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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
309/630

65.新しい調理器具を使ってみよう  ~タコって変な形!/太らないって良いよね!~

 

 ユエが同族たちを連れて来て工房が賑やかになったころ、シアンはマウロから報告を受けた。

 ナタでサルマン貴族を見張っているレジスが、黒ローブの姿を見かけたのだという。

「薬草の資料?」

「そうだ。何らかの薬草の研究資料を探しているらしい」

 それがどうやら何らかの研究資料のようなものらしい。明言は避けて探しているが、具体的にどんなものかは明確な対象を念頭に置いて探しているそうだ。

 しかし、それをナタで探しているというのが問題だった。

「それは非人型異類を操ったあの薬に関係するのでしょうか?」

「それ込みで、奴の研究資料ではないかと俺は思う」

 なるほど、とシアンは頷く。

 やはり、ナタで薬草に関するものを探すということはマティアスが用いた薬を嗅ぎつけたのだろう。

 そうとなると、とてつもなく厄介なことになる。

 一方はどこに潜んでいるか分かりづらく足取りを中々掴めておらず、一方は神殿という国際機関が関与する。片方ずつでも相手取るに骨が折れる。もし、双方が手を組めば、とんでもない脅威となる。

 こうなってくると、漂流してきた子供も、寄生虫異類と黒ローブが手を組んだ結果のことなのだろうか。

「どうして今更?」

「分からん。奴さんたちも最近何らかの情報を掴んだのかもしれない」

「とにかく、レジスさんにはくれぐれも危ないことをしないように伝えてください」

「分かった。研究資料の方はグェンダルにゾエ村へ行って確認させる」

 マティアスは操られていた時の記憶の大半を失っている。まるで、寄生していた異類が食い荒らしていったかのように。

 カラムの農場で働く兄弟の兄が、そうならなくて良かったと思う。もし、彼が弟のことを忘れてしまったら、生きる支えを失っていただろう。何があっても生きて弟の元へ帰るのだという強い意志が彼を生かしていたのだ。弟もまた、母親や黒ローブに虐待されながらも、兄というよすがに縋って生きていた。

 それが分かるからこそ、シアンは自分の命を狙った相手でも、兄弟が安全な場所で過ごすことを望んだのだ。

「マティアスはどこまで寄生虫異類に操られての行動だったのでしょうか」

 彼はゼナイドの塔の地下で、風の精霊に拘束されながらも、自分の恨みを晴らしたのだと言った。自分が受けた不条理を、同じ形でゾエ村に返した。

 そんな思考へと寄生虫異類が誘導したとしても、根幹にはそういった考えを持っていたのだろうか。

「それは分からんさ。誰にも分らん。人はちょっとしたことで大きく道を別つことがある。同じような境遇にいても、小さな選択の繰り返しで、全く違う方向の道を進むことになっていることもある」

 シアンはオージアスが退団したことを聞いていた。

 幻獣のしもべ団結成前の古参の仲間との別離だ。

 マウロも大いに思うところがあるだろう。それを逐一周囲に触れ回ったりはしない男だ。

「あの寄生虫異類は人を完全に操れるとは思わんね。元から持っていたものを増幅させたり誘導させたりすることによって、自分の思う通りに動かしているんじゃないか」

 全く何もないところから作り出すよりも、あるものを変化させる方が簡単だ。

 人の考えを全く発想し得ないものを考えさせるより、馴染みがあるものを考えさせる方が理解しやすく、受け入れやすい。

 つまりはそういうことだ。



 シアンはユエが作ってくれた圧力鍋で料理をすることにした。

『マダコは冬が身の締まりがよく旨味が凝縮されている』

 風の精霊の言葉に従い、タコを用いることにした。

『うわ、変なのがいる』

 ユルクに狩って来て貰うと、それをみた一角獣が盛大な鼻息を漏らす。

『これがタコ?』

 リムがシアンの肩から首を伸ばし、矯めつ眇めつする。

「うん。これはこれで美味しいんだよ。そうだ、ジャガイモと一緒に食べてみようか」

『えー』

 不満気にしきりに蹄で地を掻く。

 その様子にシアンは思わず笑みをこぼし、さっそくタコの下ごしらえに取り掛かる。

 圧力鍋に丸ごとのタコを入れ、野菜の端、水と塩を入れ、蓋をして高圧にセットして強火にかける。蒸気が出て来て、圧力がかかったら、弱火にする。

 しばらく経って火を止め、そのまま置いておき、ピンが下がったらタコを取り出し、粗熱を取る。

「残った野菜と出汁はスープにしようか」

「キュア!」

「ユエたちが作ってくれた圧力鍋のお陰で煮込む時間が大幅に短縮できて良いね」

 粗熱を取っている間に、皮をむいて輪切りにしたジャガイモを水に漬けおき、鍋に入れて水で茹で、ざるにあげる。

 タコを切り、ジャガイモとともに器に盛る。パプリカパウダー、塩、オリーブオイルをかける。

「はい、どうぞ」

 一角獣は差し出された料理を、首を左右に振って匂を嗅ぐ。その都度、鋭い角の先が振られ、雪の結晶のような粒子が舞うように光を弾く。

 せっかく作ってくれたのだからと、えいやっと口をつけ、咀嚼する。

『あれ、美味しい』

 顔を上げて目を丸くする。

「ふふ、良かった」

『海のものとジャガイモも合う』

 タコを狩ってきたユルクも嬉しそうに言う。

「そうだね。タコだけでなく、ジャガイモは他の海のものとも合うよ」

『前に魚と一緒に食べたのも美味しかったものね』

 ティオが首肯する。

 一角獣は他の幻獣たちが美味しいと言っているのを見て嬉しかった。

 あの小さな女の子が国の民を食べさせるために頑張って育てたジャガイモだ。

 タコに対して、初めは変なものだと思って忌避感を抱いた。

 何でも経験してみないと分からないものだな、と実感した。そして、シアンはそれを知らないからと言って馬鹿にしたり、咎めたりせず、気軽に勧めてくれ、それを受け入れたら喜んでくれる。だから、シアンの分かち合うということはすんなり受け入れられた。

 特に一緒に経験したことをそれほど良いものだと思わなかったとしても、大勢いる幻獣たちが何を好んでいるのか、どう感じるのかを共有するだけでも面白かった。

 だから、一角獣もまた、幻獣たちが何かを懸命にやっていることを馬鹿にしたりせず、時には一緒にやってみたり、時には護衛として付き添ったりした。

 そして、同じ一角を持つ獣、穏やかな麒麟が、みなで分かち合う最大の喜びの一つ、食を楽しめないことに対して、心が痛んだ。誰よりも優しい麒麟が一頭寂しく水しか飲めないのだ。

 綺麗な眺めを見に行こうにも、霊力の回復が遅く、あまり長くこの島から出ることができない。

 一角獣は麒麟のために何かできないかと考えるのだった。



 シアンはせっかく作って貰ったのだから、蒸し器も使おうと思って納屋から運び出す。すかさず、セバスチャンが手伝ってくれる。

 いつも傍に控えているのではないが、こうやって手が必要なときには何故か居て、手を貸してくれる。謎の多い家令だが、元魔神なのだから、そういうものなのだろう、とシアンは納得していた。

 牛乳と生クリーム、砂糖、バニラエッセンスを入れて加熱しながら解かす。

「リム、これを温めながら混ぜて、砂糖をしっかり溶かしてくれる?」

「キュア!」

 リムにボウルと泡だて器を渡すと、器用にかき混ぜ始める。

 最近、光の精霊に加熱を頼むより、リムに頼む方がよほど具合よく温めてくれることを分かり始めて来た。

 シアンは別のボウルで卵を溶き、そこへリムが混ぜてくれた液を少しずつ加えながら混ぜ合わせる。それを漉して幾つかの器に流し入れ、蒸し器に入れて蒸す。

 その間にカラメルソースを作る。

 砂糖と水を入れた鍋を揺らしながら火にかけ、茶色になったら熱湯を加える。

 蒸し上がったプリンにソースをかけ、リムに冷やして貰う。

『生クリームは甘いものにも合うね!』

 ティオが喉を鳴らす。

『温めたり冷やしたり、リムは器用だな』

『そのお陰で美味しいものが食べられます』

 鸞が感心するのに、九尾が頷く。

 わんわん三兄弟は鼻の上にプリンの欠片を乗せているのにも気づかずせっせと食べている。

『蒸し器でこんな料理が作れるなんてにゃあ』

「みゅ!」

『……』

『ネーソスも美味しいって!』

 ユルクが代弁する隣で、ネーソスが小さい頭を上下させている。

『こ、こんな美味しいもの、初めて食べます!』

 リリピピは初めて食べる物、全てに驚き、美味しいと言う。

『ねえ、シアン』

 プリンを頬張って丸い顔をさらに丸く動かして咀嚼していたリムが口の中のものを嚥下して、シアンを上目遣いで見やる。

 その頬のプリンの欠片を布で取り去って先を促す。

『あのね、もう一個貰ってもいーい?』

 最近ようやく現実世界の忙しさが落ち着いて、毎日ログインするようになったシアンに、リムはべったりだ。寂しい思いをさせていたのだと考えれば、多少の自己主張は我儘には感じられない。

「うん、いいよ。お代わり?」

『ううん、これね、甘くてとても美味しいから、稀輝にもあげたいの!』

 浮き浮きと言いながら、片手に器用に掴んだプリンの器をぐっと前へ押し出して見せる。

「ああ、確かに、稀輝が好きそうだね」

 銀色の光の精霊は甘いものが好きだ。金色の光の精霊はこの柔らかく滑らかな触感を嫌いそうではあるが。

 果たして、呼び出した光の精霊は美しく冷たく整った表情を僅かにとろけさせながら味わっていた。

『シアン、今度、もっといっぱい作ってあげて!』

「うん、そうだね」

 光の精霊の様子に、リムと顔を見合わせてうふふと笑い合う。

 後に、シアンは大きな器で蒸しプリンを作った。

 光の精霊は一人でぺろりと平らげてシアンを驚かせた。

『精霊は肥満とか糖尿病とかとは無縁でしょうからなあ』

 ご馳走三昧でふくよかになりつつある腹を撫でて、九尾が羨ましそうに言ったとか。

 シアンはユエと妖精たちが道具作りをしてくれた際、栄養補給にさっとニンジン料理も作った。

 ニンジンをスライスして塩茹でにして冷水にとり、ざるにあげる。

 水気を切ってまだ熱いうちに、おろしニンニク、粉末とうがらし、クミンシード、バター、塩コショウ、砂糖と絡め、コショウをふりかける。

 シンプルで簡単なものだが、ニンジンがこれほど美味しいとは、こんなにふんだんに調味料を使った料理は初めてだ、と喜んでくれた。

 シアンは見た目で惑わされているが、彼らは兎の姿はあくまでもユエに合わせただけで、妖精である。喜んでくれて何よりだった。



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