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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
284/630

40.月見の準備

 

 シアンが不在の翌日、鸞と九尾が頭を突き合わせ、餅つきに必要な器材を調べる。鸞が詳細図を描き、ユエに説明する。

 器材作成をユエに委ねて手が空いた鸞は沢山拾った木の実につめる中身を調合した。

 ユエは木の枝の上で昼寝するカランを引きずり降ろして、その助言を得て、杵と臼を作る。

 ペダルを踏むと杵が持ち上がり、ペダルから足を離すと振り下ろされる、という物が出来上がった。それだけに、臼は頑丈だ。

『こういうものはシンプルなのが一番にゃ!』

「みゅ!」

『後はせいろだけど、これは蒸し器だにゃ』

「みゅ?」

『ユエは知らないのかにゃ。沸騰したお湯から出た水蒸気で食材を調理する方法にゃ』

「みゅ~」

 ユエは蒸すという調理法は知らなかったようだが、水蒸気の熱量がどれほどのものかは想像がつくらしく、なるほど、と頷く。

『蒸す間に相当な熱量が必要なので、薪やふいごが必要だけれど、これは考えなくていいにゃ』

「みゅ?」

『シアンが精霊王たちにお願いしたら済むからにゃ』

「みゅ」

 そうして二匹は喧々諤々と話し合って蒸し器も作った。

 リムが月見をするので天気が良い日はいつかとセバスチャンに尋ねる。九尾が傍らで、リムが望んだ日が天気の良い日ですよ、という。

 けだし至言だ。

 精霊たちはこぞって当日の夜空を綺麗に晴れ渡らせてくれるだろう。

 ティオとリムはカラムの所へ赴き、栗が欲しいと言い、他にリンゴやナシ、ブドウ、モモ、その他もろもろの果物と野菜を貰い受けた。

 相変わらずの季節感のなさである。

『おお! まさかの芋栗なんきん揃い踏み! ありがとうございます!』

 九尾がよだれを垂らさんばかりに喜んだ。

 一角獣は見回りがてら、月見の話をユルクとネーソスにしに行く。ついでに先日のキノコ牡丹汁と取り置いていた猪の肉をセバスチャンに焼いて貰って差し入れる。

 マジックバッグから容器を差し出して、はて、どうやって温めようと首を捻る。一角獣はバーキューコンロを持っていないし、あっても使えない。

『いいよ、冷たくても。ね、ネーソス』

『でも、折角、セバスチャンに焼いて貰った肉が……』

 キノコ牡丹汁などは昨日山へ行って作ってから冷蔵庫に入れてあったものをとりだして持って来たのだ。

『……』

『え? 本当だ。温かくなってきている』

 ネーソスがユルクを突き、それに促されて器に触れてみると、確かに温かい。

『……精霊が温めてくれたんだね』

 いつもはのほほんとしているユルクも流石に加護を貰ってもいない精霊が、願ってもいないことを叶えてくれるということに戸惑う。

『九尾が言っていた。それがシアンちゃんだから、って』

『ああ、シアンだから』

『……』

 一角獣の言葉にユルクが納得し、ネーソスがきゅっと目をつぶる。

 それで納得してしまえる一角獣もユルクも、大分彼らに慣れて来ているのだった。

『まあ、良いや。これで暖かい料理を食べて貰えるもの』

 そちらの方が断然美味しいものね、と一角獣が笑う。

『それで、月見はいつするの?』

 ユルクは月を眺めて楽しむという発想を面白がった。

 一度、海面から頭を出して月を見上げた時、しんとした静寂の中に冴え冴えと輝く幻想的な美しさに呆然としたことはある。どこまでも広がる海と空、狭間が曖昧な中、月と星々だけがその指針となった。

 そんな不思議な気分を心知れたみなと分かち合うのは、想像すると心が躍る。

『準備があるから、四日後の夜だって。満月だし丁度良いって』

『楽しみだなあ。夜に月を見ながらシアンの演奏を楽しめるなんて』

『……』

 ネーソスも頭を上下に振り、同意する。

 リムもわんわん三兄弟も楽しみで待ちきれない風だったと話すと、ユルクとネーソスが顔を見合わせて笑う。元気で優しいドラゴンと無邪気で健気な三兄弟を、彼らはとても好きなのだ。

『ネーソスは何が好きなの?』

 シアンに聞いておいて欲しいと頼まれていた質問をする。

 以前から知り合いであるユルクは意思疎通が可能であるものの、ネーソスの声を拾ったことはない一角獣はだが、本人の目を見て尋ねる。

『肉も野菜も魚も食べる』

 低く落ち着いた声が聞こえた。

 一角獣は頷いた。

 本来、互いに高知能を持つ高位幻獣たちだ。意思疎通をする気持ちさえあれば可能だろうと思った通りだ。

『じゃあ、我はもう行くね』

『あ、待って。海産物を持っていって。みんなで食べて。残ったら人間にでもあげて』

『……』

『分かった。ありがとう』

 シアンはしばらく忙しいとは言っていたから、セバスチャンに渡せばうまく処理してくれるだろう。

 ユルクから貰った海産物をマジックバッグに仕舞い、一角獣はその巨躯から想像もできないほど軽やかにふわりと跳びあがる。

 尾を振るユルクとネーソスに挨拶代わりに中空で大きく弧を描いて見せ、飛び去った。

 海産物は鮮度が大事だとシアンが言っていた。一角獣はセバスチャン目指して突進した。

 ハウスキーパーを逸脱するアイランドキーパーである家令に、今では全幅の信頼を置く一角獣だった。

 そしてその夜は有能な家令の手で海産物をふんだんに使った料理が供され、館の幻獣たちを楽しませた。



 そして、月見の前夜、シアンはログインした。

 準備は前日から始めなければならない。

 餅つきに関する知識は現実世界で仕入れるまでもなく、風の精霊にもち米を託された際に脳裏に浮かんだ。それまで培った知識やスキルから、関連する知識を得ることができたのだ。

『シアン、どうしたの? 月見、今日するの?』

 こんな時間に目覚めたシアンに驚いてリムが目を丸くする。

 笑って否定してリムに手伝って貰いながら準備をする。

 もち米を水を使って手早く洗う。何度か水を変えてやる。

『これを十時間は水に漬けておくんだよ』

 その後、シアンは小豆を洗って水と砂糖と塩を加えた。これもまた、一晩漬けておくのだ。

 またすぐ眠るというシアンに、リムが残念そうな表情を浮かべる。

『リム、シアンはみんなで楽しむために、明日の準備のために忙しい中をやって来たんだよ』

 ティオが慰めるように言い、リムはその背で高難度超高速もぐら叩きのもぐらとなる。

『仰っていただければわたくしが行いますものを』

「ううん、いいんだよ。実は僕も楽しみにしていたんだ。準備をみんなに任せっきりになってしまっていたしね。栗の皮むきとか大変だったでしょう?」

 気づかわし気に言うセバスチャンにシアンの方が恐縮する。

『いえ、そちらは風の精霊王が手伝ってくださいました』

「英知が?」

 シアンが目を丸くする。

『リム様の願いに答えて下さったのです』

 風の精霊は炎の精霊がリムのタンバリンを燃やしてしまったことに責任の一端を感じていたのだろう。

「そうなんだ。じゃあ、英知にお礼を言っておかなくてはね。リム、ティオ、明日は朝から来て色々料理を作るから、手伝ってくれる?」

『うん!』

 リムがぴっと前脚を高く掲げて満面の笑みを浮かべる。リムを背に乗せたティオも是と答えた。



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