表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
301/630

57.麒麟の慈悲3 ~まだ怖がられているの/爆誕/ナレーションしてみたいお年頃~

 

 麒麟は枯れた植物以外は口にしない。

 それが慈悲からくるものであったのは確かだが、食べても味がしないのだから、当たり前ではないかと思えた。

 自分が慈悲深いなどと、大それた評価だ。

 考えれば考えるほど、枯れた植物しか食べないのが先か、味覚障害が先か、分からなくなってきた。

 様子を見に訪ねて来たシアンを見て、麒麟が大粒の雫をこぼす。

『リムが美味しいって、大好きだって言うリンゴを食べたんだ。でも、噛んでも噛んでも味がしない、味がわからないんだよ。きっと、何を食べても分からないんだ』

 麒麟は味がしない、と絶望的な表情で繰り返した。

 シアンは何も言わずに、筋を作る涙を拭き、そっとその長い鼻面を叩いて、額に頬を寄せる。

 麒麟はシアンの胸に鼻面を抱き込まれ、ふと安心した。温かい体温、柔らかい体、鼓動する体内、確かなシアンの息吹を感じ、生きているのだ、と実感した。

 しばらくして、麒麟やネーソス、九尾、ユエは回復した。

 麒麟はカラムの農場に顔を出した際、歓迎されたことに安堵した。子供が怯えなかったと嬉しそうに報告する麒麟に、九尾が項垂れた。まだ、弟には怖がられているらしい。

 そして、幻獣たちはシアンが眠ってしまった後、居間に集まった。

『食べたくないなら、無理に食べなくてもいいんじゃないの? 命を奪われないように必死になるのは普通だよ。それを哀れだと思うのはやっぱりレンツが優しいからだ。弱いからじゃないよ』

 そこは間違うな、とティオが力強く頷く。

『そうだよ。君は優しい。力もある。使いどころを間違わなければ良いだけだよ。もっと自分を信じれば良い。その上で、あまり深く考えることなく突き進むと良い』

 同じ一角を持つ一角獣も保証する。

『レンツ様は真実、お優しいですぞ!』

『誠に。おっとりしておられて、殿の癒しでございましょう』

『むしろ、若とご一緒におられると、癒しは倍増!』

『『『我ら幻獣の癒しにございます!』』』

 わんわん三兄弟が異口同音で褒めたたえる。

 確かに、シアンと麒麟のやり取りはのんびりしたもので、幻獣たちを和ませる。

『そうにゃ。こんなやかましい幻獣の中で貴重なのほほん枠にゃんだぞ! 独自個性を確立しているのに、何を悩むことがあるんにゃ! もっと、自信を持っていくにゃ!』

 カランが訳の分からない励ましをする。

「みゅ!」

 ユエがそのままで十分さ、と親指を立てる。

『わたくし、愚考しますに、戦闘上等、力重視の幻獣たちの中で、シアン様と同じ側に立つことができる稀有な存在がレンツ様であらせられると思います』

 リリピピが穿った見方をする。

 リリピピはつい先日戻って来て、事の次第を聞いて仰天した。一連の事件があったことから、シアンは冬はこの島で過ごすように言った。いくら精霊の助力があるからといって、冬の旅は危険だし、働きづめは良くないので、しばらくのんびりしていて欲しいと言われて受け入れる。シアンの心配が分かったからだ。

『迷っても良いんですよ。思う存分、悩むと良いです』

『え?』

 九尾の意外な言葉に、麒麟が思わず聞き返す。

『確かに即断即決できる者もいるでしょう。ですが、十分に考えて出した答えもまた、尊いもの。出した答えに納得がいかなければ、また続けて悩めば良いでしょう』

『迷っても良い……』

 常になく真面目に語る九尾の静かな声音が、麒麟の心に浸透する。

『そうです。重要なのは、その思いだけに捕らわれないこと』

 気づけば、麒麟だけではなく、幻獣たちが九尾に注目していた。

『色んなものを見て、感じていくことです。そうすることによって、様々な価値観や視点や途を見つけ、知ることができるのではないでしょうか。そこから教わり、取捨選択して自分の中に取り込む糧とすれば良いのでは?』

 急いで答えを見つけなくても良い、焦らなくて良いのだと言われ、麒麟はほっと息を吐く。

『そうか。そうだね。……ありがとう、きゅうちゃん』

『いや、何、きゅうちゃんもシアンちゃんから教わったのですよ』

『『『『『『シアンから……』』』』』

 幻獣たちが異口同音に言う。

 シアンの言葉はいつも彼らを優しく癒し支えてくれる。

 幻獣たちは口々にシアンの作る料理や音楽、共に楽しむ景色や遊戯のことなどを語り出す。

 リリピピは僅かの間しかシアンと接したことがないから、彼らの話を興味深く耳を傾けた。そして、この場にいないネーソスと彼に付き添うユルクも、一緒に過ごすことができたら良いと願った。



 麒麟の角と同じく、ネーソスの甲羅は万病に効く薬の元となる。

 鸞はそのことを知っていたが、身を削ってくれとは言うことは躊躇われた。しかし、ネーソスが噛みついた幻獣のしもべ団の女性の脚を直すために欲しいと話した。

 本人は至って普段通りに、欲しいならやると答えた。

 痛くないのかと聞いてみると、少しくらいならこの島にいればすぐに霊力が元に戻り、甲羅も修復するとのことだ。

 鸞は少し貰って薬を作った。

 傍らで見ていたリムがすごいね、と目を丸くする。

 鸞からしてみれば、ネーソスは静かな時と激高した時の落差が激しい。

 必要とあれば他者を手酷く傷つけることと他者を癒すことができる。

 相反する性質を備えた霊亀は、普段は穏やかで、のったりとした動きだ。誰の何の話しでも穏やかに聞く。聞いていないのではないのは、意見を求めると自分はこう思う、という感想を的確に話すところだ。請われなければ滅多に話さない。

 その考え方も穏やかの一言に尽きる。

 ネーソスは一角獣が幻獣を守っているのを見て、良いなと思い、自分もそうしようとしたのだという。

 それを聞いたシアンが一角獣は強いけれど優しいものね、と言うと、ネーソスは目を細めた。

 ネーソスからしてみれば、シアンが幻獣たちの乱暴な一面だけでなく、他の良い面にも目を向けてくれることが嬉しい。

 同族たちが次々に捕まって、やれ甲羅が万病の薬の元となるだの、やれ霊亀で縁起が良いだの言われてきた。

 座視していたら甲羅どころか身まで食い尽くされかねない。

 そのくせ、鈍重で奇異な容姿をしていると言われて気味悪がられて来た。

 しかし、この島では可愛いと言われ、更に可愛さを追求し、一緒に遊んで、色んなことを分かち合うことを良しとしていた。

 意思表示が乏しいが、それでも痛い悲しい嬉しい腹が立つという感情がないのではない。それを、シアンは拾い上げようとしてくれたし、可愛いと言ってくれる。甲羅が欲しいのかと思いきや、身を削るのは極力避けて欲しい風情だ。麒麟と同じく削れば霊力がなくなるが、自分は霊亀と称されるまでになり、大きくなれるのだから、わりと早く回復できる。

 自分は殆ど何ら貢献できていないが、ユルクの特訓に付き合っている、と言ってくれる。

 今回の一件で、シアンは幻獣の野生を知っていたのに、それをしもべ団に徹底させていなかった自分も悪いと言った。思い返してみれば、マウロは一線を引いて接していた。自分が考えなしだったのだと。

 その上で、色んな幻獣がいるように、人の中にも研鑽を積むことを良しとする者がいれば、幻獣のために働こうとする者もいる。無暗に触れたりその威光を借りようとせず、自らの力で事を成そうとする。それが幻獣のしもべ団たちだと静かに話した。

 そんな人間もいるのだな、とネーソスは驚いた。

 同族たちを殺していった者と区別せず、問答無用で噛みつくなど、ネーソスこそが彼らと同じではないか。

 ネーソスは大いに反省し、エメリナに謝罪した。

 エメリナは赤くなったり青くなったりしたが、自分はようやく見つけた居場所を追われることがないのだと実感し、泣き出した。

 それが嬉し涙というものなのだとシアンが教えてくれた。

 その顛末を聞き、麒麟が喜び、リムが考え込んだ。

「リム? どうかしたの?」

『うん……。ぼく、廻炎に謝った方が良い?』

 シアンが水を向けると、リムが上目遣いになる。

「何に関して?」

『前にね、火山に行った時、廻炎がね、英知に一生懸命話しかけていたの。その時、楽しい気持ちにしようと思って、タンバリンを鳴らしたんだけれど、うるさいって言われて燃やされちゃったの。廻炎、せっかく英知に会えて一生懸命話そうとしていたのに、ぼくが邪魔しちゃったんだね。だから、ぼく、謝った方が良い?』

「うん、どうだろうね。でも、リムがそうしたいならそうすると良いよ。ただね、謝るのはリムが本当はこんな気持ちで、悪いことをしようとしていなかったんだよ、廻炎の気持ちを考えずにごめんね、と言うだけだから。廻炎がリムの気持ちを汲み取るかどうかはまた別の話だよ。許して貰えないかもしれない。廻炎にとってどれだけ大切なことかは本人にしかわからないからね」

『うん。でもね、ぼくが悪かったんだよ、って。ごめんなさいっていう気持ちだけは言っておく』

「そうだね。じゃあ、廻炎を呼んでみようか?」

『うん!』

 この後、呼び出された炎の精霊は謝罪を受け入れ、自分も短慮が過ぎたと謝った。今度、リリピピと共に歌を歌ってくれと言われ、リムは意気揚々と小鳥と練習に励んだ。

『こうして、全属性の精霊王の助力を得る世界最強のドラゴンが爆誕したのである!』

「きゅうちゃん?」

『ちょっとナレーションっぽく言ってみたくて。そういうお年頃なんです』

 九尾ももはや本調子のようである。ティオ辺りはしばらく不調のままでいれば良かったのにとでも言いそうだ。

「リムが加護を貰っているのは稀輝と深遠からだけど」

『でも、他の四柱の精霊王の可愛がりっぷりは相当ですよ。炎の精霊王も可愛がる気満々ですし!』

「皆、リムに甘いものねえ」

 自分が言えたことではないけれど、とシアンは柔らかく苦笑するのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ