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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
267/630

23.天啓の閃き ~心配しちゃったの?/ころころ~

 

 シアンは砂の薔薇に戻ってすぐに風の神殿の転移陣を踏み、他の街を経由して島へ戻った。

 リムはしょげ返ってしまって口数が少ない。たまにぐすぐす鼻を啜っている。

 九尾により、フラッシュはログインして館にいると聞いたリムが力なく鳴く。

『フラッシュ、怒るかなあ』

 リムのために、と作ってくれた者の気持ちを慮る。その優しさが好ましく、頭を撫でる。

「どうだろう。でも、ちゃんと謝ろうね」

『うん』

 返事を返しながらシアンの首筋に顔を埋める。

 その後頭部から背中を撫でながら、シアンの気持ちも沈んだ。楽器の大切さやそれを失った時の気持ちは分かる。ましてや半分消し炭となったのだ。

「お帰り」

 出迎えてくれるフラッシュは暗い雰囲気に気づいたようだが、何も言わなかった。

 居間に入るとシアンはイスに座ってため息をついた。色々あった。

 ティオが傍らに座り込む。

 後から入ってきたフラッシュがシアンの肩にいるリムに向けて何かを差し出した。見れば、足元にユエもいる。

 これを渡したくて待っていたのだという。

「ユエと一緒に新しく作ったんだ。前に作ったやつは耐久にそろそろ限界があるだろう。島の魔晶石を使ったんだ。だから、頑丈だぞ」

『少し前に貰ったリムの爪から作ったの。あまりにすごい素材だったので加工できなかったんだけれど、フラッシュと一緒にお祈りしたら、加工できるようになったの』

 ユエの言葉に、恐らく、精霊たちが力を貸したのだろうと考える。

 涼やかな音に、リムの顔が輝く。

『タンバリンだ!』

「そう、リムのタンバリンだ。光と闇の属性をつけておいたから、精霊にお願いして強化して貰うと良い」

『ぼくのタンバリン!』

 早速受け取って音を鳴らす。

『きれーい!』

「本当、綺麗な音だね」

 元気を取り戻した様子にシアンも破顔した。

「ありがとうございます」

 フラッシュは閃きの名が体を表す、天啓のごとき時機を逃さず、リムに打ってつけの属性をつけた楽器をくれた。

『フラッシュ、ユエ、ありがとう!』

「喜んで貰えて何よりだよ」

「みゅ!」

 ユエが得意げに胸を張る。

『あれ、ここに何か模様があるよ』

 嬉しそうにタンバリンをくまなく眺めていたリムが声を上げた。

「ああ、自由な翼団を作っただろう? だから、翼を彫っておいた。リムとティオの翼だよ」

『わあ、格好良い! ぼくとティオの翼だって!』

 リムがシアンとティオにタンバリンを見せてくる。

「あ、本当だ。リムとティオのシンボルマークだね」

 鳥の翼と皮膜の翼が交差している模様が彫り込まれている。

『ぼくのにもつけて、その模様』

 ティオが大地の太鼓を取り出してフラッシュに言う。

「僕のにもお願いしたいです」

 シアンもピアノとバイオリンを取り出して便乗した。

「いやいやいや、君たちの楽器は神器だろう⁈ 無理だよ。リムのタンバリンは私たちが作ったものだし」

 慌てて拒否する。

「リム、神器にはほど遠い楽器で申し訳ないが、属性をつけてあるから精霊の力に馴染みやすいだろう。精霊頼りになるのもあれだが、ティオの楽器に見劣りするのも申し訳ないしな。精霊に頼んでおいてくれ」

『うん、お願いしておくね!』

『ぼくもリムとお揃いの模様がほしかった』

 神の作ったものに手を加えられないと知ったティオがしょげる。よほど翼の印が気に入ったのだろう。

『よしよし、加工できるようにしておくからの』

『私も力を貸そう』

 大地の精霊と風の精霊が姿を現した。彼らもまたリムの楽器が半焼したのに気を揉んでいたのだろう。

「あの、フラッシュさん、加工できるようにしてくれたようです」

「誰が⁈」

 フラッシュが驚愕する。そんなことを誰が簡単に行えるものか。表情がそう物語っている。

「精霊が、です」

「そうか、精霊がか」

 諦めて呟くフラッシュに、毎回心労をかけて申し訳ない気持ちになる。

「本当にいつもすみません」

「いや、ティオもリムと一緒のがいいものな」

 切り替えが早くて助かる。

 やがて、館のあちこちに自由な翼の透かし彫りが入る。後に、フラッシュが施すシンボルマークには精霊の力が宿ると言われるようになる。フラッシュは天啓の錬金術師と呼ばれた。



 闇の精霊は大泣きしたリムを心配して火山からずっと顕現して付き添っていた。

『見て! 深遠、新しいぼくのタンバリン!』

 リムが満面の笑みで小さい足にタンバリンをしっかと掴んで掲げて見せる。

『良かったね』

 安堵して笑う闇の精霊を見やってシアンが言う。

「深遠、リムをとても心配していたものね」

 リムがはっと息を飲む。

『深遠、心配しちゃったの?』

『え?』

 確かに心配してはいたが、リムの様子に戸惑い、闇の精霊はちらりとシアンに視線を寄こす。それに笑顔で頷いてやる。

『う、うん』

 おずおずと肯定してみれば、リムは驚愕の表情を浮かべる。口をうっすら開けて、まるで「がぁ~ん」と聞こえてきそうなほどだ。

 心配はいけないことだと認識しているのだ。シアンをあまり心配させ過ぎては心労で異世界の眠りに陥るのではないかということから端を発している。

 そんなことはあずかり知らぬ闇の精霊はおろおろしながら、手を出したり引っ込めたりする。火山で自分の手をすり抜けてシアンに飛びついたことが想起される。

『えっ、あっ、ど、どうしたら』

 慌てる闇の精霊の背中に軽く手を添え、シアンは大丈夫だと告げる。

 シアンはリムの方へ向き直り、視線をしっかり合わせて柔和な笑みを浮かべる。

「リム、深遠と沢山話そうね。リムがどうして泣いているかわからなかったら深遠も心配するよ。でも、よく話していて、リムがどうして泣いたのかわかったら、そして、泣いていてもきっと必ず立ち直ってくれると分かっていれば、心配しても無暗に不安にならないだろうからね」

『うん!』

 リムが決然と頷く。

 元気な返事に、闇の精霊もようやく落ち着きを取り戻す。

「ふふ。リムは深遠が大好きだものね」

『うん!』

 力強い肯定に、闇の精霊が面はゆそうに笑う。

『んー』

 リムが胸の前で両前足でタンバリンを掴んで、もじもじする。

「どうかした?」

『シアン、ぼくが深遠を好きだって、知っていたの?』

 みな知っているとは口に出さずに置いた。

「うん」

 リムがぱあっと雲間から日が差すような笑顔になる。

『知っていたんだって!』

 当の本人の闇の精霊に向けて言うのに、黒髪の端麗な存在は笑みを返す。

 実に幸せそうな様子に、シアンはこれで落着かな、と思いつつ、ふと視線を移すと、九尾とセバスチャンが佇んでいる。

 前者は後ろ脚立ちして前脚を胸の前で組み、二度三度頷いている。後者は胸に手を当て、心酔の表情を浮かべている。

『僕のことは?』

 不意に銀色の輝きをまとった光の精霊が現れ、リムに尋ねる。

『稀輝も大好き!』

「そうでしょうとも」

 思わず、シアンは首肯した。

『シアン、それも知っていたの?』

 リムがどんぐり眼を更に丸く見開く。

「うん。そしてね、稀輝も深遠もリムが大好きだよ」

 光の精霊と闇の精霊は揃って頷いた。

『うふふ』

 リムは嬉しそうに笑いながら光の精霊と闇の精霊との肩を行き来した。精霊たちにタンバリンに刻印された自分とティオの翼を見せる。光の精霊はとても格好良いと褒め、闇の精霊は尊いもののようにそっと触れた。

 精霊たちはシアンと視線が合うとそれぞれ微笑む。

『シアンちゃんの掌でリムも精霊もころっころに転がされておりますなあ』

 そう話した九尾にそれで良いのでございますよ、とセバスチャンが答えた。



※フラッシュ

ひらめき。瞬間的な思いつき。

(goo辞書を参照させていただきました)

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