27.市場/悪評 ~すっごいいじわる!/お代官様、お仕置きを!/危ない狐/お笑いの道~
トリスに戻り、冒険者ギルドに寄った帰り道、食材を調達しに市場へ向かった。
途中、串焼きの店にも寄った。広場に色とりどりの日よけ布が並ぶ下、多様な食料が売られている。リムはあちこちの果物屋に声を掛けられ、これも食べてみろ、それも味見しろと次々に果物を渡された。
飛んでいる小さな幻獣に果物を手渡し、礼を言われるのがいいらしい。
貰った果物は三つに分けて食べる。気に入った物は購入することから、試食と言えばそうなのだが、余分におまけしてくれる。
いつもありがとうございます、とシアンが店員に礼を言う。
リムにもティオにも店の商品には勝手に触れないように言ってある。シアンが買い物に熱中しだすと、ティオは市場の人通りの邪魔にならないところに引っ込んだ。
シアンは色とりどりの調味料を物色した。スキルレベルも順調に上がっているから、新しく購入できるものがあるかもしれない。
と、リムが結構な速度でシアンの傍らに飛んできた。
「キュァッ!」
いつもの高く可愛い声ではなく、鋭く力の籠った鳴き声が唸る。
それに対して第三者の驚きの声が上がる。
「リム?」
振り向くと、リムが鋭い歯を見せて威嚇していた。大きく開いた口に沿って生えた歯とは別に上下四本の長い牙がある。獲物の体に穴を穿ち肉を引き裂く鋭いものだ。
普段の可愛い顔とは違う野生の荒々しさが垣間見える。彼はこの世界で生きているのだ。
相手は二十代半ばの金髪の冒険者風の男で、シアンの肩に手を伸ばしかけていた。
革でできたオーバーオールに似た鎧をシャツとズボンの上から着こんでいる。腰には一メートルほどのピッケル状の杖と、巻いたロープのようなものをつけている。
「何かご用ですか?」
「この小さいのは何の魔獣なんだ?」
突然肩を掴もうとし、名乗りもせずに連れた動物の種族を尋ねてきた。礼儀知らずな態度だ。
「どちら様ですか?」
「そんなことより、あんただろう、グリフォンを連れているのって。どこに隠しているんだ? 俺、テイマーなんだ。ぜひ一度触ってみたくってさ」
グリフォンに触れてみたいという気持ちは分かるが、いかんせん、自分本位が過ぎる。
「グリフォンは人に触られるのが嫌いなんです」
「こんな場所に連れてきておいてそれを言うのか?」
人が多い場所で留まる際、ティオはちゃんとわきまえて人がいない所で待ってくれる。
「触られに来たわけではないので」
あまり雰囲気のよろしくないテイマーに、そのままティオが姿を現さないことを祈りつつ、どうやったら最短でこの場を離れられるかを考える。けれど、良い考えが浮かばないうちにティオが騒ぎを聞きつけてやってきた。
『シアン、大丈夫?』
「大丈夫だけど、もう行かなくちゃね」
「いるじゃん、グリフォン!」
声を上げて、男がティオに触ろうとするが避けられる。その巨体であるから容易に触れそうなものの、何度も空を切り、地団太を踏む。実際怒りに任せて足で地面を蹴りつける様はシュールなものがある。
「ちょっとぐらい、いいだろう。触らせろよ」
シアンを睨みつけ、腕を掴もうとする。それまで近寄らせなかったティオがぐいと顔を突っ込み阻止する。
突然鋭い嘴を向けられ、驚いて手を引っ込める。
リムが抗議する。
『シアンの腕は音楽と料理と、ぼくとティオを撫でるためにあるの!』
肩はリム、腹と背中はティオのもので、まさか腕にまで所有権があったとは。
「はは、僕の自由にできるのは脚くらいかな」
乾いた笑いが漏れるシアンに、ティオがえっと声を漏らす。
『ぼくはシアンの脚に頭を乗っけて寝転がるの好きなんだけど』
『ぼくも! ぼくもシアンの膝で丸くなって寝るの、好き!』
全身くまなく自分だけのものではなかった。
「おい、あんた、無視すんなよ、感じ悪いな!」
テイマーの男がティオたちと話すシアンに苛立って吐き捨てた。
「感じ悪いのはお前の方だろう」
「そうだ、シアンはティオやリムと会話しているんだ。あんた、テイマーなのに会話の内容がわからないのか?」
店先から店員たちの声が上がる。
自分が責められてぎょっとする。
「ち、違う。俺はリソースを独占するマナーの悪いプレイヤーを正そうとしてだな」
ティオを触らせろとしか言われていなかったが、別の目的もあったらしい。
隣近所だけでなく、先々の店からもわらわらと人が集まってくるのに、男がなぜ俺が責められるんだよ、と喚く。
「あんた、さっきからティオちゃんたちに失礼だよ」
買い物中だったのか果物を手にした中年女性がそれを突きつけるようにして語気を強める。
「な、なんだよ、NPCのくせに!」
「さっきから、何わけのわからねえことを言っているんだ」
「異界の眠りがそんなに偉いのかい、異能があるからって、上から物を言うんじゃねえや!」
恰幅の良い男や威勢のいい男に次々に言われ、テイマーは怯む。
「理由を知りもしないくせに勝手なことを言いやがって。理不尽だ!」
「ティオちゃんたちはカラムさんとこの農場を襲う魔獣退治だってやってくれているんだよ」
「え、あのカラムさんの?」
色めき立つ女性陣に、シアンはそういえばカラムは良い年の重ね方をしたのが分かる苦み走った年配の方だったな、と思い出す。
「俺はジョンのとこの魔獣退治をグリフォン様がしてくれたって聞いたぞ?」
「そうそう、息子が助けてもらった上に背中に乗せてもらって帰ってきて腰を抜かしたって」
「「「「いいなあ。俺も乗せてもらって飛んでみたい」」」」
羨望の眼差しがティオに注がれる。男子とはいつになっても空を飛んでみたいと思うものなのか。
すみません、ティオは他の人を乗せて飛ばないと思います、とは考えても黙っておいた。
「そ、それだよ、そいつ、牧場主や農場主から生産品を貰っているんだぞ。他の冒険者が金を出すって言っても貰えなかったのに! 何か悪どいことしているんだろう! そいつだけ貰えるなんておかしいじゃないか。グリフォンに見たこともない幻獣を手に入れて、どこまでズルすりゃ気が済むんだよ!」
シアンを指さしながら言い募る。
「当たり前のことじゃないか。自分とこの畑や牧場を荒らす魔獣を駆除してくれたからその礼をしたってだけだろう。それより、俺たちゃ、冒険者の方が納品先が決まっているってのに無理やり金を置いて持っていこうとしたって聞いているぜ?」
「金を払っているんだ。誰に売っても一緒だろう!」
「ふざけたことを言うな。街の小売りじゃないんだ。卸先が決まっている商品を、何で一度や二度買いに来るだけの輩に売るんだよ。これから先、長い間大量に買ってくれる、以前からの付き合いのある実績のある方を優先するだろうがよ」
「先にした約束を守るってことも知らねえのか?」
「でもだって、こいつには渡したのに!」
呆れつつも周囲の者が丁寧に教えてくれたことも、怒りに駆られて理解が及ばない。
「分かんねえやつだな! だから、その商品が荒らされるのを防いでくれたからに決まっているじゃねえか!」
「だ、だったら買いに来た冒険者にもそう言えばいいじゃないか」
「お前たち、そんな話なんかせずに金だけ置いて商品を持っていこうとしたそうじゃねえか」
テイマーの男からしたら金銭で商品を得るというゲームの一般的な仕組みが特定の人間にしか通用せず、それが何らかの条件があるのであれば、秘匿するのは許されざることだった。中にはそういう情報を抱え込む強いパーティもいるが、公開すべきだと考えていた。
ただ、それはプレイヤー間の話であって、この異世界に根差して暮らす人間には相いれない価値観であり、傍迷惑であるということに考えが及ばなかった。
「第一、魔獣駆除を依頼しても戦闘で畑や牧場を滅茶苦茶にされたって聞くぜ。だから冒険者においそれと依頼しないんだってな」
「それ、本当ですか?」
思わず、シアンは口を出した。
「おう、売り物も駄目にされたのに、報酬は冒険者ギルドを通して出している筈が、追加報酬だと言って勝手に野菜や乳製品を持っていかれたってな」
「僕たちも気をつけなくちゃね」
ティオとリムを撫でながらシアンが言う。
『豚や牛が減ったらソーセージもチーズもバターも作れなくなるもんね』
『果物が減ったら大変!』
荒っぽくはあるがテイマーの男に懇切丁寧に説明してやった男が、ティオとリムが何を言ったのか聞いてきたので、そのまま答えた。
「そういやあ、ジョンがハムやソーセージを気に入ったって言っていたなあ」
「卵も乳製品も美味しいですよね」
腕組みしながら感心したように言う男にシアンが同意する。
「カラムさんがチビちゃんが美味しそうに小さい体でたんまり食べてくれるのを見るのが楽しいって言っていたよ!」
おばさん方も付け加える。
本当にカラムは人気者だ。
市の人たちと話していると、いつの間にかテイマーの男はいなくなっていた。
漠然と不安が残った。
フラッシュ宅の居間のレイアウトを変えピアノを置けるようにしてもらった。
ティオの大地の精霊の太鼓と同じく、出し入れ自由と聞いたフラッシュは顔を引きつらせながらも、入手先は追及してこなかった。鑑定もしていないようだ。
心の平穏を保つためには何でもかんでも聞けばいいというのではないということを、大人である彼女は熟知している。
大きなものを置かせてもらう礼を言うと、生産の休憩に茶を飲みながらピアノ演奏を聞く、至福の時間の礼を逆に言われた。
「ピアノか。シアンは他の楽器は弾かないのかな、とは思っていたんだ。フォドルとかシターンとかリラとか他にも色々あるだろう?」
この世界ではリュートの他はピアノとバイオリンしか楽器を持っていない。
「ファンタジーっぽいというか、どれも古いものですね」
「ああ、リラなんて紀元前三千年からあったそうだ」
「弾くのが難しそうですね。僕は他にバイオリンを弾いています。ピアノは十八世紀頃に創りだされたそうですが、バイオリンも十六世紀頃にはあったそうですよ」
「古い鍵盤楽器と言えばオルガンだな」
フラッシュは楽器にも明るい。聞けば、リムにタンバリンを作ってやったことを皮切りに色々調べたのだそうだ。だから、バーチャイムを作ってくれることもできたのか、と感謝の念が沸き起こる。
「この世界にもありそうですね」
「吟遊詩人のスキル取得項目に上がってきていないのか?」
「レベルが足りないせいか、まだ」
フラッシュがおや、と片眉を上げた。
「ピアノやバイオリンは出てきているのに?」
「両方ともスキルは取っていないんです。だから、出てこないんだと思います」
リュートの初期のスキルしか取っていない。ピアノとバイオリンはスキル項目にあがってきているが、取得していないため、関連するスキルは派生していない。
「スキルなしで弾いているのか?」
「はい。多分、ない方が弾きやすいです」
フラッシュが唖然とした表情になる。
「リアルで弾いていたとしても、両方?」
「現実世界でもピアノとバイオリンを弾いているので」
「それは凄いな。バイオリンも一度聴いてみたいね」
感心して言うのはあながちお世辞ではなさそうだ。
フラッシュは茶を飲みほした後、テーブルにカップを置いて居住まいを正した。
「ところで、こういうことは回りくどく言うのは苦手だから単刀直入に言うが」
前置きされ、シアンも背筋を伸ばした。
「一部のプレイヤーの間でシアンの悪評を立てている者がいる」
「プレイヤーの中で?」
「ああ、シアンはグリフォンを連れているだろう? テイマーでも召喚士でもないのに、飛べる動物を連れ歩いていることが嫉妬を買うんだろう。それがグリフォンなんていうここいらじゃ見られない類の幻獣だ。ティオが一頭でこの工房から飛び立ったり舞い降りたりしているのも目撃されているからな。プレイヤーの情報網は恐ろしい。冒険者ギルドお墨付きというのも、嫉妬の対象だ。ティオ自身はNPCだが、シアンはプレイヤーだ。同じプレイヤーなのに、というんだろうな」
「ああ、料理人で吟遊詩人なのにグリフォンは宝の持ち腐れというようなことは言われたことがあります。後はずるいとか。情報の秘匿をするなとか」
ただ、シアンにはどうすればグリフォンと出会い仲良くなれるか、と聞かれれば音楽くらいしか思い当たる節がない。
「そういうと大抵馬鹿にされるんです」
肩をすくめて見せる。
「それか、何かを隠していると疑うんだろうな」
「確かに」
話が途切れた際、部屋の隅でティオとリム、九尾が固まって話すのが聞こえた。
神妙な顔で相談している。彼らにとっての重要問題だろうか。
シアンは自分とフラッシュの茶を淹れなおしながら、何とはなしに耳に飛び込んでくる会話を聞いていた。
『あくひょうってなあに?』
『悪口のことだよ』
リムの質問に九尾が答える。
『シアンが悪く言われているの? ぼくらのせいで?』
ティオが低く喉を鳴らす。
『シアン、いじわるされたの? すっごいいじわる?』
『リム、すごい意地悪ってなんのこと?』
ティオも知らないらしい。
『せくはら!』
茶を吹いた。
『きゅうちゃんが言っていたの。すっごいいじわるだって!』
後ろ脚二本で立ち、長く背筋を伸ばして胸を張り、ふんす、と鼻息を漏らす姿は可愛い。でも、九尾からあまり変なことを教わらないでほしい。切に願う。
「何を話しているんだ?」
三頭を見やりながら茶を吹きだしたシアンにフラッシュが問う。最近、ティオとリムの言うことも単語で聞き取れるようになったそうだが、それは彼らがフラッシュに向けて言葉を伝えようとした場合だ。
「きゅうちゃんが……」
「すまん」
それだけで概ねのことを理解してしまえるフラッシュは皺の寄った眉間を揉んだ。
『シアンはぼくが守る!』
『ぼくも』
気合の入った声を上げるリムにティオが淡々と続く。
『きゅうちゃんは高見の見物と行きましょうかね』
「九尾」
フラッシュが九尾の頭を掴む。
『あーれー、お代官様、ご無体な』
「誰が代官だっ」
後で九尾に確認したところ、シアンの肩を嗅いだのはセクハラでもなんでもなく、と説明した流れで、セクハラ自体の意味を問われ、「すごい意地悪だ」と答えたのだそうだ。いつまで肩縄張りを引っ張るのか、どれだけ肩に乗りたいのか、この領域侵犯は重罪なのか、と疑問は尽きない。
とにかく、変な言葉を引き合いに出す九尾が諸悪だ。
『きゅうちゃんの分もぼくがシアンを守る! えいえいおー!』
リムが気を吐いている。
『シアンが危ない目に会ったら遠慮しなくていいよね?』
ティオが平然と言う。
「ティオもリムもあまり危ないことはしないでね」
『危ないこと……』
九尾が反応する。
『今宵の刃は血に飢えておる』
きゅっきゅっきゅと笑いながらどこからともなく日本刀のような武器を取り出す。
それは危ない人、もとい危ない狐だ。
「ええと、きゅうちゃん? 今は昼だけど」
「そこか?!」
すかさずフラッシュが問う。
「それにしても、シアンは大分九尾に慣れたと言うか、もはや突込み役だな」
どちらかというとボケ返しだ。もちろん、天然である。
『立派な相方にクラスチェンジも間近です! 目指せ、お笑いの花道!』
「僕、きゅうちゃんと漫才するの?」
『お笑いの道は厳しくってよ!』
こんなに面白く可愛い幻獣たちに囲まれているのならば、多少の嫉妬は仕方のないことかなと思わないでもないシアンだった。
※作中でセクハラを「意地悪」としていますが、単なる意地悪ではありません。
現行法から作中の時代にどのように法改正されているか不明の為、
また、ストーリーに関わる部分ではなかったので明記しませんでした。
こちらでお断りさせていただきます。




