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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
282/630

38.秋の山1  ~白は膨張色~

 

 朝晩は気温が下がるが、昼間は日差しのお陰で暖かい。暑く感じるくらいだ。

 抜けるような晴れ上がった青空から燦々と日差しが注ぐ日、九尾が言った。

『暑い所へ行ったので、今度は涼しい所へ行きましょう』

『じゃあ、今度は北へ行く?』

『また遠出?』

『『『わ、我らもお供させてください!』』』

 ティオが早速とばかりに羽を広げ、リムがわくわくと期待に顔を輝かせ、わんわん三兄弟がぴんと尾を高く上げる。

「流石に連続で長時間こちらで過ごすことはできないなあ。明日は用事があるからちょっと顔を出せないだろうし」

 リムが項垂れ、わんわん三兄弟の尾も垂れ下がる。

「遠くへは行けないけれど、この島の山へ行って見ようよ」

「キュア!」

 リムが一番に賛成、と片前足をぴっと上げる。

 次々に賛同の声が上がり、一同は他の幻獣を誘った。

 麒麟と鸞、一角獣は同行を希望し、ユルクとネーソスはもう少し小さくなるのがうまくなってから、ユエは工房に籠り、カランは昼寝で忙しいと断られる。リリピピは風の精霊に歌を届けるために旅立ち、不在である。

 なお、ネーソスは自在に小さくなれるが、ユルクの特訓に付き合うために今回は不参加だ。浮き浮きと誘いに出たリムもひみつの特訓ならば致し方ない、と納得していた。どの辺りが秘密なのかは不明である。

「随分、幻獣が増えたねえ」

『友達いっぱい!』

 肩の上で同意するリムと顔を見合わせて笑い合う。

『見事に高位幻獣ばかりだな』

 鸞が面々を眺め渡す。

『可愛い方々ばかりなのですっ!』

『殿は可愛い幻獣がお好き!』

『研究に励みまする!』

 わんわん三兄弟が口々に言い、九尾がその最たるは自分だと言わんばかりにフォーエバーポーズを取る。

 可愛い研究会はまた開くのかな、と思いつつ、シアンはティオの背に乗り、庭から飛び立とうとした際、セバスチャンが弁当を手渡してくれた。

「いつの間に……」

『シアン様が各幻獣にお声を掛けて回っておられる間、僭越ながら、作っておきました。短時間のことですので、簡単なものしかできませんでしたが』

「ううん、ありがとう、セバスチャン。お昼が楽しみだよ」

『一応、冷蔵庫に入れておいた方が良いでしょうね』

 九尾がいそいそとマジックバッグから冷蔵庫を取り出す。

 リムとわんわん三兄弟が興味津々で弁当の包みを覗き込む。

「開けるのは後の楽しみに取っておこうよ」

「キュア!」

「「「わん!」」」

『あは。楽しみだねえ』

 揃って元気よく返事をするのに、麒麟がおっとりと笑う。それを食事ができないだろうに、と一角獣が気づかわし気に見やり、蹄で地面をじれったそうに掻く。

 わんわん三兄弟をバスケットに詰め、ティオが九尾の乗獣拒否をしてすったもんだあったが、いつもの通りの席順に落ち着いた。

『ベヘルツトの猪突に耐えられるのなんて、カランくらいなものですよ! 後生ですから乗せてください!』

『自前で飛ぼうとしないの? 運動にちょうど良いよ』

『なぬっ⁈ これは白い長毛が丸く見せているだけで、中身はスリムですっ!』

 そんなやり取りの後にそれでもティオの背に乗ったのだから、シアンのとりなしがあったことは想像に難くない。

 何ともはや、出発するにも時間を要する一行であった。



 ティオの飛翔する様子を下から見上げれば、無数の羽で美しい流線を作る翼、脈動する筋肉、しなやかな体格、それらの輪郭が陽に透けて輝く。

 ベヘルツトは白い体毛で覆われた細い前脚を鋭角に曲げ、後ろ脚は揃えて掬い上げ、引き締まった臀部や体に滑らかな丘陵を幾つも作り上げている。

 鸞は美しい青みがかった羽を気流に合わせて大きく伸ばしたりたわめたりする。

 麒麟は柔らかな黄味掛かった毛を風にそよがせながら、牛の尾をゆらゆらさせ、周囲をゆったりと眺めている。

 ティオの背の上でリムとわんわん三兄弟が歌うのに、シアンがリュートを伴奏する。

 九尾が手拍子を取りながら頭を左右に振る。

 島の隅々まで把握し、定期的に見回っているという一角獣の先導の元、一行は山の中腹に開けた場所へ降り立った。

 腐葉土の湿った匂いがする。

 ティオが闇の精霊の力を借りて気配を薄くすることができると聞いた一角獣は隠ぺいができる麒麟に手伝って貰いながら、自身も同じようなことができるように特訓を行った。

 中々上手くいかなくて、麒麟の方が半べそをかいていたが、そも、麒麟は隠ぺいができるからといっても、それは急を要するために闇の精霊に助力を得ている。元々こういったことは徐々に自分で身に付けていくものである。

 水の精霊に保護されて独りでひたすらシアンの役に立とうと突進の特訓をしていた一角獣からしてみれば、ああでもないこうでもないと一緒に親身になってくれる者がいるだけ、嬉しいものである。

 また、ひみつの特訓というものは人知れず行うもので、麒麟の手助けを借りている時点で人知られているのだが、とにもかくにも彼らは特訓を繰り返した。それを見かけたリムも加わって、一角獣の気配を薄くすることは少しずつ上達している。ついでに麒麟も隠ぺいの練習を行っている。

 幻獣たちはやはりひみつの特訓が好きな模様である。

 彼らの秘密の基準は甚だ疑問が残りはするが。

 一角獣はそれをここで披露した。

 鳥の高い鳴き声、低い鳴き声、のびやかに森を駆け抜け響いていく。

 空に向かって光を得ようと木立が高く伸びる。風にそよぐ葉、木の実や松ぼっくり、地面を覆う落ち葉を小動物が揺らし、下生えのあいだを虫が飛び交う。

 その光景を一角獣は自分の強大な威圧感で壊したくなかった。

 そういった自然のあるがままをシアンが好むということを知っていたからだ。威圧感は小うるさい敵を黙らせる時に役に立てば良い。

「わあ、空気がひんやりしているね。納涼になりそうだね、きゅうちゃん」

『はい。この島はどこもかしこも空気が澄んでいますが、ここは特に生命の息吹が凝縮されています』

『色んな匂いがするね』

 九尾の言葉に、リムが周囲に小さい鼻を巡らし蠢かせる。ピンク色の鼻を忙しなく左右上下に動かす。

『ベヘルツトがいるのに、動物らが息を潜めておらんな』

『我は気配を薄めているからね』

 鸞もまた辺りを見渡した後、はたと気づき、一角獣が澄まして言う。少し鼻が得意げに動くが、何てことないよ、という表情を取り繕う。

「ティオがするみたいなの?」

『うん』

 シアンの問いに、やや上眼遣いになる。その評価が気になるところだ。

「すごいねえ、ベヘルツト。色んなことができるようになっているんだね!」

 純粋な称賛にベヘルツトは鼻を鳴らしながらシアンに顔を近づける。その額や首筋を撫でられて尾を振る。

『レンツやリムも手伝ってくれたんだよ。三人でひみつの特訓をしたの』

「そうなんだ。二人とも隠ぺいができるものね」

『うん! レンツもね、深遠の力を借りるのがほんの少しになるように、って隠ぺいの練習をしているんだよ』

 リムがぴっと前脚を上げて言う。

「そうなんだ。レンツ、どう? 隠ぺいを使いこなせそう?」

『ううん、まだ全然。じっとしていないとすぐに分かっちゃうんだ』

 情けなさそうに鼻を鳴らす麒麟の頬を軽く叩く。シアンの身長の二倍ほどもある体長はティオと違って出会ったころから大きくなってはいない。けれど、やせ細っていた体は心なしか少しふっくらしており、毛艶もよくなっている。

「そうなんだ。でも、じっとしていたら気づかれないんでしょう? 少しずつ上手になって行けば良いよ。それまで、深遠が助けてくれるだろうし。無理しないでね」

 体に見合う大きな顔を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。

『うん』

 シアンは麒麟がまだ、と答えたことに意味があると思う。今はできなくてもこれから先は、という意志を感じ取った。

 この島へ来て色んなことを前向きに取り組むようになってくれているようで嬉しい。

『シアン、スリングショットの弾をこれで作ったらどう?』

 ティオがいつの間にかマジックバッグから取り出した革袋に、木の実を集めていてくれたようすだ。

「わあ、こんなに沢山! ありがとう、ティオ」

『わんわん三兄弟も一緒に拾ったんだよ』

 ティオが嘴で指し示す下方を見やると、足元にわんわん三兄弟がお座りして尾を振っている。

「ありがとう、アインス、ウノ、エーク」

 シアンはしゃがみこんで三匹をそれぞれ撫でる。

『静かだと思っていたら、そんなことをしていたんですね』

 九尾が後ろ脚立ちし、前脚を組みながら感心する。

『わ、我らはティオ様が黙々と作業されているので』

『それをお手伝いしたのです』

『食べられる物が見つかったら良かったのですが』

「ふふ、この季節ならきっとキノコが見つかるよ。みんなで探してみよう」

 手分けして周辺を探すことにした。

 もちろん、採取が開始されるまでには、採取したものを入れる用途のバスケットにわんわん三兄弟の寝床も数に入れられそうになって、必死に抵抗する三兄弟とバスケットを取り合う九尾、鸞にどれが毒キノコかを尋ね、意外と種類が多いので、シアンは近くのセーフティエリアから出てはいけないとへの字口を急角度にするリム、気配を薄めているせいか突如襲い掛かって来た猪を一角獣が仕留める、といった多数の出来事があった。彼らは事が起きれば即解決する。しかし、何事につけ、開始するまでが時間を要するのだ。

 麒麟はあまり手折る場面を見ない方が良いだろう、と一角獣を護衛につけて周辺の散策に送り出した。

 二頭はまた、おっとりとせっかちな正反対の性質を持つが、共に一角を持つ獣同士、非常に仲が良い。

『見て! 変なのがある!』

 リムが見つけたのはサンゴ状のキノコである。

『それもまたキノコだ。子実層が表面のほとんどを覆っているのだ』

 鼻先を近づけ興味津々のリムに、思わず鸞が微笑む。

『こちらなどは獣の角のようです』

『鹿の角みたいな』

『ふんふん……ぺろり』

『そちらもキノコだな。胞子を能動的に放出する』

 しきりに匂いを嗅ぐわんわん三兄弟に、鸞は今にも先を齧りそうなエークからそっとキノコを避難させる。

『これはどうやって出来上がるものなんでしょうねえ』

『わあ、本当だ、丸い籠みたい』

 九尾の声に惹かれてリムが覗き込む。

『それは子実層が格子の裂け目の中にあるものだ』

『胞子は昆虫によって運ばれる』

『色々あるんだね!』

 鸞の説明に風の精霊が補足し、リムが感心する。

『英知、シェンシ、これもキノコ?』

 ティオが嘴に咥えて来たのはこん棒の形をしているものだった。

『そうだよ。子実層が表面を覆ったり、肉質に囲まれた子嚢果内にある』

 鸞は風の精霊と並んで呼ばれて畏まる。薬を作る素材を集めるために島の山にも入っていた。単にそれで少しばかり詳しいだけで、万物を知ると称される風の精霊と並ぶなど、とんでもないことだ。

『キノコ、三角のに棒がついた形だけじゃないものね』

『そうだ。リムは良く知っているな』

『シアンとあちこちで採取して、料理で食べているものね』

 鸞がリムを褒めると、ティオが答える。変化は見えないが、リムを褒められて嬉しいのだろう。

『シアンも英知も色んなことを教えてくれるんだよ!』

『今はシェンシもね』

『らんらんは諸書に通じておりますからなあ』

『流石の知識量!』

『驚異の記憶力!』

『そこに実地検分が加わる!』

 嬉し気に言うリムにティオがさりげなく日頃の感謝を混ぜ、九尾は褒めているのか呆れているのか分からぬ口ぶりで言い、わんわん三兄弟が口々に褒めそやす。

『いや、吾もここに来て、皆から色んなことを教わっているよ』

 心の底からそう思う。

『じゃあ、シェンシも皆と色んなことを分かち合っているんだね』

 リムの言葉に腑に落ちる。

 知識を独りのものとせず、共有し合うからこそ、自分が持ち得なかった発想、視点を得ることができるのだ。

 リムにセーフティエリアにいるように言われたシアンは猪の解体を先にしようとしたが、風の精霊が安全の保障と猪の処理を請け合ってくれたので、採取に加わった。

 鸞が食べられるキノコを指し示し、アインスがせっせと採取し、ウノがこっそり齧ってみたり、エークがキノコをバスケットに入れようとしてひっくり返したりした。

 リムが自分の顔より大きい平べったいキノコを掲げてみせ、風の精霊にそれはシアンの障りとなると言われ、ぴゃっと驚いて放り出したりもした。

 ティオは嘴で、鋭い爪のある前足で、黙々と採取し、幾つものバスケットをキノコや木の実で山盛りにした。

 シアンは採取しようとしてうっかり喉に詰まらせるわんわん三兄弟の一匹に水を飲ませたり、ひっくり返したバスケットを元に戻して散らばったキノコを拾い集めたり、このキノコには近づいては駄目だというリムの言葉に従って採取したりした。

 九尾は後ろ脚立ちしながら腕を組み、彼らの様子を眺めて時折頷いていた。もちろん、その近くをすり抜けるティオに強かに尾や後ろ脚の一撃をくらい、しばらくはキノコや木の実を集めたが、すぐに休憩し、またお仕置きをくらうということを繰り返した。

 リムは途中、キノコを諦めて、樹木の方、果物の採取に切り替えた。



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