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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
277/630

33.小さな漂流者2

 

 文字通り、寝台から跳ねた子供は何かに弾かれ、夜具の上に落ち、小さくバウンドする。笑い顔のまま驚愕の表情を浮かべられるものなのだな、と場違いなことを考えるシアンの脳裡に、『セーフティエリアに害意を持つ者が発生しました。システムが排除します』というアナウンスが流れる。

 後に、セーフティエリアで害意を持たなかったものが入り込んだ後に害意を持ったら、ああいうことになるのか、とシアンは思った。今はそういったことを考える余裕はない。

『エラー。対象を検知できませんでした』

 どういうことだと思う間もなく、アナウンスが聞こえたかのように、セバスチャンが言う。

『休眠したようですね。引きずり出します』

「え、子供は大丈夫ですか?」

「問題ありません」

 子供はいつの間にか気絶している。その耳からずるずると細長い糸のような物が出て来て、寝台に落ちる。子供は細い糸が這い出る度にひくひくと体を跳ねさせていたが、意識を失ったままだ。

『機能を停止しているようですが、念のため、近づかれませんよう』

 セバスチャンの言葉に、凝視していた視線を外して慌てて頷く。気味が悪くてあまり近寄りたくない代物だ。そして、セバスチャンが手を触れずに一連のことを為したのだと知る。

『子供は眠ったままなので、自然に目を覚ますまでそのままにしておいて構わないでしょう。こちらは分体のようです。本体を追います』

 セバスチャンには一角獣が捉えられていたことやマティアスのこと、それに寄生虫異類が関与していることを話している。

「そんなことできるんですか?」

『追跡可能です』

 セバスチャンは胸に掌を当て、恭しく一礼した。その姿がするりと影に溶ける。そのまま、シアンの影に溶け込み、辺りは静かになった。動くものはない。

 突然、色んなことがあり過ぎて何が何やら、と一つため息をついた時、シアンの影からするりと何かが滑り出した。

 見る間に眼前に黒い螺旋が渦を巻き、人型を取る。

「おかえりなさい、早かったね」

『……只今戻りました』

 少し間が空いたが、シアンは気にしなかった。

 セバスチャンからしてみれば、シアンに迎えの挨拶をされて感無量で返答が遅れたのだ。

『申し訳ございません。敵の本体を捕らえることはできませんでした』

「そうなんだ。セバスチャンは無事?」

 端正な相貌が眉根を寄せていることから、シアンは気に掛ける。

『はい。ご心配痛み入ります』

「良かった。でも、セバスチャンにも捕らえられないなんてとんでもない相手だね」

 精霊たちも捕らえられないでいるので、狡猾に立ち回る厄介な相手だと思っていたが、不安が高まる。

『恐れ入ります。私の迫る気配を察知して、本体も機能を停止し、休眠に入ることで気配を断ちました。ただ、その寸前に相手に攻撃は届きました。しばらくの間、何の動きもできますまい』

「え、そうなの?」

 一瞬の間に激しい攻防があったようだ。

『シアン、あの分身を解析したい。私が受け取っても?』

 室内で窓が閉まっているのに回風が起きる。するりと縦長に伸び、人型を取る。

「英知。ええと、セバスチャンは良いかな?」

『勿論、異論はございません』

 突然現れた風の精霊に、家令は恭しく首を垂れる。

「じゃあ、どうぞ。あ、でも、切れ端を貰っても良い? 一応、シェンシに見て貰いたいんだ」

『分かった。では、切れ端を渡す前の状態のものも見せておこう』

「ありがとう」

 礼を言うシアンに一つ頷いた風の精霊は家令に視線をやり、短く言う。

『セバスチャン、大儀だ』

『有難き仰せ』

 家令はより深々と頭を下げた。

 シアンはそっと笑いをこらえたが、風の精霊には分かったようで、視線で問われる。

「う、ううん。大したことじゃないんだよ。ただ、英知もセバスチャンって呼ぶんだなと思って」

『それが彼の名になったからね』

『御意にございます』

「あ、うん、えーと、ごめんね」

 命名から定着までの次第を間近で見ていたシアンは、何とも言えない心持になって謝罪する。

『いいえ、みな様に呼んでいただけるこの名を気に入っておりますよ』

 穏やかに微笑むセバスチャンにそれは良かった、と笑みを返す。普段、家令は表情を動かさないがシアンには柔らかい面持ちを向けることが多いので気付かない。

 子供の上にシーツを掛けてやって、一同は部屋を出た。



 セバスチャンは子供の話を聞くうちに違和感を覚えた。

 黒ローブたちがシアンの命を狙うように指示したのに、子供はあんなに無邪気に慕う表情で翼の冒険者の話をするだろうか。

 はっきりと自分の口から黒ローブに翼の冒険者を殺せと命じられたと話したのだ。

 この島の主が翼の冒険者と同一人物かどうか知っていたかどうかは分からない。

 黒ローブたちは翼の冒険者よりもその支援団体である幻獣のしもべ団の方に害意を向けている。

 翼の冒険者ではなく、幻獣のしもべ団の団長マウロの命を取ってこいと言った方がしっくりくる。

 大方、寄生虫異類が黒ローブに翼の冒険者の命を狙うよう命じられたと子供の記憶を改悪したのだとセバスチャンは見当をつける。

 その違和感のため、話を聞き出す間もセバスチャンは子供の体内を探っていた。だからこそ、瞬時に対応し、情報を読み取り、それが分体だと知るや、即座に本体を追うこともできたのだ。

 分体はすぐに休眠し、完全に本体と切り離しにかかった。凄まじい反応の速さである。そして、休眠、分体の切り離しといった特性を最大限に活用している。だからこそ、精霊たちが未だ捕らえられないのだ。

 セバスチャンは一瞬間のうちに分体の情報を読み取り、本体へと迫る。本体も休眠に入って気配を遮断したせいで、捕まえることができなかった。強かに打ちのめしたので、しばらくは活動できまい。ただ、それはシアンやその周囲への脅威が完全に取り除かれたのではない。由々しき問題だった。

 シアンや風の精霊に褒められたものの、取り逃がしたのは苦い気持ちをセバスチャンに刻み込んだ。

 シアンや彼が愛でる幻獣たち、そしてこの島を守るためにより力をつけなくてはならない。そう痛感する。



 シアンはセバスチャンから事の次第を聞き、悩んだ後、やはり当初の予定通り、子供の体調が回復したら港町へ送って神殿に預けることにする。

 後日、子供に会ってそう告げた。

 セバスチャンが気を回して自分がその役目を引き受けると言ったが、シアンは笑って退ける。島の主と称されるのは大げさだと思うものの、責務は果たさなければならない。

「家族にたまに会わせて貰えるんだ。ちゃんとまだ生きているんだよ」

 子供はそうして黒ローブたちの仕事を手伝ったのだと言う。

 この子供とそれよりもまだ年少の弟と母が捕まっているというのを聞き、イレーヌ母子を思い出す。

 子供は黒ローブに見つかったら、酷い目にあうだろう。最悪、殺されるかもしれない。

「しばらくここで養生して、元気になったら船に乗せて近くの港町まで送ってあげる。そこにある神殿で暮らせないかお願いしてみるよ」

 それでも、シアンは幻獣たち、そして幻獣のしもべ団たちを危険に晒すことは違うと思う。

 シアンは子供にこの島にはあまり船は来ないのだと説明した。大体は自給自足で、シアンはグリフォンに乗って移動するのだと。

 子供の境遇は同情すべきものである。

 でも、自分の一時の同情で、他者を危険に晒すのを強いることはできなかった。

 シアンは切り捨てねばならない非情さに自責の念を抱いたが、見ず知らずの人間、しかも操られていたとはいえ、自分を殺そうとした者を介抱し、安全に送り届けて行く末を頼んでやるなぞ、甘いとも言える対応だ。

 子供の方がよほどそれを理解していて、大人しく頷き、礼を言った。



 シアンの姿を認めた途端に好機とばかりに寄生虫異類の分体は目覚め、宿主を飛びかからせようとした。

 迂遠な方法を取った甲斐があったと思った。貴光教内部に入り込み、あちこちに少しずつ分体を送り込んだ。それが図に当たった。支援団体を追う者たちのお陰で、翼の冒険者本人の懐にようやくたどり着き、迫ることができたのだ。

 本体を大分削り分体を作り出すことになったが報われる。そうほくそ笑んだ。

 しかし、何かに阻まれた。以前感じた、甚大で強固なものよりも薄いが、その分鋭く、触れるだけで体が精神が千々に切り刻まれるような危険な気配がした。

 いや、あの強固なものも分体が一瞬間感じた。休眠してやり過ごす。完全に眠らせ、ついでに一旦、本体と切り離す。これで本体が宿った宿主と接触しない限り、指示を出すことはできない。分体の状況がどうなっているのかなどの一切の情報を得ることもできない。

 にもかかわらず、本体に迫る薄く鋭い気配があった。

 見る間に近づいて来る得体のしれない鋭利な気配に驚き怯えた寄生虫異類は本格的な睡眠を余儀なくされる。他人の驚愕、怯え、恐怖を感じることが好きだったが、自分がそうさせられることには不快極まりない。同時に闇夜を切り裂く鋭い閃光のような恐怖が深く刻まれた。

 それによって灼熱の衝撃を受けた。痛烈な反撃に合い、自分が当分動けないことを悟る。

 しかし、自分は何とか追跡の手から逃れた。

 うっそりと笑う。

 種は蒔いておいた。じきに芽吹き、その根は養分を吸い上げ、成長し続け、最後には宿主どころか世界そのものを食い荒らすだろう。

 その時までじっくりと体を休めれば良い。

 実に楽しみだ。

 実に待ち遠しい。



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