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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第六章
264/630

20.砂漠の中の村

 

 魔獣がいた付近には研磨した石が頭蓋骨の数だけ散らばっていた。

 ばらばらになった人骨を集めるのは手間だし、遺族にも刺激が強いだろう、とシアンはその石を持っていくことにする。

 ティオがこの近くに村があると言っていたから、そこに運ぶのだ。もし、そこで心当たりがないなら、火山への道すがらの村に降り立てば良いし、それでも見つからなければ、沙漠の薔薇の大地の神殿へ預けてしまおうと思った。

 夕闇が迫る中、村にたどり着いた。

 途中、長めのログアウトを挟んだため、やや時間が掛かった。ティオの飛行能力に慣れ親しんだシアンからしてみれば沙漠の滞在が長く感じられたが、実際の旅路は何十倍の時間を要する。

 幻獣たちはいつもの遠出くらいの認識であるものの、風の精霊の剣幕におののいたシアンは気が気ではなかった。

 幸い、シアン一行の傍を離れずに随行してくれている。

 時分なのか、村の中央に建つと思しき石造りの塔、その天辺にある鐘楼が高らかに音を鳴らしていた。

 ティオは気配を薄めて威容を認識しにくくしているせいか、村で殊更に騒がれることはなかった。

 シアンはこの村には神殿がないと聞き、纏め役に面会したい旨を話した。やや渋られたものの、何とか目通りが叶う。

 石造りの塔は神殿ではなく、精霊を敬うために造られたものだそうだ。普段は何らかの合図を送るのに用いられるという。

 石を切り出して作られた平屋の続く道を歩き、他とそう大きさの変わらない家に案内された。

 屋内では流石に顔に布を当てておらず、褐色の肌に深い皺が刻まれた男性と対峙した。

 そこで、獅子と山羊と蛇の入り混じった魔獣を倒したこと、その犠牲となった者たちを埋葬したこと、傍らにあった石を持ち帰ったことを語った。

 シアンが石を差し出すと、湿り気を帯びたうめき声を上げた。

 しばらくして落ち着いた老人から両手を握られ礼を述べられる。

「この家はセーフティエリアなので、ぜひ泊って行って下され」

 村に宿泊施設はないそうなので、言葉に甘えることにした。

 食事を供するという言葉を、幻獣たちが大量に食べることを理由に断る。

 庇のついた中庭を厩舎代わりに借り受け、そこで人目を盗んでマジックバッグから食料を取り出して食べる。

 中庭も砂地だったが、ヤシが生えていた。

 幻獣たちは暑さをものともせずにいつもの健啖ぶりを見せた。元々、身体能力や耐性が高い上に精霊たちの助力がある。

 つまり、ここでも平常運転ということだった。

 シアンは食後、せめて茶でも、と食堂に呼ばれた。

 茶を淹れながら視線を茶器に落として言う。

「砂漠で尾が長いネズミを見ませんでしたかな。身体の二倍ほどの小さい小さいネズミです」

「いいえ」

「そうですか。あれは昆虫やその子供、種子や葉や根、食べられる物は何でも食べます。食べられる物がなければ共食いまでする始末です。食べられる時に、尾に脂肪分を貯めこんでおくのです。だから、栄養が不足すると細くなり、たんまり食べられた時には太くなる。その時は仲間同士で食べ合うこともない」

 茶器から顔を上げた男性の顔を見て、その目の暗さにぞっとする。

「人間とは違いますな。人間は肥え太ればそれだけ、もっと蓄えようと同じ人間を食らう」

 笑って茶器を差し出すのに、得も言われぬ不安を覚える。

「さあさあ、どうぞ。これは「特別な」茶でしてな。貴方は見ず知らずの者たちの遺品を持ち帰ってくれた。家族たちもこれで踏ん切りがつきましょう」

 その礼にと特別だという茶を振舞ってくれた。

『シアン、その茶は飲んではいけない。精神に悪影響を及ぼす毒草が含まれている』

 風の精霊の言葉にシアンは表情に感情が乗らないように気を配った。

「ありがとうございます。砂漠を旅して喉が渇いていたせいか、先ほど随分水分を取ったんです。それで、これ以上は水分を摂取できません」

 やんわりと、だがはっきりと飲まない意思表示をする。

「いえいえ、そうおっしゃらずに、折角ですから」

 どうあっても、「特別な」茶を飲ませようと言葉を重ねる。

 シアンはのらりくらりと躱した。

「素晴らしい体験ができるのに!」

 その言葉で、なぜセーフティエリア内で毒薬を飲ませようとすることができるのか、分かった気がした。

 彼らは悪いことをしているという自覚がないのだ。だから、害意を持って接することはできない、というシステムに抵触しない。

『ある植物の葉を違う種の異なるある植物の蔓から剥いだ樹皮と共に煮だした茶だ。これは精神活性剤を有していて、この葉は対応する植物で効き目を引き出している』

 つまり、適切な処置しないと効力を得ることができないということだ。

「この茶を飲めば、全てを吐き出し、体内から浄化されるのです」

『摂取すれば、幻覚を見る。最後には激しい嘔吐感を覚え、嘔吐することで、体内の毒素や問題を放出する浄化とみなされている』

 老人はこれによって病が治ったり、精神的向上が見られるのだと告げる。

「聖なる炎に邪悪と認定された貴方もこれで浄められるのです。貴方は被害者たちを悼む心を持っていた。まだ間に合います。悪に染まり切る前に、正常に戻るのです!」

 血走った眼を向け、唇の端に泡を吹きながら、茶わんを突きつけてくる。中の茶が零れたが、そんなことに気づいた風情はない。

『やはり、炎のの影響を受けた者たちだったか』

 す、と心地よく吹いていた微風が止む。その無風状態が逆にシアンの心に恐怖を宿す。

 正直なところ、老人に茶を飲まされるよりも、精霊が老人に対して行うことの方がよほど恐ろしい。

 シアンは慌てて席を立ち、自分はその茶は飲まないこと、そして宿泊をせずに暇乞いすることを告げた。

 テーブルで隔たっていることを良いことに、扉を潜り、幻獣たちを呼ばう。すぐに現れた幻獣たちに村を出ることを伝え、纏め役の家を出る。

 玄関を出ると、建物を取り囲む村人たちの姿に息を飲む。

 手に手に松明を持ち、夜の闇に愛想のない表情を浮かび上がらせている。

 ざわざわとヤシの葉を揺れ動かせる風がどんどん強くなる。松明の炎が一、二本、突風で消える。

「炎がお隠れ遊ばした!」

「聖なる炎がお怒りじゃ!」

 小さなさざめきが徐々に大きくなり、雪だるま式に怒号に変じていく。

「聖なる炎が邪悪とした者を捉えよ!」

「処断せよ!」

「浄めるのだ!」

 一歩、また一歩と近づいてくる。

「待て、皆の衆! この方は獅子と山羊と蛇の魔獣にやられた子らの守り石を持ち帰ってくれたのだぞ! 見ず知らずの者を悼む心をお持ちだ!」

 シアンを押し退けて、纏め役が戸口から外へ出、村人に一喝する。

「まだ間に合う。この特別な茶で浄めるのだ!」

 言いながら、茶わんを突き出す。

 わっと沸く。

「さあ、飲みなされ。さすれば浄められる。貴方のためなのです」

 老人が振り向いて、再びシアンに茶わんを突きつける。

 今度は松明を手にした多数の村人を従えている。

 そう言えば、いつぞやもこういうことがあったなとふと思い出す。

 あれはそう、エディスでプレイヤーにステータス値を上げる夢の薬だと言って飲まされたのだ。

 今回は飲んで効きませんでした、では済まされない。

 何しろ、飲めば幻覚を見て嘔吐をすると風の精霊は言っていた。シアンはそうはならないだろう。

 それを見て取った村人たちはどう思うだろう。

 浄化されなかったと思うのではないだろうか。

『シアン、下がって』

 シアンが戸口のすぐ前に立っているために、前に出られないティオが不機嫌そうに喉を鳴らしながら言う。

 ここは一旦、中庭に引き返してそこからティオに飛翔して貰うのが良いか、とシアンが考えた時だった。

 村人の作る垣根の後ろの方で戸惑った声がし、徐々に怒りに変じた。

「何だ、誰だ、押すな!」

「私は大地の民だ」

「俺は風の民ね」

 重々しい声と軽い声に、村人のざわめきが止む。

 人垣が割れ、その隙間から鷲鼻で頬のこけた初老の男とそれよりも二回り近く若い男が現れる。前者は眼光鋭く中背でがっしりした体つきをし、後者は細身で飄々としていた。

「大地の民と風の民? 砂漠の薔薇から出てきよったか!」

 何をしに来たのかと眉尻を吊り上げる纏め役を他所に、初老の男がシアンに頭を下げる。

「お初にお目にかかります。私は大地の民代表を務める者です」

「あ、俺は風の民の一応代表ね」

 若い方の男がへらりと笑って片手を軽く掲げる。

 シアンは目まぐるしく変わる状況に目を丸くする。

「ええと、貴方がたは砂漠の薔薇からいらしたんですか?」

 何をどう聞いて良いか分からず、シアンはとりあえずそう尋ねた。

「そうです。翼の冒険者が砂漠の薔薇に降り立たれたので何かお手伝いができないかと、これの力を借りて鳥を飛ばして方々に散る民に連絡を取って居場所を確認していたのです。そうしてみればどうです。炎の民の巣窟に向かわれたと聞き、慌てて追って来たのです」

 その言葉に、そう言えば、風の精霊も炎の精霊の影響を受けた民だと言っていたと思い返す。その時は風の精霊が怒りだしやしないかと気が気ではなかったから思い至らなかった。つまるところ、ここは炎を慕う民の村だということだ。

『おう、中々のストーキングっぷり!』

「あの、どうして僕の手伝いをして下さろうと?」

 九尾の茶化す言葉を無視してシアンは問いを重ねる。

 彼ら大地の民はその名の通り、大地を祀り、大地と共に暮らす民だ。人ではあるが、大地に強く影響される場所で独特の文化を築いているのだという。

 彼らはシアンたちが人面鳥を倒したエディスの天空の村の子孫であるという。そこを去った後も時折様子を見に行っていたが、その際、大地の太鼓の音を聴いたのだそうだ。

「我らは大地の太鼓の音と共に生き、大地の太鼓の音で死後の旅に立ちます。そのグリフォンが奏でる太鼓の音はまさしく、大地の鳴動そのものです。そのグリフォンが慕う翼の冒険者の行く手を阻む者あらば、我らが相手になりましょう」

『つまり、彼らも幻獣のしもべ団と同じくシアンちゃんのお手伝い集団だということですね』

 九尾が身も蓋もないことを言う。

「俺らの巫師ふしが風の神から翼の冒険者には手を出すなって言われたらしくてさ。手出し無用と言われたら、気にしない訳にはいかないよね?」

 精霊たちが気を回したことが、風の民には逆に作用したということか。

『何ともはや、自由人、といったところですなあ。自分たちの興味のあることをとことん突き詰める。研究者気質と言えばそうなのかもしれません』

 九尾の言葉にシアンは頭痛を感じた。

 シアンが与り知らぬところで、幻獣のしもべたろうとする者たちがいたのだ。

 何故、わざわざ配下に就こうとするのか。風の民など、九尾の言う通り、自由をこよなく愛していそうではないか。

 シアンにはまだ実感はないが、ティオもリムもその他の幻獣たちも人の尊崇を集める高位幻獣なのだ。そして、配下となる対象は自分もだということを自覚していなかった。

「お前ら、突然来て邪魔をしおって! 今は我らがこの人らに大事な儀式をする所なのだ!」

 儀式、という言葉に苦い記憶が蘇る。

 レフ村で非人型異類を用いて行っていた。

 乳幼児を非人型異類に捧げるといった陰惨な儀式のことは明確に覚えている。

「人の精神を弄ぶ胡乱な代物を行うのだろう! そうはさせんぞ!」

「何だと⁉」

 大地の民代表に村のまとめ役が食って掛かろうとする。



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