その上をね、しゅーって滑るんだよ。尾が変な風に曲がったり、随分先の方に取り残されたりして楽しいんだ』

『ユルクの体は長いですからなあ。まあ、いわゆるスケートでしょうな』

『スケート?』

 島には幾つも湖があり、それぞれ大きさが異なる。

 ユルクが乗ってもびくともしないほどの厚い氷が張るのだろうか。

『たまに絡まりすぎて、下の氷が割れるんだけど』

 水が冷たくて気持ちが良いと言うのは流石は高位幻獣だ。人間は厚い氷ができるほどの水温の水面に沈めば心臓が麻痺する。

 九尾も身震いした。それはともかく、後ろ脚立ちしながら両前脚を交差させて足を逆側の肩にやるのはやりすぎだと思う。

『面白そう! シアン、やろう!』

 リムが目を輝かせてシアンを誘う。

「そうだね。深遠にお願いして水を厚く凍らせて貰おうか。それとも、この場合、雄大に氷を頑丈にして貰えばよいのかな?」

 はたとなり、首を傾げる。

『念のため、両方お願いしておけば良いのでは?』

 九尾の言を受け入れ、ユルクの先導で幻獣たちと湖にやって来た。

『わあ、白い!』

『本当に湖が凍っている』

 悠然と歩くティオの背の上で高難度超高速もぐら叩きのもぐらとなっていたリムが飛び上がり、湖にいち早く到着し、大きく旋回して湖を一渡り眺めている。

 ティオも湖の縁に寄り、おもむろに足を乗せる。

「ティオ、大丈夫そう? 乗るのはちょっと待っていてね」

 闇の精霊と大地の精霊を呼び出したシアンは氷を厚く頑丈にして貰う。

 幻獣たちは早速氷の上に滑り出た。

 ユルクが結構なスピードで斜めに長い体を波打たせながら滑っていく。普段の大きさでも湖は十分広く滑れそうだが半分くらいに小さくなっている。

 ネーソスは四肢を櫂のように動かしながら、滑る。滑っては漕ぎ、滑っては漕ぎ、静止と滑走を繰り返す。

 ティオは危なげなく、四肢を氷に付けて後ろ足を時折交互に動かすことで滑らかに滑っていく。

 一角獣は初めは戸惑い、細い脚を震わせたが、すぐにコツを掴んで滑り出す。氷の上でも猛スピードで一直線に滑る。

 九尾とカラン、ユエは後ろ脚立ちした足を交互に氷に付け、器用に滑る。

 鸞は足をつけ、翼でバランスを取って、船が帆を張るように風を孕んで滑る。リリピピも真似ようとして、こちらは鸞ほど器用にはできなく、時折羽ばたいて空に舞い上がり、何度か挑戦する。中々上手くいかないのを見かねて、鸞がアドバイスし、後ろについて体勢を整えてやる。

 わんわん三兄弟はおっかなびっくり氷に足をつけ、足を震わせた。そのせいで、バランスが取れず、あっちこっちへふらふらと漂った。九尾とカラン、ユエがいたずらをして、それぞれ三匹の尻を強く押しやり、勢いよく滑り出す。

『きゃーっ』

『止まらなーいっ』

『どいてどいてっ、ぶつかるーっ』

 一直線に氷の上を進み、進行方向にいた幻獣たちが逃げ惑う。九尾とカランとユエはそれぞれ示し合わせたのではなかったため、慌てて逃げる羽目になった。

 九尾が押したアインスをカランが避けるために背中を変な風に曲げ、カランが押したウノを避けるためにユエが脚を変な風に捻じり、ユエが押したエークを避けきれずに九尾の尾をエークが何本か引き抜いて行った。

 自業自得である。

 麒麟もまた恐々氷の上に四つ足を乗せ、それっきり生まれたての小鹿のように震えていた。

「レンツ、一緒に滑ろうか」

『う、うん、でも、動けない』

「ゆっくりどちらかの脚に体重を掛けられる? そう? じゃあ、一本ずつやっていこう。まずは右前脚からね」

 ぐるりと四肢を一巡りさせた後、徐々に余裕が出て来た麒麟に、後ろ足の片方で少し氷を蹴りつけるように言う。

『わ、わ、滑った!』

「ふふ、上手だよ。じゃあ、次は後ろ左足で蹴ってみようか」

 それを交互に繰り返し、麒麟は少しずつ滑り出す。

『レンツ、上手だね』

 シアンの言葉に従って初めは徐々に、ゆっくりと進み初めた。

 そこへ、後ろ脚立ちしたリムがするすると滑って来る。

『わ、わ、危ない、踏んじゃう! 蹴っちゃう!』

「レンツ、大丈夫だよ。リムは自分で避けられるから。慌てなくても良いよ」

 リムが麒麟の足の間を縫って滑るのに、麒麟は大慌てし、前脚を上げようとしたり、後ろ脚を上げようとしたりした。

 シアンはそっと麒麟の背中に手を当て、軽く叩く。

『う、うん』

 麒麟を落ち着かせたシアンはリムを呼んで、滑っている者の足の下をすり抜けて行かないように、距離を開けるように言った。

『でも、ぼくは大丈夫だよ?』

「リムは大丈夫でも滑っている者が驚いて、転んで怪我をすることもあるからね」

 どんぐり眼になるリムをシアンは諭す。

『ごめんなさい』

 素直にシアンと麒麟に謝罪したリムは麒麟と並んで滑ったり、ティオと並走したり、一角獣と滑走したりした。

 ネーソスとともにユルクの上にのせて貰って、氷の上を滑ったりもした。

 わんわん三兄弟が羨ましそうにするのでユルクは快く乗せてやった。

 シアンは九尾とカランに挟まれて手を繋ぎ滑った。

 氷の上を渡る風は冷たかったけれど、きゃっきゃと笑い転げて寒さを忘れた。

 九尾がリムに氷に穴を開けて貰い、糸を垂らした。

『きゅうちゃん、何をやっているの?』

『魚釣りだよ』

『釣れる?』

『……釣れない』

 それを見ていたユルクが自分も少し大きめの穴を開けて貰い、尾を垂らす。

「ユルク、冷たくない?」

『大丈夫だよ。あ、獲れた』

 ユルクが尾を引き上げると、そこに魚が食いついている。

『わあ、獲れた!』

『一度に二匹も!』

『流石はユルク!』

『魚が尾に食いつくなんてっ!』

 リムとわんわん三兄弟がわっとユルクと魚を取り囲む。

 その調子で、ユルクは何匹か釣り、九尾は坊主だった。

『いいもん、こういうのは雰囲気を味わうものだもん』

「はは、そうだよね。この季節は貝が美味しいから、買ってきて浜辺でバーベキューでもしようか。幸い、今日は暖かいし、折角ユルクが魚を取ってくれたしね」

『買わなくても私とネーソスが狩って来るよ?』

 ユルクが氷の狭間から尾を引き上げる。

「でも、この時期の水は冷たくない?」

『平気だよ。この島にシアンが来てから冷たい水も深い水底も負荷なく進めるようになったんだ』

 先日、レヴィアタンの元へ向かった際も、随分速く進むことができたらしい。

『……』

 ユルクの言葉にネーソスも頷く。

「そう? じゃあ頼むね」

『任せておいて!』

 ユルクとネーソスを先頭に、一行は浜辺へ向かう。

 一角獣は料理に使うからとカラムの畑にレタスを、館のセバスチャンにアンチョビを貰いに行った。

「どちらか僕がティオに連れて行って貰おうか?」

『ううん、大丈夫。そんなに掛からないから』

 確かに、すぐに浜辺にやって来そうだ。

 カランは最近、自力で飛行できるように訓練しているらしく、緩やかな速度で飛び、その両隣にユエを背に乗せた麒麟と鸞が並んだ。

 白い泡が浜辺の波に打ち寄せ、舞い上がり、波の花を作っている。

 ユルクたちが海に入っていき、シアンたちは早速浜辺でバーベキューコンロの準備を始める。

 海を渡る風も冷たく、シアンはくしゃみをした。

 このゲームのすごいところだな、と思う。五感でこの世界を感じとっている。

 わんわん三兄弟にとっては大ごとだった。

 大変だ、毛布だ、上着だ、と騒ぐ。

 わんわんわわわんわんわわん、わわわん、わんわん、わわわわん

 シアンの脚の周りをぐるぐる回るので、三匹を抱き上げ、こうしていると暖かいから大丈夫だよ、と笑う。

 ティオとリムがやって来る。

『主様の湯たんぽです』

『天然毛皮です』

『我らもまた暖かいのです』

 シアンの腕の中で三兄弟は得意げに鼻を鳴らす。

『ケルベロス湯たんぽ。わんわん湯たんぽ』

 九尾が二度三度頷く。

 リムはシアンの肩に飛び乗り、襟巻ドラゴンと化す。

 ティオは若干悔しそうだ。音もなく後ろからセバスチャンが上着をそっとシアンの肩にかける。

「ありがとう、セバスチャン。ベヘルツトは?」

 館にいるはずの家令が浜辺に現れても、シアンはそういうものかと思う。大抵のことはセバスチャンだから、で済まされる。

『畑に向かっております。もう間もなくやって来るでしょう。僭越ながら、お手伝いをしにまかり越しました』

 家令は恭しく一礼する。

 後からやって来た一角獣は事の顛末を聞いて鼻を鳴らす。

『ティオはシアンの騎獣なのに、湯たんぽを羨ましがるなんて!』

 自分もシアンの騎獣になりたかったのに、と蹄で大地を掻く。

 その首筋を軽く叩きながらシアンが言う。

「君は僕の一番槍だからね。自在に駆けまわれるようにその背は空けておいて」

 一角獣はしばらくの間じっとシアンを見つめたが、穏やかな笑顔を見ているうちに落ち着いたのか、こっくりと頷いた。

『あの猪突猛進を言いくるめるシアンちゃん! 流石は幻獣転がしに長けていますね』

 遊撃の九尾も野放しにしているくらいだ。適材適所というところだろう。

『シアンちゃんは顔押しくらまんじゅうをしていれば暖が取れますよ』

『顔押しくらまんじゅう?』

 九尾の言葉に麒麟が不思議そうに聞き返す。

『あのね、こうやってね、シアンと顔をくっつけるの。ぐいぐいって!』

 言いながら、肩に乗ったリムがシアンの頬に自分の頬を押し付ける。

「ふふ、くすぐったいよ、リム」

 麒麟が鸞と顔を見合わせ、笑顔になり、シアンに近づいて顔を寄せる。シアンは彼らの頬に自分の頬をつけた。二頭は恐る恐るシアンと頬を合わせる。

 そこへ、ぬっとティオも嘴を入れ、空いたシアンの首筋に頬をこすりつける。

 ユエがふざけてシアンの背中によじ登り、それをカランが支える。

 自慢の角がこの時ばかりは邪魔になる一角獣は少し離れた場所で一同を眺めていた。リリピピは周囲を弧を描いて飛び歌を歌っている。

『いやあ、シアンちゃんは見事にもふもふまみれですなあ。マニア垂涎の的!』

 そうこうするうちに、ユルクたちが水から上がる。

 セバスチャンは既に火を熾しておいてくれていた。

 テーブルやイス、調理器具がセッティングされている。

『この貝は殻を開閉させながら後ろに向かって水を勢いよく出して、すごい勢いで水の中を飛んでいくんだよ』

『へえ、そうなの?』

 ユルクが平べったい二枚貝をリムに見せる。リムとわんわん三兄弟が興味津々で覗き込む。

 エークが突けば貝が殻を動かし、驚いて飛び上がって後ろに転がる。その際、ウノやアインスを巻き込み、わんわん三兄弟は砂まみれになる。

『普段はゆっくりしているんだけれど』

『通常、海底で動かない。天敵に会うと殻を開いて水を吸い、殻を閉じながら水を噴出することで進む。進む方向と逆に水を吐き出すことで、水中を進む』

 ユルクの説明に、風の精霊が補足する。

『大きいものなら貝殻に乗って海を渡ることもできるよ』

 九尾がとんでもないことを言い出す。

『うーん、でも、乗るのは深遠の方が気持ちよさそうだから、貝には乗らない!』

 以前、夏に違う浜辺でバーベキューをした際、黒い弾力性のある姿になった闇の精霊を浮き遊具宜しく水に浮かべ、その上に乗って波の揺らぎを楽しんだリムが言う。ちなみにこちらはシアンが乗れるほど自在に大きくなれる。

 その大きな貝殻を開け、丸く平べったい貝柱をくりぬく。

 セバスチャンや幻獣たちも手伝う。

「半分はトマトソースで、半分はバターソースにしようか」

『三分の一ずつにして網で焼いて醤油を垂らして食べましょうよ』

 九尾の言を受け入れ、三分の一は殻を一枚取り外して網に置いて焼く。

 残りの三分の二の貝柱を塩コショウして両面を軽く焼く。

 沸騰した湯に塩を入れてレタスをさっと湯がき、トマトも湯がいて水に晒し皮と種を取り除いてみじん切りにし、塩とオリーブオイルと混ぜ合わせる。

 塩コショウして焼いた貝柱の半分をレタスで巻いていく。半分に切り、皿に盛ったトマトソースの上に置く。

「次はバターソースだね」

 みじん切りした玉ねぎとニンニクを炒め、先ほど焼いた貝柱の残りの半分にかける。

 鍋にバターを熱して溶かし、松の実を加えてバターが茶色に色づいたら貝柱にかけ、コショウで味を調え、パセリを散らす。

「次はこっちの貝だね」

 いびつな楕円形の二枚貝である。

 半分は網焼きにする。

 残りの半分を殻から外し、塩水で良く洗い、水気を切る。

 薄切りの玉ねぎをオリーブオイルで炒め、小房に分けて硬めにゆでたカリフラワーと包丁でたたいたアンチョビを加え、塩コショウで更に炒め、白ワインをして蓋をして蒸す。貝が膨らんだら火を止め、パセリを散らす。

 軽く焼いたパンと一緒に食べる。

「セバスチャンが沢山アンチョビを作ってくれたから、こっちの魚でも使おうかな」

「「「わん!」」」

 九尾にから煎りした松の実をすり鉢で砕いて貰う。

 リムとユエにアンチョビとオリーブをみじん切りにして貰う。

 シアンは鸞とともにネーソスが狩ってきた魚を捌き、適当な大きさに切り分けて両面を軽く焼く。九尾とリムが作った松の実とアンチョビとオリーブにトマトピューレとおろしたニンニク、コショウ、オリーブオイル、バルサミコ酢、唐辛子を混ぜ合わせ、切り分けた魚の上に掛ける。

 テーブルに次々と料理を盛った皿を並べながら、網焼きをする幻獣に視線をやる。

 バーベキューコンロに網を置いてティオが醤油の容器を嘴で咥えて貝に垂らしていく。時折、吹きこぼれて貝から溢れ落ち、炭に落ちてじゅっと音を立てる。貝からは香ばしい香りが発される。醤油の他、レモンや塩を用意する。

 ユルクが尾をトングに巻き付けて、焼きあがった貝を大皿に盛っていく。

 大型の幻獣たちとテーブルを囲み、鸞、わんわん三兄弟、ユエ、ネーソスなどの小型の幻獣は隣のローテーブルを囲む。九尾とカランは二足歩行ができるので、気分でテーブルを変える。

『トマトの赤とレタスの緑が鮮やかだね』

『トマトが爽やか!』

『貝の旨味とアンチョビの旨味が合います』

『セバスチャンが作ってくれたアンチョビ!』

『とても美味ですっ』

『あ、あちっ』

『焦げたバターと松の実が何とも言えぬ香ばしさだな』

『貝が甘い』

『貝って焼いて調味料掛けると全く味が違うね』

『……』

『濃厚な旨味。野菜とも合う』

『パンを汁につけると美味しいにゃ』

『え、あ、本当ですね』

 麒麟も自分専用の陶器の器に水を入れて飲んでいる。隣には塩が置いてある。

 幻獣たちが美味しそうに食べるのをにこやかに見ている。食べられなくとも、どんな味か分かる気がするから、彼らが食べながら料理について話すのを聞くことを麒麟は好んだ。



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