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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
293/630

49.悩み相談室4

 

 次の者は、手下は要らなかったのに、自分の滞在を認めてくれた礼を言う。この島での生活が楽しく、多様な幻獣と触れ合うことができて嬉しいとも。

『うん、本当に隠さないな!』

 九尾の嘆きはさておき、シアンは最近、この島へ来た彼とあまり話していないなと考えた。というより、彼の言葉を拾ったことがない。ユルクが代わりに伝えてくれたことはある。

 ここへ来て、初めて彼の言葉を聞いた。

 ということは、意思疎通はできるのだろうか。それとも、今この時だけ、精霊が力を貸してくれているのだろうか。はたまた、普段は意思疎通をする気持ちはなく、今だけが特別なのだろうか。

 それを聞いてしまっても良いものか迷う。特定の誰かだと分かって言葉を発すれば、幻獣が嫌がるかもしれない。これはあくまでも、匿名性を基にした対話なのだ。

 九尾の言う通り、先方が隠していないとしても、シアンとしては知らぬ振りをするしかない。

「それは良かった。ユルクは前からこの島に住んでいたけれど、他の幻獣は最近来たばかりなんだよ。戸惑うことも多いと思うけれど、みんなで一緒に色々楽しめると良いな。また後で何か出てきたら言ってね」

 声は分からないが、落ち着いた話し方をする。

 動作はのんびりしているので、性格が話し方に現れているのだろうか。

 ユルクの頭の上に乗って餅つきをしたり、皮むき器を使ったり、そう言えば、イケメンポーズもいっしょになってやっていたと思い出す。

 彼は彼なりに、きっとこの島での生活を楽しんでいるのだろう。

 この島へきて良かったと思って貰えていると良いなとシアンは考えた。

 彼は卵から孵った時から聖獣だった。

 その甲羅は万病に効く薬となると様々な人間から追い掛け回された。

 同じく卵から孵った同族たちが次々に捕らえられた。

 必死で四肢を振り回すも、呆気なく捕まって行った。

 彼が無事だったのは運が良かっただけだ。小さな積み重ねが続き、難を何とか逃れて来ただけだ。つい今しがた波打ち際を共に移動していた同族が、気づいたらいなくなっているのだ。

 そうやって、いつしか彼は島に間違えられるほどに大きくなった。そのころには霊亀と称されるようになっていた。そして、簡単に人に狩られることはなくなった。人間に対して、嫌悪と憎悪しかなかった。

 そんな中、海の王者レヴィアタンから孫が人の手下になったと聞いた。良ければ彼にも手下となって手伝って欲しいとも。

 レヴィアタンの要請を退けた。

 でも、ユルクからも連絡が来て興味が湧いた。

 彼の性はレヴィアタンに近しいけれど、ユルクのことを気に入っていた。その彼が、ユルクという名を得たと嬉しそうに伝えて来た。そして、彼にも一緒に手下になって欲しいと言う。

 指定された島に来てみれば、そこは精霊たちの力が集まった場所だった。世界の粋が集まった所だとも言える。

 そして、色んな幻獣たちが仲良く過ごしていた。

 それは波間を揺蕩いながら陽光を浴びているような心地よいものだった。

 その彼らはシアンという人間のために可愛くなるのだと言った。

 シアンは特段手下を求めているのではなかったが、彼にここで過ごしたいなら自由にして良いと言ってくれた。そして、楽しい音楽や美味しい食べ物、美しい景色を分かち合う輪の中に入れてくれた。

 人間たちは自分の同族のささやかな世界を壊した。懸命に生きる生を奪った。自分たちの生を永らえさせるために、もしくは金銭のために。

 でも、シアンは自分に要求することなく、奪うことなく、様々に与えてくれた。

 なおかつ、意見を聞き、よりよくしてくれようと心を砕いてくれる。

 そのシアンが島の人間と折り合いをつけてくれと言うのであれば、そうしようと思う。

 他の幻獣も山の幸を分けてくれたり、一緒に遊んだりした。

 ユルクが特訓するのにつきあったりもした。

 人間や他種族の幻獣はこんなことをするのか、と感心したり面白がったりした。

 思いもがけず、精霊王などといった存在と遇することになったが、お陰で、小さい体でも陸地を空を浮くことで、素早く移動することができるようになった。これで狩られる不安が大幅に減る。

 聞けば、この島はセバスチャンが管理し、密猟者などから完全に守られているのだという。

 まさしく、理想郷のような場所だった。

 幻獣たちは自分たちができることをしようとしている。

 彼も自分ができることをしようと思う。

 この島は、彼にとってすでになくてはならない場所だからだ。



『さあ、最後です。気合を入れて臨みましょう!』

「はは。そうだね」

 最後の入室者はしゃちほこばった様子が見て取れるような口調だった。

「何か困っていることはある? したいこととか、足りないものとか」

『いいえ、いいえ! わたくしのような者に過ぎるほどのものを頂いております!』

 誰からも期待されず、顧みられることなく、嘲りと蔑みを感じ、縮こまるようにして片隅でせっせと歌っていた。

 そんな自分に大役、炎の属性の者としてはなくてはならない風という存在の最上位の者のために歌を運ぶという、これ以上にない役目を貰うことができたのだ。

 しかも、自分の歌声を褒めてくれ、楽しい気持ちが伝わったと言ってくれた。

 だって、本当に楽しかったのだ。リムの体の底から楽しいという気持ちが伝わって来て、自分も一緒になって踊って歌った。とても楽しかった。

 それが良かったのだと言ってくれた。

 そして、その大役をこなすために、何と、当の風の精霊王の力を貸して貰えることになった。他の五柱の精霊王もの力もだ。全属性の粋を集めるなんて、なんてすごい人なんだろうと思う。それを惜しげもなく自分のような者に与えてくれるよう頼んでくれた。

 必ず、この役目を果たさなければならない。

 この任務は定期的に行うこととなった。

 遥か遠くに離れた場所へ飛び続けなければならない。

 大変な役目を任せることになったとシアンは済まなさがったが、そんなことは全くない。

 新しい歌を教わることができるのも嬉しかったし、シアンや幻獣たちの演奏に合わせて歌うことも楽しかった。

 精霊王たちの助力で自分だけではいけない場所へ行き、見たことのない景色を見ることができる。

 この島に戻ってからは、他の幻獣たちと様々に遊び、美味しいものを食べ、自分が不在だった時にどんな風に過ごしたか話してくれ、何より、音楽を一緒に楽しんだ。楽器を奏でる者もいた。自分の歌声を喜んでくれ、褒めてくれ、リクエストをしてくれる者もいた。

 嬉しかった。

 何より、役に立てることが誇らしかった。

 仲間として一緒に楽しむ気持ちを噛み締めることができた。

 それを、シアンが与えてくれたのだ。



『やれやれ、これで終わりましたねえ』

 イスから立ち上がり、九尾が伸びをする。

「色んな話が聞けて良かったよ」

『いやあ、本当に、増えましたからなあ』

「きゅうちゃん、天帝宮には精霊たちから言って貰おうか?」

 九尾は普段、殆ど権力行使しないシアンがそんなことを言うのに目を丸くする。次いで、にゅっと唇の両端が吊り上がる。

『天帝は単なる幻獣好きです。つまり、天帝宮はその保護処。気にせずとも大丈夫ですよ』

 シアンと九尾が居間に行くと、幻獣たちが待っていた。

『シアン、きゅうちゃん、一緒におやつを食べよう!』

 シアンと九尾は顔を見合わせ、いそいそと輪に加わった。

「何の話をしていたの?」

『えっとね、あのね』

 彼らは高度知能を持つ幻獣だ。

 それだけに多種多様な価値観を持つ。

 全てを理解し合うことは難しいだろう。

 でも、だからこそ、時に力を合わせ、時に共に考え、時に一緒に心躍らせ楽しみ、様々なことを分かち合っていきたい。

 そうすれば、初めての視点へ到達できるのではないか。

 彼らと共になら新しい世界へ行けるだろう。

 そして、そこに続くのはきっと眩しい途だ。



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