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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
31/630

31.幻獣のしもべ ~ぼくの手下!~

 

「おお、まさしくグリフォン、いかにもグリフォン、実にグリフォン、真実グリフォン!」

 グリフォンは四頭もいない。

 長い棒に括り付けた例の布を振っていた男が、わずかな風圧のみで降り立ったティオを見て、少年のように目を輝かせ、頬を紅潮させる。異世界では十代後半から二十代前半で子を持つことが多いから、三十絡みの男はおじさんの域に達している。

「すぐに頭を呼んできます! 速攻で戻ってくるから、少しだけここでお待ちください!」

 九十度のお辞儀をして、勢いよく体を起こすと、棒を小脇に抱えて走っていった。


「グリフォンのファンなのかな」

『ふーん』

 ティオはどうでも良さそうだ。

「ちょっと休憩しようか」

『ここは野営地じゃないよ。危ないよ』

 セーフティエリアではないことにティオが難色を示す。

「じゃあ、少しの間だけ。ね?」

 言いながら、ティオの背から降り、マジックバッグから器と経口補水液を淹れた容器を出す。

 ティオに勧めると渋々といった態で飲んだ。

 その場で腹ばいになるティオに促され、彼の腹を背もたれにして脚を投げ出して座る。リムはその脚に丸くうずくまる。規則正しい呼吸に眠りを誘われる。


『来たよ。二人、四人……五人』

「あれ、そんなに?」

 シアンが身を起こすと、ティオがゆるりと立ち上がる。シアンもリムを抱え上げ、マジックバッグを肩から腰に斜め掛けする。

「待たせたな」

 先日助けた男マウロが四人の男女を従えてやってきた。

 初めは四十代だと思っていたが、髭を剃ると若く見える。三十代半ばくらいの豪快な風貌だ。埃っぽい服装を一新させている。濃い茶色の癖のある髪を短く刈り、太い眉に力強い瞳、大ぶりの鼻と唇ではっきりした顔立ちをしている。


 マウロははぐれ者集団の頭で、改めて礼を言いたいという。シアンと出会った時には部下の一部に裏切られ、眠り薬を飲まされ、徐々に自由に動かなくなる体で複数人を相手に乱闘してなんとか逃げ出せた後だったという。

「下克上を狙った奴らが強力な毒薬を手に入れられなくて運が良かったぜ」

 食い詰めた者、陥れられて街にいられなくなった者の集団で、商人や農村を襲う強盗騎士や盗賊を退治してその金品を迷惑料の代わりに頂戴する者たちだった。ところが、やはりどうしようもないものが紛れ込んでいて、乗っ取られそうになったという。

 総勢四十名弱ほどに膨れ上がったうちの三分の一ほどが反旗を翻し、マウロに心酔している部下たちに眠り薬を盛り、拘束した。

 マウロはシアンに助けられた後、捕まった人間を助け出し、逆襲したと話した。

 はっきりとは言わなかったが、裏切り者の末路は決まっているだろうし、仲間も幾人かは命を落としたのだろう。

 この世界の人間が死ぬのは、密林の遺跡に行く際の野営地で見ている。プレイヤーとは違って、死んだらそれきりだ。けれど、彼らには彼らの行動基準がある。



「後は昼前と夕方に狩りのために低空すると見込んで部下を散らばらせ、印をつけた旗を持たせていた」

 頭は強い上に生命力に溢れ、頭が回る。

「そうなんですか。皆さん、脱出おめでとうございます」

 口々にシアンのお陰だという。

 礼に宴会を開くと言われたが、ティオがセーフティエリアでないことを理由に嫌がった。それで、近くのセーフティエリアに移動することにした。

 四人の部下たちは散らばった他の者たちを呼び集めに出かけた。

 シアンたちはマウロの案内で離れた場所にある野営地にたどり着いた。

 寂れていてろくに水場もなく、最近ではあまり使われていなさそうで、宴会をするには打ってつけの場所だ。ここを目指してくる人間がいなければ一時占領しても迷惑はかからないだろう。

 マウロは彼らの拠点へと誘わなかった。戦闘があり、その傷跡が生々しいのだという。人の血が多く流れ、まだ匂いが染みつき、ティオたちには毒だろうと配慮してくれたのだ。戦闘酔いに近い状態になりかねないと言う。


 マウロの部下たちが拠点から食料を運んできた。近づいてくる面々が話す声が聞こえてくる。

「グリフォンって相当強いんだろう? なんでセーフティエリアにこだわるんだ?」

「そらあ、人間の兄さんに万が一のことがあったらいけねえからだろう」

「あー、見るからにひょろい、もとい戦闘は出来なさそうだもんなあ」

 服装はちぐはぐでくたびれた雰囲気だが、表情は明るい。

「すまないな。口が悪いやつらばかりで」

「いいえ、見た目通り、僕は弱いから。料理で頑張りますよ」

 ティオは狩りに出かけている。シアンを殆ど初対面の人間たちの中に一人残していきたくはないと主張したので、リムと風の精霊が残っている。

 バーベキューコンロを設置して、タープテントを張り、テーブルを出し、人数が多いのでとにかく肉を焼けるだけ焼く準備を整える。

 タレに皿に、とリムに手伝ってもらっているとティオが前脚にそれぞれ獲物を引っ提げて凱旋した。大きな獲物二頭にどよめきが起きる。わりといつものことですんなり受け入れていたシアンはこれはすごいことなのだと改めて思う。新しい視点が見られて他者との交流もいいものだ。

 二十数名の宴会はまさしく食べて飲んで歌って踊って、だった。にぎやかの一言に尽きる。


 リムが洞窟内の温度を下げた闇の精霊の真似をして飲み物を冷やした。見たばかりのことをもう使いこなすのか、と感心する。

 マウロはリムが精霊なのかと驚く。精霊じゃないと言うシアンに、では加護を受けているのか、と断定する。

 一般的にこんなに都合よく柔軟な魔法はない。水と闇の複合魔法で氷があるが、それは氷を生成するのであって、特定の液体を冷たくするのは不可能だ。

 王宮の古い文献に精霊が冷やしたと言う記述が残っていた、と興奮気味で言う。王宮の古い文献など見れるのか、と聞くと、居住まいを正し、自分は騎士だったと答えた。

 だが、故あって任を辞したと語る。

 現役の頃、強盗騎士が村人を襲う場面に遭遇して止めた。激昂した相手からフェーデを仕掛けられ、勝った。しかし、部下が同じ手法で陥れられて騎士を辞めることとなり、抗議するも国王は相手をかばい、結果、マウロもその任を辞することになった。もともと貧乏貴族だったからいいと笑う。

 フェーデは名誉や権利の為の騎士に認められた自己救済の決闘だ。時代によっては友人や氏族の助力を得て行うことも、身代金を積むことでフェーデによる暴力をさけることもあった。

 その権利を悪用して難癖をつけて他者を襲う騎士もあった。それがいわゆる強盗騎士だ。

 その陥れられてフェーデで負けた部下と言うのがジョンだと言う。騎士を辞した後、ジョンは牧場の娘と一緒になったのだそうだ。

 意外なところで知人の名前が出てくると思っていると、より大きな驚きがもたらされる。


 リムが強いなら自分の手下にすると言いだした。

 シアンはぎょっとする。ティオは我関せずで、リムもまた他者の話に興味がなさそうだったのに、話を聞いていたのだな、とも思う。

 マウロに向かってキュアキュア鳴くのに、頭は戸惑ってシアンに何を言っているのか聞く。

「自分の手下になってほしいと言っています」

 妙なことを言いだした謝罪をマウロにして、リムを覗き込む。

「手下なんて誰にそんな言葉を習ったの……きゅうちゃん?」

 言いさして、もしや、と思って尋ねると、リムがぴっと片前足を上げて元気よく答える。

『そうだよ!』

「リム、それはきゅうちゃんの真似をしたら駄目なことだよ。大丈夫じゃない方」

 シアンの言葉をマウロが否定した。

「おう、精霊の加護があるリムになら従ってもいいぜ」

「へ? 手下になるんですか?」

 シアンは素っ頓狂な声を上げた。マウロの部下たちは突然の発言に賛否両論、喧々諤々だ。

『ぼくの手下!』

 シアンから九尾の真似してはいけない部分だと言われ、しょんぼりうなだれて消沈していたリムが胸を張った。ふんすと鼻息をもらす。

「リム、手下が何か知っているの?」

『ぼくの言うことをきくんだよね。その代わり、手下はぼくが守るの!』

 リムが何を言っているのか、とマウロに聞かれ、そのまま答える。

「おお、下は守る。良い上司だ」

 まんざらではないマウロを置いてシアンはリムに尋ねる。

「リムの言うことってどんなこと?」

『シアンのお手伝い! ぼくができないことで人間ができることをするの。シアンがいじわるされないように!』

 遠出する前に話していたことをリムなりに考えていたようだ。

「僕のことを考えてくれてありがとう。でも、マウロさんたちは彼らのすることがあるんだよ」

「俺たちのことなら大丈夫だぜ。強盗騎士や盗賊の退治を漠然としていたくらいで、やるべきことがある方が張り合いがあっていい」

 マウロは気安く言うが、リムの命令はシアンのお手伝いだ。張り合いなどしぼんでしまう。

「従わせるなんて、それはどうかな。リムだってあれこれ言われたくないでしょう? マウロさんは元騎士だって言うし」

『シアン、リムは小さいけど、幻獣だよ。心配しなくてもそこの人間はそれを分かっている。幻獣は体の大きさに関係なく力や魔力を持っている上位の存在だよ。時に人を従わせることもある』

 しかも、もはや精霊の加護を持っていると確信されている。

 世界の事象の粋、根源の力とも言える精霊の加護を受けた存在はそれだけの期待を背負う。実際稀有な力を持つ。そして、滅多にないことだから、一緒にいるとどんなことに出くわすのかという期待があるのだ。

 ティオの言葉に、シアンは自分がリムの小さい姿に目が曇っていたことに気づく。どれほどシアンにとって小さくて可愛い存在であっても、高い知能と猛々しい野生は今までも見てきたはずだ。さらには精霊から授かった力も使いこなしている。

「そうだね、幻獣だもんね。でも、僕からしてみれば、どうしても小さくて可愛い存在として見てしまう」

『シアンはそれでいいんじゃない?』

 ティオの簡潔な言葉にそれもいいかもしれないと思う。


「ところで、リムは何の幻獣なんだ?」

 言葉や鳴き声が止んだことから、話がまとまったと察したマウロが尋ねる。

「ドラゴンです」

 マウロが目を剥いた。

「精霊の加護を受けたドラゴン……」

 幻獣の王ドラゴン、そのドラゴンの最強の種であるエンシェントドラゴンでも精霊の加護を持つ者は稀だ。

 マウロの部下たちも次々に騒ぎ出す。

「何、その最強の存在」

「信者とか集まりそうっすね」

「俺、今のうちに握手して貰っておこうかな」

「ばっか、お前……俺ら手下だぜ?」

「そ、そうか。お頭の上司だもんな」

「ふかふかのイスの上でふんぞり返って、おまえら餌狩ってこい!とか言われたら即行くわ」

「めっちゃ張り切って狩ってくるわ」

 リムの好物は果物である。

 小さい幻獣の手下になると突然言い出したマウロに、反対の意を表していた者も賛同者に変じた。盗賊狩り集団は幻獣のしもべへと変貌を遂げる。

 リムの手下、この時点で総勢21名。



 牧場のジョンとはたまに物々交換をするのだと聞く。そこでグリフォンの話も聞いていたのだという。あんなに遠くまで行くんですね、というシアンに翼があれば、とマウロたちがうらやましそうにする。「貴方たちは陥れられて街にいられなくなった方々だと伺いましたが、本当ですよね? 犯罪を犯して逃げているといった方はいらっしゃいませんね?」

 シアンが改まって言うと、マウロも居住まいを正す。

「リムは力があり、とても頭がいい幻獣です。でも、まだ生まれたばかりで、人間の世界のことも詳しくありません」

 マウロが手を挙げる。

「分かっている。面倒ごとに巻き込むなということだろう」

「多少のことならば仕方のないことと諦められますが、国家に追われることになるのは困ります。目をつけられやすくなるし、大義名分を作りやすくなる」

 シアンはこの世界の事に疎いからこそ、気づいたことはきちんと主張しておかなければならない。生活様式が異なる幻獣たちがシアンと一緒にいたいと言ってくれるのだから、彼らの安全に気を配るのは当然のことだ。

「そうだなあ。まあ、今後は冒険者にでもなるか」

 頭を掻く男に、何かあるのだな、と無言で見つめる。

「頭、俺が抜けます」

 後ろに控えていた三十前の男が一歩進み出る。

「兄さん、俺はあんたの言う通り、街で盗みを犯して逃げ出した。でも、警邏に捕まるわけにはいかねえんだ」

 強い視線に晒され、シアンも腹に力を入れて見返す。

「こいつ、小さい娘がいるんだ。友人に預かってもらっているが、生活費を送っている」

「娘の生活のために金を稼がなきゃならねえんだ。長く拘束されているわけにはいかねえ」

「その生活費、俺が立て替えといてやる」

「頭……」

 あっさり言うマウロに男は茫然となる。シアンもマウロの本気の気概を感じる。それだけドラゴンに仕えることに意義を覚えるのだろう。

「逃げたから罰金上乗せか賦役期間が延びる可能性はあるが、あとで解放されたら返してくれりゃあいいからな」

 うなだれる男に、きちんと務めを果たして胸を張って戻って来いとマウロが肩を叩いた。


「話はまとまったぜ。俺たちゃ、今後ドラゴン団として」

「あ、その名前は却下で」

「えー」

 遮ってシアンが反対すると、不服そうに唇を尖らせる。良い大人がしても可愛くない。

「じゃあ、グリフォン団」

「それもナシで」

「ええと、幻獣団」

「そうですね、自由な翼とかはどうですか?」

 シアンはマウロの考え付く名称を次々と却下していき、何とはなしにティオとリムの共通する身体的特徴を挙げた。途端にマウロの部下たちが反応する。

「お、いいな、自由な翼!」

「ドラゴン団はないよなあ」

「それ言うなら、グリフォン団もだろう」

「「「「そのまんま!」」」」

 シアンの言葉に、手下たちが口々に言い合う。

「おまえら……」

 今度はマウロがうなだれた。


「では、これは支度金代わりに渡しておきますね」

 風の精霊に目線で確認を取り、先ほど手に入れた鉄鉱石や銅鉱石をいくつか渡した。魔銀や魔鉄は渡すと騒動が起きそうでやめておく。

「おま、これ、こんなにどこから……っと、悪ぃ、そういうのは聞かないもんだよな。ありがたく、頂戴しておく。俺たちはこれから幻獣のしもべ団、自由な翼だ!」

 なんでも、野ざらしになった冒険者の身分証をちょうだいして、こっそり街に入り込んでは買い物をするので、そう不便でもないらしい。現在、この国ではどこでも鉄が高騰しているという。そして、彼らは何と、簡易だが鉱石から鉄を抽出する伝手まであるという。

 盗賊狩り改め、幻獣のしもべとなった自由な翼たちと別れる。


 後に聞いた話では、マウロの部下の一人がカラムの隣の農家から出奔した息子なのだそうだ。シアンたちが話題に上らせたカラムが実家の隣人だったことから気になり、様子を見に行って取っ捕まって逐電後の経緯を洗いざらい吐かされた。現在はリムの手伝いをしているということを話したところ、カラムがそれならばと態度が軟化し、カラムが取りなすなら、と父親も許してくれた。さすがは頭の上司、と妙な感心をしたとか。

 鉄が高騰していたら農機具の購入や修理に難儀するだろうと思って鉄鉱石を土産に訪ねたところ、幻獣のしもべ団自由な翼が畑仕事の手伝いをしているのに驚いたシアンに、カラムが教えてくれた。

 このところ大地の精霊のおかげか豊作に次ぐ豊作で、人手が足りなかったから手伝わせていると言う。

 リムが美味しい果物と野菜がいっぱい、と嬉しがったので、幻獣のしもべ団は張り切った。

 初仕事、畑の収穫の手伝い。

 牧歌的で勤労そのもので申し分ない。

 シアンは彼らへの報酬としてまた鉄鉱石を渡しておいた。固辞するしもべ団に、こういうのはきちんと報酬を払うべきなんでしょう、と笑った。

 その分、農作物をチビちゃんたちに渡せばいいな、とカラムが大量にくれる。また、ワインもくれた。

 飲酒はしないから、煮込み料理で使うことにする。沢山もらったが、フラッシュや精霊たちが喜んで飲んだので意外と早くなくなった。




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