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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
29/630

29.精霊たちと宴会 ~あーん/ぼくのじゃない~

 

 男と別れ、ティオに乗って飛び上がる。

『あっちの方に人が多くいる気配がする』

 高度を取り、大きく旋回したティオが言う。

『さっきの男はそちらへ向かっている』

 風の精霊が補足した。

「できるだけのことはしたから、後は彼の問題かな。いい人だったね。首を突っ込まない方がいいと忠告もしてくれたし」

『シアンに危害を加えないならどうでもいい』

「ごめんね、付き合わせて」

『大丈夫だよ』

 ティオの首の付け根を撫でると何でもないと返ってくる。

『そう。今回は遠出してあちこちを見て回るんだろう。大した寄り道じゃない』

『寄り道いっぱいしよう!』

 リムが元気よく答える。

 いつも長時間、もしくは頻繁に眠る必要があるシアンと長く共に過ごせるとあって、浮き浮きしている。

「そうだね。人目がなければ深遠や稀輝や雄大も呼んでみんなでご飯を食べようか」

『いいね』

『呼ぼう!』

 街やダンジョンの近くは人目に付きやすい。精霊たちは人には見えないが、余分にイスや食器があると説明しづらい。

『人が寄り付かない眺めの良いところがあるよ。野営地も傍にある』

「ちょうどいいね。英知、そこへ案内してくれる?」

『もちろん』


 風の精霊がじきにセーフティエリアに着くというのでそこで夕食を取ることにした。少し早いが、のんびり過ごすのもいい。シアンはログアウトの時間を取らなければならない。その間はティオやリムには野外を満喫してもらうことになる。

 途中、豚に似た魔獣の群れがおり、ティオがあれを狩ると言う。

 風の精霊が指さす方、遠目に緑の草原に岩がある。丘のふもとの岩に穴が開いている。洞窟の入り口だった。

 斜面に横長の穴が開いた洞窟ではなく、地面が大きく丸く穿たれていた。

 四層からなる岩肌の天井に穴が開き、一番上から水が流れ滝となって最下層に流れ込み、地底湖を作っていた。

 ティオに頼み、上空間近を飛んでもらい真上からのぞき込む。

「わあ、見て、一番下まで水が落ちていくよ」

『行ってみる?』

『まずは橋のところ!』

 半円を描く岩が長い庇を作りカーブを描いている。半ドーム状になった一番上の層の端に丸い穴が開き、そこから水が流れ落ち滝となっている。

 二番目の層は大きく口を開け、草や苔に覆われた橋状のものがいくつかかっている。場所によっては日の光が差し、そこに立つと一層目のドームの裏のごつごつした岩肌がよく見える。そして、丸い穴の上は蒼穹で、空から滝が下りてきているような、神秘的な光景だった。大きな穴からはたっぷり光が注ぐ。滝から弾き飛ばされた水滴が日の光に輝く。

「裏側だね」

 下を見ると、さらに大きく緑の淵が口を開いている。ティオが軽く飛び降りる。身を乗り出すと、その下に地底湖が見えた。水が合流する音がする。

 ティオがその隙間から次の層へとゆっくり降りた。上を振り仰ぐと亀裂から穴へ、穴から更に下の下層へと水が落ち、湖へと流れていく。

 十分な日光と風と水で岩肌にも、つる草や水草が生い茂っている。

 最下層は広い空間があり、地底湖の脇に高く盛り上がった岩がぐるりを囲んでおり、ティオはそこに降りた。

 気温が低く気持ちがいい。さっそくリムが滝の直ぐ傍へ飛んでいき、シアンは慎重にティオの背から降り立った。予想以上に足元が滑る。

『石灰岩が沈殿してこういった場所ができたんだね』

 風の精霊が姿を現す。


 しばらくあちこちを探検した後、野営地でシアンは一旦、ログアウトする。

 現実世界で用事を済ますと、シアンの傍ら、近づける限りの間近でティオとリムが寄り添っていた。

 横寝したティオの腹に頭を乗せてみる。大型動物の腹に頭を乗せて大の字に寝転ぶ。一度やってみたかった小さな夢がかなった。シアンはそのまままっすぐ空を見つめた。

 腹に頭を乗せられたティオが首を差し伸べてシアンの顔に近づけた。

 嘴付近を撫でてやると目を細めて喉を鳴らす。先に見た魔獣を狩ってくるというティオを見送り、まだ丸くなって眠っているリムを起こさないようにして、夕食の準備に取り掛かる。


 テーブルにイス、バーベキューコンロを取り出し、火を熾す。バーベキューコンロはもう一台増やしていた。

 キャベツを丸ごと一つ洗って千切りする。

 生姜の皮を剥いて擦り、砂糖と酒と醤油を加え、タレを作っておく。

 小麦粉とパン粉、溶き卵を準備しておく。

 目が覚めたリムが手伝ってくれると言うので小ぶりなジャガイモを渡し、水洗いしてもらう。ジャガイモの芽を取り除き、玉ねぎを薄切りする。


 ほどなくしてティオが獲物を入れたマジックバッグを携えて帰ってきた。

 捌いた肉をシアンの掌大の大きさの塊に切り分け、更に薄く切る。別の料理、トンカツもどき用に、今度は指先から手首くらいまでの面積のものを少し厚めに切る。三品目ローストポークもどき用に、手首からひじまでくらいの大きさの塊をいくつか切り分ける。

 玉ねぎと香草を敷いたダッチオーブンの上に塩コショウした一番大きな肉の塊を置き、隙間にジャガイモを詰める。そのまましばらく火にかける。

 二番目に大きい方の肉を包丁で軽く穴をあけ、切り込みを入れておき、全体を叩いて伸ばし、塩コショウする。

 鍋に油を入れて熱し、肉に小麦粉、溶き卵、パン粉の衣をつけて揚げていく。

 一番小さく薄いものをタレを絡めて鉄板で焼いていく。

 生姜焼きもどきの肉を炒めるのをリムに任せ、シアンはトンカツもどきの方の具合を見る。脂の底に沈んでいた肉が、浮かんでき、油の音が軽い音に変化したら肉を返すタイミングだ。

 料理のスキルレベルが上がると、このワンポイントアドバイス的なことが時折脳裏に浮かんでくる。それに従って手を動かせばいいので、なんともお手軽で、こういうところがゲームらしいシステムだ。

 中まで完全に火を通したら、油切りをし、各自の食べやすい大きさに切る。

 生姜焼きもどきとトンカツもどきをそれぞれキャベツの千切りを添えた皿に盛って食事を開始する。ローストポークもどきは出来上がるまで時間がかかる。


 四精霊とともにテーブルにつく。

『さくさくして食感がいい。肉汁がでてくる』

『薄いのも甘くてしょっぱくて辛くてちょっとだけ鼻がつんとして美味しい』

 初めて作ったメニューだが、ティオもリムも気に入ったようだ。味噌を塗って焼いた肉を食べられたのだからそう心配はしていなかったが、生姜などの癖のある薬味の味も美味しく食べてくれる。

 大量に食べるし、生姜焼きにしっかり味がついているせいか、トンカツもどきには一応醤油を別皿で添えたが、誰もかけずに食べている。


「美味しいけど、やっぱりトンカツや生姜焼きには米のご飯が食べたいなあ」

『米のご飯?』

『美味しいの?』

 シアンがつい口にしたことにティオとリムが反応した。

『それは穀物だよね』

 静かに料理を食べていた風の精霊が確認する。

「うん、そう。英知、どこで手に入るか知らない?」

 軽い気持ちで尋ねた。

『調べておくよ』

『地で育つものならわしも協力するからの』

 大地の精霊も手を挙げた。

「ありがとう。楽しみにしているね」

『ぼくも食べたーい』

 ぴっと片足を上げてリムがアピールする。

「気に入るかどうかわからないけど、手に入ったら食べてみようね。このさくさくのトンカツもどきを、ご飯の上に乗せて、卵でとじて玉ねぎたっぷりの甘じょっぱいタレで食べると美味しいよ」

『ぼくも食べたい!』

 ティオも嬉しそうだ。

 現実世界では肉食獣が摂取する獲物の血液も重要な栄養素だ。シアンが食べるものに興味を示し、血抜きして調理した食事を摂るようになったのだから、量は十全に用意したい。


「稀輝、口の横に衣のかすがついているよ」

 銀髪の方の繊細な雰囲気の姿の光の精霊は、風貌に似合わず頬張っている。

食べることに忙しい光の精霊の口元を、ついティオやリムにするように布で拭ってやった。拭いていても無表情で無心に食べている。嫌がっていない風情なので良しとする。

「キュア!」

 リムが真似して闇の精霊のそう汚れていない口元を布で拭く。世話をされてまんざらでもなさそうなので任せておいた。

闇の精霊はおどおどした初対面の頃より大分こちらに慣れてくれ、シアンやリムが世話するのをはにかみながら受け入れている。

 シアンがするのを真似て、リムは肉を新たに皿に盛ってやったり、なかなかの給仕ぶりだ。ただ、自分の食事がおろそかになっている。

「ほら、リム、冷めちゃうよ。口を開けて。あーん」

 フォークでトンカツもどきをリムの口元に持っていく。口を開けて見せると、リムも真似る。

「キュアー」

 口の中にトンカツもどきを入れてやると、咀嚼する。あっという間に小刻みな振動と共に口に吸い込まれていった。食べさせてもらうという新しい世話に、リムが目を輝かせる。

 いたく気に入り、精霊たちにも「キュアー」と口をぱかんとあけながら、肉を刺したフォークを差し出した。

 光の精霊は当然のように、闇の精霊はちょっと恥ずかしそうに食べさせてもらっている。

「変なことを教えちゃったかな」

 九尾を怒れない。


 出来上がったローストポークもどきをダッチオーブンから取り出し、新たに追加分の肉の塊とジャガイモを入れてコンロにかける。出来上がった方のローストポークもどきを切り分ける。

『いいんじゃないかの。光のも闇のも気に入っておるようだからの』

 大地の精霊は酒を飲みながら生姜焼きの肉をひっくり返す。休日に家族でバーベキューをする父親か祖父といった態だ。

「手伝わせてごめんね」

「ピィ」

 ティオが近づいてきて、役に立てなくて、とうなだれる。

『なに、たまにはこういうのも良いものじゃ。ほれ、できたてじゃ』

 トングで一枚肉を掴んでティオに差し出す。嬉しそうに喉を鳴らしながら肉を嘴の奥に収める。

「熱々でも平気だね。ティオ、すごいな」

『美味しいよ』

 嘴を舌で舐めるティオに、大地の精霊と顔を見合わせて笑い合った。眼光鋭い皺だらけの顔が途端に好々爺になる。加護を与えた存在が可愛いのは大地の精霊も同じだ。


 食後はティオとリムと演奏をした。

 夕日が沈んでも光の精霊が生み出した掌大の光の玉がいくつも辺りを浮遊し、どこか非現実的な風景を作り出していた。

 風の精霊がくれたピアノもまた、出し入れ自由の神器だった。

 ピアノと太鼓とタンバリンで軽快なリズムを作り出す。

 泡がいくつも弾けるような軽快な曲に、リムがどんどんテンションが上がってきて、鳴き声を上げだした。タンバリンを鳴らす合間に後ろ脚が激しく動く。空中タップダンスだ。

 切れのいい合いの手に、シアンの気持ちも高揚する。浮足立つリズムをティオの太鼓がしっかりと支える。

 最後に跳ねるような高音での締め括りに合わせてリムが高く短く鳴く。後ろ足で立ち、四肢を広げ、万歳のポーズを取ってフィニッシュだ。

 闇の精霊がどこか夢心地の表情を浮かべ、大地の精霊は満足気で、常に無表情の光の精霊でさえほんのり笑みを浮かべている。風の精霊は目を閉じて音に身をゆだねている。


 続けて、ティオもリムも好きな曲を弾く。牧歌的な風景をスキップするみたいなどこか可愛い感がある。

 ティオと初めて会った時に歌っていた曲だ。あの日から随分経った気がする。ティオと共に行動するようになり、卵から孵化する前のリムを助け、精霊たちと出会い、そして、音楽を取り戻した。

 試みに始めたゲームでこんなにたくさんの出会いを経験し、色んなことを感じ、楽しんだ。

 知らなかった世界、思いもよらない視点、心が躍る。

 ティオやリムに音楽を教えたが、彼らから音楽を楽しむことを逆に教わった。シアンの脳に長い年月をかけてリズムやハーモニーやピッチや音楽のあれこれを繰り返し刻まれた神経細胞が、回路が壊れてうまくつながらなかったそれらが、かちりとあるべきところに嵌り、正常に作用し始めた。指の間からこぼれ落ちていく音楽の要素が戻ってきて彩を織りなす。

 すでにボルテージが上がっていたリムがメロディラインに合わせて歌いだした。サビの手前でティオの切れのいい太鼓の音が盛り上がりを加速させる。リムが気持ちよくサビの部分を歌うので、シアンはリムの鳴き声の真似をして「キュアキュア」と合いの手を入れた。

 リムがシアンを振り仰いでぱあっと顔を輝かせた。ティオも笑う。

 盛り上がるリズム、時折細かく刻まれるフレーズに合わせて、リムが歌う。

 繰り返されるサビのフレーズにまたシアンが合いの手を入れる。

 低音から高音への音階の駆け上がり、リムの好きな手法を入れて更に盛り上げる。


 ティオからリクエストされ、密林の手前の野営地で一緒になったプレイヤーと共に歌った歌を、大地の精霊と共に歌ったりもした。

 予想にたがわず、大地の精霊のしゃがれた声に嵌る。

「僕の声よりも雄大の声質が似合うと思ったんだ」

 シアンが褒めると大地の精霊は面はゆそうにした。


「そうだ、リム、この曲好きじゃないかな」

 ふと、リムが好みそうな曲をピアノで弾く。

 超高速の曲だ。どんどん転げていく、突っ走るメロディーを統制する。

 低音で楔を打ち込むように支える。

 繰り返す似たメロディの連なりが一連のフレーズを構成し、小さい存在の細かい羽ばたきが遠目には優雅に飛翔するように見えるその様を現す。

「キュアッ」

 リムがひと声鳴き、「キュアー」と低めの声で抑揚をつけずに平らに長く語尾を伸ばす。本当に器用な鳴き方をするようになった。そして、ホバリングするように水平飛行をする。かと思うと上下に素早く移動する。

 最後に軽やかな一音を鳴らすと、「キュア!」とその音程で鳴く。

「そう、蜂の曲だよ」

「キュア!」

 当たった、と喜ぶ。

『本当に蜂が飛んでいるみたいだった。楽器で表せるなんてすごいね』

 ティオも感心して言う。


「じゃあ、これは? これもリムが好きそうだよ」

 くるくると音が回る。少し最初の一音に間を持たせ、揺らぎを持たせる。低音が時にゆっくり、時に早くリズムを支える。高速回転する出だしから一転、ゆったりしたリズムに、そしてまた転がるように、自分の尾を追ってくるくる回るような音の連なりを鳴らす。最後は高音から低音に美しく流れて終わる。

『ぼく?』

「残念。子犬の曲なんだよ」

『でも、リムに似ていたね』

「ふふ、そうだね」


『ほんとう、おチビちゃんにそっくりだったわ』

 女性の低めで艶っぽい声がすぐ傍でして驚いて振り仰いだ。

 艶麗な二十台後半の女性が立っていた。

 黒く長く強く波打つ髪に白い肌、赤い唇、細く弧を描く眉、くっきりとした二重瞼は長い睫毛で覆われている。細い首の下は大きく胸元が開いた黒いドレスワンピースがくるぶし近くまでを覆っていた。体の線をはっきりさせる華奢な肩をむき出しにした服装で、二の腕から先は黒いレースの手袋をしている。

「どちら様ですか?」

 ティオが気配を読み取れないとなると、よほど力のある存在だろうか。先ほどの声は直接脳に語り掛けてくるものだった。精霊たちと同じだ。

『あら、名を授けてくれたのに、ご挨拶ね』

「えっ……もしかして、深遠?」

『そうよ』

 唇の両端が吊り上がる。嫣然という表現が似合う大人の女性だ。

『せっかく、楽しく演奏を聴いていたのに、興ざめだ』

 光の精霊が冷たく吐き捨てると、姿を消した。

「あれ、稀輝?」

 不機嫌な様子にシアンは首を傾げた。

『光のの銀の方とは相性が悪くてね』

 言いながら、女性がピアノの前に座ったシアンにしなだれかかってくる。露出の多い上半身にが密着しそうで慌てるが、シアンの頬に頬を寄せてくる。

「リ、リムは僕が他にくっつかれるのは嫌がるので」

『顔はぼくのじゃないからいい』

 リムがあっけらかんと言う。

 肩に乗るのは執着したのに、顔はいいのか。

「ちょ、近い近い」

 リムの基準がわからない。どちらにせよ、シアンには難儀なことだった。

 結局、闇の精霊は風の精霊が引きはがしてくれた。

 けらけら笑いながら再会を約束して闇の精霊も消えていく。

「深遠って、黒い楕円形の他は男性とあの女性の姿になるんだね」

 シアンが呆然と呟く。

『黒いのは闇のが自信をなくして自分を見失いそうな時にやり過ごすためにあの姿を取るんだ』

「そうなの? 僕、あの姿、好きだな。小さい宇宙のオルゴールみたいで、星の瞬きが聞こえてきそうだもの」

 笑顔で言うシアンに、風の精霊も笑みを返す。

『あの臆病で自信がない闇のが君を気に入ったのがよくわかるよ』

「女性の深遠は自信に溢れていたね」

 男性の時と性格が違いすぎる。

「色々衝撃的だった」

 ログアウト前にそう、シアンは呟いた。



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