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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
265/630

21.大地の民と風の民 ~まどろっこしいな!~

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて」

 大地の民代表に村のまとめ役が食って掛かろうとするのを、風の民代表がいなす。

「それで、翼の冒険者はどうなの? この特別な茶を飲もうと思われるので?」

 風の民代表がどこか面白がる風情でシアンに尋ねる。

「いいえ、先ほどもお断りしましたが、僕はそのお茶はいただきません」

 反射的に村人から不満の声が上がる。

「あ、そう。では、風の民や大地の民は翼の冒険者に無理やりこの茶を飲ませようとするならば、炎の民と敵対するからね」

 軽い口調で言い放つ。

 再び村人から声が上がる。

「何を勝手なことを!」

「勝手なことを言っているのはそちらでしょう。この人は飲まないって言っているのにさ」

 けだし至言だ。

『この男、言動は軽いですが、言っていることは的を射ていますね』

 九尾が感心した風に呟く。

 突然現れて横やりを入れられた村人は不平を声高に放つ。

「はいはい、不満があるのは分かったから。じゃあさ、風の民と大地の民を相手取るってことでいいんだな?」

 声音も調子も変わってはいない。

 けれど、見渡された村人たちは途端に皆、口を噤む。

 言外の圧力で、その場の空気を制した。

 年若いが、代表を務めるだけあるという事か。

「じゃあ、行こうか」

 へらりと笑って人垣の片端を手を伸ばして抑えながら言う。大地の民代表がすかさず逆側の人垣を、両手を伸ばして止める。

 彼らが作ってくれた道を、シアンはおずおずと歩いた。

 村人たちの険のある視線が突き刺さる中、そそくさと足早に歩き去る。

 ティオはその後ろを悠々と付いて来る。

 その背からリムが飛び立ち、シアンの肩に陣取る。

 九尾はさっとシアンの前に躍り出る。

 前後を幻獣たちに、左右を大地の民と風の民に守られて、シアンは村を出た。

 村の外に待機させておいたラクダに跨った大地の民に案内されて、最も近いセーフティエリアに向かう。

 シアンはティオの背に乗り、低空飛行して貰う。その段になってシアンはようやく息をつけた。シアンに取ってティオの背の上は、島の館と並び、この世界で最も安心することができる場所だ。

 足下では涙ぐむ大地の民代表を、風の民代表が揶揄っていた。

『ティオの飛行を間近で見ることに感激したのか、ティオを先導することができて嬉しいのか、どちらでしょうねえ』

 両方かもしれない。

 セーフティエリアにたどり着き、そこで特別でも何でもない茶を飲みながら、大地の民が語った。

 彼ら大地の民や風の民は精霊の息吹を感じられる世界の粋が集まる場所に住まうのだそうだ。そして、感知能力の高いものが巫師と称されるシャーマンとなり、時折伝わってくる精霊の要請を叶え、仕えるのだという。

『ふむ、おおよそ、精霊に仕えるのが巫師で、神に仕えるのが聖教司といったところでしょうかね。魔族だけはその成り立ちから、闇の上位神も魔族も闇の精霊を敬慕しています。だから巫師がおらず、聖教司は神に仕え、それ以上に闇の精霊を崇めているのでしょう』

 なるほど、と九尾の言葉に頷く。

 九尾の言に耳を傾けるシアンを居住まいを正して待つ大地の民代表と、面白そうな表情を隠そうともしない風の代表に口を開く。

「ここは大地の力はもちろん、風の強い影響を受ける地域ですものね。切り離された世界で属性の粋に触れる、でしたっけ」

 風の精霊が各属性の民のことをそう話していた。

「左様にございます」

 元々、砂漠の薔薇は大地の民と風の民が共存する街だったのだという。そこで力を合わせて水路を引いたことによって、砂漠の中の真珠のごとく珍重され、交易路の補給地点となっていったのだそうだ。

 実は冒険者ギルドの受付の老爺が大地の民の前代表だった。翼の冒険者の噂を聞きつけ、いつかこの街に訪れても良いように、少し前から冒険者ギルドに潜り込んでいた。それが功を奏した。そして、実際、やって来た翼の冒険者に色々と砂漠の知識を教えた。

 すぐさま大地の神殿と風の神殿へ人をやらせて翼の冒険者の到来を伝え、急ごしらえで彼らは各神殿で神鳥の話をした。炎の鳥を想起させ、注意喚起するために。

『随分迂遠なことですね!』

 九尾の言に頷きたいシアンである。

 しかし、シアンは全く彼らの意図に気づかず、来た道を引き返すことなく、街を後にした。

 そこで風の民と大地の民が協力して情報を遠方へ繋げながら、砂漠を出るまでは協力をしようとしたのだという。

「俺たち風の民は大地の民に要請されて協力しただけさ」

 風の民代表は肩を竦めた。

「後は興味本位だね」

 好奇心を満たすために、炎の民の村に乗り込むことができるなど、酔狂なものである。

「まあ、何にせよ、間に合って良かった」

 言いたいだけ言うと、風の民代表はごろりとその場に横になる。

「こやつはこんな軽佻浮薄に見えますが、本質を捉えるのに人一倍優れています」

 大地の民の代表の言葉に、確かにそんな気がしてシアンは頷いた。

 擁護してみせたものの、シアンがすんなり受け入れるとは思っていなかった様子で、意外そうな顔つきになる。

「僕の知り合いにもそういった方々がいらっしゃるんです。この過酷な世界を軽々と乗り越えていく方々が」

 脳裏には幻獣のしもべ団の姿があった。

「そうなのですか。こやつも中々に役に立つのですよ。それに、風の民のお陰で炎の民どもが行っていたことを暴くことができた」

「以前から炎の民とはあまり良い関係ではなかったのですか?」

「あやつらは唾棄すべき行いを繰り返していたのです。他の村から幼児を浚い、生贄に捧げることで、炎の眷属に外敵から守って貰うということを繰り返していたのです」

 シアンは絶句した。

 心当たりがあった。獅子と羊と蛇の魔獣の足元には小さい人の頭蓋骨が散らばっていたのだ。

『おやまあ、レフ村で行っていたことと同じようなものではないですか。天敵から身を守るために強者に頼る。その見返りは血生臭いものとなるのですかねえ』

 九尾の嘆息まじりの言葉を拾うことができない大地の民代表は続ける。

 生贄が肥え太るように育ててすらいたのだという。

 シアンから焚火に目を移した浅黒い肌がオレンジ色に彩られる。顔に刻まれた皺が苦悩の証に思えた。

「事の発端は、村に出没し始めた炎の眷属が子供らを食らい、その肉の柔らかさから、子供を要求されるようになったからだと聞きます。それは同情すべき点かもしれません。だからといって、自分たちの子供を守るために、他所の子供を浚って身代わりにしようなど!」

 忌々し気に粗朶を力任せにへし折り、焚火に放り込む。

 炎は人の暮らしになくてはならないものだ。

 しかし、時に荒々しくあらゆるものを燃やし尽くす。

 レフ村の美しい丘の上の館をそうしたように。

 人の保身は時に他者を害する。あるいは、この世界はそうでもしないと生きていくのが難しいのかもしれない。

「あやつらは生贄に石を持たせます。炎の神は荒ぶる神だけあって、眷属も猛々しく狡猾です。その石の数だけ、炎の民の敵を屠ってやろうというのです」

 知らなかったとはいえ、共存状態にあった炎の眷属を倒してしまったことを話す。

「何と! あれを倒したのですか? どうやって?」

 詳しく聞きたがったので、たまたま所持していた鉛を、火を吐こうとした口の中に放り込んだらそれが溶けて窒息し、事なきを得たのだ、と事の次第を小さくして語った。

 英雄譚は当人は必死で何とか成し遂げたことを、周囲が美しく彩って語り継がれることがままある。シアンたちの場合はあまりに荒唐無稽な仕儀が多いので、信用してもらうにはいくらか割り引いて話す方が良いのだ。

「それでは彼らは今後困ることになりますね。ある意味、僕は彼らにとって本当に邪悪だったかもしれません」

「何、昨今は制御しにくくなっていて、生贄の要求が増える一方、近隣の村々でも警戒されて浚ってくるのが難しかったようだと報告を受けています。これ幸いと口を拭っているでしょう。翼の冒険者が気になさることではありません」

 敵から身を守る代償を他から奪っていたのだ。他者に犠牲を強いることによって自分たちは強者に守られようとする。そんな歪なことが長く続くはずはない。奪われる側からしてみれば、炎の民こそが天敵なのだから、抵抗が激しくなるのは当たり前だ。

「それよりも、砂漠の薔薇の者として、この周辺の治安維持にご尽力いただいたことにお礼を申し上げます」

 そういえば、その生贄を要求した炎の眷属も、街へ入る前にティオが仕留めていた魔獣も、この地域のボスクラスだと九尾が言っていた。

 あながち、大地の民代表の言うことも間違っていないのかもしれない。

「僕が魔獣だと思い込んで倒し、その石を持ち帰ったのだから、彼らにとって忌々しいことには変わりはなかったでしょう。だから、特別な茶というのを飲ませようとしたのかもしれませんね」

 シアンの言葉に、大地の民代表は否定と慰めの言葉を掛けてくれた。

「すっかり話し込んでしまいました。翼の冒険者も疲れたでしょう。火の番は私に任せて、どうぞお休みください」

『そうだよ、シアン。もう夜も遅いし、眠らないと』

『シアン、眠っちゃうの?』

『仕方がありませんよ、リム』

 幻獣たちが口々に言うのに、シアンも眠ることにした。

 もうここまできたら、とマジックバッグからテントを取り出す。一応、大地の民にも勧めてみたが固辞された。風の民はぐっすり寝入っている。

「じゃあ、おやすみなさい」

「ピィ!」

「キュア!」

「きゅ!」

 ティオがシアンのテントの前に陣取り、腹辺りにリムが丸くなる。九尾も傍らに尾を抱き込むようにして目を閉じる。

 空には吸い込まれそうな星空が広がっていた。



 翌日、よくよく礼を言って二人と別れる。

「我らにも何かお手伝いができれば良いのですが」

 急ぐ旅なのでもうここで良いと言うシアンに、大地の民代表は悔しそうな表情を浮かべる。

「いや、俺たちがいても足手まといになるだけでしょう。こんなグリフォンについて行ける者はいやしないさ」

 風の民代表がへらりと笑う。

 シアンは彼らの心遣いへの返礼として、亜竜の素材を渡した。固辞する大地の民代表を風の民代表が説得し、ようやく受け取ってくれる。

 二人と別れ、一行は火山を目指す。

 球形であることから、世界の中心線付近が最も陽光を浴びる。その熱量で温められた空気が上昇し、南北へ別れ流れゆく。上昇する際、雲ができ、中心線付近で雨が多く振り、熱帯雨林を形成した。空気は降下する際には雲ができず、温められた強力な気流は乾燥している。これが降雨量の少なく気温の高い地域、つまり砂漠地帯を作った。

 砂漠は循環する大気の影響を多大に受けた地域と言う訳だ。

 そして、そういった各属性の影響を強く受ける地域を選んで、各々精霊は住まわった。

 何となく、その気持ちがシアンには分かる。異世界の眠り、ログアウトしている際、少しでも近くにいたくて、というリムが言ったことがある。でも、それが他者を害することになったらどうだろうか。シアンとしてはやりきれない気持ちになると思う。

 翻って、風の精霊はどうだろうか。

 無心に慕う炎の精霊を邪険にできないだろう。しかし、その結果、自分の大切な者が弊害を被ったら。

 誰が途方もなく悪いというのではなく、少しずつボタンを掛け違えただけなのだと思う。

 それを汲み取ろうとしただけなので、自分はそれほど優しくもお人よしでもないのだと思う。

 でもそれが、自分の大切な者を泣かせてしまうことに繋がるなんて、予想だにしなかった。シアンが甘いままでいると周囲の幻獣たちが被害を被る。

 シアンはそのことを今一度噛み締めることになる。



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