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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
303/630

59.進化を求めて2

 

 拠点として貰い受けた館の一階、通常であれば大広間として使われる縦にも横にも広い空間を、幻獣のしもべ団は食堂兼、会議室として使用した。縦長のテーブルを幾つも置き、寛ぎやすい空間にしている。

 本来の食堂は別にあり、そちらはそちらで小規模のミーティングをするのに打ってつけだ。終わった後にそのまま酒宴に入れる。

 貴族も昔は大広間を食堂や居間として用いたので、あながち使い方は間違っていない。

 その大広間の一角に陣取ったマウロは出入りする団員たちから報告を受けていた。

 転移陣登録の進捗状況、寄生虫異類の足取りとして、最近性格が変わったり不審な行動をする者がいないか、マティアスが用いた薬草を大量に購入する者はいないか、黒ローブの行動などである。中にはレジスからの報告も届いた。

 カークやディランは班を率いて出掛けている。

 マウロは時折、班に混じってあちこちに顔を出した。

 転移陣の登録がある程度進んだため、班の編成を定期的に変更し、さらに縦横無尽の登録を行っている。任務の内容にもよるが、密偵と武力のある者をバランスよく配置している。ただし、異類たちのバディは崩さない。それをしてしまえば、戦力が半減どころでなく落ち込むからだ。同じような理由でロイクとアメデは揃って配置する。

「ふうん、セルジュが化けそうだな」

「うん。リリトに刺激されたことや、何より幻獣たちと間近で接することが良い刺激になったみたい。です」

 フィンレイがあやふやな敬語で答える。

「小鳥がなあ。初めはティオたちに怯えていたが、あの小さいの、なんだっけか」

「リリピピ?」

「そう、それに励まされて飛び回って、最後には一緒に鳴いたのには驚いたな」

「あれは歌のようでしたねえ。セルジュのやつ、鳥マスターになるって意気込んでいますからね」

「ディランから鸞が全ての鳥の生みの親だと聞いて、拝んでいたらしいな。怪しい行動をさせるなよ」

「了解でっす」

 ふざけた物言いだが、彼らは幻獣たちのための結社の団員だ。

 先だっての凶事は当事者のエメリナが自分が悪いと言っているのと、ネーソスが謝罪したことから、一応収まりを見せている。

 しかし、マウロを始めとする大多数のしもべ団員たちは自分たちの考え違いに、改めて気を引き締める思いだった。

 何より、一点の非もないネーソスに謝罪させてしまったことが悔やまれる。

 幻獣たちは彼らの事情があり、それによる行動基準があるのだ。優しい性の麒麟が、食べないことへの迷いがあったことや善意から差し出されたこと、リムの好きな果物だったことから良いものだろうと判断したこと、様々な要素が絡んで食べてしまい、結局飲み込めずに嘔吐した。

 それを毒を与えられたと思ったネーソスが反撃に出た。

 ある意味、麒麟にとってはそれは毒に等しかった。

 事情を知らないものが安易に考え、不用意に近づいてしまったがための仕儀だった。

 それは幻獣たちと近しく暮らしていたことからの気の緩みが起こしたとしか言い様がなかった。

「俺もフィオンに無理やり毒を食べさせたと思ったら殴っていますよ」

「違いない」

 ネーソスからしてみればフィンレイの一撃と比すればよほど手加減しただろう。それだけの力の差が人と幻獣にはある。エメリナは即死しなかったのだから。

 それだけに、事を荒立てて軋轢を生みだすクロティルドに腹を据えかねる者が多かった。

「俺からグェンダルに話しておく。それで改善されなければ、強硬手段でも取るさ」

 クロティルドにこそ、もう一度幻獣のしもべ団のことについて教える必要がある。そして、自分の問題にしっかり向き合わないならば、退団も視野に入れるべきだ。

 フィンレイは次の報告者が現れたのを汐に大広間を出て行った。マウロは黒ローブの報告を聞き、顎を撫でる。

「その街にも現れたか」

「鬼気迫る感じですね」

 このままではいつかは幻獣のしもべ団の団員が捕まるのではないか。そんな危惧を抱かさせる。

「潜入先の神殿や各ギルドの場所の把握、退路確保を徹底させろ。安全第一と装備、金の携行もだ」

「はい」

 報告者が立ち去ると、マウロもまたグェンダルを探して部屋を出る。

 補給を任せているグェンダルに装備の在庫に関して聞いておく必要もある。

 食堂から出て来た所を捕まえ、何点か確認した後、本題のクロティルドの件に入る前に、新しく入った異能の持ち主のことを聞く。

「ああ、彼女たちはすごい。同じ衝撃波でも、俺たちのものよりも細く遠くへ飛んで対象を穿つ。俺たちのは対象を吹き飛ばすんだが、彼女の物と連携を取れれば戦法の幅が広がる」

 グェンダルが珍しく興奮して勢い込んで話す。

「威力がないが、精度は良い。最近になって現れた異能だ。それに、彼女一人で解決するべきものでもないしな。そこをカランタが上手くリードしてやっている。まだまだ改良の余地はあるだろうがね」

「なるほど。既にバディとしてそれぞれの役割を果たしているんだな」

 マウロの言葉にグェンダルが嬉しそうに頷く。幻獣のしもべ団の頭が自分たちの異能について正確に把握していることが喜ばしいのだ。

「そうだ。ミルスィニもカランタも狙撃手の感知能力が下がることを知らなかったし、それを補う動きをする必要があること、それが観測者であること、観測者がどういった風に狙撃手を導くか、初めてのことばかりだ。そういうことを今後教えて行けば、彼女たちは相当な戦力となるだろう」

「ここでも新人が育っていてくれて嬉しい限りだ」

 怪訝そうな顔をするグェンダルにセルジュのことを話してやる。話が幻獣への接し方を慎重にするべきという点に及ぶと、高揚していた気分が萎み、表情を曇らせる。

「本当に俺たちの問題に巻き込んでしまって済まない」

 きっちり頭を下げるが、マウロは腕を組む。

「どうにかしろともっと前から言っていた。俺はあんたの顔を立てるつもりでいた。その上での今回の出来事だ。ここではっきりさせて貰おう。クロティルドを何とかするか、出来ないなら退団させるかだ」

 上げたグェンダルの顔が引きつっている。

「ま、待ってくれ。ちょうど今さっきその話をしていたんだ。クロティルドにはしっかり幻獣のしもべ団のことを成り立ちから話してある。幻獣への接し方についてもだ」

「それで納得したのか?」

「悪かったと言っている」

「悪かった、で済む話ではない。脚を噛みちぎられてもここに残りたいと言っている当事者が自分に非があると言っているのに、事を荒立て、非のない相手を謝らせることになったんだぞ。あまつさえ、シアンに幻獣をどこかにやれと言った。勘違いも甚だしい。俺たちは幻獣の手となり足となるのであって、その負担になるためにいるんじゃない」

 補給担当のグェンダルとしては、その噛みちぎられた足をくっつけることができる薬、鸞が作成したのだという代物についてもっと詳しく、できれば本人から色々聞いてみたいところだが、そんなことは到底言い出せるはずもない。

「そのことも話してある。それに、彼女は今、ミルスィニたちが入団してきたことで、初めて新人ではなくなったことに自覚を持ち始めたところなんだ。自分よりも異能の管理をし初めて日が浅い者が目覚ましい成果を上げていることに焦りを持ったんだ」

 グェンダルは懸命に言い募る。

 彼としても同郷の者を見捨てたくはない。それに、クロティルドは本来、有能なのだ。

「だと良いがな。シアンは色んな考えの者がいて良い。いや、違うな、いて当たり前だと思っているんだ。その上でできる者ができることをすれば良いと言っている。だから俺も目をつぶって来た。尻ぬぐいだって、上の役割さ。だがな、自分の感情だけを優先して当たり前だと思っている輩は組織を内側から食いつぶす。その前に排除するか変化させろ。いいな」

 いつになく厳しいマウロの言葉に、だが、グェンダルは今まで受けて来た配慮を感じ、項垂れるのだった。



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