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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
280/630

36.異能を持つ少女2

 

「それは……」

「俺たちと同じ種の異能だな」

「しかも、使いこなしているな」

 ゾエ村の異類たちは一様に唸って腕組みしたり、顎に手をやって考え込んだ。

 少女は明らかに手加減をしたり、反射する角度を調整して対象を捕らえている。

 木の棒を半ばから折ったり木箱を粉砕することができる威力を有しているのだ。

「それで、どうしたんだ?」

「もちろん、後をつけて身元を確認した」

 身を乗り出すグェンダルにダリウスは先を続ける。

 少女はミルスィニという名で、テサで商人を生業とする女性シプラの一人娘だ。

 シプラはそこそこ大きい店を構えていて、少女が生まれる前は方々を廻った遍歴商人でもあったのだという。夫は子供が生まれる当初からいない。

 そのミルスィニが仲良くしているのが赤毛の同年代の少女でカランタという。少年たちが追っていたのは恐らくこの少女で、知恵が回るらしく、煮え湯を飲まされた少年たちが腹に据えかねて手を出そうとするのを、のらくらと躱しているそうだ。

「どうも、そのミルスィニの異能が発揮されたのが最近のようで、カランタが色々助言して使いこなしているみたいだ」

 なるほど、まさしく自分たちと同じく既にバディがいるのか、とゾエ村異類たちが頷く。

「だったら、早くそのミルスィニって子に会って話をしなきゃ」

「ああ、最近異能が発揮されたんなら、視力か聴力の低下も始まってさぞや戸惑っているだろう」

「そうだな、テサは異類に対して寛容な街だが、急に異能が現れてきっと不安になっているだろう」

 それまで持っていた五感を失うというのは大きな喪失感を与える。

 外界を認識する上で視界は大きなウェイトを占める。

 今まで射手も観測者も輩出してきたゾエ村ならではの気遣いだ。まだ同じ同胞同士が固まって暮らし、戸惑う者にこれはそういうものなのだと教え諭す者がいて、同じ境遇の者がいるのと、全く一人で訳も分からず対処を迫られるのとでは後者には大きく負担がかかるだろう。

 早速、テサの街を四人連れで歩く。

「それにしても、まだ成人もしていない男が七人も揃って一人の女の子を追い掛け回すのはここじゃあ当たり前なのか?」

「そうだよなあ。木の棒とはいえ、立派な武器になるものまで持って」

「市庁舎や冒険者ギルドで聞いたところ、エディスとそう価値観は変わらない様子だったぞ。多少の習慣の違いはあるだろうがな」

 この地方では十六歳が成人だという。

 追いかけていた少年たちは十三、四歳くらいだった。いくらなんでも分別はつく年頃だ。

「ここだ」

 到着したのは人の出入り、物の出入りが多い賑わった店舗だ。

 遍歴商人たちが持ち込む商品を精査して買取り、それを店舗でも売り出し、各市場へも卸す。販路が十分に拡大され、手広く商いを行っているのだとダリウスは隣近所から聞き込んだ。自分も商人だが、取引する前にどんなところなのか知りたいというと、様々に教えてくれた。そうやって聞かれることは珍しくないのだろう。信用第一の場所で下調べもせずに商いに取り組もうなどというのは無謀すぎるのだ。

 グェンダルの案で、物品を鑑定してほしいと持ち込むことにした。

 やや珍しいものならば、店主とじかに話せるのではないかと考えたのだ。

 珍しいものや高価なものを買うと言う案も出たが、それでは初見の客だから、必要な金額を提示できなければお帰りをと言われるだけだし、提示すれば金銭と引き換えに品物を渡されるだけである。店で取り扱いがなければ、やはりそちらもお帰りを、となるだろう。信用のない者のためにわざわざ取り寄せる者はいない。

 商品を見て、驚いた店員はあたふたと奥へ引っ込んだ。

「うまくいきそうだな」

「しっ」

 ベルナルダンをアシルが窘める。

 先ほどの店員が戻って来て、別室に案内される。

 テーブルにイスが四脚置かれただけの簡素なもので、綺麗に掃除されている。

 勧められたものの、イスが足りないので、アシルとベルナルダンは壁際に立つ。

「お待たせしました。立たせてしまい、申し訳ございません。今、イスを入れますので、そちらにお掛けください」

 入って来た女性は三十を少し超えた仕事にまい進する者特有の、積み上げて来たものからの自信に裏打ちされた強さを感じた。

「早速、お持ちの品を見せていただけますか?」

 そこから商談に入る。

「いや、実に見事な角ですね。この魔獣は時折テサ近くで目撃されるそうですが、強いのであまり出回らないのですよ」

 つまり、流通に乗らないこともないのだ。

「これはもしや、お客様が仕留められたのですか?」

「そうです」

 補給担当でこういった交渉事に強いグェンダルが話をすることでまとまっていた。

 彼らが提示したのはテサに来るまでに狩った魔獣の素材だ。

 実は、冒険者ギルドで鑑定だけして貰っており、そこそこ珍しい獲物ならば、と素材は売却せずに持ち帰ることにしていた代物だ。既に持っているかもしれないが、シアンに渡そうと思ったのだ。彼の幻獣が使用するかもしれない。

 それがこんな局面でこんな風に役に立つとは思いもよらなかった。

「それはすごい。ベテラン冒険者でもてこずる相手ですよ」

 上機嫌で言う姿はあながちおべっかではなさそうだ。

「そうなんですか。実は我々は異類と呼ばれる者でしてね。その異能をもってすればそう難しいことではないのです」

 一瞬間、シプラの表情が曇る。すぐに笑顔に戻って商談に入ろうとする。

「ご存知でしょうか。我々はゾエ村という場所から来たのですが、手の甲から痣が浮き出る者が稀に生まれてくるのです。その者が生み出す衝撃波が魔獣を倒すのです」

「……お客様は何をおっしゃりたいのでしょうか?」

 眉根を顰めたシプラが声を低める。

「風聞でこちらのお嬢さんが同じような異能を身に付けられたそうで」

「っ‼ お帰りを!」

 息を飲んだシプラは今度は明らかに顔色を変える。

「待ってください」

 グェンダルは害意はないとばかりに両手を挙げて掌を向けて見せる。

「何も我々は文句をつけに来たのではない。それに伴う症状について助言ができれば、と」

「いい加減なことを言わないでください。娘には異能なんてない」

 取り付く島もない。

「それならそれで良いのです。ただ、視力か聴力が落ちたとお嬢さんは言っていませんでしたか?」

「そんなことは言っていませんね! 誰か! お客様がお帰りだよ!」

 シプラはぴしゃりとはねのけるように言い、立ち上がって扉を開けて人を呼ぶ。

「視力か聴力が落ちたのは異能のせいです。大丈夫、完全に見えなくなる訳じゃない」

 押し出されるようにして部屋を出ながらも、グェンダルは続ける。

「あんたらも、早く出ていっておくれ! お客じゃないんだからね! つまらないことを言いふらすんじゃないよ!」

 最後まで娘の異能を認めず、他言無用だと言い募るシプラの見せた反応は大仰であるように思えた。


「あれは気づいていたな」

「でも、異能が使えるようになったからって、あんなに拒否反応を見せるかねえ」

 杯を傾けるアシルにベルナルダンが首を傾げる。

 石持て追われる態で商家から出て来た彼らは、酒場で喉を潤すことにした。口の中の苦いものを押し流そうとした。万人に理解されることはないと分かっていても、やはり自分たちの異能を否定されるのは辛い。ゾエ村異類にとっては、異能はなくてはならないもので、自分の特性の一つだ。

「威力が強いから、心配なんじゃないか。女の子だしな。実際、あの子は化け物呼ばわりされていたよ」

「酷いな」

「良くあることさ。人間は自分が知らない力に恐れを抱く」

 ダリウスがのんびりと酒を舐め、ベルナルダンが顔をしかめ、アシルが肩を竦める。

「それだけかな」

 ぽつりと漏らしたグェンダルに、一斉に視線が集まる。

「いや、何だかあの店主、どうも俺たちの異能について知っている風に思えたから」

「ふむ。言われてみれば、娘の異能が俺たちの異能と結びつけられた途端、激高したな」

 アシルが顎に手をやって考え込む。

「じゃあ、次は違うアプローチを試してみるか?」

「というと?」

 ダリウスにベルナルダンが先を促す。

「親友の方だよ。何か聞いているかもしれない」

 なるほど、それも良いかもしれない、と意見は一致する。

 一行は商人の娘の友人と接触を試みることにした。

 ミルスィニの友人のカランタを訪ねて行くと、彼女は両親を失い、叔父夫婦と暮らしていた。

 大通りから幾つも筋を入った先の細い路地裏に建つ家はその周辺から赤ん坊の泣き声や子供の喚き声がし、時折そこに大人の怒鳴り声が混じる、何とも騒々しい場所だった。

「正確には母さんが死んで、父さんが蒸発したんだけれどね」

 肩を竦めて話す表情は冷めている。背は平均より低い。赤い髪はくしゃくしゃで、鼻から頬にかけてそばかすが散っている。

 娘さんに聞きたいことがある、と手土産を渡すと嬉し気に受け取られ、代わりにカランタが戸口から押し出された。

 大の男四人で押しかけてその対応は、シプラの時もこれで良かったのでは、と埒もないことを考えさせるほどに拍子抜けだ。

「君の友だちが絡まれている所を偶然遠くから見かけてね。異能を用いて切り抜けて事なきを得たんだけれど、実は、それに似た異能を以前見たことがあるんだ。それで、その異能についていくつかアドバイスすることがあるので声を掛けさせて貰ったんだ」

 何といって良いのか分からないので、率直に言うことにした。完全には真実を告げない。

「あらそうなの? 見間違いじゃない?」

 警戒しているのだろう、はぐらかされる。嘘の付き方も堂に入ったもので、平然としている。

「話はそれだけ? 忙しいから帰って」

 けんもほろろに追い返そうとする。

「別に何か売りつけようとか情報料を取ろうとかは考えていないよ。ただ何か不調が出ていないかと思ってね」

「あの子の母親、シプラさんに聞いてみたら良いわ」

 言い淀む大人たちに、断られたんなら、なおさら自分が言うべき言葉はないと告げられる。グェンダルたちは正論に打ちのめされた。

「いいわ、私が話を聞くわ」

 涼し気な声がして、黒髪の長めの前髪を額に斜めに垂らし、切れ長の目、鼻筋の通ったすらりとした姿の少女が現れた。どこか少年めいて見える硬質さがある。

「ミルスィニ!」

 グェンダルたちを押し退けて、カランタがミルスィニに駆け寄る。

「出てきちゃ駄目じゃない! あんた、大丈夫だった?」

「ええ、何ともないわ」

 カランタはミルスィニよりも頭半分ほど背が低いので、見上げる形で怪我の有無を検分する。

 ミルスィニはそんなカランタに困った風に笑う。

「随分過保護なんだな」

 アシルの言葉に、カランタはきっと振り向き睨む。

「何よ! ミルスィニは女の子なのよ。しかもこんなに綺麗な! 心配するのが当たり前じゃない」

「分かるよ。俺たちもそう思って声を掛けたんだ」

 グェンダルはなるべく落ち着いて誠実さを心掛けて話した。

「あの、貴方たちはどういう?」

「ミルスィニ! 聞く必要なんてないわ!」

 カランタが悲鳴染みた声で言う。

 その必死さにグェンダルたちは眉を顰めたり、眉を跳ね上げたりし、ミルスィニは眉尻をしんなり下げた。

「お嬢さん、俺たちは何も彼女を連れて行こうというのではないよ。何かを奪おうというのでもない」

 ダリウスが間延びした声で言うが、それでも胡乱気な視線に含まれる棘は消えない。

 このまま言うべきことだけ言ってしまおう、とグェンダルは内心ため息をつく思いだった。

「いや、突然現れて声を掛けたらそうなるのも当たり前だ。済まないね。ただ、そちらのミルスィニさんは最近、視力か聴力が極端に落ちてきてやしないかと思ってね」

 歳の割りには落ち着いた物腰のミルスィニがはっと息を飲む。

「ああ、やはりそうなんだね」

 そこでグェンダルは自分たちはここより北に位置するゼナイドという国のとある村からやって来た異類で、中には異能を持って生まれる者がいると語った。その者は強い異能を発揮するが、視力や聴力が極端に落ちる。その視力や聴力を補う者がバディとなって二人一組で行動するのだとも話す。

「二人一組で」

 カランタがぽつりと呟く。

「それで、その強力な異能というのはどんなものですか?」

「それはこれから衝撃波を噴出するんだ」

 ミルスィニの問いに、ベルナルダンが自分の甲の痣を見せた。

 ミルスィニは咄嗟に左手で右手の甲を覆い隠す。

「いや、見せろなんて言わんさ」

 ベルナルダンは両手を肩の上まで上げて害意の無さを表現する。

「それで、その視力や聴力の低下は病気でも何でもなく、異能によるものなんだ」

「俺たちのはな。もし君も同じ症状が出ていたら随分心配したんじゃないかと思ってね」

 グェンダルとアシルが口々に言う。

「まあ、見えなかったり聞こえなかったりする訳ではないから、日常生活にそう支障はないが、俺たちは狩りをするんで、バディが必要になるのさ。弱い部分を補ってくれる存在がね」

 露わにしていた敵意を引っ込めたカランタが熱心にベルナルダンとアシルを見つめる。

「それ、どんな風に狩りをするの?」

「観測者が対象を捕らえてそれを逐一射手に伝えるんだ。対象の特性に応じて衝撃波を打つ方向や強さ、間隔とかをね」

 訓練の賜物さ、と肩を竦めるアシルにミルスィニとカランタが目配せをする。

「もしかして、二人はもう?」

「ええ、カランタのアドバイスを受けて動いたりしました」

「へえ、もう連携をしているのか」

 ベルナルダンが感心したように言う。

 彼らが予測した通り、やはり少女たちは既にバディを得ていたのだ。

「俺は射手になるのが遅かったからなあ。その年ですごいもんだ」

「おじさんも生まれつきじゃなく、急に痣が出て来たの?」

「おじっ……」

「堪えろ、お前は彼女たちから見たらおじさんだ」

 絶句するベルナルダンの肩をアシルが軽く叩く。

「そうだよ。彼も君と同じだった。でも、こっちの彼とバディを組んで、今ではベテランと肩を並べている」

 途端に、ミルスィニもカランタも破顔する。

 その表情は年相応の無邪気なものだった。

 普段、どんなことをしているのか、どんな魔獣を狩ったのかなどと矢継ぎ早に質問される。

「どうして旅をしているの?」

 ゾエ村の異類たちは一瞬黙った。

 ダリウスがすかさず口を開く。

「僕たちは翼の冒険者という人の支援団体なんだ」

「翼の冒険者!」

「知っているわ。噂を聞いたことがある!」

 大陸西の南の方まで噂は行き届いているようだ。流石は商業都市。情報伝達の早さは凄まじいものだ。

「じゃあ、おじさんたち、グリフォンを見たことがあるの? 触ったことはある?」

 カランタが期待を込めた目で見上げる。先ほどのけんもほろろの様子とは真逆だ。

「見たことはあるけれど、触れはしないなあ」

「触れないの?」

 不満そうに唇を尖らせる。

「お嬢さんたちも見たら分かるだろうが、とんでもない威容と威厳を持っていてね」

「ああ、あの眼光に晒されたら下手な動きはできないな」

「でも、ついつい見とれてしまう美しさで」

「飛んでいるところも優雅の一言に尽きるよなあ」

 口々に言うグェンダルたちはつい本音が出てしまい、それが少女たちにも伝わる。彼らが真実そのグリフォンに心酔していることが。

「ねえ、おじさん、私もその支援団体に入れないかしら。私の異能はきっと役に立つわ」

「ミルスィニ! 何を言うの!」

「そうだよ。何を一体……」

 カランタがミルスィニを見上げ、グェンダルたちも呆然とする。当の本人は涼しい顔だ。

「それとも女は入団できないのかしら」

「いや、女性もいるし、あんたらと同年代の子も……いてっ」

 うっかり事実を答えるベルナルダンの足を、アシルが強かに踏んづける。

「じゃあ大丈夫ね」

 ミルスィニがにっこりと笑う。

 グェンダルたちは苦心して旅のデメリットや彼らの旅が決して危険を伴わないのではないことを言葉を尽くして説明した。

 それに対して、ミルスィニは頑なに否定することもなく、それでは考えてみると言った。

「まあ、まずはお母さんとよく話しておいで」

 グェンダルたちはそういって話を結んだ。



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