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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
307/630

63.ユエの同族1

 

 ユエは以前、人間の工房で働いていた時は、どす黒い毛並みになっていたが、当初は白い毛並みの幻獣の姿をしていたのだ。それが人間社会の中にあり、働くうちに汚れていった。

 島に来て栄養を取り、綺麗に洗われた。

 初めは大量の湯に満たされた風呂に恐怖を抱いたが、寒いこの季節、温まるのにちょうど良い入浴はユエのお気に入りの一つとなった。

 島に来てしばらくして濃い灰色の毛並みになった。

 今は何故か茶色の毛並みに変化している。

 そのうちベージュから白に戻るのだろうか。

 でもいい。今は幸せだから。

 ユエは妖精の中でも変わった性質を持っており、家事よりも道具作りが好きだった。

 本来、卵形の体に長細い手足がついた姿の妖精だった。

 自分のしたいことをしようと同族の住む村を飛び出し、人間の街に行った。初めは密やかに工房の作業を手伝った。妖精は見つかったら捕らえられて見世物にされると村では言われており、捕まらないようにしようというのが一般的な考えだった。

 工房の作業を手伝うのは初めは喜ばれたが、続くと疎ましがられた。

 食べられなくて妖精の本来の仕事に戻ったが、やはり道具作りがしたくて、幻獣の姿を取った。そして、人間に姿を見せ、雇って貰った。

 臆病なユエにとっては一大決心だった。

 でも、雑用しか任せて貰えなかった。そんな仕事しかしていないから、ろくな食事も貰えなかった。

 そんな中、シアンに拾われてこの島へ来て、好きなだけ道具作りをすることができることになった。作った道具を、皆褒めてくれ、喜んでくれた。

 それで、ユエは自信を持った。

 自分は偉いのだと思った。

 リムの失ってしまったタンバリンを、より良い素材で素晴らしいものを作り上げた。

 しょげかえったリムを笑顔にさせたのは自分なのだ。

 他にも沢山役に立つ物を作ってきた。

 なのに、他のろくに役に立っていない者と同列視されているなんて、おかしい。同じく可愛がられ、愛されているなんて、不公平だ。

 自分はひもじくて、怒鳴られて怖くて、蹴られて痛くて、それでも、頑張って頑張って、ようやくここで役に立って認めて貰えているのに。

 なのに、何もしない者と同じなんて。

 自分はすごいのだ。

 偉いのだ。

 だから、納得がいかなくて、シアンが何か悩んでいないかと言われた時に話してみた。

 そうしたら、シアンは自分が大したことをしていないと思う者は、他の者にとってはすごい事をしている。

「君がすごいように他の幻獣もすごいんだよ。君がそうなように、他の幻獣も認められると嬉しいよ」

 そう言った。

 そして、この館の幻獣が全員好きなのだから、君のことも好きなのだと言った。

 その時、シアンは自分の姿が見えなく、声も判別できなくしていたので、誰だか分からなかった。でも、この館の幻獣が全員好きなのだったら、自分のことも好きだということだ。

 いつも変な奴、役に立たない奴と言われて嫌われていた自分も好きなのだと言う。

 シアンはユエがすることを全て否定するのではなく、ユエが何が好きか、何をしたいかを聞いてくれ、それを叶えようとしてくれる人だ。その周囲にいる幻獣もまた、ユエを認めてくれ、色んなことを教えてくれ、ユエのためにどうしたら良いか考えてくれた。沢山の夢のようなことを分かち合ってきたのだ。

 なのに、自分は羨ましくて妬ましくて、そして、優遇して貰うのが当たり前だと思っていた。

 もっと役に立とう。

 道具作りに拘らずに、幻獣たちが必要なもの、役に立つ物を作りたい。

 ユエは麒麟が同種と交流したことから、自分も同族に頼ることを考えた。

 中にはユエみたいに家事よりも物づくりの方が好きな者もいた。楽器作りが得意な仲間がいたのを思い出したのだ。

 物づくりをしなくても器用なものもいた。変だと言われ続けたユエはそんな同族とも自分は違うのだと主張した。拗ねていた。また、そうやって自分の優位性を誇示しなくてはプライドを保てなかったのだ。

 だから、会いに行っても断られるかもしれない。でも、行こうと思う。

 何でもやってみないと分からない、案外違う結果が出る、とはシアンが言っていた言葉だ。

 ユエが幻獣たちにそう話して郷里へ向かうに当たり、一角獣が護衛に名乗り出る

『島の見回りは?』

『セバスチャンにして貰っておけば良い』

 一角獣はあっさり言う。

『ぼくも着いて行きたいけれど』

『リムはもしシアンがこちらに来た時のことを考えて、館にいて。だって、シアンは来てすぐに帰るかもしれないでしょう? そうしたら、会えなくなってしまうもの』

 リムもそれを危惧していた様子だ。

 シアンはあちらの世界で一年の終わりと初めを迎える仕事の準備で忙しいそうだ。

 今後しばらくはこちらの世界へ来れず、来てもすぐに帰ることになると言っていた。

 リムがそんな風にして館から離れがたいのはティオも同じだ。

 九尾もまた、フラッシュパーティに呼び出されることが多くなるのだそうだ。年末年始の休暇プレイでみなが揃うことは難しく、時間がある時に進めておきたいのだと言っていたが、何のことかはさっぱり分からない。

 麒麟は体調を整えつつ、カラムの農場に通い、鸞は研究に忙しい。

 わんわん三兄弟は一角獣の背中に乗るのを怖がり、リリピピはリムと共に炎の精霊に歌を披露する練習に追われている。

 カランは何か物思いに沈み込むように見えたので、自分も行こうかという申し出を断った。

 ユルクはネーソスと共に、レヴィアタンに挨拶に行くと言う。

『正式にシアンの手下になったことを話してくるよ』

『ちゃんと手下はもういらないって言っておいてね』

『う、うん。また送って来られたらシアンが困っちゃうものね』

 ティオの釘刺しに、ユルクが鎌首を大きくたわめる。

 ティオが言っていたと聞けば、レヴィアタンも滅多なことはしないだろう。

 そんな経緯で、ユエは一角獣と二頭で旅立った。

 まさかそれで、同族たちの数匹が島にやって来ることになるとは思わなかった。そして、それを忙しいシアンに断るのが事後承諾となるということも。



 一角獣は高高度を飛んだが、背の上のユエのことを鑑みて、突進の速度は出さないでいてくれた。時々地上に降りて休憩を取ったが、強行軍ではあった。

 ユエも戦う力はないとはいえ、高位幻獣である。衰弱していたが、魔力あふれる島で暮らすうち、すっかり回復し、以前よりも強くなっていた。そのため、シアンよりもよほど頑強で、一角獣の飛行に十二分に耐えることができた。

 シアンも精霊たちの加護があるので、耐え得るのだが、騎獣であるティオが過保護なため、速度は加減される。それでも十分に速いので、乗せて貰うシアンには不満などない。

 季節はすっかり冬で、その日は一年で最も昼が短い日だった。

 この日を境に太陽の力が復活すると信じられているその地方では、その日を乗り切った翌日に祭りを催すため、準備に余念がなかった。

 丸太を交互に組み上げ、火を点し、ご馳走を食べて踊るのだ。畑はその日までに綺麗に整備しておき、翌年の豊作を祈る。

 男たちは丸太組みと畑の整備を、女たちは料理をしている。

 この日ばかりは子供たちも駆り出され、てんやわんやの賑わいだ。

 逃げ出した子豚を追って、子供が丸太組みに近づきすぎてしまい、それに気づいた男が驚いてバランスを崩し、組んでいた丸太が崩れ落ちてしまった。男は苛立って咄嗟に子供を怒鳴りつけ、子供は大声で泣き出し、近所で料理していた女性が顔を出し、騒ぎは大きくなる。

 畑で忙しく立ち働く男たちが、丸太組みの方を手伝ってくれと呼ばれ、畑は作業の途中で人がいなくなった。

 そこに、茶色の毛並みの兎の姿をした幻獣がやって来た。

 ユエである。

 一角獣が食事のための狩りに出かけたので、ユエは一人セーフティエリアに残された。

 雲海を眺めるのに飽きていた。セーフティエリアのすぐ傍にあった人の気配がなくなったので顔を出してみれば、そこは畑だった。

 やることがなくて暇を持て余していたユエは、カラムがしていたように、その畑を耕した。

 その頃のユエは人の役に立とうという気概に満ちていた。

 人気があったのが不在になったということは、休憩にでも行ったのだろうと思った。

 実際、農機具が放り出されていた。

 ユエが判断を誤ったのは、カラムの農場が様々な精霊の恵みに溢れていた規格外の場所であることを軽くしか理解していなかったこととその村が祭りでいつもとは違う事情があったということからだ。

 ともあれ、器用なユエは畑をどんどん耕した。

 力に横溢する島にいたお陰で、作業は軽々と進んだ。

 と、すぐ近くに男が立っていることに気づいて、農機具を放り出してユエは跳んだ。何度も跳躍を繰り返す。ユエは臆病なだけに気配には敏い。なのに、何も感じなかった。

 数回跳ねた先に、また同じ男が立っている。

 慌てて急旋回して跳ねる。また立っている。

『えっ⁈ どうしてっ!』

 麦わら色の髪を長く伸ばし、項で一まとめに結い、高い鼻に高い頬骨、頑強そうな顎とえらを持ち、太い眉が意志が強そうだ。

『そこな獣、お前は何をしているんだ。それにしてもすばしっこい』

 その声を聞いて、ユエは眼前の男が人間ではないと知る。敵意や害意がないことを感知して、おずおずと答えた。

『畑を耕しておいてあげようと思ったんだ。そうしたら、助かるでしょう』

『ふむ。悪気はなかったということか。ところが、それは他者からしたら迷惑となることもある』

 男はこの畑は今、祭りに際して整地されているところで、ユエがしたことは村人にとっては余計な手間を増やしたのだと言う。

『ごめんなさい』

 ユエは素直に謝罪した。

 その時、どん、と空気が鳴動する。

 気づいた時には一角獣の美しく流れる尾や引き締まった尻が見えていた。

 一角獣が戻って来たのだ。

 そして、男とユエの間に立ち、庇う態である。

 ユエは慌てて自分が悪かったのだと言う。

 一角獣がユエをちらりと振り向く。まっすぐに鋭く伸びた角が雪の結晶のような光を弾く。

『な、何という重圧感だ。下位とはいえ、神の身にこれほどのものを与えるとは』

 ユエの言に一角獣のプレッシャーが緩み、男がようよう言う。

 実際、一角獣に攻撃されては下位神は一たまりもない。

 ユエは残って畑の原状回復をするというのに、一角獣は自分も手伝うと言ってくれた。

 これも護衛のうちだから、と。

 自分も手を貸そうとする下位神に断るが、何、指の一振りで全部が元に戻る訳ではないと笑う。

 畑の修復を図りながら、自分はこの村の豊穣祭を捧げられる神で、喚ばれてやってきたのだという。

『こうやって手作業で一つ一つしていたら時間も手間もかかるのが分かるだろう。彼らのそうした努力をお前は無にした上、良かれと思って、と言ったんだよ』

 その言葉で、ユエは妖精の姿だったころに工房で勝手に仕事を仕上げて怒らせ続けたことを思い出した。

 彼らの仕事を全否定したのだと、その時になってようやく解った。彼らにもプライドがあるし、仕事への情熱がある。逆にそれを受け入れて得体のしれないものが仕事を代わりにやってくれることに胡坐をかいているようでは職人とは言えないのだ。自分の能力向上に繋がらないからだ。

 下位神が手伝ってくれたお陰で、人間が戻ってくる前に畑を元に戻すことができた。

 ユエは頭を下げて礼を言った。

『今は急いでいるから、改めてお礼を。音楽と料理を』

『気持ちだけ受け取っておくよ。ところで、音楽と料理と言うのは?』

『上位存在は音楽と料理を捧げられるものなんでしょう? ティオとリムが言っていたよ』

『ティオとリム?』

『グリフォンとドラゴンだよ』

 下位神の表情がこわばり青ざめる。

『どうしたの?』

『いや、その、私に会ったことは誰にも言わないでくれ』

 様子のおかしい神はそれだけ言うと姿を消してしまった。



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