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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
283/630

39.秋の山2

 

 シアンは昼が近くなった際、先ほど一角獣が仕留めた猪とキノコを用いてスープを作ることにした。これには九尾が付き添って手伝ってくれる。

 風の精霊が捌いて血抜きしてくれたものを一部スープに用い、煮込んでいる最中に残りの肉を焼く。

 折角だから、もう一品作っておく。

 こちらもキノコと猪の肉を使う。

 肉を薄切りにし、塩コショウと白ワインをまぶし、味をなじませる。その後、キノコを肉できつめに巻く。ダッチオーブンに入れ、上からすりおろした玉ねぎとニンニク、手製のトマトケチャップをかけ、さらに上からバターを千切って散らし、焼く。

 良い匂いに釣られて、幻獣たちが集まって来た。

 スープに焼き肉、肉巻きとセバスチャンが持たせてくれた弁当で昼食が始まった。

 リムが弁当の蓋をいそいそとあけると、そこにはぎっしりとサンドイッチが挟まっていた。

 パンに肉や野菜、たまごとソースが挟まれている。パンは数種類用いていて、もっちりしたものや硬いもの、袋状になったパンに具材が挟まれていたりもした。

 あれが美味しい、これも美味しい、と色んな具材を楽しんだ。

『キノコとお肉がトマト味!』

『バターも良いコクを出しているね』

 リムとティオが顔を見合わせて肉巻きを味わう。

 木陰でじっとしていると清涼な風が吹いてきて、少し涼しいくらいだ。

 スープの暖かさが心地よい。

「皆が採ってくれたキノコとベヘルツトが狩ってくれた肉から良い出汁が出ているね」

『シアン、水明にも上げていい?』

 キノコ採取の時からいた風の精霊がスープを味わうのを見たリムが言う。

「うん、勿論。そうだね、水明は出汁が効いたものが好きだと言っていたものね。気に入ってくれると良いね」

『うん!』

 呼び出した水の精霊は果たして、様々なキノコを用いたスープを喜んだ。

『みんなで採ったキノコがね、スープを美味しくしてくれたんだよ!』

『まあ、そうなのね』

『ねえ、水明。レンツに美味しい水をあげて。前にね、シェンシが水には美味しい水があるんだって英知に教えて貰ったんだって。レンツだけ食べられないのは可哀想だもの!』

 上目づかいで水の精霊の名を呼んだリムが、せめて美味しい水を飲ませてやりたいのだと、きゅっとへの字口を急角度にした。

 その表情をしばらく眺めた水の精霊は快く頷いた。

 リムが水の精霊の好物だからスープをあげたいというのも本心であれば、麒麟のために、という気持ちも本物だと分かったからだ。麒麟に美味しい水をやるためだけに水の精霊に食物を献上したのではない。水の精霊と麒麟双方に何かしてやりたいと思ったのだ。自分が食べる者を好む者がいれば分かち合い、足りない者ともそうする。

『そうね、この山から美味しい水を集めましょう』

『わあ、すごいね、レンツ』

『う、うん、ありがとう、水明、リム』

 水の精霊から供された水に戸惑いながら麒麟がそっと舌を出して嘗める。

『あっ、美味しい!』

 リムが良かった、とばかりに水の精霊とうふふと笑い合う。

『水の精霊王謹製!』

『ど、どんな味なのでしょうか』

『そりゃあ、美味しい水なんでしょうよ』

『みんなも飲んでみる?』

『でも、レンツのための水なのに!』

 結局、水の精霊に全員分の水を用意して貰って、みなで飲んだ。

 非常に美味であった。

 きっと一人で飲んでもそれほどまでに美味しくはなかっただろう。

 麒麟はこの時の水の味を生涯忘れなかった。

「リムはすごいなあ」

 ああやって、この世界で最上位の精霊とも分かち合って笑い合えるのだ。

『何を仰る。シアンちゃんがいたからこそではないですか』

 九尾がサンドイッチを頬張りながら横目で見やる。

「え? 僕?」

『うむ。リムはシアンの良い所を吸収していっているのだな』

 戸惑うシアンに鸞が頷き、スープの中のキノコを器用に嘴の中に入れる。

『我もそう思う』

 一角獣も賛同し、肉を咀嚼する。

『リムは良いことだけを吸収していってほしいんだけれどね』

 言いながらティオが鋭い眼光で九尾を見やる。

 途端に、九尾の前足が震え、サンドイッチの具がこぼれ落ちる。

 わんわん三兄弟は会話どころでなく、食事に夢中でスープ皿をひっくり返さないのがせいぜいだ。

『い、いやあ、秋真っ盛り。味覚を堪能しましたなあ!』

「あれ、きゅうちゃん、もう良いの? スープ、まだあるよ。お代わりは?」

『いただきます』

 ティオの追及から逃れるために言っただけなので、シアンの手に空のスープ皿を渡す。

「そうだね。確かに、秋の味覚だね。あ、そうだ。秋らしいことをして楽しむのも良いね。お月見とか」

『お月見ってなあに?』

 シアンの言葉にリムが小首を傾げる。

「僕の世界である習慣なんだけれど、秋は収穫の季節だから、それをお祝いして月を眺めるんだよ。色んな形や色の灯篭などで灯りをともして、盛大にする国もあるようだね」

『そういえば、ユエの名前の由来は月からきているのだったな』

『やろう! ユエのお祭り!』

 鸞が翼をたわめ、リムがぴっと前脚を上げた。

「お祭りって言うほど大掛かりなことはしないけれど。そうだな、今みたいに暖かい汁物を用意しようか」

『賛成。シアンと夜をのんびり過ごすんだよね』

 喉を鳴らしながら言うティオの言葉を聞いて、幻獣たちが喜びの声を上げる。

 確かに月は夜に眺めるのが美しい。シアンは夜は大抵眠って異世界へ戻ってしまうので、仕方がないこととはいえ、残念に思っていたのだ。

『あは。それは楽しそうだねえ』

『我も! 我も賛成!』

 おっとりと言う麒麟に、一角獣も勢い良く同意する。

『ご主人と皆さまと楽しくものんびりとした夜!』

『音楽も奏でましょうぞ!』

『その、ご馳走もあると嬉しいのですっ!』

『お月見といえば、月見団子! 栗ぜんざいなんかがあれば尚良し!』

 エークの言葉に九尾の目がきらりと光る。

「きゅうちゃんは本当に色々知っているんだねえ」

 感心半分、呆れ半分でシアンが苦笑する。

「そうだね。稀輝ももち米や小豆を食べてみたいと言っていたし。英知、前に言っていたもち米や小豆は手に入る?」

『ああ、それらしきものを見つけた。すぐに届けよう』

「良かった! これで餅が作れるよ」

『餅?』

「柔らかくて伸びて弾力性がある食べ物なんだよ」

『面白そう!』

 リムの瞳が輝き出す。シアンも心が浮き立ってくる。

「カラムさんに栗をお願いしようかな」

 九尾が喜色満面になる。

「きゅうちゃん、杵や臼、せいろなんかをユエに作って貰おうと思うんだけれど」

『お任せあれ! らんらんを巻き込んで作って貰いますよ』

『ああ、書で読んだことがある。みなで楽しむためのものの協力は惜しまぬよ』

 巻き込まれると知った鸞もまんざらではなさそうだ。

『シアンちゃん、いっそ、ティオやベヘルツトが扱えるようなものを作って貰いましょう。折角力自慢が揃っているのですし』

「そうだね。きゅうちゃんやリムには餅を丸める方を手伝って貰いたいしね。ああ、そうだ、いっそ、稀輝にも手伝って貰おうかな」

 何気ない言葉に、わんわん三兄弟や麒麟、鸞、一角獣が口をぽかんと開けたり、目を丸くしたり顔を見合わせる。

 精霊にそんなことをさせて良いのか、という心の声が聞こえてきそうだ。しかし、九尾はそういった手伝いこそ、精霊たちが望んで行うのだと知っていた。

『それは良いやもしれませんね。自分の手で作り出した甘い物。さぞや甘美な味わいでしょう』

「ふふ、そうだね」

 九尾とシアンは企むようにうふふと笑い合った。

 それは楽しくも心躍る企みだった。



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