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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
286/630

42.幻獣たちと料理を  ~チビじゃないもの!~

 

 精霊たちの一部はまた夕方の食事時に、と一旦姿を消した。

 ティオと一角獣が狩りに出かけ、ユエは鸞とカランとともにせいろや臼、杵の様子を見、綺麗に洗い清めて調理場近くの物入れに仕舞う。

 残りの幻獣たちはその他の片付けや掃除をするセバスチャンを手伝う。

「英知、昨日、栗の皮むきを手伝ってくれたんだってね」

 栗はあく抜きのために一晩水に浸けておく必要があったので、前日に行うように幻獣やセバスチャンにお願いしておいたのだ。

『あの小さいものを一つずつ皮を剥くのは大変だからね』

「ふふ、流石は風の精霊だね」

 シアンが妙な褒め方をしたにもかかわらず、風の精霊は嬉しそうに唇を綻ばせる。

 その栗が茹で上がる間に小豆の処理をする。

 昨晩漬けておいた小豆の水を捨て、流水で洗い、鍋にたっぷりの水から煮る。沸騰したら湯を半分ほど捨て、冷水をさし水し、さらに煮た後、水分を捨て、ざるに小豆を取り、再び流水で洗う。この渋切りを数度行う。

 そして、再びたっぷりの水で今度は柔らかくなるまで煮る。

 水分を切り、小豆を水と砂糖と塩を加えて煮る。沸騰したら弱火にして味を馴染ませる。

 ここでティオと一角獣が狩りから帰って来たので、一旦、中断し、昼食の準備に取り掛かる。

 ティオが狩ってきた四つ足の魔獣を捌き、スライスして出したままにしておいたバーベキューコンロで焼く。

 一角獣が狩ってきた鳥型の魔獣を捌き、適当な大きさに切り、水と醤油、酒で煮込む。

 肉に火が通ったら、シアンが不在時に採取したというキノコを加えて更に煮る。

 風の精霊と水の精霊に混じって、炎の精霊が一緒に食した。

『ふうん、まあまあだな』

 正直、こんなどこにでもあるもののために五柱もの精霊がこぞって助力するというのは腑に落ちない。

「廻炎はどんな食べ物が好きなの?」

 いつもなら率先して尋ねるリムは炎の精霊とはやや距離を置いている。

 タンバリンを燃やされたことを恐怖と共に記憶しているのかと聞いてみれば、リムは確かに悲しかったものの、それよりも炎の精霊は自分のことを良く思っていないのではないかという思いの方が強いのだとへの字口を急角度にした。

 これも経験の一つか、と思った。

 リムはその姿や性格から大抵の者に好かれてきた。ましてや、精霊の加護を得て、魔族からはとても愛される存在であった。

 火山の一件は自分の言動をよく思わない者もいるのだということを知る契機となったのだ。

『俺か? 俺は辛いものだな』

 なるほど、とシアンは頷いた。

 汁に乾燥したトウガラシの粉を掛けてやると、目を見張り、途端に食が進む。

 肉のタレにもトウガラシの粉を加え、更にクレソンのお浸しを添えてやる。

『これはトウガラシを乾燥させたものか? 汁にも肉にも合うな! この葉を煮たのも口直しに良い』

『辛い物、水明と同じものが好きなの?』

 リムがシアンの影に隠れる位置で首を伸びあげて尋ねる。

「そうだね。ただ、水明は辛い物というよりも出汁の効いたものが好きみたいだよ。辛い物で出汁が効いたものが好きなんじゃないかな」

『ええ、そうね』

 自分の好みを把握してくれるシアンに、水の精霊が上機嫌だ。

『英知はちゃんと手を掛けた料理だよね』

 リムが首を差し伸べて風の精霊を見ると、唇の両端を上げて頷く。風の精霊の表情に炎の精霊が反応し、リムがさっとシアンの影に隠れる。その前に炎の精霊は前足に握られたスプーンを目に捉えていた。

『へえ、そのチビ、獣なのにカトラリーなんて使うんだな』

『チビじゃないもの、リムだもの!』

 その小ささからよくチビちゃん、おチビさんと呼ばれるも、気にしないリムであったが、揶揄う意志を炎の精霊の声音から読み取り、むっとへの字口を急角度にする。

 炎の精霊が追い打ちを掛けようと口を開いた途端、風の精霊が制止する。

『廻炎』

 普段、他の精霊の名を呼ぶことはない風の精霊は、静かに、だが、圧倒的な抑止力を持って呼ばわった。

 効果てきめんで、炎の精霊は口を閉ざし、食事に専念した。

 なお、リムと炎の精霊が喧嘩したならば、必ずリムが勝つ。両者の力量からしてみれば、後者に軍配が上がるが、様々な要素が絡むと前者が圧勝だ。要素とは他属性の精霊たちである。

「リムはその名前が気に入っているものね。汁物のお代わりしようか?」

『うん! あ、汁も飲む!』

 両方への答えだったようで、慌てて言い添える。

 他の幻獣たちは一部は我関せずで、一部は精霊三柱に恐縮しつつ、食事は進んだ。麒麟は一角獣が水の精霊にねだって貰った美味しい水を味わった。

『ああ、美味しかったわ!』

 いつになく高揚した水の精霊がため息をつく。

『貴方たちが呼び出すのはいつも他人のためなのね』

「そんなことないよ。自分たちの願いを叶えて貰いたいことも沢山あったよ」

『そうね。でも、他人のためのことも同じくらいあったわ。それに、呼び出されたのなんて、数えるほどしかないのではなくて?』

 悪戯っぽく言うが、もっと頼って欲しいというところだろう。

『独りだけ一緒に美味しいものが食べられないのは嫌、ね』

 言って、水の精霊の視線は麒麟に向く。

『わたくしの妬心を水のごとく明るく澄ませるように、と仰ったシアンが望むままに、常に貴方たちの元には美味しい水が届くようにしましょう』

 歌う風情で言って、水の精霊はするりと空中に伸び上がり、体を細く長く何度も捻って、その度に水滴をまき散らす。水の粒が陽に透けてきらきらと輝く。ついにはふ、と細く消えてしまう。

『水明、帰っちゃったの?』

『夕方にはまた顔を出すだろう。水のは君たちがレンツ一頭だけが食べられないことを気にしていたことに対して、何らかの感銘を受けたんだろうね。妬心とは真逆の感情だ。君たちは常に水のの美味しい水を飲めるようになったんだよ』

 風の精霊の言葉の通り、それ以降、シアンたちが口にする水は全て水の精霊が提出してくれる美味しい水と同じものになった。他の者が利用する井戸からくみ上げた水でも、彼らが手にすれば上質のものに変わった。



 昼食の後、食休みをして料理に取り掛かる。

 麒麟はセバスチャンを手伝ってカトラリーや食器の手入れをし、残りの幻獣はシアンの指示に従って、各自野菜などの下ごしらえに取り掛かる。

 ここでもユエが作った野菜の皮むき器が活躍する。

 一角獣とユルク、その頭の上のネーソス、わんわん三兄弟がニンジン、玉ねぎ、ニンニク、ジャガイモの皮を剥く。

 その間にティオとリムは昼前に狩ってきた獲物の残りを解体する。

 シアンはセロリ、シイタケ、キャベツ、ソーセージを角切りにし、皮むき機では扱いにくいショウガの皮を剥き、みじん切りする。

「シイタケは違う料理でも作るから、柄を離して、角切りと薄切りにしてね」

 皮が剥かれた野菜も次々に切る。

「ジャガイモは一部違う料理に使うから取り分けておくね」

 ニンニクは潰す。

「これはね、具だくさんという意味のスープなんだよ。野菜は好きなのを入れると良いんだって」

『トマト!』

「もちろん、トマトも入れるよ」

 トマトは煮て皮を湯向きする。

 その後、同じく角切りにする。

 鍋でニンニクとオリーブオイルを火にかけ、香りが立ったら玉ねぎとニンジンを炒める。軽く火が通ったらセロリ、シイタケ、キャベツ、ウィンナーも加えて炒める。湯、西洋出汁、塩を加え、煮る。更にトマトを加えて煮る。塩コショウ、カイエンペッパー、オレガノを加えて味を整える。

「これでスープは完成だよ」

 スープを煮る間、違う品も作る。

 ユルクが狩ってきた白身の魚を加熱し、細かくほぐす。取り分けておいたジャガイモを茹で、水気を切り、潰す。オリーブをみじん切りしたものと魚とジャガイモ、生クリーム、塩コショウを混ぜ合わせ、型に入れ、固める。その上に種を取り除いて軽く加熱して皮を剥き、細かく切り、オリーブオイル、カイエンペッパーで味付けした赤パプリカを乗せる。

 型のぐるりにナイフを入れて、型を皿の上にひっくり返し、外す。

『生クリーム!』

『ジャガイモだ!』

『魚も入っているよ!』

 ティオ、一角獣、ユルクがそれぞれの好物が使われ、嬉しそうな声を上げる。

 それを微笑ましく見やりながら、次の品を作る。

 ティオと一角獣が狩ってきた四つ足と鳥の魔獣、両方を使う。

 肉に軽く塩コショウして油を引いた鉄板で両面を焼く。一旦取り出し、同じ鉄板に取り分けておいた薄切りのシイタケを入れて炒め、白ワインと水を注いで煮て、水分を飛ばす。生クリームと砂糖と醤油を混ぜ合わせたものを加え、煮立ったらバターを加え、火を止めてよく混ぜ合わせる。

 このソースを肉にかけたら完成だ。

『これも生クリームだね』

『さっき我が狩ってきた肉も使っているよ』

『魚の他に肉も食べられるね』

 ティオ、一角獣、ユルクがこちらの料理も楽しみにしている。

 その他、お稲荷さんやカボチャの煮つけ、豚肉とサツマイモの甘辛煮を作り、九尾を喜ばせた。

 鸞は味見をした小豆が気に入った様子だ。

『ふむ。滋味深い味わいだな』



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